ランガード・スセイン伯爵誕生
帝都アーセサス 黒曜天宮
新皇帝の誕生に、黒曜天宮は賑わっていたが、新皇帝の意志で、即位式は大々的には執り行わず、臣民及び諸外国には通達のみし、改めて即位式を執り行うと言う事になった。
そして、今、黒曜天宮 謁見の間では、新皇帝のリスティアード・ローベルム・アルヴェス・アースウェイグ陛下が此度の異界生物との戦争での褒賞を発表していた。
死亡した、尊い犠牲を悼むより、生きて活躍した者に褒賞を与えるのは、国として臣民に希望を与える意味でも必要不可欠な行事である。
皇帝陛下が朗々と響く声で読み上げる。
「始めに、アルセイス・アスティア・アグシス卿を帝国軍総司令長官に任命する。黒龍騎士団団長後任は准将であったガウス・ヴォーフェミア武神将が就任するものとする。」
ガウスが一人思う
(やっと、武神将まで来たか、、、でもあいつらを率いるのは大変だよ~髪の毛禿げないようにしよう、、、)
実は武神将に選任されると、リスティアード皇帝陛下と真魂交神をする事になり、真甦が急激に上昇しこれまでとは比にならぬ程の力を手に入れる事になる。
ガウス・ヴォーフェミア武神将もその一人になるのだ。
今は、まだその事実を知る事は無いが、、、
「銀鷲騎士団団長オーガス・ビスマルク武神将は主席武神将としてまた、帝国軍総司令副長官の任に付くものとする」
次々と発表される、褒賞人事。
そして最後にランガードの番が回って来た。
「不死鳥騎士団ランガード武神将。」
ニヤッとリスティアード皇帝陛下は笑い
「ランガード武神将には爵位、スセイン伯爵として帝都アーセサスより炎元郷までのジャシス王国に隣接する東南部を領地として与える。」
「ヴォルグス砦を領地の居城とし、城兵達も領兵士とする事を許す。」
「ランガード武神将は今後、【ランガード・スセイン伯爵】と名乗るが良い。」
ランガードが慌てた様に「おいそれじゃ、俺が婿養子に行ったみてぇじゃねぇかよ」小声で叫ぶ赤髪の轟炎の覇者。
皇帝は微笑みながら「僕が考えたんだけど、良い名前でしょ」と小声で囁く。
元気になった、メラの村メイラが駆け寄ってくる。
「おめでとうございます。【伯爵】様」
「メイラ迄、勘弁してくれよ~、俺がそう言うの興味ねぇの良く知ってるだろ!!」
一通りの発表が終わり、式は終了した。
玉座から、リスティアード皇帝陛下が話をしている、俺とメイラの所にやってくる。
「メイラ、僕を助けてくれて本当にありがとう」
メイラはスカートの裾を両手でつまみ、膝を折りお辞儀をする。
「我主君にお仕えできる事は、私に取り至上の喜びであります。今後ともお役に立てるよう精進いたします。」
「ありがとうメイラ」
2メートルの長身から見下ろされながら、王冠を見事な金髪にのせ微笑む。
片目に黒い眼帯をしている、隻眼の勇将に向かって声を掛ける
「今回は、正直きつかったね。」
「ミハムのおかげだ。ミハムはどうした?」
「あの後、ずっと寝たきりなんだよ。でも力が戻れば意識はきっと戻るよ。」
「ところで、ランガードの子供はもうすぐ生まれるんじゃないの?」
「ああ、これからヴォルグス砦に顔出して、炎元郷に戻る所だ。」
「僕も行きたいけど、さすがに今は無理かなぁ~」
「あたりめぇだろ」スセイン伯爵が、吐き捨てる。
皇帝陛下に対して、この様な言葉使いと態度を取ることが出来るのは、唯一この男だけだろう、、、
轟炎の覇者にして、聖剣主、隻眼の勇将、竜騎馬の生産地である炎元郷を統べる【火の民】族長、不死鳥騎士団団長で武神将、美しく誇り高き氷結の女王を妻に持ち、氷結の村から採掘される魔鉄の販売権利を全て持ち、此度新たに伯爵位と領地を授かった。
一介の傭兵であった男は、今でもこれらの称号に何の興味も持たなかった、、、
ただ、どんな時もぶれずに、【己の正義を貫き】、【大切な人間を守る】事の出来る【力】だけを欲した結果だ。
皇帝陛下とメイラに挨拶し、リューイを連れ謁見の間を後にする。
黒曜天宮を出ると正門中央広場に、竜騎馬に騎乗する【火の民】が待ち構えていた。
