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詩情歴程 Gambling rumble (1)

 アルとオータスがパンとチーズをかじっていると目玉焼きとオニオンスープがそれぞれに運ばれてきた。ここ数日はほとんど雨がなく、抜けるような青空に馬たちも軽やかな足取りで進んでいた。野うさぎの毛皮と肉を売り、店に立ち寄って食事をしようと二人は話したのだった。


「ところでヘルックについてなんですけど」

「ああ、彼はどこにいったんだろうな」

「消えたって言ったでしょう? 疑問に思ったんですが、消えることができるなら、なぜもっと早く消えてどこか安全なところへ行かなかったんでしょうか?」

「それもそうだね。子どものようだったから、その能力をまだ自在に操れないとか」

「そうかも知れません。精霊って僕たちと同じように食べ物が必要だっていうのも初耳でした」

「それは……私も初耳だった。しかし生きているなら、食べねばなるまい」


 女将がチーズトーストにして持ってきてくれた。香ばしい匂いに溶ろけたチーズがオータスの顎に垂れた。

「リンゴもいいが、チーズを焼くとたまらないね。このコクと素晴らしい香り。子牛をあんなに大きくするんだ。充分な栄養も間違いない」

「これって僕に持ってきてくれたんじゃないですか?」

「食事も心も分かち合いと言うだろう。よし、ヘルックと牛に乾杯しよう」


 オータスはワインと乳清を注文した。アルの前に乳清を置くと彼はさっさと乾杯しワインを一気にあおった。口に広がる渋みのあとにかすかな甘みが舌に残る。


「それにしても妖精とは不思議なものだったね。あの満月の眼は文献や噂に聞く以上のものだったよ。美しくも恐ろしくもある。魅入られる者たちがいるのもわかる気がするね」

「そんな話を聞くと、人間に警戒するのも無理ないと思いますね」

「おいおい勘違いはよしてくれよ。前にも言った通り、私は彼らをただ美しいと、そう思っているだけだ」

「わかってますよ」

「それならいいが……」


 アルは琥珀色のスープを口に運ぶ。塩味が玉ねぎの甘みを引き出していた。パンをちぎって浸して口に運ぶ。


「妖精には詳しいんですか?」

「それ程でもないが、私は詩人だろう? 人並み以上には関心がある。私の理解では、妖精とは神に祝福された善良な存在、自然真理のエッセンスだね」

「どれくらいいるんですか?」

「さあ。ただ火、水、土、風、光、闇などの元素に基づくとは言われているね」

「ヘルックは?」


「ある文献では風、別の文献では光と風とも」

「つまりはわからない、ってことですか?」

「その通りだが、決まっていないとも言う。だからこそ探求は続くのだ。人が万能でないのは神の存在から逆説的に証明できるだろう」

「ものは言いようってことですね」

「そうだな。とにかく、ワインが美味いことはヘルックの幸運かもしれん」

「そういうことにしておきましょう」


 二人はリガティア国に入りその中西部の都市モルモラッドを後にした。順調な旅を楽しんでいたとき、オータスが道の途中に立ち止まって言った。


「ちょっと待ってくれ」

「どうしました?」

「ここから南へ行こう。遠回りになるが」

「僕は別に構いませんけど、一体何をするつもりですか?」

「少しばかり寄り道したいんだ」


 二人は馬を南へ向けて進み始めた。


「君にとって剣は大切なものだな?」

「もちろん」

「もし、それが奪われたら取り返すだろう?」

「場合によりますね。折れたり曲がったりは日常茶飯事ですから」

「そうか……そうだね、ごもっとも。それはそうと、実はひとつ仕事を頼みたいんだ」

「急ぎなんですか?」

「急いではいないけれど、せっかくここに来たんだと思ってね」


 この会話がなされる前、オータスは金を得ていた。モルモラッドに到着すると、彼はアルを一人残して消えた。二日目の夜に酒場で食事をしていたアルのところへ戻ると自分の分を注文し、二人分の食事代を支払ったのだ。ついでアルが建て替えた医療費など諸々を返した。


「一体このお金はどうしたんですか?」

「つてを頼っただけさ。まあ気にしないでくれよ」

「わかりました。それでは受け取っておきます。ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだよ。旅はまだ途中だ、これからも頼むよ」


 オータスはワインを追加で注文してごきげんだったのでアルはそれ以上立ち入らなかった。それに道中の金策にと頻繁に狩りをしていたので、その時間を取られなくて済むのは歓迎すべきことだった。


 そして二人は南のリンスベル村を抜け、広大なぶどう畑を横目に進んでいった。リガティア南部には鉱山があり、ベルメランクとゲシピア両国との国境付近はさらに豊富な鉱山資源の産地となっていた。その鉱山地帯に入ると人間やドワーフの鉱夫や鍛冶職人の姿が増え始めた。点在する鉱山都市の一つであるバルムットに着いたのは夜半過ぎだったが、歓楽街は煌々と明かりが灯っていた。宿は狭くむっとするような臭いがしたが、旅の疲れから二人はあっという間に眠りについた。


 労働者たちの夜は遅く、朝は早いらしい。日が昇る前には通りには多くの人間が出てきていた。通りには前夜のゴミや吐瀉物を洗い流すために水が流される。屋台のテントが立ち並ぶ。人種は様々に、だが皆一様に屈強な肉体をしているものたちが牛、羊、鳥のグリルを荒く切られた野菜が入ったスープやシチューでかき込んでいた。食事の終わったものたちはぞろぞろと山の坑道へと向かって歩き出した。


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