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湖畔望楼(3)

 廃墟の明かりが消え、小雨が降り始めた。三人は廃墟の敷地へ入るとメルヴィンは右奥、アルとジーンは左側の勝手口から侵入を試みた。

 メルヴィンは入り口で船をこいでいる見張りを始末し、ドアの軋みを抑えて侵入した。薄暗い廊下には明かりが点々と置かれている。一番近くの部屋はキッチンになっており、テーブルの上にスープの残った皿や食べかけのパンが残されていた。奥に小部屋があり、そこには女が三人、雑魚寝していた。一人は今朝、洗濯物を干していた女であとの二人は若い女だったが、十五、六歳には見えなかった。メルヴィンは側面廊下のギャラリーを慎重に進み部屋を見て回ったが、どこも四、五人の男が休んでおり、手を出すことができなかった。


 一方、アルとジーンは最初の部屋で三人を、続けて次の部屋では五人を音無く背後から始末した。表側の――恐らく今は見張りたちの待機室になっている小サロンでは、三人の男がカードに興じていたので、見つからないようにそこを抜けると、二階へ続く階段を見つけた。そこでアルはジーンと分かれ、二階へ向かった。

 階段を上がって右手の廊下を抜けると明かりの漏れている大きな扉が見えた。その隙間からアルはそっと中を覗き見ると、広い部屋の中にベッドが二つあり布団に包まっている者が一人、奥の床に二人見えた。アルは中に侵入しベッドに近づき、布団に手をかけようとした。扉が開かれると、レイピアが突き出てアルを襲う。背後の不意打ちにアルはベッドに身を投げ出した。頬を斬られたアルに、さらにレイピアが振るわれる。ガラスの割れるような女の悲鳴が響いた。アルは攻撃者を見た。黒のネグリジェをまとった黒毛の巻髪の妙齢の女性がランタンを手に敵意の細剣を構えていた。突然の事態に、眠っていた女達は一斉に起きては布団にくるまる手がふるえる。アルは隣の部屋に続く扉へ走った。凶刃がひらめき女らの絶叫がアルの背中を襲う。隣の部屋に飛び込んだアルは尻もちをついた。レイピアの女が部屋に駆け込んできた。アルが剣に手をかけたようとしたそのとき、腐った床が抜け大穴が口を開け大きな音とともに彼は下の階へ落ちていった。


 メルヴィンはギャラリーに掛けられている肖像画を見ていた。病的な青白い肌と落ち窪んだ目に対して豊かな髪と口ひげが不釣り合いな印象の男だった。雨がささやくように窓を濡らす。『ロビン・J・ウルフリッツ伯』とあった。


「知らん名だな」


 他には湖から見た館の風景が描かれたものが一枚あるきりだった。メルヴィンは息を殺して廊下を抜け、玄関大広間へと入っていった。薄明かりの広間は異様な静けさだった。柱の影に身を忍ばせ、扉の窓から外をうかがおうとしたとき、メルヴィンの足元へ影が伸びる。


「でけえネズミがいるな。殺して捨てねえといけねえな」

 ギヌルは二人のドワーフを従えて手元の大鉈をなでている。メルヴィンは息を呑んだ。


「道に迷ったんだ。探し物をしていてね」


 メルヴィンの言葉に手下のドワーフ二人が顔を見合わせた。二人は眉をしかめると鼻を鳴らし、手にした斧でメルヴィンに襲いかかった。メルヴィンは一人目の一撃を受け止め、そのドワーフを蹴飛ばすと、二人目の振り下ろしをかわした。ギヌルは両手に大鉈を構えて様子をうかがっている。メルヴィンは棚を倒しながら追いかける二人から距離を取っては剣を合わせた。メルヴィンが一人を斬り伏せたとき、ギヌルはメルヴィンに飛びかかり、大鉈を振るった。埃が舞い、ハンマーを叩きつけたような衝撃音が響いた。メルヴィンは受け止めきれず後ろに転がる。廊下を走る音が響く。騒ぎを聞きつけた男たちが右手側から十数人なだれ込んできた。辺りは一気に熱を帯びた。メルヴィンとギヌルがつばぜり合う。盗賊らがそれを取り囲もうとしたとき、反対側からジーンが現れた。ジーンはギヌルの腕を斬りつけ、ギヌルはメルヴィンから離れた。何かが崩れ落ちる大きな音がとどろき、二階から女がレイピアを手に広間へ駆け下りてきた。