ひと際、大きな竜騎馬【阿修羅丸】が己が主人を見つけて、喜ぶように駆け寄ってくる。
俺は阿修羅丸の顔を優しくなでてやり、ヒラリと騎乗の人となる。
高い目線から、皆を見回し
「炎元郷に帰るぞ!」
「「「「おうっ!」」」」
っと、返事が返ってくる。
不死鳥騎士団の事はフーカ・セロ千竜騎士長に任せ、一時【火の民】はヴォルグス砦に寄りながら、炎元郷に帰還する。
そこに、何故かリューイの横に【天の真甦】を持つリン千竜騎士長がリューイの腕に絡みつくように自分の腕を絡ませ、頬を赤らめて共に佇んでいた。
二人の後ろには【火の民】リン千竜騎士長の副官にして火玄・暁が体中に包帯を巻きニコニコしながら微笑む。
まるで、父親の様に、、、
俺は(ふぅ~ん)と思いながら、敢えてそこには何も触れなかった。
此度の戦役での犠牲者は帝国騎士の約半数がやられた、、、
不死鳥騎士団【火の民】にも犠牲は多く出たが、他の騎士団ほどではなかった。
紅蓮の戦士【火の民】のおかげであろう、、、
行軍を始める【火の民】の前に3人の人間が立つ。
一人は剣聖にして、今では帝国軍総司令長官である。
アルセイス・アスティア・アグシス卿である。
もう一人は、真っすぐ伸びた見事な金髪を優雅に揺らし、佇む、金獅子近衛騎士団団長レィリア・アストネージュ武神将。
そして、東海白竜王にして【水龍の牙】ベルフェムであった。
現在の帝国軍最強戦力が一堂に会したのである。
始めに言葉を発したのは金麗の美女であった
「スセイン伯爵卿、此度のあなたの活躍は見事でした。同じ戦場に立った身として、心より敬服の念を送り申し上げる。」
俺は柄にもなく照れながら
「よせやい、今まで通り赤髪の乱暴者で俺は構わねぇよ」
「そうですか、人がたまには優しく素直に賛辞してあげようと言うのに、受け取る度量も無いのですか貴方は!」
「ああ、そんな感じで俺はいいぜ」
レィリアと目が合い、思わず二人共微笑み頷きあう。
続いて、アルセイス司令長官が低い声で、話す。
「貴様を認めよう。これからは【我が友】と呼ぶことを許す。」
(いつも、上からなのねぇ~しかも親父さんそっくりで言葉たんねぇし、声低いし、、、)
「ああ、ありがとうよ」
とだけ、答える。
最後に意外な言葉が、意外な人間から発せられた。
東海白竜王ベルフェムだ。
「私は、南海紅竜王と今後行動を共にしたいのだが、許していただけようか?」
「はい?」
「私は外様の人間。アーセサスに残る理由はない。お主と一緒に居た方が面白そうだ」
高く響くソプラノの声で、とんでもない事を言う。
(馬鹿なこと言うんじゃねぇよ~おりゃオメェみたいなおかま野郎は好きじゃねぇんだよぅ~)
とは、言葉には出来なかった。
するとそこにリューイ准将が割って入る。
「領地も拝領頂き、自治領も広がったのですから、竜王様が戦力に加わるのは大変喜ばしき事と思います。」
何故かリンも話しかけてくる
「リューイ准将の仰る通りだと思います」
「っそ、好きにすれば良いじゃねぇか」
俺は言葉を吐き捨てるように、言う。なんかリューイとリンの仲が良いのが、なぜか腑に落ちない、、、
これは俺の嫉妬なのか、、、
まさかそんなこたぁねぇよなぁ~
後ろにいるリンの副官、火玄・暁だけが、目を細く目じりに皺を寄せて笑っていた。
「よし、そんじゃ行くべ」
と皆に声を掛け、残る黒と白の礼服に包まれた、見た目とは全く違う強さを秘めた二人を残し、【火の民】は行軍を始めた。
約二名の部外者を連れて、、、
ー黒曜天宮皇帝執務室ではー
アグシス国務長官がいつもと変わらず、静かに低い声で皇帝陛下に声を掛ける。
「陛下もうまく彼の御仁を使いますな」
執務室で書類とにらめっこしていた、リスティアード皇帝陛下は顔を上げて年長の国務長官に言う。
「彼の御仁って、ランガードのことかな?」
いぶし銀の様に、背中を真っすぐに伸ばし直立する姿は騎士の鏡の様であった。
「褒賞を与えると言う口実で、帝国東南部の警備を丸投げにされましたな」
「さすがは、父上の右上だった人だな。全てお見通しとはね、今、帝国に外敵から全てを守る戦力は無い。」
