辺境伯の罠
眠る、ルビリア聖女王陛下の急拵えの寝室。
ベッド横には、15歳ほどの少年が立っていた。
髪は黒く長く、大雑把に切りそろえており散切り頭であった。目付きは悪く吊り上がっており、好印象を与える顔でないのは事実だ。
異様なのは、顔ではなく両腕だ。
黒光りする、鱗を両腕にびっしりと生やした腕は人間の物とは到底思えなかった。
両指は、全ての指がとても長く、爪は異常に固く長く爬虫類の大蜥蜴の様に狂暴そうに生えていた。
上半身裸の胸には、大きな傷が×印の様に、痛々しさより獰猛さを際立たせていた。
上半身裸の筋肉は15歳にしては、非常に発達して隆起しており、俊敏さと凶暴さを具体化し表現していた。
その亜人の少年の凶悪なる爪が、ルビリア聖女王の喉元を貫き通そうとする正にその瞬間。
寝室の扉を蹴り破って、突入してきたのが、ルビリア聖女王陛下の婚約者であり、アースウェイグ帝国軍最強帝国騎士団准将リュギィ・コネルと同じく武神将ガウス・ヴォーフェミアだある。
突進してきた、2人は何の躊躇も無く、黒剣を鞘より引き抜き、亜人の少年に向け斬撃を浴びせる。
ガシィン!!
黒騎士最強二人の黒剣を亜人の少年は、黒光りする異様な鱗の腕で、受け止める。
リュギィはすかさず、【鋼鉄の真甦】を黒剣に流し込み第2撃が少年の胴を薙ぎ払う。
流れる様な動作で、素早く決定的な攻撃の筈であった。
しかし、亜人の少年はリュギィの渾身の剣戟を俊敏に飛び退り避ける。
どんな剣の達人でも、人間ではほぼ不可能な黒騎士の攻撃をこの亜人の少年はなんなくかわしてしまった。
だが、そこで攻撃が止まるわけでは決してなかった。
ガウス武神将の巨大な真甦を練り込んだ、黒剣が唸りを上げて、少年の存在そのものを亡き者とするように襲いかかる。
ゴォオオオー
寝室全てを破壊する、強激な一撃に流石の人ならざる少年も、歯を食いしばり黒き腕を交差して、顔面を隠し、後方に大きく飛び退る。
この驚きの異常事態に、さすがに寝ていられずにシーツを胸元に引き寄せ、驚愕し、目を見開くルビリア聖女王陛下。
その隣には、黒剣を中段に構え忠義に警護する。
愛しの婚約者の姿があった。
恋愛に溺れているとはいえ、帝国騎士である以上、戦闘となれば為すべく事を迅速に、そして的確にこなす。
急拵えで作った、聖なる女王の寝室は半分以上が吹き飛び、崩壊していた。
ガウス・ヴォーフェミア武神将が、漆黒の黒剣を下げながら
「逃げられたな」
一言呟く。
アースウェイグ帝国軍武神将の一撃をあの亜人の少年は、無事に逃げおおせたのだ。
リュギィ・コネル准将は片刃黒剣を鞘に戻し、ルビリアに声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
思わず、恐怖からかリュギィに抱き着くルビリア聖女王である。
ヴァルゴ国軍戦役時にも、囚われの身となり、両親含め親しき家臣たち全てを目の前で惨殺された、過去を持つ彼女をリュギィは全力で、心身ともに守ろうと決意していたにもかかわらず、今回の失態に自ら己を責める黒騎士准将であった。
(くそっ、またルビリアを怖い目に合わせてしまった、、、)
己の不甲斐なさに、自分を責めるが、ルビリアが無事であったのは、大変喜ばしい事実であった。
ルビリアは、必死にリュギィに抱き着いたまま離れようとしなかった。
その頃、ブリッシュ・アンツ千竜騎士長は、歯噛みして悔しがっていた。
「くそっ、こっちが囮か!」
ボムルレント辺境領主軍は、戦闘をせずに後退していったのである。
っと、同時にガウス・ヴォーフェミア武神将より真魂交信でルビリア聖女王陛下襲撃事件を知る。
