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第二十四話 ほんの僅かに踏み外した、その先

 

 全身を覆うほどに伸びた真っ黒な髪、背中には昆虫の羽、異様に大きくつるりとした瞳を持つ異形、『魔導七業』が六業、ベルゼルーンは困惑していた。


 魔人たる彼が()()()()()である銀髪少女を誘拐する寸前、飛び込んできた人間の女に部屋から廊下まで吹き飛ばされたのだ。


 傲慢なりし最強は規格外すぎて、怠惰なりし者は一度も本気を見せたことがないため除くとして、ベルゼルーンは憤怒なりし筋肉質な男や強欲なりし老人に次ぐ実力者である。


 そんな異形が、人間の女に吹き飛ばされたのだ。

 魔導どころか奇跡さえも使えない、ただの人の子に。


「じゃま、モノ……はい、じょ、……」


 困惑は、しかし飢えるほどの衝動が塗り潰す。

 暴食を尽くすがごとく貪欲で濃密な殺意を撒き散らす。


 瞬間、異形を覆う長き黒髪が波打つように動く。束ねしは十以上もの黒き槍。通常であれば髪の毛をいくら束ねようがたかが知れているが、魔人であれば話は別。宿の壁を容易く貫くほどの硬度と鋭利さを併せ持つ得物が猛烈な勢いで突き出される。


「くすくす☆」


 対して漆黒の剣をその手に持つ赤髪の女は透き通るような綺麗な笑い声をあげていた。あげたまま、躊躇なく廊下へと飛び込んでくる。



 ズザァ!! と複数の槍が女を貫く。

 何の抵抗もなく、だ。



「……?」


 いかに魔導や奇跡を持たない人の子とはいえ、殺す際には何らかの抵抗はある。簡単に貫ける程度のものとはいえ、何の手応えもないということはあり得ない──ゆえに、女の輪郭が溶けて消えた。


 残像。

 そう気づいた時には女は十以上もの黒き槍をかいくぐり、異形の懐へと飛び込んでいた。


 極端なまでの前傾姿勢。ともすれば床に飛び込むつもりなのではと思わせるほどの体勢にて間合いを詰めたのだ。


「ッ!?」


 新たな槍を束ねようとして、異形は思い直す。外せば、反撃がくる。つい先ほど十以上もの槍が女を捉え損ねたばかりである。いかに距離が縮まったとはいえ、即席の一撃が通るかは不明だ。


 異形の全身を覆う髪の毛がぶさわ!! と膨れ上がる。そのまま数万、いいや数億にも及ぶ髪の毛が濁流のように放たれた。


 点ではなく、面。

 廊下全てを埋め尽くす黒き濁流。


 一点集中した槍よりは威力が劣るとはいえ、髪の毛一本一本にも相応の威力が宿っている。現にガリガリガリッ!! と床や壁や天井を削り、砕いているほどである。


 人の子に耐えられるものではない。

 床や壁や天井と同じように、巻き込み削りすり潰すのは容易い。


 だから。

 だから。

 だから。



 女がいた場所を黒き濁流が呑み込んだ。

 抵抗は一切なかった。



「……、あ?」


 避けた? だがどうやって???

 床や壁や天井にまで達する黒き濁流は廊下を埋め尽くしていた。回避しようにも、避けるスペースなんてどこにもないはずなのに。


「くすくす☆」


 バギリッ! と異音と共に透き通るような笑い声が響く。後方から、だ。


「な……っ!?」


 振り向き、そして視認する。

 後方右手にある壁が斬り裂かれるように砕けていること、斬り裂かれた先には部屋があること、つまり廊下の壁を破壊することで埋め尽くされた領域の『外』に移動、部屋を通り異形の後方まで辿り着いたこと、そして──