「パヴロ聖王国とルミニア王国の復興もあるし、西側はアルセイスとオーガス・ビスマルク武神将に任せてあるから大丈夫として、北側は氷結の村が防衛線になっているからこちらも問題なし、でもさすがに東側まではカバーしきれないからランガードに任せたんだ。」
「南には【炎元郷】があるから大丈夫だしね」
「あのへそ曲がりは、【やれっ】て言うと【やだって】いうからさぁ、これでも気を使っているんだよ、実際褒賞に見合う活躍はしたしね」
銀髪の直立する国務長官は、ニヤリと笑うだけに留めた。
「ただ、ベルフェム迄、同行するとは思っていなかったんだけどな」
「彼の御仁は、先天的に人を引き付ける魅力があるお方だからではないでしょうか?」
静かに低い声でいつもと変わらず、年長の国務長官は姿勢を崩さずに直立不動で答える。
「そうだね、、、」
とだけ答え、皇帝は書類に目を通す様に、下を向き山の様にある仕事をこなす。
ー【火の民】-
行軍の途中、俺はリューイにそっと聞いてみた。
「何時からリンとそんな中になったんだ?」
リューイは珍しく逡巡し、答える間をおく、、、
「族長と奥方様の姿を見ていましたら、そう言うのも良いものなのかな?」
「っと思いまして、何せ今まで戦う事以外はまるっきりでしたから、、、たまたま、こんな僕に彼女が好意を持ってくれていたので、、、」
俺は黒い眼帯の逆の目で、しら~っと、自分にとって最高の友にして副官である、リューイの幸福を祝ってやった。
「それで、もうやる事やったの?」
「な、な、何を言うんです!!」
「いくら族長でも、そんな事言えませんよ~」
(こいつらまだやってないなぁ~)
っと、ひそかに思い。片目を合わせて、ウィンクした。
リューイは顔が真っ赤になっていた。
こういう時のリューイは年相応の青年に見えるのだが、いざ戦闘が始まると、超神速の無敵の勇者に変貌する。
その差が面白くて、ランガードは一人ニヤついていた。
そんなくだらない話をしながら、行軍を続けて3日目にヴォルクルス砦が視界に入ってきた。
高弟謀反の際に、破壊された城砦は既に修復され見事で堅牢なその容姿を広がる草原に存在感を持って、佇んでいた。
俺達【火の民】がヴォルグス砦に近づくと、大正門は大きく開かれ、正門内の中央広場に1500名の城兵が、片膝を付き騎士の礼を取り、俺達を迎え入れてくれた。
先頭にいるのは、城主である。
ロリーデ・ガルクスで、その脇にひっそりと膝をつくのは黒の燕尾服を着た執事然とした、先々代剣聖。ランガードの剣の師匠である、ビル・ヘイム卿である。
その後ろ、1500名の兵士達の先頭にキルグス大隊長が控える。
俺は気軽に皆に声を大きくして語り掛ける。
「ようぅ!みんな久しぶりだな、元気にしていたか?」
ロリーデ・ガルクス城主が答える
「此度の我主君のご活躍、大変お見事でございました。我等ヴォルクス砦城兵総員を代表しまして、ランガード・スセイン伯爵閣下に生涯の忠誠を誓いまする。」
俺は面倒くさそうに
「あ~、そう言うの良いからよぅ~ロリーデのおっさんは大切な友人で、ビルさんは俺の師匠だ」
「それで、いいじゃねぇか」
静かにそして威厳を持ち
「あなたは、この世界を救うという偉業を成し遂げたのに何も変わらない、、、」
「それは、大変素晴らしい資質ですな」
黒執事のビル・ヘイム卿が低く響き渡る様に喋る。
「前にも言ったじゃねぇか!文無しになろうと、成功を収めようと俺は俺だ。何もかわりゃしねぇよ。」
紅蓮の最強王は隻眼の目で皆と目線を合わせて、大らかに笑いながら喋る。
「しかし、ヒトの上に立つ者としての心構えとしては如何なものなのかと、私がお教えして差し上げましょう」
ビル・ヘイム卿は表情も態度も話し方も変えずに我主君に対してしっかりものを申す。
「いや~、それは大丈夫だと思うよ~みんな畏まった感じじゃ、気持ちが張り詰めるっていうか、俺一人くらいならこういうのが居てもいいんじゃねぇ?」
砦中の兵士全員が笑いの渦と化す。
リューイは右手で自分のこめかみを抑える。
この人にはまだまだ、自分が付いていないと駄目だぁっと実感する優秀な副官であった。