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第二十話 魔導、あるいは絶望の席巻

 

 ばさり、と()()したのは異形であった。全身を真っ黒な髪の毛で覆い、背中から昆虫の羽を生やし、異様に大きくつるりとした瞳を持つ二足歩行の何か。


 ぶわっ! と聖騎士ルナエルナの全身から脂汗が噴き出す。異様な姿に匹敵するほどに禍々しき気配がその身を貫く。


 本能で理解させられる。

 あれは『敵』であると。


「ッ!!」


 咄嗟に剣を引き抜き立ち上がったのは最年少にて聖騎士に上りつめただけの努力の賜物か。『敵』を前にしているのだ、武器を手に取り立ち向かうのが聖騎士である。



 意味なんてなかった。

 ドッバァ!! と炸裂した何かに薙ぎ払われたルナエルナが後方の扉を破り、部屋の中へと転がっていく。



「が、ぁぶ!?」


 ぼっふ! とルナエルナの身体が壁や壁より柔らかなものにぶつかる。ベッドだと気がつくと共に、視界の端にうつる少女が一人。小柄な銀髪の少女は高そうな純白ドレスも気にせず眠っていた。むにゃ、と呑気な寝言まで漏らすほどである。


「は、はは……。扉を突き破っても起きないだなんて、随分とぐっすり眠っているみたいね」


 見覚えがあった。二度目の騒動の時、アリアが抱いていた少女であった。


 彼女のためにアリアはルナエルナを部屋の前に待機させたのだろう。すなわち、聖騎士の力が必要だと判断するだけの脅威を想定していたというわけで、それが、それこそが──あの異形なのだ。


 とはいえ、アリアの思惑なんてどうでもいい。あの異形は聖騎士を襲うつもりだった、ならまだいいが、狙われているのは銀髪の少女に違いない。


 一人の少女が危険にさらされているのだ。聖騎士の仕事は宗教的価値あるものを守護することなので戦う理由はない、なんて言えるほど彼女は器用ではなかった。



 今この瞬間、銀髪の少女を守れるのはルナエルナただ一人。それだけあれば、戦う理由には十分すぎる。



 だんっ!! と拳をベッドに叩きつけたルナエルナが勢いよく立ち上がる。剣を、戦う意志を、力の限り握りしめる。


「ばんガ、せい……かいシュう、する。ジャマ、もの……排、ジョ……」


 ぶぅん! と羽音に混じって壊れた楽器みたいな歪な声が響く。全身真っ黒な毛の塊。ざらり、と大量の毛が揺れ、その隙間からギラギラと不気味に光る赤き瞳がルナエルナを見据える。その全てが物語っていた。殺してやる、と強烈なまでに示す。


「聖騎士として、なんかじゃない。一人の人間として! 理不尽な暴虐から女の子を守り抜いてみせる!!」


 ざわりと髪が動く。槍のように束ねられた髪の毛が放たれる。対してルナエルナは右に避けるために足に力を入れる。槍は避けられる程度の速度でしかない。ゆえに避けたと共に前に踏み込み、こちらから斬撃を叩き込むと剣を握る手に力を込める。



 ズゾンッッッ!!!! と。

 黒き髪の槍がルナエルナの胸を貫いた。



「が、ぶっ!?」


 避けようと動いていた足にも、返す刃で斬り裂こうとしていた腕にも、それらを支える胴体にも、急所たる首にも、真っ黒な毛が巻きついていた。


 槍を構築していた髪以外。それらが槍の動きよりも遥かに速く放たれたのだ。結果拘束され身動きが取れないルナエルナへと槍は襲いかかった。奇跡やら魔導やら、超常的力を持ち合わせていないルナエルナにできることなんて何もなく、そのまま貫かれたのだ。


