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地に踏み、風に歩む(2)

「いやあ、ほんとに助かったよ」

 牧場に戻ると、牧場主が大きく手を広げ満面の笑顔で言った。

「あの魔物を退治してくれるとは、何ともありがたい。実は困ってたんだ、ニワトリや牛をやられちまってね」

「たまたまですよ。でも、よかった」

「ほんとに憎たらしいぜ。あの化物、家畜の内蔵を食いやがるんだ。でも、これで安心できるよ、兄ちゃん。おっそうだ、ちょっと待っててくれ」


 牧場主は家に取って返すと、妻を連れ立って戻ってきた。妻はワイン、果物、肉に卵を盛ったカゴを両手で抱えていた。それを「ほんのお礼だ、受け取ってくれ」と、置いていった。


 アルは手と顔に付いた血を洗い落とした。子どもたちの方を見ると、二人とも母親に肩を抱かれ泣きべそをかいていた。

「大丈夫だよ、悪かったね」アルは子どもたちにそっと声をかけた。

「助かりました。ありがとうございました」

「二人に怪我は?」

「大丈夫です」アンナは優しく答えた。

「もう大丈夫だよ。安心していい」

 アルは膝をついて二人に言葉をかけると、「お兄ちゃん、ありがとう」と二人はアルに抱きついた。


「アルさんはどこで剣術を?」

 三日目にヤマラー村に入り無事に宿屋へと入った。皆が食事を終え、各々憩いのときを過ごす中ストルフ・メッツトープは紅茶をアルへ手渡した。

「どこでというわけではなく、ほとんど我流なんです」

「我流ですか、本当に? 軍に入っていた経験などは?」神父が興味深そうな眼差しを向けてきた。

「いえ、全然」

「俺は、三年くらい兵士をやっていたんだがな。そっちは?」トムはラザフォードに振った。

「十二、三年になるか」

「へえ、それじゃだいぶ上にあがったんだろう?」

「まさか。俺なんぞ、ずっと下っ端の兵士だ。メナスドールやベルメランクとの小競り合いに飽きたんだ。死にたくなくてな。この稼業のほうが性に合っていたのに気づくまで長くかかってしまったよ」

「それには俺も全く同じ意見だ」

「軍は組織だ。良くも悪くも政治の世界だ。それが煩わしくなったんだよ」

「子どもはいるのかい?」

「息子がね。ラグニアで夫婦で宿屋をやってる」

「そいつはいい」


 草むらの陰の虫の声が月明かりに響く宵のときが、穏やかに過ぎてゆく。厩舎の牛や羊が時折鼻を鳴らす声は、まどろみを産んだ。

 翌朝、地平線に暗闇を払う太陽がうずく光を放っている頃、早朝の仕事に起きてきた農夫へ礼を述べると一行は出発した。踏み固められた街道も、ひとつ中へ入っていくごとに石ころが目立つように変わっていく。しっぽを丸めた黒い野犬が沿道を探るのが見える。陽は南側を昇っている。


 やがて木々がその数を増していき、一行はシンの森へ入っていった。枝葉が生い茂り、地面は苔と水たまりに湿っている。段々と陽が遮られ薄暗くなる中、うねる――道とも呼べぬような――道を馬車が駆けてゆく。暗闇は確実に一行と周囲とを隔絶してゆく。


「馬を休めよう」

 先頭を行くラザフォードが言った。朝から走り通しで、馬は激しい息遣いをしていた。

「無理をさせてごめんよ」アルは馬を降りると、その首をなでながら声をかけた。馬はいななき、その身を大きく震わせた。じっとり湿った空気が肌にまとわりつく。

「座っているだけというのも、なかなかこう辛いものです」神父は汗を拭うと、背中を伸ばした。

「俺は少し先を見てくる」トムはそう言うと、馬を繋いで森の奥へ消えた。


 子どもたちは荷台から降りると森の探索へ出かけようとした。それを母親が必死に捕まえた。「お願いだから、遠くへ行かないで!」

 二人は不満顔で口をとがらせた。しかし、すぐさま二人は木のふもとにきのこを見つけて喜んだ。森の所々に木漏れ日が、薄暗がりには淀んだ空気が流れている。アルは耳を澄ましてみたが、何も聞こえなかった。

