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詩情歴程 Gambling rumble (4)

 店外へ連れて行かれるオータスを目の端で確認していたアルは、そこから完全に勝てなくなった。フルクススの手を引いたとき、アルは負けを取り返そうと大きくかけたが、雄ヤギのコルスにまくられた。

 周囲の輪は一段と大きくなった。事実上すり替えは不可能となった。あまりのプレッシャー、店の熱気、負け続ける焦燥感、そして孤独によってアルの口の中はカラカラだった。手近のカップを一気にあおる。狩人の顔や背中に汗が流れだす。ゲームは続行され、雄ヤギたちのカードが笑う。酒と食事を求める者たちがさらに入ってくる。食器の当たる音と話し声が大きくなる。アルは負ける。酒樽からワインが注がれる。肉が焼かれる。金が払われる。カードが配られる。野良犬が入り口に座る。女が髪をかき上げる。歌が始まる。アルは負ける。囃し立てる声が響く。別のテーブルで賭けが始まる。ワインが飲まれる。アルは負ける。カラスの首が傾ぐ。星がささやく。ステップが踏まれる。アルは負ける。耳元で大声がする。マスターの顔が歪む。場所が遠くなる。アルがカードに手を伸ばす。ネズミが四匹、ラッパの隊列、穴のあいた帆、天秤に座る物乞い。アルの顔に水が落ちる。上を向いた。そこにあるはずの天井は消え失せ、二重の満月が笑う。蝶が踊る。そして地面がなくなる。


「おい、おめえの番だぞ!」


 白シャツはアルの肩を揺する。アルは口元のよだれを拭った。彼は虚ろな顔で目の前の中空をぼんやりと見つめていた。眼の奥がジンジンとする。


「大丈夫か?」

 雄ヤギは怪訝な顔でアルをのぞき込み周りに何やら話している。


「どうする、ここらでお開きにするか?」

 白シャツは雄ヤギに耳打ちした。

「いや、待て」

 雄ヤギは白シャツを制して一寸待った。アルが言った。


「サシだ」

「あ?」

「サシで勝負だ」


 アルは財布をテーブルに放り投げる。獣が笑う。


「そうだよな、兄ちゃん。そう来なくっちゃ!」


 指笛と拍手、歓声が上がり、テーブルが叩かれ床が鳴らされる。白シャツと赤毛が立ち上がってアルと雄ヤギの二人が残される。アルの掛け金が確認され雄ヤギが同額をテーブルに置いた。ギャラリーがさらなる歓声を上げる。

「いいんだな? 始めるぞ」


 白シャツは二人を交互に見やってカードをシャッフルする。

 アル  :スペード6、スペードA、ダイヤK、クラブ7

 雄ヤギ :スペード2、ダイヤJ、ダイヤQ、クラブ3


 カードが配られ雄ヤギにサインが送られた。アルはダイヤKとクラブ7を、雄ヤギはスペード2とクラブ3を場に流した。雄ヤギらの間でアイコンタクトが交わされる。白シャツがアルと雄ヤギへ山からカードを配る。雄ヤギが手を伸ばした瞬間、アルは彼のカードに短剣を突き刺した。その突然の行動に場は沈黙した。


「てめえ、何しやがる!」


 危うく手をテーブルに縫い付けられそうになった雄ヤギは引っ込めた手を揉みながら唾を飛ばして叫んだ。

「おい、ぶっ殺されてえのか!」


 雄ヤギの言葉に同調する周囲の連中は堰を切ったように一気に騒ぎ始めた。白シャツは長髪と赤毛がアルへつかみかかった。アルは柳のような動きを見せると自分がつかまれる前に二人の手を取ってテーブルにまとめて組み伏せた。テーブルはひっくり返り、酒が飛び散り、カードが舞う。雄ヤギと白シャツがアルへ飛びかかる。取り囲む輪が崩れ、人々はなだれ込んだ。店内は絶叫と混乱にまみれた。そのとき、一喝する声が上がる。混乱の輪が解かれた。太い丸太の腕がアルと雄ヤギと白シャツを引き剥がした。坊主頭の屈強な大男が仲間を引き連れている。

「おい、周り見てみろ! 一体何してやがる!」

「親方!? こいつが場を壊しやがったんだ。いきなり短剣を!」

「おい、本当か?」


 大男はアルと雄ヤギを睨んだ。雄ヤギたちはアルへ非難の声を一斉に上げる。周囲の男たちもこれに同調した。騒ぎが再燃しそうになったが親方らがなだめる。

「おい、兄ちゃん。申し開きはあんのか? 何とか言ったらどうだ?」

「知ってるぞ! そのドワーフはイカサマをしている!」

 先ほどの混乱に乗じてオータスがイカサマ被害にあった男たちを引き連れて《鉄の鷲亭》に戻っていた。その男たちの一人が白シャツのズボンのポケットに手を突っ込んだ。白シャツは抵抗したものの虚を突かれ対応が遅れた。カードがつかみ取られた。


