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第三十三話 変異、そして

 

 逃げ遅れていた住民を地下に案内した衛兵の少女は再度外に出ていた。元気はつらつを体現したような活発な少女を含む衛兵たちはその繰り返りにて住民たちを避難させていた。


 基本的に一人での行動を心がけるように、とは『元』傭兵ランキング第一位にして『元』大陸最強の言葉であるらしい。一応は衛兵長からの指示ではあるが、衛兵長にそうするべきだと進言したのは経歴が凄まじいあのおっさんなのだから。


 普通は複数での行動を心がけるべきなのだが、さて一人で避難誘導すべしとする指示の狙いは、おそらく──


「見ただけでわかるでっす! あんなの勝てるわけないでっす!! ()()()()()()()()、ガルジニアさんっ!!」


 被害を最小とするため。

 つまり敵とぶつかったら確実に殺されるのだから、分散させたほうがマシだとする考え。


 どこまでも最善で、どこまでも効率的な思考回路。だが、そう、だが衛兵の仕事は民を守ること。それ『だけ』を通すためであるならば、ガルジニア=オメガの考えは間違ってはいない。だからこそ衛兵長も受け入れたのだろう。


「……、死ななければいいんでっす。最善で、効率的なんでっすから、結果だって最高に決まっているでっす!!」


 そして。

 そして、だ。



 彼女は気づく。

 空を舞う異形たちが四箇所に殺到していることに。



 そう。

 二百近い群れの約四等分もの物量が必要と判断するような怪物がそこにいるというわけだ。


「ガルジニアさんだけ、じゃないでっす? あっ、聖女様たちが二箇所に、いやでもじゃあ後一箇所は、ええ!? あんなゲテモノをまとめて相手にしている『誰か』がいるってことでっすか!?」


 そこで。

 彼女は衛兵長の言葉を思い出す。

 ガルジニア=オメガが自由にさせるべしと判断した女のことを。


「二度も騒動を起こした、赤髪の女でっすか? ガルジニアさんが手伝いとして残すようにって判断したくらいだから強いとは思っていたけど、そんなに強いんでっすか!?」


 世界は広いでっす、と感嘆したように呟きながら、衛兵の少女は走る。あくまで住民の避難のために騒動の影に隠れて行動する。


 真っ向から派手に戦うだけが衛兵の仕事ではない。敵に勝てたとして、犠牲者が出ては何の意味もないのだから。



 ーーー☆ーーー



「ぐ、ォ、ああああああああッ!!」


 ボッバァ!! と紅蓮が炸裂する。文字通り血反吐を吐きながらグリムゲルデが放った猛火が正面の異形の少女たちへと殺到して──ブワッ、と蜃気楼のように消える。


「ふふ」


「ふっ、ふふふっ」


「ふふふふふふっ!!」


 代わりのように先とは違う場所に少女たちが出現する。舌舐めずりをこぼしながら、長い爪を不気味に蠢かして、グリムゲルデへと襲いかかる。


「だったら! 全部吹っ飛ばしてやるでしょうよお!!」


 叫び、起爆。

 前後左右、上空まで含めたドーム状の爆発が炸裂する。迫る異形の少女たちが霧のように消えて、どこに出現しようとも関係なしに吹き飛ばすために。


「が、はぁ、ひゅう……!!」


 べちゃっ! と赤い液体が地面に吐き出される。

 視界は歪み、咳が止まらず、全身が異様に熱いようでいて、背筋には凍えるような震えが走る。


「同じ顔の奴が、毒とか何とか……言ってたでしょうっ。ごぶばぶっ!!」


「ふふっ、そうよ。だから、ふふふっ、もう手遅れなのよねえ」


 ばさ、ばさっ、と爆風の効果範囲外からゆっくりと下降してくる異形が声をかけてくる。その時にはグリムゲルデの放った爆発に巻き込まれた異形の少女たちも立ち上がり、こちらを睥睨してくる。


 翼が焼き折れたり、肌が爛れたりとダメージは受けているようだが、ロクに数を減らせてはいなかった。


 単体にて巨人と同等かそれ以上。

 そんな怪物が数十も集まり前後左右どころか上まで埋めてしまっているのだ。残り少ない『魔力』で決定打を叩きつけるのは難しいだろう。


「十分まで残り一分。ふふっ、そろそろね」


「なに、を……? ッ!? が、がが、ががががが!?」



 ぶしゅう!! と。

 側頭部の内側から突き破るように『何か』が飛び出した。



 ぐじゅ、べぢゅ、ゴリベギッ! ベギリィ!! と。

 まるで腹の中に腕を突っ込み、引っ掻き回されているような気持ち悪い感触が全身に走る。その度に背中から何かが飛び出したり、お尻から何かが飛び出す。


 崩れ落ちる。

 立っていることもできないほどの衝撃。そう、自分という固定概念を削り、付け足し、別の何かに変質させるような衝撃を前に、聖女たるグリムゲルデでさえも蹲り耐えるしかなかった。


「な、にを……した、でしょうよ!?」


「出産毒。ふふっ、ふふふっ! 『私』へと変異させる毒性に蝕まれているのよねえ!!」


「変異、……まさか、そうやって同じ顔を、並べているのは……がぶべぶっ!?」


「想像通り、今のグリムゲルデみたいに変異した果てよ」


 変わる、変わる、変わる。

 グリムゲルデという形が溶けて、別の何かへと組み替えられていく。


 出産毒。

 肉体を変異させる魔導によって。


(せめて……時間だけでも、稼ぐでしょうよ。妹たち、だけでも……助けてみせるでしょうよ!!)


