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第三十二話 奇遇ですね

 

 ──時間は少し巻き戻る。



 運が悪かった、それに尽きるのだろう。

 安宿での一件。物音がしたからと親友と一緒に隣の部屋を見に行ったばかりに長き髪の毛の異形と出会い、殺されかけた。その時は怪物同士が殺し合っている隙に逃げ出したのだが……、


「くそっ、くそくそくそ!!」


 少女はその光景を見て、悪態を吐く。


 上空を埋めるほどの異形の少女たちが飛んでいた。空を飛ぶこと自体、奇跡にも似た超常現象であるというのに、彼女たちはツノや蛇の尻尾など先の髪の毛の異形のような人間らしくない特徴を持っていた。


 彼女たちが何者で、どんな目的があるかなんてわからない。ただ一つ、単に踏み外したばかりに『ここ』に迷い込んだだけの少女でもわかることがある。


『ここ』は、安宿の中と同じなのだ。

 下手に関われば死ぬと、本能が訴えかけてくる。


「……、絶対に守るんだから」


 未だに恐怖が抜け切れておらず、ひっ、ひぐっ、と嗚咽を漏らす親友の手を握る。引っ張ってでも走る。その場を移動する。


 どこに逃げればいいかなんてわからない。安全と危険の区別なんてついていない。とにかく、『ここ』ではない場所へ。親友と何の気なしに楽しく過ごしていた場所に戻るために少女は足を動かす。


 路地裏、できるだけ目立たない場所を選んで走っていた。上空からの目をどれだけ誤魔化せるかは不明だが、大通りを走るよりはマシだろうから。


「こんなところで死なせたりしない。絶対に、絶対に絶対に絶対に! 守るんだからあ!!」


 瞬間。

 路地裏の中でも開けた場所に出たその時、だんっ!! と上から一つの影が降り立った。


 褐色の肌を持つ異形の少女。

 美しい外見にサイケデリックな雰囲気を纏う彼女は少女たちを一瞥して、それこそハエでも追い払うような気軽さで手を振るった。その手から粘着的な液体が飛び散る。


 それだけで。

 じゅっわぁ!! と熱した鍋に油をぶち込んだかのような音が響き──どろり、と。路地裏を構築する三回建ての建物、その壁の大半が粘着的な液体を浴びただけで溶けたのだ。


「……、は?」


 スケールが大きすぎて理解が追いつかなかった。

 危険だとは思った。下手に関われば死ぬくらいには強大な怪物だということは感じ取っていた……はずだ。


 それでも、だ。

 見上げるほどに高い壁を溶かすほど、だなんて思わなかった。それこそ絵本の中のチープな悪役のような、盛りに盛ったファンタジーが現実として立ち塞がっているのだ。


「ひ、ひっ、ひうっ。もうやだ、やだよお!!」


「大丈夫、大丈夫だから……っ!!」


 握る手に力を込める。引き寄せ、親友を抱き寄せる。安心させるために、でもあるし、親友の存在に募らないと破裂してしまいそうだったからだ。


 ふふっ、と。

 絶望が、笑う。


「これで力の差は理解できたわよねえ。これが私の色香()。建物だろうが人間だろうが溶かし尽くす力よ」


「……ッ、なに、が、……目的なのよ。殺すなら、見せびらかす必要なんてないはず!! じわじわといたぶるのが目的なわけ!?」


「まさか。これは交渉よねえ」


 笑う、笑う、笑う。

 引き裂くように、悪意のままに。


「私の色香()は私の意思で有害、無害を切り替えることができる。わかる? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一度有害と切り替えれば、すぐにでも血を吐いて死ぬってわけ」


「っ!?」


 嘘だとは思えなかった。

 現に先ほど圧倒的な力を見せられたばかりだ。あの異形は、それくらい容易い。


「それじゃあどうしてわざわざ毒を無害としたと思う? 答えは簡単。ここにいない、どこかに避難しただろう住人たちに貴女たちが宿している毒をばら撒いてほしいのよ」


「……、な、ん」


「やることは単純よ。避難を誘導している衛兵についていって避難場所までいけばいいだけ。後は貴女たちの体内の毒が蔓延して、避難場所の人間全てへと毒が広まるからねえ」


「なに、を、言って……ッ!! そんな外道に手を貸せとでも!?」


「抽選一人まで、そして早いもの勝ちよ。遅れた片方は、ここで毒殺する。残ったほうは住民全てへと毒を広めた後も毒殺せずにおいてあげるわ」


「……ッッッ!!!!」


 悪意を極めていた。

 抽選一人まで、早いもの勝ち。この場で生か死か選ばせることで、一人を差し出して生き残ったという罪悪感を抱かせ、住人全てを毒殺する忌避感を麻痺させる狙いがあるのだろう。


