西方天使教団の悪夢
リューイが俺に向かって、叫ぶ
「族長、北方より攻めてくる軍勢は普通のヒトですよ!!」
「まともな武器も装備もしてません。」
「どうしますか?」
どうしますって言われたって、ただのヒトを焼く訳にはいかねぇだろう、、、
疲れ切っている、ランガードが吠える
「エルフを収容完了次第、一時撤退するぞ。リューイ頼む。」
阿吽の呼吸で優秀なる副官は、指示をテキパキと出す。
「ベルフェム様、防御結界をお願いします」
白き竜王はすぐさま
「心得た」
っと返し、聖剣水碧宝龍号を振り上げ、攻めてくるヒトの大軍勢と悪しきエルフより生まれ変わったばかりで、まだ立つこともままならないエルフ族3万の間に、水壁を200メートル以上にわたり作り出す。
続けて、リューイが叫ぶ
「全軍!エルフ族を収容次第、モリビス大森林内に撤退し結界を張ります。」
「後退部隊の前衛を妖精一族と【砂漠の民】にお願いします。モリビス大森林内に道を作ってください。」
「最後尾はベルフェム様と【火の民】で、守ります。」
「全軍急ぎ行動してください。」
3万2千+3万の気を失っているエルフ達を収容し、ある者は馬車に寿司詰めにされ、乗せられて、ある者は戦士が両脇に抱えたり、背負ったりして実に原始的方法で、気を失っているエルフと若干の人間を運び退避始める。
一塊の、巨大生物の様に動きはまとまっており、迅速に動き出す。
ランガードが、万全の調子であれば、3万のエルフ族を一瞬で、退避させることも可能だったかもしれないが、今 ランガードは衰弱しきっていた。
聖剣誉武号牙炎を維持することもできないほど、弱っていて牙炎は、その眩いばかりに美しく長い、その姿を消していた。
3万人もの、悪なる血をすべて焼き払うために、透明の魔を滅する炎を吐き出し、自分の真甦量が底をついた状態であるためだ。
ランガード軍にとって、不幸中の幸いだったのは、攻めてきたのが10万人というとてつもない数ではあるが、すべて人間であると言う事だった。
悪鬼血族や魔獣に、今襲撃されては、流石のランガード軍も無傷ではいられなかっただろう、、、
リューイ准将指揮の下、ランガード軍はモリビス大森林への退避を速やかにそして、豪快に実現した。
10万人の人間の兵力に対しては、東海白竜王にして 水龍の牙ベルフェムが、とてつもない馬鹿でかい水龍を使って濁流の様な広範囲にわたる、水壁防御陣を張り巡らした。
普通の人間に、竜王の防御結界を破ることなど不可能である。
ベルフェムが、人間を抑え込んでいる間に、後退の先陣を行く、妖精族は妖精を使役し、深く大きな木々に覆われた、大地に道を作っていく。
共に従う【砂漠の民】の道の作り方は、かなり乱暴だった。
【火の真甦】を2万兵が、所持しているため、素早く駆け進みながら、大森林を焼き払っていくのだ。
2万の火の真甦所有者の、一斉な火力攻撃は盛大で、強力であった。
火事にもなりそうだったが、そこは【火の民】と同じで、火をコントロールすることが出来るので、余分な火は全て、吸い取っていった。
瞬く間に、大森林に覆われていた、大地は道となり約6万2千名の兵士達を運ぶ。
最後まで、一人残っていたベルフェムは、全員が退避完了するのを確認すると、水龍防壁を解き放ち、自らも自軍に合流するため、白鬼丸に騎乗し自軍の後を追う。
そして、ランガード軍団が道を通り過ぎると、途端に焼き払った大地より、物凄い数の木々が生え、元のモリビス大森林よりも深く、とても人が通れる状態では無くなる。
更に、妖精王キルヘッシュ・アクティアにより、大結界がモリビス大森林に張られる。
退避命令が、出てよりわずか30分での、迅速な行動力であった。
これだけでも、ランガード軍団が、無敵を誇る強さの一端だと言えるだろう。
モリビス大森林内部、大分深くまで、退避してきたランガード軍は、一旦落ち着きそこに陣を敷き、倒れたエルフ達の救護にあたった。
ランガードも真甦を使い果たしていたので、急ごしらえの救護所で、鎧姿のまま眠りについていた。
どう動くにしろ、ランガードの回復は最優先事項だ。
もちろん、イグシア鷹王が休むランガードの側で、曲刀の愛剣を携え、気配を消し身辺警護についていた。
リューイは、全軍を警戒に当たるもの、エルフ族の救護に当たるもの食事を用意させるものと、テキパキと分けて、ランガード軍の幕僚を集めて、今後の対策を話し合い始めた。
エルフ族女王エーリア・ティンクルは復活した、エルフ族3万人の看病に席を外していた。
リューイはまず、リスティアード皇帝陛下と真魂交信し、現状把握に努める。
リューイは前高弟殿下、謀反の際にリスティアードをその身でもって助けた時に、聖なる血を大量に輸血してもらっていたので、能力の飛躍もさることながら、真魂交信さえも可能になっていた。
普段は不敬に、なると思い全く使っていなかったが、今は急を要する。目をつぶり、精神を落ち着かせて集中する。
(陛下、リューイ准将です。今よろしいですか?)
(うん、大丈夫。ランガードに何かあったの?)
(悪しきエルフ3万人に対し、魔を滅する炎で悪しき血を焼き、真甦を急速に消費し、今はモリビス大森林の中で退避しております。)
(3万名もの悪しきエルフに対して、真甦を使ったの?)
