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第二十二話 怪物を殺すは更なる怪物なり

 

『魔導七罪』が五業、マモラクア。

 数百年もの時を生きた魔人である。見た目こそ老人のそれではあるが、アリアの斬撃を受け止めるほどには見た目に反した強靭な肉体を持っている。


 またマモラクアには魔人特有の超常、魔導がある。マモラクアの魔導は剣や槍など構造が簡単な物品を生み出すといったものである。ただしその性能は既存のそれを遥かに凌駕している。鉄どころか魔導さえも斬り裂く名刀だろうが、地平線の彼方まで威力減衰なく飛ぶ弓矢だろうが、思いのままなのだ。


 加えてそれこそ街の一つや二つ軽く埋め尽くすほどの武具を瞬時に生み出すことが可能なので、圧倒的物量、それも一つ一つが鉄どころか魔導さえも破る破格の暴虐でもって敵対者を押し潰すのがマモラクアの必勝パターンであった。


 ──その必勝パターンは数千人規模の軍勢さえも簡単に押し潰すほどに強力なものであった。


 そう。

 老人の暴虐は個ではなく集団さえも蹂躙する規模に達しているのだ。


 だから。

 だから。

 だから。



 バッグギィッッッ!!!! と。

 圧倒的物量を生み出す、その寸前。魔導を発動する、その一瞬前。ほとんど這うように身を伏せたアリアの足が横倒しの風車のように回り、老人の両足首を蹴り払う。



「ぐ、お!?」


 脚線美が霞むほどの蹴りにて己が両足を枯れ木のように容易くへし折られた老人の身体がぐるんと横に回転する。頭が地面に向かい──アリアの魔剣が唸る。ザンッ! と地面に迫っていたその首にすくい上げるように漆黒の斬撃が走る。


 一瞬であった。

 身を伏せた状態から跳ね上がったアリアの前で老人の頭部が舞う。そう、圧倒的物量が解放される前に、だ。


 地面に叩きつけられた老人の胴体から切り離された頭部が転がる。その頭をごぢゅん!! と振り下ろされた足が潰す。己が背丈の数倍はある長大な剣をその手に握った、上半身裸の筋肉質な褐色の男が、だ。


「はっ、ははっ! 舐めた真似してくれたじゃないか、人間ごときがよ!!」


 ゴッ!! と前に踏み込んだ男がその手の大剣を上から下へと振り下ろす。あまりにも巨大な剣があまりにも高速で振るわれた結果、拡散した空気が老人の身体を舞い上げるほどであった。


 その刃がアリアの頭上へと降り注ぎ、頭から股まで何の抵抗もなく突き抜け、ドッガァ!! と地面を斬り裂く。それはまさしく地割れ。深く深く、底が見えないほどに深く地面を斬り裂くほどの必殺であった。


『魔導七罪』が三業、サタギニア。

 ただ強い。純粋な膂力を魔導にて補強した彼の斬撃は巨人だろうが、圧倒的物量だろうが、ただただ強き刃にて斬り裂く必殺であった。


 人の子が受けられるものではない。

 それこそ木っ端のように跡形もなく消し飛ぶだけだ。


 だから。

 しかし──斬り裂いたはずの女の輪郭がぶわっと溶けて消える。


「なっ!?」


 残像であると、果たして筋肉質な男は気づけたか。

 遅れて吹き荒れる粉塵が周囲を覆い、そして、



 粉塵が、吹き散らされた。

 ザンッ!! と漆黒の軌跡が男の頭部を輪切りにする。『魔導七罪』が三業、サタギニアの命を刈り取る。



 噴き出す鮮血がアリアの頭上へと降りかかる。その身を赤く染めていく。


 鉄錆くさい臭いが広がる中、赤き髪の女はくすくすと笑い、その顔に降りかかった赤い液体を手の甲で拭う。


「さてと、です。受け身は飽きてきたですし、じゃんじゃん攻めるとするですよ」


 と。

 その時だった。


 腰に支給品らしき安価な量産品だろう剣を差し、衛兵であることを示すレザーアーマーを身につけたおっさんがこう言った。


「リアラーナ、か」


「……? 衛兵さん、リアラーナの知り合いですか???」


「いや、単なる同名だろうよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 猫を腕に抱くおっさんはそう言って首を横に振る。何かを振り払う。


「それより、だ。衛兵の前で二人も殺すか普通?」


「正当防衛です」


「正当、ねえ。まぁ面倒ごと同士で潰し合ってくれる分には構わないんだがな」


「それより、です。あっちのほうが騒がしいけど、こんなところにいていいですか?」


「それよりって、お前なあ。いやまあ確かにいくらサボリ魔でも今回ばっかりは真面目にやらないとなんだろうが」


 それはもう心底面倒だと言いたげな様子のおっさんはじっとアリアを見つめる。何かを見定めるように。


 やがてボリボリと乱暴に髪をかきながら、こう吐き捨てた。


「とりあえずお前は後でも大丈夫そうか。ともすれば魔人よりもやべぇ気がしないでもないが、つまんない悲劇撒き散らすような奴には見えないしな。本当、あれだ、面倒な仕事増やさないように立ち回ってくれよ」


