創造主の最後
紅蓮の戦士ランガード軍団は、レィリア・アストネージュ武神将率いる、金獅子近衛騎士団に守られて黒曜天宮に入場した。
俺達が黒曜天宮に入るなり、大正門の大きな黒色の鉄門はギシギシという低い擬音と共に、ゆっくりと閉じられた。
ガシャン!!
俺が、アーセサスに凱旋したことは、あっという間に帝都臣民に広がり、黒曜天宮正門前では、数万の群衆が一目 俺を見ようと集まってきたいた。
既に黒曜天宮の大正門は堅く閉じられ、1人として中に入ることは出来なかったのだが。
俺は黒曜天宮内に入るなり、異様な感覚に包まれた。
なんだこの感覚は?
【敵】ではない。
いつもより大勢の人間が、黒曜天宮に集まっている。
しかも、皆 他国の人間だ。
匂いというか雰囲気で、ランガードには感覚として伝わる。
(何が起きるんだ?)
レィリア・アストネージュ武神将は、サッと自分の竜騎馬より降りたち、長く見事でエルフ族の様な金髪を揺らしながら
「ランガードご一家と近習の幕僚の方だけ、着いてきてください。」
「リスティアード皇帝陛下が【謁見の間】でお待ちです。」
リューイが直ぐに指示を出す。
「キルヘッシュ総統とベルフェム様、イグシア鷹王様、エーリア・ティンクル女王様は同行をお願いいたします。」
「残存の軍団は、フーカ・セロ千竜騎士長に任せます。」
「ハッ!!」
フーカ・セロ千竜騎士長はその場で、両足の踵を付け、直立不動の姿勢で敬礼し命令を受諾する。
バキバキの縦社会の軍人ならではの対応だ。
出自は、彼は農家の息子として生まれたが、不死鳥騎士団帝国騎士として、何年も戦い死線を乗り越えてきた強者だ。
あの、異世界侵略戦争でも勇敢に戦い、生き延びていることこそ、フーカ・セロ千竜騎士長が何よりも優秀であり、勇猛な帝国騎士の誇りをしっかりと受け継いでいる証であろう。
「それでは、皆様こちらでございます。」
真っすぐ伸びた金髪を揺らし、俺達を案内する。
流石に俺だけでなくなると、態度も改まるようだ。
(ま、実のオヤジもいるしな)
当のキルヘッシュも何だか、嬉しそうである。
いつもより、優雅に歩く姿が弾んで見える。
鼻歌でも聞こえてきそうな、感じだ。
それもまた、当然だろう。
死に別れ、二度と会う事など無いと思っていたのだから
キルヘッシュ・アクティアも異界の侵略王によって、悪魔に落とされていたのだから、何千年も、、、
それを救ったのも豪爆の覇王ランガードその人なのだ。
レィリアにとっても、ランガードは大恩人になるのだが、二人のチョッと歪んだ人間関係とランガードの個性(品の無さ)が、素直になれない大きな理由でもある。
しかし、共に異界侵略戦役を無事生き延び、敵総大将である異界の王を討ち取った、ランガードを実はとても信頼し心強く思っているのも事実であった。
それに、日に日に強く、能力を格段に上げていくランガードに嫉妬ではなく感嘆するとともに頼もしささえ感じるレィリア・アストネージュ武神将であった。
自分は、子供の頃より血の滲むような剣と真甦を練り上げる鍛錬をし、歴史や地理、品格を学び、伯爵令嬢としての素行を叩きこまれ育ったのに、ランガードは傭兵から成り上がり、今では自分よりも強い事を誰よりも知っているのは、レィリア本人だったから。
それだけに、自分の努力が、生き様がこんなチャランポランな人間に負けて堪るかという 負けず嫌いな一面が、レィリア本人を素直にさせられないでいる、大きな理由かもしれない。
シュシィス・スセイン王妃の様に、素直になれたらもっと違う接し方も出来たのかもしれないが、リスティアードの一振りの剣として、生きてきた誇りが、どうしても素直にさせてくれないでいる。