「これが証拠だ!」

 白シャツは眼前に突きつけられたカードを振り払って怒鳴り返した。

「予備だ! それは予備のカードだ!」


 赤毛も同様にポケットからカードを発見され、今度は別の男が雄ヤギの腕をつかんで袖をまくり上げるとカードが落ちた。オータスが怒鳴った。


「イカサマだ!」

 一気に情勢が変化し、雄ヤギの一味は非難の波に飲み込まれた。

 アルは倒れたテーブルを持ち上げると勢いよく置くと、椅子を持ってテーブルに。その音に全員が押し黙った。アルは床に落ちた自分の財布を拾い上げると再びテーブルに叩きつけて椅子に腰を下ろした。親方も椅子をテーブルの横に置くと豪快に笑った。


「そうこなくっちゃな!」


 鳴らされる拍手喝采、周囲の囃し立てる声が大きくなり、ぼんやりと突っ立っていた雄ヤギをオータスが連れてきた男たちが両脇から抱えて椅子に座らせた。

「よし、俺が立ち会う。文句はねえな?」

 親方は自分の仲間からカードを受け取る。雑にシャッフルされるデッキから何枚かのカードが飛び出す。そんな中、雄ヤギがわめき出す。

「俺はまだやるって言っちゃいねえぞ!」

「じゃあどう落とし前つけるってんだ、詩人よ」

 親方はテーブルに身を乗り出して、ドスの効いたひどく落ち着いた声で聞いた。ドワーフの詩人は親方から目をそらすことができず、懐から財布をテーブルへ。


 カードが配られた。


 アル :ハートA、ハート6、ハート7、ダイヤK

 雄ヤギ:スペード2、スペード3、ハートQ、ダイヤ7


 アルはダイヤKを、雄ヤギはスペード2を交換した。アルはクラブ5、雄ヤギはダイヤJを引いたので、アルがハートのシュプレムスで勝利した。

 雄ヤギは歯ぎしりをしてアルを睨みつけると金を放り投げた。アルはそれをそのままに、カードデッキに手を伸ばすと親方の前に置いて次のゲームを促した。親方は雄ヤギに言った。

「やるんだろう?」


 アルの全額賭けに頭に血を上らせた雄ヤギが怒鳴る。


「当たり前だろ!」

 自分の手持ちが足りなかったので白シャツに金を出させた。白シャツは不安な面持ちで金を置いた。

「おい、おめえ大丈夫なのか?」

「勝ちゃいいんだよ、馬鹿野郎!」

 その言葉に周囲も沸き立った。親方はデッキをしっかりとシャッフルする。


 雄ヤギ:スペード3、スペードQ、スペードK、ハート7

 アル :ダイヤ4、ダイヤK、スペードA、クラブ2


 アルはスペードAとクラブ2を、雄ヤギはハート7を場へ出した。雄ヤギは激しく貧乏ゆすりをし、そして白シャツは祈るように指を組んでカードを見つめる。


 雄ヤギ:スペード3、スペードQ、スペードK、クラブ5:ヌメルス  33点

 アル :ダイヤ4、ダイヤK、ダイヤ3、ダイヤA   :フルクスス 53点


 勝利したアルの背中を多くのギャラリーが叩く。足が踏み鳴らされ、拍手喝采が起こる。白シャツはため息をついて雄ヤギを睨み、長髪と赤毛は手で顔を覆う。雄ヤギは悪態をついてテーブルの足を蹴っ飛ばした。


「クソッ、クソッ、クソッ! クソッタレだ、畜生が!」


 雄ヤギは鼻息荒くカードをテーブルに叩きつけると立ち上がった。微動だにせずにいるアルに捨て台詞を吐いて立ち去ろうとした。アルはテーブルに自分の剣を、荷物を叩きつけた。

