第二十六話 妹が憧れる姉であるために
第八奇跡、その本質を焼却。
焼却の奇跡は、しかし巨人を焼き尽くすには至っていない。右拳と二つの剛腕がぶつかった時のことを考えれば、時間をかければ焼き貫ける可能性もあるのだろうが、その前に他の腕や魔導による捻じ曲げが襲いかかってくることだろう。
全身を覆うは褐色の鱗。
炎さえも一定時間耐える防壁。
それを即座に突破できる『何か』があれば、戦況は大きく変わる。
ーーー☆ーーー
胸糞悪いとでも言いたげに表情を歪める巨人。
直後にゴッ!! と一つの剛腕が振り下ろされる。
空気を拡散させ、暴風を撒き散らすほどの一撃に対してグリムゲルデは勢いよく立ち上がる。そんな姉の頭の上に乗っかった白猫は猫のくせにぴょんぴょん鳴きながら、
「周囲のアレソレはロスヴァイセちゃんが何とかするぴょんっ」
言下に白猫の頭の『傷』が光り、次の瞬間周囲に転がっていた数十、数百もの聖騎士たちの姿が消える。第九奇跡、その本質を転移。猫の姿になろうとも奇跡は健在であった。
そして、
「おおおおっ!!」
ボッ!! と炎が瞬間的に膨れ上がり、爆風を撒き散らす。グリムゲルデの身体が頭に猫を乗せたまま右に飛び退く。
直後に剛腕が地面を叩く。先ほどまでグリムゲルデたちがいた場所を轟音と共に粉砕、凄まじい勢いで粉塵が舞い上がり、二人の聖女の姿を覆い隠す。
「グリムゲルデ姉様、先に言っておくけどロスヴァイセちゃんの奇跡はそう多用できないぴょんっ。さっきのは人数が多い代わりに距離を短くすることで『魔力』を節約したけど、それでもほとんどなくなったんだぴょんっ」
「……、後何度転移できるでしょうか?」
「短距離なら五回が限界ぴょん。長距離だとできないかもだぴょんっ」
「五回、でしょうか?」
「うっ!? し、仕方ないぴょんっ。ロスヴァイセちゃん本来の肉体ならまだしも、猫の肉体に内蔵されている『魔力』量だと大勢の聖騎士逃がすだけでも大半の『魔力』使っちゃうんだぴょーんっ!!」
「ちなみに、一応確認しておくだけだけど──聖騎士たち逃がさずに『魔力』温存しておく選択肢もあったでしょうよ。それ、選ぶ気はなかったでしょうか?」
「あるわけないぴょん」
即答だった。
迷うまでもないと言いたげに。
「そんな格好悪いことできるわけないぴょん。どんな状況だろうとも、誰かを切り捨てるような格好悪い真似、聖女だろうがそうじゃなかろうがやるわけないぴょんっ!!」
「そう、でしょうか……」
「そうぴょんっ。というかグリムゲルデ姉様も人が悪いぴょん。そういうの、グリムゲルデ姉様のほうこそ絶対に選ばないのに……もしかして引っ掛けぴょん? ここでやっぱり『魔力』温存しておけば良かったとか言っていたらお仕置きだったぴょん!? あれぴょん、ロスヴァイセちゃんってば姉様のそういうところ尊敬しているから、誰かを切り捨てるような格好悪い真似しないぴょんっ!! だから試すようなことやめてよ怖いぴょおーっん!!」
「……うん、うん。良かったでしょうよ」
その意味を妹は試した結果満足する答えであって『良かった』と捉えた。やっぱり選択肢間違っていたらお仕置きだったんだとぶるりと震える。
だが、違う。
そうではない。
復讐に沈もうとも『これ』だけは切り捨てなかった姉は残った左拳を握りしめる。憎悪、ではない。今度こそ妹を守り抜くために、妹が憧れる姉であるために紅蓮の炎を燃やす。
ブッバァ!! と周囲に薄く、広く炎を撒き散らす。粉塵は焼き吹き飛び、紅蓮の熱が戦場を舐める。
「ロスヴァイセ、『必勝パターン』いくでしょうよ」
「ぴょっぴょんっ」
対して聖女たちの姿を見つけた巨人はその剛腕を振り上げる。八の剛腕、全弾装填。どこに逃げようとも炎を弾くほどの鱗で守られた剛腕で粉砕すると告げるように。
