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第二十九話 戦況、一変

 

 魔導にしろ奇跡にしろ、燃料となるエネルギーが必要となる。転移や焼却といった『現象』は燃料となるエネルギーを効率的に変換した結果に過ぎないというわけだ。


 燃料の名を『魔力』。

『魔力』そのものだけならば、人間だろうが魔人だろうが、何なら魔獣や植物に至るまで、この世に存在する『生命活動を維持している因子』全てが持っているものである。


 ただし、『魔力』を奇跡や魔導といった現象にまで昇華させるには変換回路が必要であるために特定の生命のみが超常を扱うことができる。


 ──聖女は『聖なる傷』経由で天使より魔力に反応して供給された時の性質、威力のままの奇跡へと解凍される『特別な魔力』を受信しているため、魔力を変換する回路がなくとも奇跡を具現化することができる(とはいえ『特別な魔力』を奇跡へと変化させるためには自身の魔力が必要となる以上、無制限に使用可能というわけでもないのだが)。


 ──魔人は生まれながらに体内にて変換回路たる臓器を持つ。その臓器にて『魔力』を変換、魔導という形で超常を振るう。


 この『違い』は、大きい。


 聖女は『特別な魔力』を解凍するためだけに『魔力』を消費するので消費『魔力』は少ないが、奇跡の性質や威力を聖女の力で変えることはできない。安定供給の代わりに上限が定められている、というわけだ。


 魔人は変換回路たる臓器にて一から超常を作成しているため消費『魔力』は大きいが、魔導の性質や威力を変えることができる。安定供給できない代わりに上限は『魔力』次第、というわけだ。


 つまり聖女にとって『魔力』とはそこまで重要なものではない。受信した『特別な魔力』を解凍できる分だけあればいいのだから。


 だが、魔人にとっては違う。

 魔導の性質や威力は『魔力』依存なのだから、より多くの『魔力』があったほうがいいに決まっている。


 ──もちろん何事にも限度はある。大量の『魔力』を効率よく変換、使役するには相応の能力が必須なのだ。


 逆にいえば。

 大量の『魔力』と、それを自在に変換、使役できる能力があれば、理論上ならば天使を超える力だって手に入ることだろう。



 ーーー☆ーーー



 それはまさしく破滅であった。

 炎の津波が押し寄せ、その炎を巻き込む不可視の刃があり、炎の中に仕込んだ氷が急激な体積変化で爆発を炸裂させ、逃げ場を封じるように不可視の壁が展開される。


 奇跡に匹敵する、というよりも、奇跡そのものであった。瞬間移動の性質を宿す黙示録が第九章──座標連結は第九奇跡、焼却の性質を宿す黙示録が第八章──猛火紅砲は第八奇跡と数字が一致しているくらいなのだから、何らかの『接点』はあるのだろう。


 だから。

 しかし、そんなものは関係ない。


 立ち塞がるならば斬り捨てると言わんばかりにアリアの魔剣が唸る。炎の津波を斬り裂き、迫る刃を受け流し、爆風を吹き散らし、不可視の壁を足場と利用して急速な方向転換を実現する。


 魔王と名乗るだけあって具現化される魔導は多種多様なものであった。その全てを、アリアは見切り対応する。そう、それこそがアリアの本領であった。


 どんな力にも弱点はある。強大な力というものは、その弱点を小さく、覆い隠しているというだけである。


 では、その弱点を見切り、突くことができれば?