ガウスは、ブリッシュ千竜騎士長に追撃命令は出さず、帰還せよと連絡してきた。
ブリッシュ・アンツ千竜騎士長は、命令に従い直ちに軍を取りまとめ、パヴロ聖王国聖王宮に帰還した。
5千騎の漆黒竜騎馬の軍隊は、砂塵を撒き散らしながら、全速力で帰還の途についた。
実際に、パヴロ聖王国の全てを取り仕切っている、ガウス・ヴォーフェミア武神将は事の次第をアースウェイグ帝国軍総司令長官であるアルセイス・アスティア・アグシス閣下に真魂交信で報告した。
返信はいつものように一言。
(わかった)
の一言だった。
ガウスは、ブリッシュ・アンツ帰還まで、自らルビリア聖女王にリュギィ准将と共に警戒に当たりながら、各方面へ指示を出していた。
ルビリアは最近やっと、以前の様によく笑い、笑顔を見せていたが、今回の暗殺事件で再び、顔を曇らしてしまった。
心が痛い、ガウスとリュギィであった、、、
自分達が着いていたのに、なんとした事かと自責の念に襲われる。
婚約者のリュギィは、思わず壁を殴りつけ自らの無能さを恨む。
モリビス大森林奥部、大きな滝が大量の森林の水を吐き出す、滝つぼに一種異様な者たちが大勢集まっていた。
亜人だ。
2千人はいるだろうか?
多種多様な亜人が、集まっていた。
亜人は元来、部族によって住処を分けて暮らしており、部族間の交流はほぼない。
そのはぐれて暮らす、多種族の亜人が一同に会しているのである。
【多種多様】という言葉が、しっくりくる様子であった。
鹿の足を持つ人間、腕の代わりに大きく黒い翼を生やしている者、顔が狼なのに人の言葉を話す人もどき、大きな熊の体に人間の顔を乗せた異人、様々な亜人族が集合していた。
その中央には、ルビリア聖女王暗殺に失敗した、あの両腕が大蜥蜴の様な少年が、立ち大声で話していた。
「もう、このモリビス森林の奥で、日陰暮らしはごめんだ!陽の当たる場所で、全員一緒に暮らすんだ!」
「その為に、パヴロ聖王国を俺達の国にする。」
見た目から大分年齢を重ねているらしいサルの腕をした老人が話す。
「メリビル獸、お主の言う気持ちはわからぬでもないじゃ、表に出るには大勢の犠牲が出るかもしれぬし、もしかしたら亜人全てが滅ぶ事もあるのではないのなじゃ?」
メルビル獸と呼ばれた、胸に大きく×印のある少年は、黒光りする大きな腕を自分の腰に当て、良く鍛えられた胸を張り宣言するように
「長老!!」
「俺達が滅ぶときは、奴らも滅ぶ時だ。」
「今まで、散々追いやられ、蔑まれ、この大森林の奥部に暮らす俺達が、何か悪い事でもしたのか!」
「何故、陽の当たる世界で暮らしてはいけないんだ!」
「この姿のせいか!俺達の能力を恐れての事か!俺達が何か悪さをしたか!」
「人間どもは、俺達を恐れ、この深い森に追いやり、少しでも出ると、奴隷にされたり、殺されたり、散々ひどい目にあってきたではないか!」
「今こそ、奴らを見返すんだ!」
長老と呼ばれた、亜人は曲がった腰を叩きながらも響き渡る声で
「真甦持ちの能力者には、我らとて適うまい。メルビル獸、パヴロの女王暗殺に失敗したのも、帝国騎士に邪魔されたかろうじゃて」
メルビル獸は頷きながらも
「確かに、俺達だけでは国を取る事は出来ないかもしれないが、今回は大きな見方がいる。皆に紹介しよう」
と言い、大きく黒光りする右腕を振って木の陰に潜んでいた者を紹介する。
「ボムルレント辺境伯爵様だ!」
「「「「!!!」」」」
そこに集う亜人全てが動揺する
「に、人間、、、貴族だと、、、」
木陰から、姿を現したのは紛れもなく、辺境の豪族王と自ら名乗る、パヴロ聖王国辺境伯爵である。
