亜人族若長の決断
「おめぇが、ルビリア女王暗殺未遂の亜人か?」
紅蓮の覇王、ランガードはボムルレントの前で向きを変え、亜人族の少年を睨み、燃える隻眼で迫力持って、声を掛ける。
「そ、そうだ。俺がパヴロの女王を殺せば、ボムルレント伯爵が俺達に住む国をくれると言ったからだ!」
若さゆえか、ランガードの気迫ある迫力に押されたせいか、勢いよく語る言葉に嘘は見えない。
しかし、悪人はこういう時、平気でこの様な戯言を宣う。
「そ、そんな約束などした覚えはないぞ。亜人風情が人間の様な言葉をしゃべるな。」
ボムルレントが苦し紛れに叫ぶ。
俺はボムルレントを無視して、亜人の少年に向いたまま
「このクソったれは、こう言ってるが」
メルビル獸の纏う空気の色が、ドス黒く、暗黒の刃の様に変わる。
「きさま~俺達をだましたのか!」
クソったれは、まだまだふざけた事を宣い続ける。
「だます?何を言っている、始めから貴様ら等と手を組む事などあり得るはずなかろう」
ボムルレント伯爵は、黒髪黒瞳でしっかりと大声で宣言する。
次の瞬間
ボムルレント伯爵の背中から、黒き鱗がびっしりと生えた右腕が、腹を貫き大量の血を死と共に新緑の大地に染み込ませる。
「ぐぼっ」
ボムルレントの最後の言葉であった。
メルビル獸は、貫いた右腕を引き抜くと同時に、既に魂が抜けたボムルレントの体は大地に横たわる、大量の自らの血と共に。
しかし、新緑の大地に吸われるように、ボムルレントであったものは跡形も無く、モリビス大森林の一部と化す。
妖精王キルヘッシュ・アクティアの能力である。
見ているのも、不快なので、文字通り大地と同化したのであった。
「でっ、おめぇらはこれからどうする?」
「俺達と戦うか?」
ランガードは身に纏う炎を全て納めて、隻眼の眼で亜人の少年を睨みつける。
いつの間にか、砂漠の民2万人が、亜人たち2千人を取り囲んでいた。
燃える4万個の眼に取り囲まれ、10メートルを超すドラゴンが飛び回り、滝つぼでは20メートルの水竜が咆哮を上げ妖精王キルヘッシュ・アクティアは自然に溶け込み、大地と共に、木々と共に、新緑と共に、清々しい空気と共に存在する。
「紅蓮の覇王ランガード殿、どうか話を聞いて下され」
長老が、曲がっている腰を更に屈め、ランガードの前に足を引きずりながら出てくる。
そして、メルビル獸に変わり話を始める。
「わしら、亜人は人と獣の【まじり】ですじゃ、過去には人との間に諍いも起きておりましたじゃ、、、我らは人に追い払われ、このモリビス大森林の最奥に静かに密やかに過ごしてまいりましたじゃ」
「それでも、特殊能力の優れたわしらを恐れ、ヒトは我らを追い立て狩り、奴隷にしたりしましたじゃ」
「数で、圧倒的に勝るヒトには、到底敵うわけなく、日々恐怖に包まれながら、我ら亜人は細々と暮らしてまいりましたじゃ」
「メルビル獸が、そこの悪人のたわ言に惑わされるのもわからなくもないのじゃ」
「ですから、どうかわしらを滅ぼさんでくだされ」
「このジジィの命、ひとつで勘弁していただけぬでしょうかの!」
長老はサルの様な長い手で、腰の後ろに刺してあった短剣を引き抜き、自分の首めがけて自ら命を絶とうとする。
ランガードは、右手の中指と親指で『パチン』と音を鳴らす。
長老が自害しようと持つ、短剣が燃え上がり一瞬で灰燼と化す。
「先走った、若いもんの穴をふくのは、年長者の役目かもしんねぇが、俺の前では許さねぇよ」
「まして、おめぇらは被害者だ」
「ジジィが死んでどうこうなる話じゃあるめぇ」
いつものランガード節が炸裂する。
ランガードは、黒腕の少年に向かって
「おめぇの名はなんという」
迫力に押されて、思わず噛み噛みだが、胸を張り堂々と名乗りを果たす。
「お、俺は亜人族を た、束ねる長のメ、メルビル獸だ」
ランガードはにやりと笑い
「俺と戦って、勝ったらお前たちの希望を全て聞いてやる。」
「負けたら、貴様の存在が今この場で亡くなる。」
「どうだ、やるか?」
亜人の若長は悩んだ、、、
目の前にいる男の強さは、肌にビシビシと伝わってくる。
間違いなく自分よりはるかに強い。
「やってやる。但し一つ頼みがある。」
「言ってみろ」
「もし、俺が負けても一族は助けてやって欲しい。」
(こういう奴は俺は嫌いじゃねぇ)
「いいだろう」
「感謝する」
若長の体が、二回りほど大きくなり、両腕の黒い鱗が全身に生え、2足歩行の本物の大蜥蜴に変身する。
昔、【紅の傭兵】を名乗っていた頃、メラの村の巫女メイラと共に戦った山賊の頭領が、この亜人の若長に似ていたことを思い出した。
メルビル獸は、変体を終え、初めて自分の武器を振り上げる。
三又の槍だ!