「虫の一匹もいないのか」

 ラザフォードは水を飲みながらいぶかしんだ。

「この森に来たことは?」

「いや、ない。そもそもこの道の具合からして、人が入るようなところではないのかも知れない」

 事実、道は森へ分け入るほどぬかるみの割合が多くなってきており、馬車の車輪が滑る場面がみられた。

「道は合っているんですよね?」

「そうだと思う。分かれ道もないようだったからな」


「お二人共、いかがですか」

 アンナ・メッツトープのクッキーは干したベリーが入った固めのもので甘酸っぱかった。五分ほど休んでいると、茂みをかき分ける音がして、木陰からトム・リンクスが現れた。

「出る準備をしてくれ」

 彼はアルとラザフォードに抑えた声で鋭く言った。

「どうした?」

「盗賊がいるぞ」

「人数は?」

「一人だけだったから始末した。見回りだろう。しかし、仲間は近いだろう。回り道をするべきだと思う」

 アルはうなづくと、商人のもとへ急いだ。土遊びをして笑う子どもたちを静まらせ、馬を馬車に繋ぎ始めた。


「回り道があるのか?」ラザフォードがたずねる。

「狭いがこっちに行ってみよう」

 トムが指さした先は馬車がようやく通れる程度の幅の、木の根がはびこる道だった。シデやブナの大樹の折れ曲がる枝は、妖しくもがくように伸びている。

「大丈夫かしら」アンナは子どもたちを抱きながら不安を隠せずにいた。

 一行は狭い道を強引に馬を引きながら進んだ。道の悪さから、ときおり馬車の荷が激しく揺れた。

「慎重に、慎重に進んでくれよ!」荷物の具合を心配したストルフは叫んだ。

「くそったれ! こんな状態だ、しょうがねえだろ」トムはイライラしていた。


 馬車がぬかるみにはまり、皆で押す場面が増えた。何時しか辺りは薄暗くなり始めていた。そのときアルが右手前方に目を向けると、全員に止まるよう指示した。弓を構え、低い姿勢を取ったアルは、その身を木の影から影へと忍ばせていった。その先には件の野盗の仲間がいた。頬と鼻は赤く、禿げた頭に髭がもみあげまでつながっている。ずんぐりとした体系に革の上着をはおり、腰に剣をさげている。倒木の丸太に腰を下ろし草を食んでいた。アルは賊の他の仲間を確認するために、大きく左側へ回りこんだ。その男の奥に、さらに六人がたむろしているのが見えた。アルは周囲の枝葉に気をつけ、一歩々々後ずさっていった。


「七人いる」

「どうする。戻るか?」

「そんな時間はないぞ。それに、戻ってもあいつらに出くわさない保証などないだろう。このままこっそり進むんだ」ストルフは強弁した。

「わかりました。このまま進みましょう」ラザフォードはうなづいた。


 周囲に警戒しつつ、全員が息を殺して進んだ。

「なんだ、おめえら?」

 左側から突然声がした。右側の野党の群れを警戒していたため、虚をつかれた。男はやせこけた頬、すきっ歯、眉毛はつながっている顔はひどく乱雑だった。手斧を右手に、革の帽子からはボサボサの髪がのぞいている。


「おいっ、こっちに来てくれ!」

 野党が仲間に向かって叫んだ。最も近くにいたラザフォードが男を剣で斬りつける。男はその一撃を防ごうと手斧をかかげたが柄を真っ二つにされ、そしてそのまま袈裟斬りにされた。うめき声が響く。男の声に気づいた野党たちの騒ぐ声がした。トム・リンクスの指示が飛んだ。

「おっさん、そのまま行け! おれたちは後ろだ!」

 ラザフォードを先頭に、馬車が走りだした。アルとトムが後ろについた。馬がいななき、泥がはねる。その悪路に馬車は跳ねるように進んだ。野盗らの太い声が近づく。ラザフォードの前に二人の野盗が現れた。ラザフォードも野党も、薄暗さから、かなり近づいてから互いに気づいた。しかし、ラザフォードは二人に構わず、そのままのスピードで馬を走らせた。男どもはその勢いに怯んで、尻もちをついた。大声で仲間に知らせた。


「こっちだ、急げ! 西に行ったぞ、逃がすんじゃねえ!」

 トム・リンクスの剣が、すれ違いざまに手前の男の首を飛ばす。続けてアルの剣が奥の男の首を飛ばした。木の上から男がラザフォードに飛びかかった。馬が転び、ラザフォードは男につかまれ、馬から投げ出された。ストルフはすぐさま手綱を引いた。馬は後ろ足で大きく立ち上がり、前方の馬の目前に急停車した。四人の男が剣を片手にかけて来た。黄土色の革の上着を着た男がボウガンを放ち、矢が荷馬車の幌を貫いていく。女の悲鳴が響く。周囲は一気に男たちの怒号と罵声に包まれた。


 アルがボウガンの男に飛びかかる。アルの突きはボウガンに食い込む。二人は泥だらけになりながらもみ合いになった。トムは上段から野盗に斬りつけた。だが木が邪魔をして剣を強く振れず、致命傷には至らない。ラザフォードがダガーで突き刺されそうになったところを、ドゥ神父が飛び出し、野盗を後ろから羽交い締めにした。あまりの力に、野盗の肩が外れた。その隙に、ラザフォードはダガーを奪い、野盗に突き立てた。ボウガンの男はそれを手放し、剣に持ち替える。アルは彼に前蹴りを食らわせた。男は怯み、逃げ出した。


 野盗の二人が馬車へ向かう。アルは後ろから体の大きい方へ斬りかかった。それに気づいた男はアルへ強烈なタックルを食らわす。ストルフはもう一人の小さい男の頭へ、こん棒を打ち下ろした。男はそれを手甲で受け止め、ニヤリと笑った。そこへラザフォードの剣が閃いた。首に突き刺さった刃で、男は絶命した。トムはさらに野盗の肩口と太ももに傷を負わせた。


「死にたくねえよ……」


 野盗は情けない声を後に森に消える。トムは馬車へ駆け戻った。アルと大男が互いの間合いをはかっている。賊は手にした斧を振りかぶった。ラザフォードが槍を手に、男の側面から突きを放つ。男は素早く身をよじらせると槍を脇に挟み取り、ラザフォードを振り回した。アルは男を上から斬り伏せようとしたが、その槍で防がれた。


 商人と神父は馬を引き起こし、馬車を走らせた。それに気づいた野盗は、馬車に飛び乗ろうとした。トムがそれに飛びかかり、野盗の背中をつかんで引き剥がした。

「クソ野郎が!」

 野盗は力まかせに拳を振り回した。トムは後頭部を打たれ、反対に背中をつかまれるとラザフォードへ向けて投げ飛ばされた。野盗は後ろの声に振り返る。睨みつけるアルと目が合った。野盗はアルの剣に目をやる。彼はかけられた声を覚えていない。すでに首が地面にずり落ちていた。


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