「くそっ、ぞろぞろと出てきやがって」

「全て始末するしかあるまい」ジーンは二刀に構え直した。一方は全長八十センチ程度の通常の剣、もう一方は六十センチ程度の厚手の剣を携えた。漆黒の衣装は細く引き締まった肉体にまとわりつくよう。同じように黒い髪、目が眼前の獲物に飢えている。


「おい、あんた。オーフェルヴェックのお嬢さんだな? 早くこっちへ来い!」


 マウアはギヌルの横を抜け盗賊たちの前に立つと、メルヴィンとジーンをにらみつけた。


「何言ってんの? あんたたち、殺されに来たんだろ?」

「お嬢さん、助けに来たんだよ」

「誰を助けるって? 私は好きでここにいるんだ。助けなんていらない!」

 その言葉にギヌルをはじめ盗賊らは顔を見合わせて笑い転げた。


「なんだ、お嬢さん。そいつらにさらわれたんじゃないのか?」

「私がこいつらの頭だ。私がこいつらをさらったんだ。この男はギヌル。ドワーフとエルフのハーフ。おかげでひどい目にあわされてきた男だよ。だから私が拾ったんだ。お互いの利益のためにね」

「そういうことだ。俺たちの頭にして麗しき聖女こそが彼女だ。俺たちは生きるためならなんでもやるぞ。それを邪魔しようとしているおまえらは、ここで死んじまうがな」


 ギヌルの下卑た笑いに、他の手下がつられ笑いをした。

「こっちも仕事なんでね。お嬢さんを家に帰さなきゃならない」

「ふざけるな、誰があんなところに帰るもんですか! 媚、高慢、軽蔑の掃き溜めなんかにね!」

「どうする?」メルヴィンがジーンに小声で訊ねた。

「周りを片付ける。デカいのは俺がやる。その腕じゃ無理だろう、いいな?」


 メルヴィンはため息をひとつ。「優しいねえ。それじゃお任せしますよ」


 盗賊のときが上がる。場は一気に狂乱へとなだれ込み、盗賊どもが我先にと二人へ襲いかかった。ジーンは左に、メルヴィンは右へ展開し、賊の刃をかわす。ジーンの剣技は旋風のように鋭く繰り出され、血が辺りに飛び散った。メルヴィンは腕の負傷から、相手の攻撃を見極めて斬り伏せていった。うめき声とかん声のるつぼと化した広間の雰囲気に一層興奮を覚えたジーンは、こん棒を手に襲い来る前歯の欠けた男を踏み台にするとギヌルへと飛びかかった。突き出された剣の勢いにギヌルはよろめいたが、すぐさま反撃を放った。ジーンは飛び退いてそれをかわすと、ギヌルの懐へと潜りこもうとする。ジーンの二本の剣を交差させた突きに、ギヌルは間一髪大鉈で受け止めた。ジーンは返す刀で横から襲い来るドワーフの顔面を斬りつけると、ギヌルに上段を放った。一歩踏み込んでいたギヌルはそれを受け止める。ジーンはもう一方の剣で斬りかかる。ギヌルはジーンの連続攻撃に気圧され、苦し紛れの反撃も空を切った。さらに素早さを増す一撃が繰り出され、ギヌルの腰が引けたとき、その脇から細剣が突き出された。それはジーンの肩口に刺さり、彼の勢いを止めた。女の高い歓声が上がる。

「くそっ、油断した」


 痛みにジーンの顔が歪み、短い方の剣を落とした。小鳥のさえずりのような音を立ててレイピアが振るわれる。ジーンはマウアの突きをいなし、ギヌルの振り下ろしに飛び退いた。


「ちょこまかしやがって、ドブネズミめ!」ギヌルが吐き捨てた。大鉈が階段の手すりを吹き飛ばした。


 メルヴィンは七人に壁際に追い詰められ、ジーンには三人とギヌル、そしてマウアが立ちふさがった。盗賊らは手につばを吐いて武器を握り直した。滴る汗と血と荒れた息。メルヴィンを囲んでいた賊の三人と、ジーンの方の賊一人が倒れた。いずれも頭部を矢が貫いていた。


「遅えよ、バカ野郎、寝てたのか!」メルヴィンが叫んだ。

「全く、うるさくて眠れませんよ」


 アルは地面を這うような低い姿勢で駆け込んでくると、振り返ったドワーフの喉に剣を刺した。返す刀で隣の男の首をはねた。アルの不意打ちに、盗賊らの間に動揺と焦りが見えた。アルに注意を取られた盗賊の二人はメルヴィンに背後から斬り捨てられた。