(・・・よく生きてるね)
(頑丈が取り柄ですから、それよりこちらも人間による10万名の攻撃を受けました。現状を教えていただけますでしょうか?)
(そうだね、すべての国で【西方天使教団】と名乗る組織が、武力放棄してあちこちで、騒ぎを起こしている)
(アースウェイグ帝国では、帝国騎士がほぼ無傷で鎮圧しているけど、他国ではかなりの血が流れているようだ。)
(その【西方天使教団】というのは、やはり堕天使ルシフェルが作ったものなのですか?)
(そう、数千年をかけて、ゆっくりと人間界に浸透させてきたみたい)
(【西方天使教団】の総数はお分かりになりますか?)
(約200万人、、、)
(!!!!)
(一つの国が作れる、レベルですね)
(そう、しかも大陸中に散らばっていて、一斉に蜂起したから、対応に遅れた国は、悲惨なことになっているようだよ)
(わかりました、こちらは敵の首魁討伐をそのまま実行いたします。【西方天使教団】の方は、陛下にお任せしてよろしいでしょうか?)
(うん、大丈夫、現在 全帝国騎士を大陸中に進軍させて、鎮圧にあたらせているから)
(こちらは、族長が回復次第、攻勢に出ます。それまでよろしくお願い致します。)
(わかったよ、そっちも気を付けてね、ルシフェルは強いよ)
(はい、変化がありましたら、また連絡いたします)
(うん、気をつけてね)
(ハッ!!)
リューイは目を開け、周りにいるランガード軍団幕僚達に状況を報告する。
「200万人であ~るか、それは厄介であ~るな」
ランガード軍団最高齢の妖精王が驚きの声を出す。
リューイは深く考えて、発言する。
「攻めてくる人間全てを無傷で、無力化しながら敵の巨魁ルシフェル一党と戦うのは、無理があると思います。」
「下手をするとこちらの損害が大きくなる恐れもあります。」
白き竜王が、横目でリューイを見て、感情のこもらない声で言う。
「それで、どうしろと准将は考えるのかな?」
リューイは苦慮し、苦しそうな表情で冷酷な言葉を吐き出す。
「敵軍が前衛に人質の様に、人間を並べられたりした場合は、人間を殺す事も試案にいれ、覚悟を持つのも必要かと。」
「リューイ殿の言葉は実に現実的ではあ~るが、それではランガード王が推し進める、大陸の正義の王道は無くなってしまうであ~るな」
キルヘッシュは、どんな時も変わらない。
紳士然として、過激な話でも、厳しい決断をする時も、この男は変わらない。
それが、キルヘッシュ・アクティア妖精王である。
リューイは変わらずに苦しそうに言葉を吐き出す。
「キルヘッシュ様、何か良い案がおありですか?」
「そもそも~私の実兄が~起こした悪さであ~るのだから、弟であ~る、私が何とかしないといけないであ~るな」
リューイが、叫ぶ。
「まさか、キルヘッシュ様は死ぬ 御覚悟なのではないでしょうね」
「長生きしたとはいえ~、ランガード王の作る、正義の世界を見てみたいであ~るよ」
「死ぬ気など無いであ~るよ」
(ただ、相当無理はしなくてはいけないであ~るだろうがね、、、)
「わかりました。あくまでも人間に対しては、攻撃を控え 敵軍を退ける方法を考えましょう」
そこに、イグシア鷹王を連れ、業火の覇王ランガードがやってくる。
「もう大丈夫なのですか?」
直ぐにリューイが心配して声をかける。
「ああ、大丈夫だ」
深紅の鎧に深紅の真甦大剣を腰に吊るして、赤い外套を風に翻して、歩いてくる姿は 実に軍神の様であった。
「宗教に汚染されているとはいえ、洗脳されているだけで、用はただの人間だ。悪しきエルフの様に根本から化け物にされちまった訳じゃねぇ」
「圧倒的な力を見せつけりゃ、逃げ出すんじゃねぇか?」
「圧倒的な力と言いますと、、、」リューイが、話しながら思い浮かぶ。
「なるほど、その手がありましたね」
イグシア鷹王と砂漠の戦士を率いる、軍団長ギリガースが頷く。
ランガード軍団の幕僚達は、今の会話で全て納得し、準備に取り掛かる。
そこへエルフ族エーリア・ティンクル女王が、優雅に共も連れずに歩いてくる。
そして、やっぱり膝まづく。
「ランガード王よ、何とお礼を言ったらよいか言葉も浮かびませぬ。」
ランガードは、長身隻眼で上から見下ろす様に
「ああ、そういうのはいちいち構わねぇから、気にすんな。それより後7万悪しきエルフはいるんだろ」
金髪のまっすぐ伸びた、鮮やかに髪を揺らしながらエーリアは美しい。
「エルフ族全て、蘇らせて頂けると言う事でございますか?」
そこで、茶々を入れるこれまた妖精王だ
「人間も助けて~エルフも助けて~ランガード王はまさに神の様であ~るな」
「そんなんじゃねぇよ、俺がそうしねぇと俺が俺を嫌いになっちまうんだよ」
「それより、エーリア。いちいち俺と話す時に跪くんじゃねぇと前にも言ったよな」
「はい」
っと、返事をして音もなく颯爽と起立する姿は、まさに女王に相応しい。
「なれど、王よ、これが私の生き方であれば、今後もお叱り覚悟で、膝まづかせていただきます。」
(こいつも、こいつで頑固すぎなんだな、、、マジでうちの軍団、変わり者多すぎだっつうの)
戦時中にも関わらず、思わず森林の中に、笑いが響き渡る。