本当の気持ちとは裏腹に、、、
そして一行は、【謁見の間】に入る前の【宝珠の間】で待つように言われて、そこで初めて皆と私語を交わす事が出来た。
始めに俺が
「どうなってんだこりゃ?なんか、他国の人間がえらい大勢集まってるみたいだな」
「そんなことまでわかるんですか?」
リューイが直ぐ突っ込む。
「敵意は感じねぇ、だがまた大将が何か仕組んでじゃねぇか?」
レィリア・アストネージュ武神将はあえて無視して、実の父親と会話を楽しむ。
「お父様、堕天使ルシフェル一党、討伐のお話をお聞かせくださいませ」
キルヘッシュはにこりと微笑み
「兄の悪逆を仕留めて下さったのは、ランガード国王陛下とグエン王子殿下にフェリア王女殿下のおかげだよ。もちろん紅蓮の戦士たちも大いに奮戦し活躍したけどね」
娘と話す時と真面目な話の時だけ、普通に喋るキルヘッシュ・アクティアにランガード達は既に慣れており、親子水入らずに水を差さぬよう、そっと見守っていた。
ガチャン!!
謁見の間に通じる、扉が開き以外ではないが、黒曜天宮の主であるリスティアード・ローベルム・アルヴェス・アースウェイグ第88代皇帝陛下がアースウェイグ帝国軍総司令長官アルセイス・アスティア・アグシスと共に宝珠の間に入室してくる。
護衛も共もつけずに
レィリア・アストネージュ武神将率いる、金獅子近衛騎士が一斉に一列に並び、最高指導者に対し最高の敬礼をする。
俺とベルフェムは、全く変わらずに起立したまま目で挨拶を交わす。
アルセイスは北海黒竜王、ベルフェムは西海白竜王、俺は南海紅竜王、裏切者の既にこの世界にいない東海青竜王ウルグス。
この4竜王を四海聖竜王として、率いるのがリスティアードである。
現在もその構成に何ら変わることはないが、それぞれの竜王の個性は様々である。
アルセイスはリアードに対して、レィリアと同じく【絶対の忠誠】と一振りの剣となる事だ。
ベルフェムは、少々風変わりだが、忠誠心は疑う余地がないが、飄々とした態度と雰囲気で己が主君に接する。
もちろん、リアードもそれを咎めない。
何といっても、最後に残る南海紅竜王ランガードの態度が、酷すぎるから、霞んでしまうのだろう
己が主を対等に、時には友人の様に接する態度に、やはりレィリアなどは度し難い、無礼無感に思うのだろう
その反射がランガードに対する態度となって、現れてしまうのだ。
その金髪の長身、色男で最強の【天の真甦】所有者アースウェイグ帝国皇帝は、威厳や形式ばった様子などサラサラ見せずに気軽に宝珠の間にやってきた。
ランガードの妻、シュシィス・スセイン王妃が膝まづく。
それに習い、グエンとフェリアも膝をつく。
やはりこの女王も優雅にそして気高く、膝をつく。
エーリア・ティンクル エルフ族の女王だ。
リアードは、エーリアを見て
「確か君は、エルフ族の」
エーリアは顔をあげ
「大変お久しゅうございます。四海聖竜王様。」
巻き毛の金髪の皇帝は続けて、感慨深く話をする。
「ランガードが、君たち一族を救ったのは聞いていたけど、君と会うのは本当に久しぶりだね。エーリア」
エルフ族の女王をファーストネームで、気軽に呼ぶリアードにかつて神であった頃の記憶が無い者たちにとっては、二人の親密度を測る大きな一言であった。
「まぁ~つも~る話も、沢山あるだろうけど~四海聖竜王殿は~先にやる事がおありでは無いのかな?」
リアードと共に 天界の双璧として、名を馳せたキルヘッシュ・アクティア妖精王だ。
っと、その時だった!!