 一度喪失を経験した姉はもう二度と同じ思いはしないために気力を振り絞る。そうすることが正解だと、本気で信じているがゆえに。


 そして。

 そして、だ。



「ギリギリセーフ、ですかね」


「ひ、ひう、ひうううう!?」


「ちょ、ちょっとお!! これはシャレにならないってえ!!」



 だんっ!!!! と。

 左右それぞれの脇に一人ずつ少女を抱えた赤髪の女がグリムゲルデの目の前に降り立つ。



「くすくす☆」


 聞き心地の良い、綺麗な笑い声と共に脇に挟んだ二人を地面に落とし、彼女は腰に差している漆黒の剣を抜き放つ。


 前後左右どころか上空にも巨人と同等かそれ以上の実力を持つ怪物が立ち塞がっているというのに、軽い、あまりにも軽い声音で女は言う。


「ツノ、翼、尻尾……くすくす☆ イメチェンですか?」


「あり、あ……さん!? だめ、逃げるでしょうよっ。これだけの、数、いくらアリアさんでも──」


「それ、似合わないですよ」


 流れるようであった。

 それでいて、グリムゲルデの心配が素通りするほどに軽やかに、であった。


 振り返ったアリアは地面に蹲るグリムゲルデに合わせるように屈む。手を伸ばし、素顔を晒すグリムゲルデの白鳥のような形をした『傷』を撫でる。


 むにゅむにゅと柔らかな頬を摘み、突っつきながら、真っ直ぐにグリムゲルデを見つめて、蠱惑に光る唇を開く。


「というわけで、私色に染めてやるですよ」


「ふ、ふへっ!?」


「くすくす☆」


 ぽんっ!! と瞬間的に血がのぼったグリムゲルデの顔が真っ赤に染まる。その様にさらに笑みを深くしたアリアは振り返ることなく剣を振るい──後ろから迫っていた異形の少女を斬り捨てる。


「私の目の前でつまんねえ略奪がまかり通ると思ったですか?」


「訳のわからないこと言ってるんじゃないわよ!」


「次から次に邪魔してからにっ」


「もう我慢の限界よねえ!! ここで、絶対に、殺してやるわ!!」


 一斉に叫ぶその声は濁流のようにまとまりのないものであった。声を、感情を垂れ流しにする異形の少女たちが前後左右に加えて上空からも殺到してくる。


 対してアリアはというと、真っ赤な顔でむにゅむにゅと震えているグリムゲルデの唇に指を這わせて、じっと素顔を見つめる。


 怯えなんてどこにもない。

 ただただグリムゲルデという一人の少女を見つめて、なんの気もなく感想を漏らす。


「しかし、あれですね。こうしてよく見てみると綺麗というより可愛いという感じですね、グリムゲルデ」


「ふっ、ふへえええ!?」


 言下にその姿が消える。

 直後、迫る異形の少女たちが血飛沫と共に崩れ落ちていった。



 ーーー☆ーーー



 そして。

 第八位相聖女を目の当たりにした親友は早速失神していた。『聞いていたのと違ってダークな見た目だけどっ、これはこれで最高でふゅうっ!!』とかなんとか言いながら。


 今回はお股は大丈夫そうな親友を見て、少女は呆れたようにため息を吐く。


「ある意味大物よね、うん」


 この状況で気絶なんてありえないほどの暴挙ではあるが、どうしてだか少女は怒る気にはなれなかった。こんな状況でも『らしい』親友に安堵さえ覚えているほどだった。


 それに、だ。


「ぶっちゃけここまで流された時点で私たちの命運はあの女が握っているものね。足掻いたって何も変わんないだろうし、素直に丸投げしちゃおっと」


 先の怪物と同じ顔をした異形の少女が百近くも立ち塞がっている状況を前に、彼女は赤髪の女に丸投げして流れに任せる。諦め、というよりも、そうするのが一番生存確率が高いと判断したために。


 あるいは親友もまた本能で悟っていたのかもしれない。だからこそ色々とぶん投げて、『らしく』行動しているのだろう。


「え、えへへ……聖女様ぁ……」


「……、むう」


 それはそれとして相変わらず聖女に会えただけで嬉しそうに寝言を漏らすのが気に食わなかった。私を見ろと言いたげに頬を摘み、ぐいーっと引っ張る。

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