「とは言っても、私基本的に略奪あるのみだから、衛兵さんの仕事増やすとは思うですよ。というか、増やしてきた帰りだったりするですし」


「俺の目も曇ったか? 判断ミスったんじゃないだろうな???」


 そんなことを言いながらもアリアに背を向けるおっさん。その足が『第八位相聖堂』──すなわち先程から轟音が炸裂している騒動の中心へと向かう。


 それを見て、アリアも安心して駆け出す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がゆえに。



 ーーー☆ーーー



 安宿の一室でのことだった。響く轟音に何があったのかと二人の少女が隣の部屋から出てくる。



 扉がぶち抜かれた部屋に顔を出す。目にする。

 胸に穴をあけて今にも死にそうな若き女がベッドに倒れていること、そして長き髪の毛で全身を覆った異形がベッドの上に眠る銀髪の少女へと手を伸ばしている光景を。



「ひっ……!?」


「ばっ、静かにっ」


 咄嗟に少女がもう一人の少女、大好きな親友の口を塞ぐが、手遅れだった。ぎぢり、と異形が振り返る。視線が合う。


「く、そっ」


 第九位相聖女を目にするだけで失神どころか粗相するくらいには信仰心が振り切っている親友ごと床に転がる。ゴッ!! とその頭上を髪の毛が束ねられた槍が突き抜ける。そのまま壁をぶち抜く。そう、束ねたとはいえ髪の毛でだ。それこそ本物の槍よりも鋭利だと考えていいほどに。


 一度目は避けられた。

 二度目はない。


 床に転がった二人の少女へともう一つの槍が──いいや、一つと言わず十以上もの黒き槍が突きつけられる。


 ──瞬く間に世界が変わっていた。先程まで親友と変わらぬ毎日を過ごしていたはずなのに、ほんの僅かに『踏み外した』結果、死を意識するほどの世界に立っていた。


 理不尽だと、意味がわからないと、なんでこんなことにと叫びたいくらいだったが、叫んでどうにかなるものでもないと理性ではなく本能が理解していたのだろう。


 死の矛先を突きつけられて、親友を押し倒して初撃を回避した少女が親友に覆い被さる。それくらいしか、その身を盾にするくらいしかできることはなかったから。


(カミサマ、お願い)


 ぎゅう、と。

 大好きを抱きしめて、願う。


(私と違って、こいつは毎日祈りを捧げているわ。いつだって、どんな時だって、嫉妬しちゃうくらいに。だから、お願いだから、私はいいからこいつだけでも守ってよお!!)


 人の真価は死に直面した時に発露する。

 少女にとっては己が命よりも親友のことが大事だったということだ。


 だから。

 しかし、そんなものは関係ない。

 人類一掃。呪いのように世界に蔓延る魔の手が人の子を貫き殺す。


 その。

 寸前であった。



 ゴッドォン!! と轟音が炸裂する。

 床に倒れた二人の少女の上を突き抜けた異形が安宿の廊下を転がる。



「起きるですよ、リアラーナ」


「むにゃ……? あ、りあ、ひゃん???」


「ほら、さっさとぺろぺろするですよ」


「んっ!? むぐう!?」


 ベッドの上でのことだった。

 視線を向けた少女は窓をぶち破って入ってきただろう赤髪の女が銀髪少女を叩き起こしたこと、そして叩き起こした銀髪少女の後頭部を掴み、胸に穴をあけた若き女の傷口に銀髪少女の顔を突っ込んでいるのを目撃する。


「な、なん、何が、え!?」


「全く、なんか巻き込んでいるですし。略奪に関係ないものを巻き込むだなんて、ド三下にもほどがあるです」


 気がつけば、二人の少女を追い越していた。

 漆黒のマントに赤髪の女が安宿の廊下に出ていたのだ。


 ズシャッと腰に差した剣を引き抜く。

 くすくすと綺麗な笑い声をあげる。


 ぽたぽたと、女の髪や頬から鉄錆くさい赤い液体が垂れていた。


 怪我をしている様子はない。

 すなわち、返り血。

 全身真っ赤に染めるほどの返り血を浴びる『何か』の後だということだ。


「……っ」


 普通なわけがない。

 異形もそうだが、あんな異形を前に平然としている女もまた異常であった。


 女が。

 口を開く。


「略奪に無関係なものを巻き込む気はないです。さっさとどこぞにでも逃げるですよ」


「まっ、待って、あなたはどうするつもり!?」


 口にしながらも、少女は答えを予想できていたのかもしれない。纏う気配が、全てを物語っていた。


「決まっているです」


 ざわり、と。

 廊下の奥、髪の毛を揺らしながら起き上がる異形を見据えて、ともすれば異形よりも濃密な死を纏う破滅は軽い声音でこう続けたのだ。


雑用係(私のもの)に手を出したクソ野郎がそこにいるんです。全て、奪ってやるですよ」


 それは。

 殺しなんかとは無縁な少女でも理解できるほど濃密な殺意であった。

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