 怒りに打ち震えたギヌルの顔がみるみる紅潮していく。空気を震わすほどの猛獣のような咆哮がその喉から放たれる。その迫力に残りの手下二人は全身に鳥肌が立った。その二人は武器を握り直しては互いを見つめ、あごをしゃくり合い互いをアルへけしかけようとした。ギヌルは彼らの尻を蹴飛ばして怒鳴りつける。四人――ギヌル、マウアと盗賊二人――はアルとメルヴィンに襲いかかった。


 ギヌルの背後に影が走る。脳天にジーンの剣が振り下ろされた。ギヌルは交差させた大鉈で受け止める。

「貴様の相手は俺だ」

「クソ野郎が!」


 ギヌルは左右の連撃がジーンを叩き潰す。一振り、二振り、三振り、四振り――ジーンの長剣は砕かれた。ジーンは後転し間合いを取ると、落とした方の剣を手にした。が、ギヌルはそこへショルダータックルを見舞う。ジーンの身体は吹き飛び壁際の戸棚を粉々にした。ギヌルは振り返って手鼻をかむと、満足して口元を歪めた。


「よそ見が好きな男だな」


 瓦礫を払ってジーンが立ち上がった。こめかみから血が滴る。


「首を跳ね飛ばさなきゃ、死なないらしいな」


 ギヌルは言い終わらないうちに大鉈で払い斬りを繰り出した。ジーンは飛び込んでかいくぐる。ギヌルはジーンを蹴り上げようとし、あたりの瓦礫が宙に舞う。再び、ギヌルは両手の連撃を放つ。ジーンは無駄に受けようとせず、流れるような身のこなしでかわしていく。大振りの一撃をかわしては、その腕、顔、体を斬り刻む。ギヌルが大鉈を振るうたびに血と汗が飛び散る。赤く血走った目がジーンを追う。渾身の一撃を振るう。ジーンの刃がギヌルのあごを貫く。巨体が崩れる。


 アルとメルヴィンで手下二人を始末した。


「来ないで! あっちに行きなさいよ!」


 マウアは涙を流し、後ずさりながらレイピアを振り回した。アルは剣を上手く合わせていなしていく。

「殺すなよ」


 アルはうなづくと、柄頭をマウアの腹に突き立てた。マウアは一瞬呼吸が止まり、体を折ってうずくまった。落としたレイピアの音が響く。マウアは咳き込み、喘ぎ、涙した。


 夜明けまで待つと、メルヴィンがマウアの側につき、アルとジーンは屋敷内を探索して生き残った女性らと略奪された物資を漁った。馬小屋から馬とラバを出し荷馬車につなぐと物資を積み込んで廃墟を後にした。ヒュロン村へと帰る道の途中で見張り台の盗賊を六名、村の入り口では四人を始末した。物資とマウア以外の女性らは村長へ引き渡した。

「本当に片付けてくれたのか?」

「あとで廃墟に行ってみてくれ」

「これは少ないが受け取ってくれ」

 メルヴィンは首を振った。「情報料を払ってなかったな。それで頼むよ」

「しかし、奪われた物も取り返して来てくれた。何もしないわけにはいかん」

「……実はもうもらってるんだ」メルヴィンは懐から酒瓶をのぞかせた。「金は村の再建に必要だろ?」

 村長はにわかに滲む涙をこらえながらメルヴィンの手を固く握り感謝を述べた。


 ロイメーヘンに到着すると街の入り口で二人の男が声をかけて来た。

「あんた、メルヴィン・エイムズだな?」

 声をかけて来た男は冒険者のような格好をしていたが顔はやけどの痕のように皮膚がただれ、鼻が削げ落ちたようになっている。もう一人は目深のフードと面紗によって表情をうかがい知れない。

「おっと、俺は単なる使いだ。ファラスのお医者に言われてきたのさ。知ってるよな? これを見てくれよ」

 その男はメルヴィンに手紙を渡した。

「あんたらの仕事はここまでだ。その女は俺たちが引き継ぐ」

「……ああ、わかったよ。そういうわけだ、お嬢さん。元気でな」

 メルヴィンは手紙をアルとジーンに手紙を確認するよう促した。マウアは道中ずっと荷台で膝を抱えて顔を伏せていたが、ここでも声には全く反応を示さなかった。メルヴィンは荷馬車から降りて自分の馬を外し、使いの男にマウアを荷馬車ごと引き渡した。アルは東へと遠ざかるマウアを見つめた。彼女を乗せた荷馬車はがたごとと、底なし沼に沈む音を鳴らしていた。

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