俺はスッと目を細め聞いてみた。
「昔、おめぇと同じような奴と戦ったことがある。親類か?」
若長の表情は読めぬ、だが苦渋の考えをしている事を感じた。
「そいつは、おそらく俺のオヤジだ。」
蜥蜴の顔で、ヒトの言葉をしゃべるのはやはり中々慣れないが、肝っ玉の太いランガードだからこそ、普通に会話を成立させる。
「一族を率いるべく、【長の座】を捨て、一族を捨て、俺のこの胸に傷をつけたクソ野郎だ!」
「そうか、、、おめぇのオヤジを殺したのは俺だ。」
「恨むか?」
「・・・・・・」
メルビル獸は、蜥蜴の顔を僅かに、左右に振り
「オヤジは、自分の力に溺れ、てめぇの事しか考えずにこの森林から出て行った。」
「俺と母ちゃんは必死に止めたんだが、母ちゃんを殺し俺の胸にこの傷を刻み、出て行きやがった。」
「感謝しても恨む事は無い。」
きっぱりと言い切る。
「わかった。そんじゃ始めんべ」
俺はゆっくりと深紅の魔鉄大剣を鞘から引き抜く。
優雅で、動作に一切の無駄も無く、これまで何万回と行ってきた命のやり取りの儀式だ。
メルビル獸は、三又の槍を俺に向け腰を落とし、戦闘態勢を取る。
「いいぜ、掛かってきな!」
ランガードが、開始の言葉を発すると同時にメルビル獸の姿が消える。
保護色化で、周囲と同化して透明になる。
オヤジと同じ能力だ。
俺は隻眼の目を閉じ、全く視界を自ら奪う。
【真甦】で見る事に切り替えたのだ。
気配を 呼吸の音を 心臓の鼓動する音を 僅かの音でも聞き分ける。
魔鉄大剣をだらりと、下げ攻撃も防御もする気配を見せないごく自然に佇む、ランガードだ。
メルビル獸は、透明なままランガードの隙を狙っていた。
しかし、無防備に思えるランガードの姿には全く隙が無い!
自分の中で、幾通りも攻撃方法を思考する、、、
全てが、自らの死に直結する答えしか出ない。
これほどの力量の差があるとは、、、
メルビル獸にとって生まれて初めて対する最強の相手であるのは間違いない。
「どうした、かかってこねんなら、こっちから行くぜ!!」
無造作に構えた、魔鉄大剣を下から上方に向かって軽く振り上げる。
メルビル獸は保護色で透明になっており、居場所さえ知らない筈のランガードは的確に、亜人の若長のいる場所めがけて剣を振るう。
爆風が、モリビス大森林を吹き荒れる。
メルビル獸は、透明保護色を吹き飛ばされ、姿を現す。
かろうじて恐るべき爆風を受けながらも、瞬時に飛び退り、後方に大きく聳え立つ大樹を足場に蜥蜴の強靭な脚力で、大樹を蹴り、ランガードに物凄い勢いで襲いかかる。
ダンッ!!