 弱点を見抜く目と、見抜いた弱点を突けるだけの対応能力。その二つを併せ持つからこそ、アリアは人の身にて魔人の領域にまで到達する。


 スペシャルな肉体や力があるわけではない。

 限られた能力を適切に振るい、強大な力の弱点を突き、斬り崩しているのだ。


 ゆえに、力の差なんてものは関係ない。

 相手がどれだけ強くとも、ほんの僅かな隙から勝機を生み出すのだから。


 だから。

 しかし、だ。



 ぶしゅ!! とアリアの左肩から鮮血が噴き出す。受け流し損ねた不可視の刃に切り裂かれたのだ。



「ハッハァ!! どうしたどうしたァ!! 我に舐めた口を叩いた割には押され気味じゃねえかァ!?」


「づっ……っ!!」


「ほらァ! 次だ次ぃっ!!」


 魔王が右手を突き出す。そこからゴッア!! と腕よりも太い氷の槍が具現化、アリアへと殺到する。


 それを、漆黒の剣で受ける。

 ガリガリガリガリッ!! と異音が響く。斜めに倒した剣腹で受け流そうとするも、受け流しきれずに吹き飛ばされる。


 ドゴォ!! と斜めに逸れた槍が伸びに伸びて、グリムゲルデたちの近くの地面に突き刺さる。


 そこで魔王は口の端を歪めて、左手を氷の槍の根元に添える。瞬間、ブァッ!! と紅蓮の炎が槍を覆うように噴き出した。


「ッ!?」


 地面に転がったアリアが勢いよく立ち上がる。吹き飛ばされた勢いのまま距離を取ればいいものを、魔王ではなく氷の槍へと突っ込む。


 漆黒の斬撃が飛ぶ。炎が先端まで伝う前に氷の槍の側面へと斬撃を叩き込み、斬り裂く。


 そこで氷の槍を包む炎が中心へと殺到、氷を溶かして──急速な溶解が空気の膨張を促し、爆発を誘発する。


 ゴッバッ!! と至近で炸裂した水蒸気爆発がアリアへと襲いかかる。さしものアリアも剣を振り切った直後に炸裂した爆発には対応できず、まともに爆風を浴びて再度吹き飛ばされた。


 ギヂ、ベギベギバギゴギッ!! と骨が軋み、折れる音が後方のグリムゲルデたちにまで聞こえるほどであった。


「女ァ、お前の実力は認めてやる。だがなァ、ハッハァ! いくら強くても足手まとい庇いながら我とやり合うのは無理があるんじゃねえかァ!?」


「が、ばぶっ、がぶべぶ……っ!?」


 立ち上がろうとして、ガクンと崩れたアリアが四つん這いの状態で咳き込む。その度に血の塊が吐き出される。


 ──アリア『だけ』だったならば、受ける必要のないダメージであった。


 不可視の刃だって、氷の槍だって、炎と氷を組み合わせた爆発だって、避けようと思えば避けることができた。


 ただし、避けた場合は後方のグリムゲルデたちにそれらが襲いかかることになっていたが。


「ハッハァ! 言い訳の準備は万全だわなァ。お前は悪くない、悪いのは足手まといども、だから負けちまってもいいってなァ!!」


「……、くすくす☆」


 嘲笑うその声に、アリアはいつも通りの笑い声で返す。赤く染まった蠱惑の唇を、美しく歪めていく。


「本当、ド三下ですね。()()()()()()()()()()、なんて基本中の基本ですよ。傷つけないのなんて当たり前です。当たり前が、負けた時の言い訳になるわけないじゃないですか」


 ゆっくりと、それでいて確かに四肢に力を込める。あくまで四つん這いの状態を維持して。


 ざわり、と。

 垂れ下がった灼熱のごとき赤髪が、揺れる。

 その奥から猫のような黄金の瞳が覗く。


「略奪者の生き様を見せてやるですよ、ド三下」


「ハッ、くだらねえなァ。くだらねえ戯言ほざきながら死ねよ、女ァ!!」


 こんなものは両者共に小手調べ。

 魔人束ねし王と、魔人どもを軽々しく斬り裂いた略奪者の本領はこんなものではない。



 ーーー☆ーーー



「あたしたちがいるから、アリアさんが傷ついている? だったら早く移動したほうがいいよね、これっ」


 アリアに担がれた状態で運ばれて、グリムゲルデのそばに下ろされたリアラーナがあわあわしていた。そのそばでは同じく担がれ運ばれた聖騎士ルナエルナが目を見開いていた。


 彼女の視線の先では()()()()()()()()()()()()()()()グリムゲルデがいた。そう、千切られた右腕が生えたばかりか、全身の火傷や打撲痕の一切が治っているグリムゲルデが、だ。


(銀髪の少女が、傷口を舐めた? 舐めただけであれだけの重傷が治って、というか腕が生えるってなにそれ!? そんなの治癒の奇跡でだって不可能なトンデモ、っていうか、まさか私の傷を治したのもあの『力』ってわけ!?)