部屋の中心が大きく光り輝き、一人の子供が現れる。
四海聖竜王リスティアード皇帝とキルヘッシュ・アクティア妖精王が、直ぐに気付き二人並び右膝をつき首を垂れる。
続いて、アルセイス、ベルフェム、レィリア、エーリア、が皆膝をつき首を垂れる。
全ての神々が、膝まづく。
ただ一人を除いて
「なんだ、ミハムじゃねぇか」
ランガードが、1人堂々と顔をあげ立ったまま話す。
そう突然、宝珠の間中央に光り輝き、出現したのはランガードにとって、初めての【貴族のダチ】ミハム・アストネージュ。
レィリアの弟で在る者だが、最強にしてして最誇、無限にして有限。平和を愛する神々が、ミハムに対して膝を折り首を垂れる。
ミハムで在る者の口から言葉が、その場にいる全員の脳内に直接響き渡る。
「南海紅竜王ランガード、よくやってくれたね。これで僕の役目は終わりだ。」
「次の天帝皇王は、グエンとフェリアに託すよ。」
「四海聖竜王、妖精王二人とも、今まで長い間こんな僕についてきてくれてありがとう」
リスティアードが首を垂れながら、胸の最も深い所から言葉を絞り出し発す。
「天帝皇王様にお仕えできたことは、我が衆生の極みでございます。」
妖精王も苦しそうに、胸の奥から言葉を吐きだす。
「ご迷惑ばかりおかけした、私の様な者が、お傍に仕える事をお許しいただいた天帝皇王様には、感謝の言葉もございません。」
ミハムであり天帝皇王である者は
「妖精王、君は愛情深く、そして誇り高い。僕にとって自慢の仲間だったよ」
「恐れ多くございます」
キルヘッシュ妖精王は垂れた首を更に、深く下げ顔が見えなくなるが、垂れた顔からは大粒の涙が、溢れ出して床にポツリポツリと静かに落ちる。
天帝皇王は、俺に顔を向けて
「最後に、南海紅竜王ランガード。君には この大陸を救ってくれた事に心から感謝しているよ。」
最後の方は、声が霞んで来ていた。
天帝皇王の声は、どんどん弱くなっていき
「これで、僕の仕事は終わりだ、、、みんな、、、ありがとう、、、」
珍しく取りみ出してリスティアードが叫ぶ
「天帝皇王様!!」
妖精王も涙にぬれ切った顔をあげ、叫ぶ
「天帝皇王様!!」
残りの神々は、皆膝まづき下を向きながら、号泣していた。
この世界を作り、見守り、そして散りゆくその姿を見て、全ての神々が、涙に顔を濡らしていた。
無感情の鉄仮面を誇る、アルセイス・アスティア・アグシス黒騎士でさえ、その頬を涙が止まらずに流れ落ちていた。
記憶が無い、天帝皇王によって生き返らされ、復活した元神々で今では、人間である者たちも理由は理解していないが、胸の最深部から自然と湧き上がる この強く悲しい感情をコントロールすることができなかった。
ただ一人を除いて
「おいおい、何言ってんだ!おめぇの仕事はまだあんだろうがよ、、、」
爆裂の轟王ランガードだが、ランガードとて意味が分からず、深く悲しみが心の最深部から湧いてくるのを感じていた。
だがそれを許容することができず、無視し天帝皇王の言葉を怒りと共に否定する。
天帝皇王は、ランガードの怒りを聞き流すように
「ごめんね、ランガード、、、」
そこに居並ぶ、神々たちの前で天帝皇王は、その使命を終えこの世界から消滅した。
ミハム・アストネージュの身体は、その場で気を失い倒れ掛かる。
すぐさま、近くにいた姉のレィリア・アストネージュ武神将が、その小さな体を支えて、胸に耳を当てしっかりした鼓動を感じ、安堵する。
残るのは、只々深い深い悲しみだけであった。
この世界の創造主の死。
それは、言葉に表せぬほどの悲しみであるのは、その場にいる全員が感じていた。