世界を救う為の旅をしている者を、人々を助ける為に殺しに来た者のおはなし
「俺が話すのは何と言うことは無い。ただの一人の男のおはなし。
こういう場所で生まれて、こういう両親に育てられて、こういう人が師にいて、こういう仕事を選んだ末に、こんな依頼が来たっていう物語」
世界の危機は勇者が救う。
死んだ母親や村を訪ねる吟遊詩人が歌い聞かせてくれた話だ。
なら、俺の幸せを救ってくれたのは誰だったのだろうか?
その答えは多分、俺が死ぬまで考えても分かることはないのだろう。
俺の父と母を殺したのは、世界を脅かす魔王でもなく、村を襲う魔物でもなく、俺の村を治めていた領主の好い加減な領地運営だった。
ただ奪われ、ただ吸い取られて──何かが見返りに帰って来た事など一度も無かった。草を与えれば家畜は肥えて肉と乳をくれるけど。本当に領主は何も与えてくれず、何も寄越してくれず、ただ持って行かれるだけ……。だから、俺の───僕の村は皆とても貧しかった。
父親が母親と俺を食わせようと優先してなけなしの飯を求めて慣れない狩りに出かけた。
母親が俺を生かそうと僅かな飯を優先して俺に食わせてくれた。
隣の家は生きて行くために、子供を森へと置き去りにした。その子の親が懺悔するみたいに俺の両親に告白しているのをこっそり聞いてしまったからだ。
その子は幼馴染の女の子で、そばかすと赤毛で少し気が強かった。その子ともう遊べないと分かった時は悲しくて悔しくて涙が止まらなかった。
ある日、父親が森から帰ってこなかった。
その次の日に、父親は何も目を瞑った状態で叔父に運ばれて来た。それから二度と起きなかった。
父は魔物に殺された。それを理解したのは十になる前のこと──。
ある日、母親が家に帰ってこなくなった。
父の代わりに家を空けるようになって──夜遅くに普段よりも良い食べ物を貰って来てくれていた。
それからしばらくして、母は身包み一つ来てない状態で運ばれて来た。綺麗な人で笑顔がとても暖かかった母が戻って来た時は、顔を青く腫らしていて、とても冷たかった。
母は領主の身請けをして、食べ物を分けて貰っていたのだが、飽きられて捨てられた。それを知ったのは、僕が猟師の叔父に引き取られて十五になる頃だった。
父が死んだ時は悲しかった。悔しかった。
母が死んだ時も悲しかった。苦しかった。
母の死を知った時もやっぱり悲しく。そして憎かった。
叔父は俺に狩りを──殺しの方法を教えてくれて、父と母の下へ逝った。
すまない。
それが、叔父が俺に向けて言った最後の言葉だったけど、僕は────俺はごめんなさいとしか言う事が出来なかった。
そして、俺は領主を殺しに向かった。叔父に教わった身の隠し方、気配の消し方を使ってすんなりと領主の部屋に入り込んだ。
ベッドの上に居た領主は、丸かった。髭だけは立派だったけど油と汗でてかっていた顔は物語に出て来る魔物よりも醜悪だった。
最初は喚いていたけど、ナイフを突き刺した後は泣き叫んでいた。直ぐに死ななかったのは……肉が厚過ぎて刃が一気に通らなかったからだ。
領主に欲しいものをやるから助けてくれと言われたから、領主の命を貰った。その後、屋敷に火をつけて俺は、故郷に帰ると言う選択肢を捨てた。
俺はそれから暗殺者になった。
金が入るのもあったが、自分にはそれが向いていたからだ。
だけど仕事は選んだ。父も母も叔父も立派な人だったから……立派な人を殺す事はしなかった。俺は、あの時の領主の様な臭いのする奴だけを殺す事にした。
報酬に貰ったお金と食べ物は、殆ど故郷に送ることにした。帰らないと決めたけど……俺はあの村が好きだったこともある。
後は……もしも隣の家の女の子が戻っていた時に少しでも貧しい思いをしないでほしかったからというのも、多少あった。
生きていくためには何か仕事が必要だった。
その仕事の中で、俺は自分に最も向いているものを選んだ。
そんなある日、俺に依頼が来た。
貧しい身なりの男で、そいつはある男を殺してほしいと頼んできた。
俺は、標的について詳しく知る為に聞いた。聞かせたくは無くても俺は仕事としてそれを知る必要があると説いて口を開かせた。
彼には妹と二人で暮らしていたらしいが、その家に標的が入り込んで手当たり次第に物を物色して奪い、壺や樽を割り、何も無いからと腹いせに家に居た妹を標的の慰み者にしたらしい。妹は心を病んで自分の命を投げ出してしまったと教えてくれた。