 漆黒の斬撃が。

 異形の視界を埋め尽くしていることを。



 ーーー☆ーーー



「ぅ、あ……?」


「あ、起きたっ!?」


 聖騎士ルナエルナは己が意識が未だ残っており、誰かの声を聞くことができることに疑問を感じていた。


 胸を刺し貫かれたはずだ。確実な致命傷を受けて意識を失ったはずなのに──痛みの一つもなかった。


 仰向けで倒れる彼女に覆いかぶさるように銀髪の少女がいた。胸元に埋まっていた声の主は頭をあげて、安堵したように表情を綻ばせて、


「もう大丈夫だからねっ」


「大丈夫って……私、確かに胸を刺し貫かれたはずよ。死ぬのは避けられなかったはずなのに……」


「え、あ、それは──」



「くすくす☆ 随分と大胆ですね」



 綺麗な笑い声と共に声をかけてきたのはアリアであった。何やら赤黒い液体で全身を濡らした女は微かに目を細めて、ジロジロとルナエルナを眺めていた。


「だい、たん? それよりそれって返り血よね!? 一体何が、ってそうよ毛むくじゃら、まさか毛むくじゃらとやり合って……!?」


「まあそれ『も』ですね。そんなことよりです。リアラーナ、ちょっと立つですよ」


「ん? 別にいいけど……なんで???」


 首を傾げながらも立ち上がるリアラーナ。

 治療はもう終わったのでルナエルナと接触する必要はなく、『傷口』から離れたって構わない……のだが、



 ぷるん!! と柔らかが弾けるように揺れる。

 そう、ルナエルナは胸を刺し貫かれた。その傷がなくなったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、服やらサラシやらで押さえつけられていた胸部がその本領を発揮したというわけだ。



「くすくす☆ 本当大胆ですよね」


「え、あ、うわあ!?」


 よりにもよって胸を刺し貫かれたのだ。服やらサラシやら、胸部を押さえつけていた全ては無残にも千切れていた。ゆえに、そう、ゆえに今まで隠されていた『それ』が存分に暴れていた。


 そのことに気づいたルナエルナが慌てた様子で己が胸部を両手で抱くように隠すが、両手で隠せるようなシロモノではなく、溢れるように柔らかが見え隠れしていた。


「せっかくのシロモノを隠すことないですよ。正直、チョーそそるですよ、それ」


「ばっ、ばばばっ、馬鹿言わないでよっ。そんな、待って、胸を凝視しないでっ」


 ジロジロとわざとらしいくらい無遠慮すぎるアリアの視線に顔中真っ赤にして、目の端から涙を浮かべたルナエルナが背中を向けて、ベッドのシーツをひっ掴み、ぐるぐると豊満なそれに巻きつけていく。


「何を言っているんですか。素晴らしいものを見るのは当然です。というか揉ませろです、そうですそれは揉むためにあるんですから本来の用途を果たせです」


「いや、待っ、引っ張ら、何するわけーっ!?」


 ぐいぐいシーツを引っ張られて、その奥の柔らかが勢いよく暴れる。その度にルナエルナの顔どころか全身が赤くなっていく。


「あ、そうです。この部屋に誰も入れないようにってお願いしていたと思うんだけど、その辺どうなっているんです? 普通に入りまくりだったですけど」


「うぐっ!?」


「これは、くすくす☆ お詫びが必要ですよね。例えばそのシーツを剥いで揉ませるとかです」


「うぐぐっ! 半ば無理矢理言いつけられただけで、でもお願いされたのは確かで、うぐぐうーっ!!」


「あれ、これいける感じです? えーっと、まあいけるなら堪能するですか。そーら、剥いじゃえーですー!!」


「うぐ、うぐぐ、うぐぐぐぐうーっ!!」


 そして。

 そして、だ。



「もおおおーっ!! あたしを放っておっきなお胸に執着しすぎっ。本当、もう、そんなにおっきなお胸がいいのかこんにゃろーっ!!」



 ほとんど飛びつくような形でアリアへと突撃する小柄な少女が一人。キラキラと銀髪をなびかせたリアラーナであった。


「ああ、そういうことですか、ちっこいの」


 くすくすと。

 全力で飛びかかってくるリアラーナを片腕で簡単に抱きとめた上で、綺麗な笑い声をあげるアリアはこう続けた。


「自分にないもの見せられて悔しいんですね。ですけど、妬んでも何も変わらないですよ。ちっこいものは、ちっこいんです。世界って残酷ですね、ちっこいの」


「も、もお!! ばか、アリアさんのばーかっ!!」


 久しぶりに再会してもアリアはアリアであった。良くも悪くも、アリアはアリアであったのだ。



 ーーー☆ーーー



「ひ、はっ……!!」


 安宿の、外。

 親友を抱きしめて外まで逃げた少女は恐怖に表情を歪めていた。


 異形に襲われたから、()()()()。それ以上に恐ろしい怪物を目の当たりにしたために。


(ばけ、もの……)


 脳裏に残るは壁や床や天井を削り砕くような怪物をいとも簡単に叩き伏せて、闇のごとき深き漆黒の剣で斬り刻む女の姿であった。


 結果的に助けられた形ではあった。

 が、別に赤髪の女は少女たちを助けるために戦っていたわけではないだろう。


 他に『理由』があったから、殺した。

『理由』があれば、異形であろうとも殺し尽くす暴虐、それが赤髪の女である。


 ほんの僅かに踏み外していたならば。

 赤髪の女に敵として認識されていれば。

 あの暴虐から逃れることなどできなかっただろう。


(あんな、あんなのに巻き込まれてたまるものか。こいつだけでも逃がしてみせる。簡単に死が迫る『ここ』から、絶対に!!)

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