イベリア海賊王国
ジャシス王国軍務長官は一人の共も無く単身で、国境まで来たようだ。
ボストゥル・メイザー卿は国境警備室の一室の粗末な椅子に座っていたが、俺の顔を見るなり立ち上がり叫んだ。
「どうか、我ジャシス王国をお助け下さい!!」
と、目を血ばらせ俺の顔を凝視する。
ボストゥル・メイザー卿とは、【ランガードのケジメ】の際に人質となり、財産の半分を没収された仲だ。
面識もあり、俺の能力も良く知っている。
俺は普段と変わらず、声を掛ける
「ジャシス王国の軍務長官が俺に用と言うのは、救援要請って事か?」
「そ、そうであります。」
汗を顔中から噴き出し、ボストゥル・メイザー卿は懇願する。
「まぁ、座って順を追って話せ」と冷静に言う、紅蓮の覇者にして長身赤髪のランガード。
ジャシス王国の軍務長官は、俺の一言で冷静になり椅子に腰かけ直す。
俺とベルフェムも迎いの椅子に座り、リューイが後ろで立ったまま話を聞く。
ボストゥル・メイザー卿は汗をハンカチで一生懸命拭きながら話し始める。
「ランガード殿はイベリア海賊王国という、国を御存じでありますか?」
「ああ、たしか国を挙げて海賊稼業を生業としているとんでもねぇ国だろ、昔行ったことがあるぜ」
傭兵時代に、傭兵として雇われたが、国王と馬が合わず、派手な大喧嘩して王宮の半分を焼き払った経緯がある。
直ぐに辞めてしまったとはいえ、王宮の半分を焼いたという曰く付きの国である。
国と言っても孤島にあり、島全てがイベリア海賊王国なのだ。
当然、国民ほとんどが海賊と言う全くとんでもない国だ。
ボストゥル・メイザー卿は更に言いつのる
「この様な事を頼める、立場でない事は重々承知しておりますが、我等ではもうどうする事も叶いません。」
「恥を忍んで、ランガード殿にお願い申し上げます。」
高音のソプラノの声が会話に入って来る。
「要はその、海賊王国を追い払えばいいのではないかな?」
ボストゥル・メイザー卿は、初めて見る女性のような男性の高い声に驚くが、そんな簡単にいくものならとっくにしているという顔で、ベルフェムを見る。
俺がベルフェムの言葉に不本意ながら同意して
「そういう事だな。」
「っで、その海賊共は何処から攻めてきて、現在どうなっているんだ?」
ジャシス王国の軍務長官はやっと、ランガードと会話できたことで、少し安堵して話し始める。
「今朝がた、我ジャシス王国の東にあるナグル港先の海洋にイベリア海賊王国の大船団が現われました。」
「我王国軍は直ぐに湾岸警備隊を出動させ守備態勢を取りましたが、相手は約5万以上の兵士と船団をこの戦に投入しており、とてもかないませぬ」
「既に、一部の敵軍は上陸しており、王都を目指しております。」
軍務長官が単身で、本来険悪の仲の俺に助けを求めて来たのだ、現場はかなり酷い事になっているのだろうと思った。
俺は面倒くさそうに、「わかった、後は任せておけ」と言いベルフェムとリューイの方に顔を向ける。
二人共、いつでもいいですよ!的な態度で、俺の隻眼に目を合わせる。
【火の民】にもアースウェイグ帝国にも全く関係ない話だと言って、切り捨ててしまうのが普通なのだが、轟炎の覇王の【正義】は全く違う所にあった。
来た時と同じように、3人はその場から消えていなくなる。
驚くのは、ボストゥル・メイザー卿だけではない、アースウェイグ帝国軍警備兵も一様に驚きの顔を隠せていなかった。
飛びながら、リューイが話しかける
「勝手に越境してますけど、良いんですか?」
俺は普段と変わらずぶっきらぼうに
「あっちが、助けてくれって言うんだから、関係ねぇだろ」
「それに、、、」
リューイが割って入る
「民が、傷つくのは許せないんですよね」
「族長のそういう所、僕は好きですよ」
ベルフェムも間に入って来る
「私も同意見だ。南海紅竜王は見かけによらず」
「優しいな。」
俺は短髪の赤髪を風に靡かせながら
「よせや、面と向かって言われると、恥ずかしいだろ」
「それに、見かけによらないのはお前だって同じだろ」
っと、東海白竜王ベルフェムに視線を送る。
「はは、そうかもしれんな」
これから、たったの3人で5万の兵力と戦うというのに、全く緊張感のかけらも無いのは、、、
いつもの事だ。
「まずは、ベルフェムが上陸してる奴等を海上に押し戻せ、俺が話を付けてやる。」
「なるべく、殺すなよ。」
「わかりました」「承知」
っと、即答してくるのが気持ちよい。
ジャシス王国は大陸東端に位置し、国土は縦長で東側は全て海上に面している。
王都はジャシス王国の中央付近にあり、海上からもアースウェイグ帝国側からも近い位置に在る。
海に面した立地なので、漁業が盛んで舟を使った貿易にも力を入れている国だ。
ランガードがアースウェイグ帝国軍の傭兵隊長として【火の民】を率いて、王都に攻め上ったのは記憶に新しい。
ジャシス王国王都周辺を通過する。
まだ、イベリア海賊王国の軍勢は王都までは来ていないらしい、、、
いた!