悲しくて涙を流しながら、怒りで顔を歪ませながら、憎しみで目を光らせながら押し付けて来た小さな布袋を、俺は中身を確かめることはせずに受け取った。
それからその男について色々と聞いた。
標的は剣士で、剣の腕は魔物を相手に出来る程度らしい。
標的は無茶苦茶な奴で、肩書きを喚いて食べ物や売り物を奪って行くらしい。
標的は乱暴な奴で、子供相手にも暴力をふるったり、家に無断で入り壊していくらしい。
標的の後ろには権力者が大勢ついていて、仮に死んでも教会で生き返らせてもらっているしい。
標的は仲間を集っていて、今はある酒屋で仲間達と共に人材を募っているらしい。
人材募集だが募集者が醜聞によって来ず、上手くいっていないらしい。
俺は、叔父には申し訳ないが狩人と名乗って標的の前に姿で彼らの前に姿を見せる。
立派な剣を背負っていた。選ばれた人間が使える剣らしい。
整った顔をしていた。両脇に仲間である聖職者の女と、魔法使いの少女が侍っている。
初めて見る綺麗な服を着ていた。色合いは青と白で赤いマントを羽織っている。
だが、匂いはこれまで嗅いだことのある……あの領主やこれまで殺してきた標的と同じ臭いがした。
「で、お前は何が出来るんだ?」
「はい。俺は村一番の狩人から弓矢や罠の仕掛け方、それからいざという時の為の短剣を学びました。貴方のこれからの旅路でも後ろを護る事や偵察や罠の解除などに役立つことが出来ると思います」
「ハッ! そんなの役に立つかよ!」
標的は俺の言葉を鼻で笑い飛ばして「帰れ帰れ」と言ってふんぞり返ってしまう。
だが、聖職者の女が何かを耳打ちするが俺の耳はしっかりとそれを聞き耳を立てる
『こうして私達の前に来てくれたのは、神の導きでしょう。次の街に行くためにも今は彼を迎え入れるべきです』
「──チッ、まあいい気が変わった。光栄に思えよ、お前を栄えある俺様のパーティーに加えてやる。俺様の為に働けよ」
「はい! ありがとうございます!」
神の導き──と言う言葉を聞いたのはいつぶりかと振り返り、神を信じなくなったのは確か母の死の真相を聞いた時と思い出しながら俺はそう言って彼らの仲間に加わる。
宿屋に案内され、男部屋と言われたその部屋にはベッドの横に斧を置いた戦士が疲れ切った表情で座っている。
「お前さん、悪い事は言わないから此処から出ろ。お前が思っている様な事は何一つないぞ?」
戦士の男はそう言ってくれたが、俺はそれを無視して空いている片方のベッドに荷物と大きな麻袋を置いてナイフの手入れをしながら黙って夜を待つことにする。
(噂通りの奴だったな……あれが、本当に世界を救う存在なのかよ)
手入れをしながら、心の中で呟くがそれに言葉を返してくれる存在などいない。
物語に出て来る神様やその遣いが現実にはいないと言うのならば、歌や物語に描かれる存在とは、現実とは全く異なる者なのかもしれない。
正直なところ、本当に隙だらけだった。あのままナイフを突き立てる事も簡単だったけど、仲間がいる手前もあるが、何よりも殺しても生き返らせられてしまうのならば死体を持ち去る必要があるから止めておいた。
──とは言っても、今日の内にでもきっと終わるだろう。それくらい、本当に弱いと見抜いた。
(だけど、死んでも生き返る事が出来るのなら殺した後はどうなるんだろうか?)
ふと考える。だけど、その時は殺した後に考えればいいと放り投げて手入れを再開する。
夕方になり、神様ではなく死んできっと天国に居るだろう父と母と叔父に祈りを捧げる。
(父さん、母さん、叔父さん。こんな人間に育ってごめんなさい。愛情いっぱいに育ててくれてありがとう。きっと俺は地獄に行くだろうけど、それまで人の為に生きていくよ)
夕日が沈む。
夜になる。
(そして人々の為に──俺は今日、勇者を暗殺しにいきます)
祈りを終え、俺は静かに部屋を出た。
「かくして、世界を救うべく旅をし、人々を苦しめてきた勇者は、人々を助ける事を生業としてきた暗殺者によって消えた。勇者が消えても人々は嘆くことは無く安堵と共に暗殺者を讃えたが……勇者を崇める教会が、勇者を支えた国王が、勇者の骸と勇者を隠した暗殺者を血眼になって探し求めた。
しかし彼の者は闇に身を潜め、時に光に溶け込む者。今は薄暗い地か明るい地か……案外、この街の何処かに、潜んでいるかもしれない…………以上。
世界を救う為の旅をしている者を、人々を助ける為に殺しに来た者のおはなしのご清聴、ありがとう」