「みっともなく生き残りやがって。さっさと死ね!!」
「ふ、ふふっ、ふはははははははははっ。死なせやしないでしょうよ! もう二度と!! 失ったりしないでしょうよッッッ!!!!」
ゴゥワッ!! と紅蓮が集う。
周囲に薄く広く炎を広げながら、同時に左拳に紅蓮を凝縮、真紅に染まった必殺を束ねていく。
時間さえかければ剛腕さえも焼き貫くことができる必殺を、力の限り握りしめる。
そして。
そして
そして。
ーーー☆ーーー
その時、『魔導七罪』が二業、レヴィカルナは口元を歪めていた。どうやってかは不明だが、白猫へと意識を移したロスヴァイセが転移の奇跡を宿し戦場に乱入してきた。ならば先と同じように殺害すればいい。転移は便利だが、万能ではない。どんな攻撃も回避できるわけではないのだ。
例えば魔導、その本質を歪曲。
指定した座標に存在するものをねじ曲げるその力は視認できない。視認できなければ、回避しようがない。
ゆえに第九位相聖女は首をねじ切られた。
ゆえに第八位相聖女は右腕をねじ切られた。
八の剛腕はデゴイでしかない。八の剛腕に気を取られている隙に白猫とグリムゲルデの頭がある座標へと歪曲の魔導を放ち、白猫とグリムゲルデの頭をまとめてねじ切ればいいだけなのだから。
勝敗はここに決する。
『魔導七罪』が最弱たるレヴィカルナ一人にこうも圧倒されるような聖女連中が人類守護の要であるならば、魔人が大陸を征服するのも時間の問題だろう。
八百年前、先祖たちが果たせなかった大陸統一。
その本願はここに達せられる。
だから。
だから。
だから。
歪曲の魔導が発動する。指定座標、白猫とグリムゲルデの頭がある空間がねじ曲がり──だんっ!! とグリムゲルデが横に飛んだことで、歪曲の魔導が白猫とグリムゲルデの頭を捉え損ねる。
「な、ん……っ!?」
果たして巨人は気づけたか。
グリムゲルデは周囲に薄く広く炎を撒き散らしていた。己が支配下にある色のついた力を。
ゆえに歪曲の魔導が発動した際、指定範囲内に存在する炎もまたねじ曲がる。そう、己が支配下にあるはずの炎が不自然に揺らげば、そこに歪曲の魔導が干渉しているということは明白となる。
「間一髪だったけど、賭けはこっちの勝ちでしょうよ」
笑う、笑う、笑う。
どこに逃げようとも巨大極まる八の剛腕からは逃れられないというのに、それでもグリムゲルデは獰猛に、凄惨に、それでいて最高に幸せそうに笑う。笑うことが、できる。
「チャージ完了っ。さあロスヴァイセっ、ぶちかますでしょうよおーっ!!」
「よしキタぴょおーんっ!!」
ブォッッッバァッッッ!!!! と。
レヴィカルナの『内側』を真紅の炎が席巻する。
「が、ばあ……!?」
いかに必殺の真紅とはいえ褐色の鱗を破るのは時間がかかる。そう、褐色の鱗を破るのは、だ。
ならば話は簡単だ。
第九奇跡、転移。その力でもって真紅の必殺をレヴィカルナの『内側』へと転移させればいい。
鱗や筋肉で守られた、その『内側』。
血管や神経や内臓をダイレクトに焼き尽くせばいい。
いかに強力な防壁で守れているとはいえ、その『内側』をダイレクトに攻められれば意味はない。褐色の鱗で守る必要がある何かは確実に鱗よりも早く、簡単に焼き尽くせることだろう。
血管を焼かれて各臓器への酸素や栄養の供給が停止、神経を焼かれて腕を動かすこともできず、内臓そのものを焼かれて身体を機能させるためのシステムが破綻する。
ブァ!! と眼球や鼓膜や舌を吹き飛ばし、炎が噴き出る。顔にある穴という穴から炎を噴き出し、その『内側』にある機能を焼き尽くされた巨人がぐらりと揺らぐ。
ズズン……ッ!! と。
八の剛腕を振り上げたまま、巨人が後方に倒れる。その巨体が立ち上がることはもう二度となかった。