鍛え上げた、体は逞しく生気に満ちている。
剛毛な黒髪は、油で全て後ろに固めて額を全て露わにしていた。
眉毛も濃く、意志の固さ、頑固さを表現しているように鋭い目つきで、亜人を見つめる。
「儂の計画に従えば、お主ら亜人族に、陽の当たる住処を確保してやる事を約束しよう。」
「我領主軍総勢5万とお主ら亜人族が組めば、パヴロ聖王国を奪う事など容易い事だろうて」
メルビル獸は、満面に笑みをたたえて
「どうだ!皆のもん、ボムルレント伯爵に協力しようじゃねぇか!」
「そうすりゃ、俺達は陽の当たる国を持てる!!」
ザワザワ
騒ぎ立てる、それぞれの亜人族部族の者達、、、
そこに響き渡る様に、大声で荒々しく声が響く
「そいつの言う事、聞いちまったらおめぇ等、おしめぇだぞ!!」
大滝の大量の水が流れ落ちる、崖の上から見下ろす長身の赤髪の男が叫ぶ。
思わず、ボムルレント辺境伯が上を振り上げる。
丁度、逆光になってしまい顔はわからない。
だが、人間であることは判別できる。
「貴様、ふざけたこと言いおって、何者だ!!」
ボムルレントは、油で固めた黒髪の頭を上へ向きながら叫ぶ。
「全くであ~るな、この様な人間がまだおるとは驚きであ~る」
姿は見えないが、別の者が自然と大地に同化しながら、周囲一帯から声が響く。
大きな滝つぼが、異変を起こす。
渦を巻き、激流が渦巻く大きな水柱になり、水龍へと変化し咆哮を上げる。
ガァアアアアアー!!
驚愕する、ボムルレントの目の前に炎が、燃え上がると炎は人型になり、紅蓮の覇王ランガード・スセインが隻眼の眼を真っ赤に燃やしながら現われる。
「な、な、なんだ、、」
驚き言葉にならないボムルレント辺境伯爵だが
ここに現れたのは、当然、南海紅竜王がランガードと東海白竜王ベルフェムに妖精王キルヘッシュ・アクティアであるが、それだけでは無かった。
ズン!ズン!ズン!
新緑の大地が震える。
木々の間から射す、太陽光を遮り、大きな物体が咆哮を上げながらモリビス大森林上空を飛行する。
そして、最後は新緑の奥、暗闇に包まれている空間より無数の燃え上がる、眼、眼、眼、、、
が、滝つぼ目掛けて飛んでくる。
まるで無数の火の玉の様に、、、
驚愕しているのは、ボムルレントだけではないそこに集う、2千人の亜人族の面々も動揺して、動けない、、、
新緑の暗闇から現れたのは、イグシア鷹王率いる、砂漠の民2万人と20匹のドラゴン。
炎元郷への移動中に、この事件をアルセイスから聞いたランガードが、合流させたのだ。
体長は雄に10メートルを超す、本物のドラゴンが咆哮と地響きと火炎を吐きながら近づいてくる様は、亜人だろうと人間だろうと【恐怖】しかない。
妖精王キルヘッシュは、この様な自然が沢山ある場所には、無数の妖精が住んでいるので、彼らの力を借りて、今この場所では無敵にして自然そのもので、姿すら何処にいるかわからない。
滝つぼには20メートルを超す、水龍が立ち上がり頭頂部には優雅に左手を右手の肘にあて、右手は自分の顔にあて蔑んだ眼でボムルレントを見下ろす。
ボムルレントの目の前には、怒りに赤髪を燃やし爆発寸前のどでかい爆弾如き、迫力で立ちはだかる。
「てめぇ、みたいな奴が俺は大嫌いでよ」
ランガードが纏う炎が更に燃え上がる。
「あ、あつい、、、」
たまらずボムルレントの目の前の火から遠ざかろうとする。
音も気配も無く、ボムルレントの背後、背中に抜き身の曲刀の切っ先が付きつけられる。
イグシア鷹王だ。
「おめぇみたいなのは人間の恥だ。」
業火爆蓮の炎王は、とても嫌な物を見た様に侮蔑を込めて吐き捨てる。