数、約5千。王都まで約3キロくらいか
「ベルフェム頼むぞ!」
俺はリューイの右肩を掴みながら、声を掛ける。
ベルフェムは自らリューイの左肩に置いていた手を離す。
「お任せ有れ」
超神速から突然、ジャシス王国軍とイベリア海賊王国軍の戦闘の真っただ中に忽然と、現われる優美な水龍の王。
剣戟の真っただ中、まさに両軍が争っている中央に舞を踊るように、両手を頭の上に挙げ両手両足を交差させてくるくると回りだす、東海白竜王ベルフェム。
すると、ベルフェムの立つ地面から大量の水が沸きだし、あっという間に溢れ出す。
水は大きな水龍の形になり津波のように、両軍兵士、諸共一気に洗い流す。
周辺の兵士は一体何が起こったかわかないうちに、大量の水に足を取られ、巻き込まれ海へと押し流される。
水は生き物の様に、広がらず腰上までの高さを維持しつつ両陣営の兵士を包み押し戻す。
両軍合わせて1万弱はいるだろう兵士を団子の様に水で包み込み押し流す事が出来る能力者は【水の真甦】を持つ中でもやはり、この人 東海白竜王ベルフェム以外には居る筈が無い。
ベルフェムは踊るように、軽やかに水龍と共に海上に向かっていく。
ナグル港湾には何百隻と言う、軍艦始め帆船など多数で埋め尽くされていた。
俺とリューイは、港湾に一番大きく、帆がいくつも張ってあり、波をこぐオールが片側だけでも15本あるいかにも海賊の旗艦らしきガレリア級大型船の船上に突如降り立つ。
甲板上では突然の侵入者に、船員だか海賊だかが驚き、襲いかかってくる。
豪胆な二人の侵入者は、全く動じず、剣すらも抜かない。
周囲を取り囲むように、一斉にランガードとリューイに襲いかかって来た海賊もどきは下品な顔で大声で怒声を浴びせてくる。
いつもの事だ、、、、
俺は両腕を腕組みしたまま、隻眼の目も閉じ、少しも動かずに屹立していた。
リューイは俺の後ろで、どうぞ勝手にやって下さいオーラを出しまくっていた。
蛮刀を振り上げ迫りくる、海賊の暴漢ども、、、
業火の覇王は、カッと目を開く!!
途端に、ランガードの周辺に迫りくる海賊に対して、、、
火炎の波動が、南海紅竜王より放たれる!!
ズゴゴ~ン!!
全く動かず、目を開いただけで【炎の真甦】を火炎と共に衝撃波を波動に乗せ、空気を震わせる。
ランガード達に迫っていた、海賊は一瞬で吹き飛ばされ船から落ちていく。
ランガードからしたら、かなり力を制御したのだろう。
本気なら軽くこの大型船丸ごと吹き飛ばす事すら可能だろうから、、、
リューイが一言「また、新しい技を身に着けたんですか?」リューイ程の真甦があれば、吹き飛ばされずに済むが、普通のヒトではひとたまりもない。
「難しい事はわかんねぇけど、そう感じるんだよ」
俺は腕を組んだまま、奥にいるデカブツを見つめていた。
イベリア海賊王国ガジェッド・ゲンツ海賊国王だ。
身長は優に2メートルを超え、髪は茶色で背中まであまり清潔感の無いまま伸ばしてる、体重は200キロくらいは有りそうな、船に乗る怪物だ。
「ぐふふ、久しぶりじゃのぅ【紅の傭兵】、お前の事は忘れんぞぅ」
低く腹に響く声で、話す。ヒトならこの姿と声を聞いただけで竦み上がりすく、逃げ出すだろう。
紅蓮の覇王は、全く動じずに両腕を組んだまま海賊王に答える。
「【紅の傭兵】は廃業した。」
「今は、アースウェイグ帝国軍ランガード・スセイン武神将だ」
俺はこの肩書がすげぇ、嫌いだが名乗らない訳にもいかねぇから、使っているだけで、地位とか名誉なんぞ一切興味がない。
周りがざわつく、、、
「アースウェイグ帝国軍のランガード武神将!」
「異世界の怪物共を倒した、豪傑。」
「この世界を救った、英雄。」
「紅蓮の戦士【火の民】族長。」
リューイが、小さな声で背中から呟く。
「随分、有名人になりましたね族長。」
「興味ねぇよ」俺は振り向きもせず、ただ前にいるデカブツだけを片目で見据える。
ガジェッド・ゲンツ海賊王は驚いたように
「貴様が、紅蓮の覇王ランガードだったのか!」
叫ぶ。
「ああ、俺とやるなら今度は王宮半分じゃ済まねぇぞ」
獰猛に睨みつける。明らかに動揺している、巨大な海賊王。
動揺しながら、命令を発する。イベリア海賊国王。
「こ、殺せ!こいつらを殺すんだ。」
ざわつく、海賊の船員たち、、、
「今、お前は間違った命令を出した。その対価はこれだ。」
俺は右手の指を前に差し出し、パチンと鳴らした。
途端に、海賊王ガジェッド・ゲンツの体が炎に包まれる。
「ぐわぁあああー」
「あ、熱い!熱い!」
余りの熱さに、暴れまわるデカブツ。暴れるたびに船がユラユラ揺れるほどだ。
周りにいた船員たちが慌てて、樽より水を汲み、自国の王の体に水をぶっかけ、ぶっかけなんとか消化に成功する。
俺は剣も抜かず、立ったまま
「次はだれが焼かれるんだ?」
周りを見回す。
誰も、俺と目を合わせようとしない、戦う気力も完全になくなっていた。
リューイは一人(凄いな、族長かなり能力が飛躍的に上がっている、、、)感心し、自分の主君を尊敬の眼差しで見つめる。