 ……無害な毒を感染させておいて、少女たちが避難場所とやらまで誘導されるのを待っていても良かったはずだが、自主的に動かすことで時間短縮しようとしているのだろう。


 そこまで急ぐ『理由』があるのかもしれないが──それを暴く暇も、それを利用して状況を打破する時間もない。


 道は二つに一つ。

 親友や住民全てを毒殺してでも生き残るか、それとも死ぬか。


「……ッ……く、そ……くそっ!!」


 ぐるぐると思考が回る。考えているようでいて、延々と空転しているだけだった。


 選べるわけがなかった。

 親友や住民全てを毒殺できるわけがなく、しかし死にたくなかった。


 少女は親友を抱きしめて、身を震わせる。

 助けて、誰か助けてと。それこそカミサマにでも祈って、現実逃避していることがわかっていて、それでも──



 ばしっ、と。

 腕の中の親友が少女の腕を弾き、前に飛び出した。



「……、え?」


 劇的な出来事なんて何もなかった。

 気がつけば、いつも一緒にいた。

 空気のように、そこにあるのが当たり前となるまで馴染んでいた。


 ナンダカンダでヨボヨボのおばあちゃんになるまで一緒にいるのだろうと、当たり前にそう思っていた。


 そんな親友が異形の少女のもとに走る。

 ひっ、ひぐっ、と嗚咽を漏らしながら、縋るように。


「ああ、そっか」


 親友は怖がりであった。夜トイレに行く時はいつも少女を起こしてついてきてもらわないといけなくて、知らない人に話しかけられただけでビクビク震えて何も言えなくなって、一日の大半を少女へと縋るように腕を絡ませていた。


 だから、か。

 少女だけでなく、信仰を支えとしていた。

 多くの支えを欲するくらいに、怖がりだったから。


 そんな親友が……その腕の中から飛び出した。


「仕方ない、よね。誰だって……死にたくないもの」


 そして。

 異形の少女の腕にすがりついた親友はこう叫んだ。



「ひぐっ、う、うう。わたっ、わたしを殺して!! そうすれば、う、ううううっ、サリナを生かしてくれるんだよね!?」



 嗚咽を漏らして。

 恐怖に震えて。


 それでも、親友は自らの命よりも少女の命を優先した。夜の闇や知らない人よりもずっとずっと怖い死へと立ち向かってでも、だ。


「……に、を……るのよ」


 口が、張り付いたように動かない。

 この後に及んで恐怖にすくんでいる己を殺したくなったが、今はそんなことより優先すべきことがある。


 べり、ばりべりばり!! と。

 恐怖を、振り払う。


「何を言ってるのよ、ミューラっ!! くそっ、ふざけるんじゃないわよ! 怖がりのくせに格好つけてんじゃ……っ!!」


「ねえ、私言ったはずよ。抽選一人まで、早いもの勝ちだと。まあ予想とは違ったけど、これ以上は時間の無駄みたいだしね」


「なっ!? 待っ……!!」


「待つわけないわよねえ。ふふっ、ふふふっ。これはこれで楽しめそうだし、絶望に犯される様を見せてちょうだい!!」


 ()()()()()()()()()()()()()()


 土壇場、最後の最後になって、思い知らされる。

 死ぬのは怖い、だけど失うのはもっと怖い。


 親友が殺されるくらいなら、自分が……いいや、そうではない。本当は、今この瞬間でさえも、親友と自分、二人揃って生き残りたいと願っていた。


 だって、嫌だから。

 失いたくなんてなくて、死にたくなんてないから。


 真なる恐怖を知った。だからといってそれ以下を受け入れられるわけではない。


 まるで幼子のような駄々であった。

 最後の最後になっても少女は現実なんて見れていなかった。


 空転、停滞。

 自発的に前に進めない少女は、状況に流されるだけである。


 だから。

 だから。

 だから。



「あ? どういうことよ、それは!?」



 バッ! と異形の少女が上空を見上げる。

 そう、良くも悪くも少女は状況に流される。ゆえに、その先にあるのは──



 ーーー☆ーーー



 ザンッッッ!!!! と。

 急降下してきた赤髪の女が異形の少女を斬り捨てた。



 ーーー☆ーーー



「う、そ……」


 一瞬であった。

 生か死かの二択というルールが瞬く間に崩れる。あれだけ絶望的だった脅威を赤髪の女は軽々と殺してみせたのだ。


 ぐらり、と倒れる異形の少女の腕にすがりついていた親友が引きずられて倒れそうになる。そんな親友の腕を掴み、抱き寄せ、()()()()()()()()()()()()()()()赤髪の女が笑みを浮かべる。


「くすくす☆ ()()()()()


「奇遇、って……今空から降ってっ、というかミューラの胸を触って!!」


「ひっ、ひう!?」


「そんなことより──」



 ぶわっさあ!!!! と。

 先の異形と同一の少女たちが翼を羽ばたかせながら上空より急降下してきた。



「──ちょっとばかり騒がしくなるですよ。というわけで、そのまま流されることですね。そうしていれば、死なずに済むですよ」


「ちょっと!? 建物をドロドロに溶かすようなバケモノがうじゃうじゃやってくるのに!?」


「くすくす☆ うじゃうじゃいるだけですもの。奪い尽くせばいい話ですよ」


 軽く、適当に。

 その呟きと共に腕の中に親友を抱いた赤髪の女と異形の群れが激突した。

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