 銀髪の少女の『力』はずば抜けている。それこそ奇跡を凌駕するほどに。凌駕してしまうほどに。


 そのことに驚愕はあったが、それはそれとしてルナエルナは抜き身の剣を片手に……情けなさに泣きたくなった。


 アリアが戦っているのだ、今すぐにでも助けに行きたい。だが、ダメだ。あそこに割って入っても一秒と保たずに殺される。それがわかっていたから首を突っ込めず、それでも何かできることはないかと留まっていることこそがアリアの足を引っ張っていたのだ。


 せめてアリアの負担とならないよう移動しよう、そう考えた時だった。


 己が両手を握りしめたグリムゲルデが勢いよく立ち上がる。


「細かいアレソレは今はいいでしょうよ。今は! アリアさんを助ける時でしょうよ!!」


「いいえ、今は逃げる時だぴょんっ」


 白猫が人間の言葉を発した。というか、第九位相聖女・ロスヴァイセの声に似ている? とあり得ないことがルナエルナの脳裏をかすめた時であった。



 一瞬にて、景色が変わる。

 路地裏の一角、おそらくは先の場所から一キロほど離れた地点に移動していた。



「こ、れは……っ!?」


「わっ、わわっ、ここどこ!?」


 瞬間移動、すなわち第九奇跡、転移としか思えない現象であった。もしや、本当にあの白猫が第九位相聖女・ロスヴァイセなのか?


「ロスヴァイセっ!!」


「残り『魔力』、どれくらいぴょん?」


 鋭く、切り込むような叱責にも動じず、ぴょんとグリムゲルデの頭から飛び降りた白猫は真っ直ぐにグリムゲルデを見つめる。


 それだけで、グリムゲルデは言葉を詰まらせる。

 本当は、彼女も思い知っていたのだろう。それ以上は何も言えなかった。


「白猫の身体にある『魔力』は少なく、四回分、短距離を四人転移したことでもうすっからかんぴょん。ロスヴァイセちゃんの奇跡はこれにて打ち止め、それじゃグリムゲルデ姉様のはぴょん? これはあくまで憶測だけど、そう多くは残っていないぴょん? じゃなかったら、一キロ前後の距離なんてさっさと詰めて、すぐにでもあの人助けに行くはずぴょん」


「それ、は……ッ!」


「だから、これが最善ぴょん。……全部ロスヴァイセちゃんの独断であの人見捨てたんだから、グリムゲルデ姉様が気にすることじゃないよ」


「ばっ、馬鹿! 私はそんなつもりじゃ……ッ!!」


 思わずといった風に叫ぶグリムゲルデの表情が、歪む。自分が見捨てたと、だからグリムゲルデが気にする必要はないと、()()()()()()()()()ために。


「本当気にしないでいいぴょん。良くも悪くもそれが姉様で、そんな姉様がロスヴァイセちゃんは大好きなんだぴょんっ」


「ロス、ヴァイセ……」


 と。

 その時だった。


 びくっ! と白猫の全身が跳ね上がる。


「ッ!? な、ん……なにこれぴょん!? こんな、嘘だぴょんっ」


「ロスヴァイセ、どうかしたでしょうか!?」


「この反応、なんで、そんな、あり得ないぴょんっ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


「は? なん、はぁ!?」


「しかも、魔の波動が発生しているのは……ロスヴァイセちゃんが『第八位相聖堂』入り口前に倒れていた聖騎士たちを転移させた場所だぴょん!?」

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