 髪がほどける。もう拘束の必要はないゆえに。

 力を失ったルナエルナが胸の穴から鮮血を噴き出しながらベッドの上に倒れる。



 ーーー☆ーーー



 褐色の鱗に覆われし五メートルクラスの巨人。額から大振りなねじくれたツノを生やし、八の腕と六の足を持つ怪物の頭部が紅蓮に包まれる。


 ボッバァ!! と勢いよく膨れ上がった猛火に呑み込まれたのだ。


 民家の一つや二つ容易く焼き尽くす紅蓮は第八位相聖女・グリムゲルデや第九位相聖女・ロスヴァイセの肌にジリジリとした熱を伝えてくるほどであった。


「ぴょんっ。グリムゲルデ姉様っ、転移反応はここ以外にも二箇所あるぴょんっ。奴の狙いはロスヴァイセちゃんたちじゃなくて、例のあの子ぴょんっ」


「例のって誰でしょうよ?」


「グリムゲルデ姉様がさっきまでやり合っていた赤髪の女の連れぴょんっ」


「アリアさんに連れいたでしょうか? いいえ、そもそもなんで魔人、それも『魔導七罪』がアリアさんの連れを狙うでしょう?」


「その辺はわかんないけど、状況証拠は揃いまくっているぴょんっ。今すぐ他の姉様送り込んで対処するぴょんっ」


 言下にバニーガールのウサミミが光る。正確にはその奥にある白鳥のような傷が。


『聖なる傷』。

 異なる位相に位置する超常的存在のエネルギーを引き寄せ、奇跡と変えて具現化する。


 第九奇跡、その本質を転移。

 第九位相聖女、その本領が解き放たれる。


「姉様たち、やってくるぴょんっ!!」



 グゴギィッッッ!!!! と。

 第九位相聖女・ロスヴァイセの頭がぐるりと横に何度も何度も回転する。



 首が、ねじれる。首の可動範囲を無視して何度も何度も回した結果、脊椎や気管など生命維持に関わる機能がねじれて破断する。


 ぶぢっ、と。

 ねじれて千切れた首から頭が落ちる。びくっ、びくっと痙攣する胴体、首の断面から噴水のように赤い液体が噴き出す。


 とん、どん、と何度か跳ねた頭がグリムゲルデの足元まで転がっていた。頭だけが。千切れてとれた頭だけが。


「ろす、ゔぁいせ……?」


「所詮はサポート枠とはいえ、こうも容易く始末できるとはな」


 雑音があった。

 嘆息さえ混ぜた、どうしようもない雑音が。


 ぼふっ! ぼふぼふっ!! と八の腕で顔をはたき、まとわりついていた猛火を吹き散らしたその顔からであった。巨人、『魔導七罪』が二業、レヴィカルナ。


「直接戦闘枠である第八位相聖女はそんなに簡単にはねじれて潰えないよな?」


「は、はは……」


 雑音に返事なんてする気も起きなかった。

 ボッボァ!! と第八位相聖女・グリムゲルデの全身を猛火が覆う。ジリジリと己の肌さえ焼きながら、前に踏み込む。


「はは、はははっ、ははははははははは!! 殺す、殺す殺す殺す!! ぶち殺してやるッッッ!!!!」


 咆哮、瞬間爆音が炸裂する。

 爆発するように膨らんだ炎の推進力にて己が身を焼くのも構わず加速したグリムゲルデが『魔導七罪』が二業、レヴィカルナへと襲いかかる。



 ーーー☆ーーー



 いかにカミサマと言えども死は覆せない。

 ゆえに、これにて一つの奇跡が消失することだろう。



 ーーー☆ーーー



『第八位相聖堂』が内部に五メートルクラスの巨人が出現、暴れ回ったことによる破壊は外からでも見えるほどだった。それほどの異常事態を前に『第八位相聖堂』内部に配置されていた聖騎士は元より、他の場所にいた聖騎士も戦場に駆けつけていた。


 内部と外部。

 双方から駆けつけた聖騎士たちは『第八位相聖堂』の入り口から内部に踏み込む寸前に()()()()()()()()()()()()()()()()


 ──数十、あるいは数百もの倒れ伏す者たちの中心に彼女は君臨していた。


『魔導七罪』が七業、サラ。十代後半の褐色の少女を基本に様々な要素が散見していた。側頭部には二本の牛のようなツノ、首元には羊の毛皮で作られたマフラー、鬼のごとき鋭利な牙、お尻からは蛇のような尻尾が覗き、足はガチョウのようであった。


 踊り子が好んで着るような鮮やかな真紅のドレスはそこらにスリットがあり、ぶさあ! と背中から黒き翼を生やしても服が破れることはない。


 その翼を動かし、人工的な風を『第八位相聖堂』入り口から内部へと送り込みながら、豊満な胸をその手で揉みしだく美しき少女は言う。


「これだけ集まって女一人満足させられないだなんて、情けないったらないわねえ」

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