「うぉおおおりゃぁあああー」
メルビル獸、気迫で渾身の一撃。
ランガードは相変わらず、無造作に構えもしないで、隻眼の目を閉じている。
襲いかかる亜人の少年が持つ三又の槍が唸りを上げ、ランガード目掛けて襲いかかる。
気迫と若さと責任を乗せて、、、
ガキィン!!
ランガードは無造作に魔鉄大剣を振り上げ、上方から襲いかかる槍を易々と受け止める。
「くそっ!!」
渾身の一撃を受けられて、思わず亜人の若長が吐き出す、無念と力量の差を自ら感じて、、、
ブン!!
魔鉄大剣が唸りをあげ、死と敗北を連れてメルビル獸に容赦なく、休む暇を与えずに襲いかかる。
ガンガンガン
亜人若長は、得意の武器である得物をグルグル振り回しながら、ランガードの剣戟を後退しながらも、何とか受け止め必死に防戦する。
ランガードは炎を吐き出していなかった。
真甦は使い、眼の代わりとしてメルビル獸の位置、動きを正確に把握する。
そして、豪剣を打ち続ける。
「おめぇの本気はそんなもんか!」
ガン!!
剣と槍がぶつかり合う、鈍い音が響く。
「てめぇの覚悟はそんなもんか!」
ガン!
「くそっ!」
防戦一方になりながらも、自らの無力さを怒気に含み吐き出す胸に傷を持つ蜥蜴の少年。
「うぉりゃぁあああー!!」
メルビル獸が、ランガードの剣撃を避けずに、槍を前へ突き出し攻撃する。
右腕にランガードの剣戟をまともに受け血が迸る。
出血しながらも、血しぶきを振りまき反撃に出る。
爬虫類特有の獰猛な目付きで、闘志を槍に込めて!
ガン!!
ランガードは魔鉄大剣で、メルビル獸の決死の槍を上から叩き落し、槍は大地に深く突き刺さり、魔鉄大剣によって押さえつけられ、身動きできなくなっていた。
メルビル獸は、右腕を上腕から手の甲迄、一筋の裂傷をおい、亀裂から赤い血を大量に流してはいるが、眼は相変わらず闘争心に溢れ、ランガードを睨む。
「まだだぁー!!」
メルビル獸は、持っていた槍を放し、自らの傷ついた右腕で、ランガードに襲いかかる。
ランガードは咄嗟に、左足を軸にして右足を大きく弧の時を描き、メルビル獸の傷を負いながらの必死の攻撃を右腕諸共体全てをランガードの右足が蹴り飛ばす。
血をそこら中に撒き散らしながら、ぶっ飛び転げまわる、亜人の若長、、、
何万もの眼が、見守る中。
ただ静寂に包まれながら、死闘は続いていた。
ランガードは、倒れる亜人の若長の傷ついた、右腕を右足で踏む。
「ぐわぁ」
たまらず、苦悶の声を吐き出す。
「てめぇの本気は、こんなもんか?」
「一族を背負って立つ責任はそんな軽いのか?」
傷ついた右腕を踏まれ身動きできない、メルビル獸だが、眼はまだ死んでいない、、、
「はぁはぁはぁ」
呼吸も荒く、怒気を振りまいてはいても、実力の差は埋められずに悔しくて、、、悔しくて、、、
思わず、亜人の若長メルビル獸の獣の両眼から、涙が止めどなくあふれる、、、
ランガードは平然と
「一族を守れず、てめぇの命も守れず、悔しいか?」
メルビル獸は涙を流しながらもランガードの隻眼を睨み
「くやしい!くやしいよ。」
「散々蔑まれされた俺達が、陽も浴びる事も出許されず、、、」
「うぉおおおおー!!」
メルビル獸最後の死力を尽くし、空いている左半身を使って長く太い尻尾をランガード目掛けて叩きつける。
ランガードはメルビル獸の尻尾の攻撃をまともに食らい。
吹っ飛ぶ。
その先は、メルビル獸の使っていた三又の槍が大地に深く突き刺さった、持ち手の部分に後頭部を強打し、意識を失うランガードであった。
ベルフェム、イグシア、キルヘッシュも皆、ただ ただ
「・・・・・・・」
だ。
亜人の若長メルビル獸の勝利がその場で決まった。