「本気か?」

 沈黙が流れる中、ギャラリーの誰かがつぶやいた。


「ふざけんじゃねえ、俺はやんねえぞ!」


 雄ヤギは喚いて逃げようとしたが、周囲がそれを許さない。雄ヤギらは完全に取り囲まれると小突かれ、腕をつかまれた。何本もの腕がドワーフの体を椅子に座らせた。

「逃げんじゃねえ、男を見せろ!」

「金が足んねえなら貸してやるぞ!」

「勝ちゃいいんだろう、自分で言ったよな?」

 勝負を促すコールが巻き起こり手拍子が鳴らされ酒場の熱気は最高潮に達した。雄ヤギは自分の荷物を賭け、足りない分を仲間の三人に出させた。

「よっしゃ、始めるぞ!」

 親方の掛け声に酒場は緊張に包まれた。カードが配られる。いつの間にか演奏は止み、酒場にいたほとんどがそのテーブルに視線を注いでいた。


 アル :

 雄ヤギ:スペード6、クラブ2、ダイヤJ、ダイヤA


 アルはカードをめくろうともせず虚ろな眼差しでテーブルを眺めていた。雄ヤギは自らの手札に集中し自分を落ち着かせようと大きく息をしていた。それは山羊というより興奮した牛を思わせた。雄ヤギはスペード6とクラブ2を切った。親方は雄ヤギにカードを出した。

「おい、どうした。交換しねえのか?」


 カードを見ようともしないアルに気づいた親方は声をかけた。アルの体は揺れる。


「てめえ、カードも見もしねえで、この野郎! なめてんのか!」


 雄ヤギが興奮して唾を飛ばしたが、どこか異様な雰囲気を感じ取った親方が彼を制した。

「いいか、いいんだな? ……よし、勝負だ!」

 親方はアルの異変を感じていたが、勝負を始めたのがアル自信だったため下りることを許すことはできなかった。雄ヤギはカードを受け取るとアルへの怒りは消え失せ、満面の山羊の笑みを浮かべてカードをテーブルへ叩きつけた。


「ダイヤのフルクススだ! どうだ!」


 両手の拳を高々と突き上げて雄叫びを上げた。ギャラリーも釣られて歓声を上げた。


 動かないアルはテーブルの上のカードを見るでもなくそれと自分との間のどこかをじっと見つめていた。そのぼやけた眼差しに体を揺らしている。動こうとしないアルに代わり親方がカードへ手を伸ばした。アルは勝負をあきらめたのだと見ていたギャラリーは一枚ずつカードがめくられるたびに息を呑んだ。張り詰めた緊張と息苦しいほどの沈黙に包まれていた店内に親方の声が響く。

「7のコルス!」


 一気に驚嘆と喝采の渦に飲み込まれた酒場は店全体が地震のように揺れた。雄ヤギは呆気にとられて崩れ落ち、白シャツは天井を仰ぎ、赤毛と長髪はカウンターによろめいた。万雷の拍手と喝采。オータスは見知らぬギャラリーと抱き合って喜びの声を上げた。彼はワインを店中の全員に振る舞うようマスターに言った。


「イカサマだ!」


 突然立ち上がった雄ヤギがテーブルに拳を叩きつけた。熟れたトマトのように顔を紅潮させた雄ヤギは目を血走らせ奇声を上げてアルへつかみかかったが、すぐさま親方の一団に取り押さえられ外へと放り出された。そんな中アルは一人、二つの満月の微笑みを受けどこでもない天上のめくるめく虹のきらめきと渦巻く歓喜にたゆたっていた。


 次の日、アルは宿屋で目が覚めた。開け放たれた窓からそよぐ風が暖かく、すでに空に高い陽がまぶしい。アルはひどい頭痛に見舞われて顔をしかめた。

「おはよう。大丈夫かね?」

 オータスは赤い背表紙の本から目を離して立ち上がると、水を汲んでアルへ手渡した。アルは一気に水を飲み干した。

「ありがとうございます、大丈夫です」

 オータスは晴れやかな表情でアルを見つめる。

「どうしました?」

「どうもこうも。私は奇跡を見たよ。おかげでこれを取り戻すことができた」

 オータスは赤い本を掲げた。アルはもう一杯水を飲んだ。

「……憶えてないんですが」

「なんだと?」

「その、昨夜の記憶がありません」

「嘘だろう? どうやって勝ったのか憶えてないのか?」

 オータスは昨日の一部始終をアルに話して聞かせた。アルは間違って酒を飲み、それからの記憶は一切なかった。

「そうですか、勝ったなら良かったですよ」

 アルは頭痛に頭を抱えてた。オータスは目を丸くして椅子に腰を下ろしてしまった。

「拍子抜けしてしまったよ。一体全体どうやって勝ったというんだ? 現実だが現実とは? さっぱりわからない」

 アルは昨日見た景色を覚えていなかったが、目を閉じるとまぶたの奥に、その奥深くにチラチラと光るものを感じるのだった。

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