プロローグ(2)
メルヴィン・エイムズは、椅子に腰掛けテーブルに足を投げ出す格好で剣を羊毛で磨いていた。そこへずぶ濡れの黒いフードの男が入ってきた。
「ひどい雨だな」メルヴィンは剣を磨きながらねぎらった。
「でも仕事はしやすかったですよ。ジーンと先生は?」男はフードを外し、コートを脱いでフックにかけた。
「下で仕事中だよ」
「そうですか」
「そっちはどうだったんだ、アル」
アルはメガネと銀貨と銅貨の入った袋をテーブルに置いた。「これだけです」
「あとは?」
「裏に置いてあります」
メルヴィンが顔をさすりながら物憂げにしていると、奥の扉が開いて二人の男が出てきた。一人は黒髪の細面の男で、その髪と同じ色の荒織のシャツを着ている。もう一人は初老の禿頭の男で、パイプをふかしていた。
「どうだった?」メルヴィンは立ち上がって、カップにワインを注いだ。黒髪の男――ジーンは首を振り、椅子に腰を下ろす。
「何にも出てこなかったよ。先生と一緒に、体にも聞いたがね」
「そいつは残念」
メルヴィンはジーンにワインを手渡すと、彼は一気に飲み干してから少し顔をしかめた。
「ところでアルの方は?」パイプをふかしながら先生が尋ねた。
「始末しただけで裏においてありますよ。処理したいんです」
「ああ、下に持ってきてくれ。さっさと焼いてしまおう」
アルは死体を担いで奥の扉へ入り、地下への階段を降りていった。先生がランタンをかかげ、重い木の扉を開けると、血生臭い臭いがただよっていた。先生はランタンを扉近くのフックに下げると、部屋の中にあるランタンにも火を灯した。奥に男の死体が寝かされていた。血まみれのシャツを着ており、指の爪は全て剥がされ、所々に火傷の痕が見える。アルはその隣に持ってきた死体を下ろした。
先生は、奥の壁にしつらえてあるかまどの扉を開いて、薪と藁を放り込んだ。二人は二体の死体をその中へ入れた。木炭がくべられると、火打ち石で火が点けられた。充分に火が燃え上がると、先生は扉を閉め、ふいご用の小窓を開いて、ふいごを差し込んだ。五分もすると、先生は汗だくになった。
「代わってくれ」
先生は自分の襟をつかんでばたつかせた。今度はアルが空気を送り込んだ。肉の焼ける臭いのなか、火力を上げるべく木炭を追加していった。
「ちょっと休憩しよう」
二人は1階へと戻ると、桶の水で汗だくの顔と手を洗った。メルヴィンが二人にワインのカップを渡した。
「僕は飲めませんよ」アルは渋い表情を投げた。
「だったよな」
メルヴィンはいたずらな微笑みを返し、アルの手から水の入ったコップとワインのコップを取り替えた。
「先生、手違いってことはないよな」メルヴィンはワインを一口飲んだ。「これは……若いな」
「その心配はない。やつらが犯罪者なのは裏が取れている。じゃないと上から仕事は来ないよ」
「たとえシロでも手遅れだがな」ジーンは深々と椅子に腰掛けて腕を組んでいる。
「まあ、何も聞き出せなかったとしても、今回の仕事に影響はないよ」
「そうなんですか?」アルはきょとんとした。
「ああ、そうだよ。大元の依頼を寄越した人が心配性でね。確認だよ」
先生は戸棚を開けると、銀貨と銅貨の入った小袋を三つ取り出した。それを三人に渡すと、椅子に注意深く腰掛け、パイプに火をつけた。
「いずれにせよ、仕事をこなしてくれれば問題ないわけだ。細々したことは、こちらがやるから心配しなさんな」
「その通り。下手な好奇心は身を滅ぼすぞ」ジーンはメルヴィンを笑った。
メルヴィンは両手を上げると、目を見開いて笑い返した。「まあ好奇心で死にたくはないね。さて、もらうもんももらったし、俺はそろそろ失礼するよ」
「ああ、後のことはこっちでやっとくよ。みんなもう帰っていいぞ」先生は、自分でワインをもう一杯淹れながら言った。
弱い雨の中、三人はフードを被り、小走りでそれぞれに散っていった。
アルは深い森の中、少しの土手を背にしてヤドカリのように建っている小屋に入っていった。樫の扉を閉めると、鍵をかけた。すぐに明かりを灯し、雨で重くなったコートを脱いだ。雨で指先のかじかむ手に息を吐きかけながら、暖炉に火をおこした。濡れた体を拭くと煖炉の前に腰を下ろし、毛布をかぶる。ささやかな雨の音と熾火のはぜる音に耳を澄ましながら、アルは眠りについた。