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第十九話 それは魔に至りし罪業

 

「私何やってるんだろ……」


 安い、くらいしか取り柄のないオンボロ宿でのことだった。夜の闇が街を覆う中、宿の廊下にポツンと佇む女が一人。


 聖騎士ルナエルナ。

 目立たないようにということで薄手のシャツに短パンという動きやすくラフな格好をした若き女であった。


 ……薄手のシャツの下に君臨する膨らみはサラシごときでは抑えきれず、自己主張が激しかった。


「なんでもしますって言っちゃったからって、うぐうっ」


 ついにはズルズルと座り込み頭を抱える最年少聖騎士ルナエルナ。背にした扉の奥に誰も入れないこと、それがアリアからのお願い(という名の命令)であった。


「第九位相聖女様からアリア連れてこいって命じられていたのに、私、う、うぐぐ、どうしろってのよお……!!」


 うがーっと頭を抱えたまま天井を仰ぎ叫ぶルナエルナ。なんでもしますなんて言ってから色々おかしくなっているが、本来であればアリアを第九位相聖女・ロスヴァイセの下まで連れていくというのが役目だったはずだ。だというのに、気がつけばアリアの好きに使われている。なんでもします、なんて言ってから狂ったのか、それとも本能的に屈服しちゃっているから、とか?


 その辺突き詰めると悲しい現実が見えてきそうでブンブンと首を横に振るルナエルナ。


 と。

 その時だった。



 ばさり、と。

 それは()()した。



 ーーー☆ーーー



 オンボロ安宿への帰り道、夜の闇を避けるように人の気配のなくなった大通りを歩いていたアリアはピクリと眉を動かす。


 にゃあ、と鳴き声一つ。

 正面、闇の中より歩み出る男が一人。


 衛兵であることを示す青のレザーアーマーや腰に差した剣は手入れを怠っているのか見るからにくたびれていた。それは当の本人も同じであり、それこそ酒場で呑んだくれているのが似合うような無精髭のおっさんであった。


 彼の腕の中には白き猫がいた。先の鳴き声はその猫のものだろう。


「うげっ。見つけちまったよ。参ったなぁ、働いていますってフリしてただけなんだが」


「何か用ですか、衛兵さん」


「何か用って、お前なあ。夕方散々っぱら暴れておいてそりゃあないだろ。事情聴取の用ですよっと」


「……、そうですか。どうやら『情報収集』の件はまだバレてないみたいですね」


「情報収集? おいおい、まだ何かやったってのか?」


「ええまあそうですね。ついさっき、そこの医療施設で『情報収集』してきた帰りですから」


「……はぁ。参った、こりゃあ嫌な予感半端ないなぁ。まったくさぁ、面倒ごとは俺の見てないところで頼むぜ」


 にゃむう、とおっさんの腕の中の猫が非難するように鳴き声をあげる。対しておっさんはといえば肩をすくめて、


「まぁ見つけちまったもんは仕方ないわな。嬢ちゃん、大人しくついてきてくれないか?」


「…………、」


「嬢ちゃん? 抵抗するって言わないよな??? 俺、面倒ごとは嫌いなんだって」


 それはもう顔中で面倒だと表現するおっさん。そんな彼を前にしてアリアは腰の剣を()()()()()()()()()()()


「待て、待てって! わかった、わかったよ、さっさと逃げてくれ。面倒な展開はごめんだっ」


「くすくす☆」


 泡を食ったように後ずさるおっさんをアリアは見てすらいなかった。透き通るような笑い声と共にその身が後方へと回転、漆黒の軌跡が真横に描かれて──ガッギィン!! と()()した何かと魔剣とが激突する。


「カッカッ、よもや魔王様の転送術にて出現した瞬間を狙われるとはのう。聖女以外にて魔王様が警戒するべきと評するだけはあるようじゃ」


「くだらん。所詮は深淵に至ることもできぬ人の子、魔導を操りし我ら魔人の敵ではない」


 まさしく『出現』であった。

 先ほどまで誰もいなかったはずなのに、一瞬で彼らは現れたのだ。


 一人は皮と骨だけで人の形を構築した老人。ともすればミイラにも見えるほど乾き、痩せ細っている老人でありながら、手にした杖でアリアの斬撃を受け止めていた。


 一人は上半身裸の筋肉質な男。己が体躯の数倍はある巨大な剣を右手に持ち、肩で支えている。あまりにも巨大な剣を片手で持ち運ぶほどには強靭な肉体を持っているということだ。


 共に額よりねじくれたツノを生やし、褐色の肌を持つ。すなわち、魔人である。


「魔王、ああ、くすくす☆ ビビって逃げ出した腰抜けのお仲間ですか」


「カッカッ! 我らが魔王様を腰抜け扱いとは言いよるのう。まあ、いかに『寝起き』とはいえ魔王様が退く一助となった小娘じゃ。大言壮語するのもわからないではないがのう」


「……なんですって?」


「小娘よ、もしや己が実力のみで魔王様を退けられたと考えているなら勘違いも甚だしいのじゃ。魔王様はあくまで第九位相聖女が他の聖女を引き連れて襲ってくる可能性を考慮して、撤退したのじゃ。とはいえ、聖女たちが襲ってくるまでの時間を稼ぐことも可能かもと魔王様に思わせたその技量は認めてやらんでもないがのう」


「ペラペラとよくもまあ戯言ばかりほざくものです。結局貴方たちは何しに来たんですか? よもや魔王様は負け犬なんかじゃないんですうーっとほざきに来たわけじゃないですよね?」


「儂らを前にそこまで言えるとはのう。しかし、のう。その強気な態度、すぐにでも砕け散ると思うと哀れで仕方ない限りじゃ。ほれ、せめてもの慈悲じゃ、これからどんな末路を迎えるか教えてやろうではないかのう」


 かぴ、パキペキと乾燥した皮膚を動かし、老人は言う。



「儂らは『番外聖女』リアラーナを奪いにやってきたのじゃ。わかるかのう? 『番外聖女』リアラーナを奪うにあたり邪魔になる者たちは全員始末することとなっておる。すなわち小娘よ、お前の末路はここで死ぬことよ」



 バッグギィッッッ!!!! と。

 夜の闇の中、異音が炸裂する。



 ーーー☆ーーー



『第八位相聖堂』、祈りの場。

 広大なそこは壁や天井の全てを純白に輝くガラスで囲んだだけの空間であった。静謐なりし場、余分なものを取り除いた隔離されし空間。その祈りを異なる位相に君臨する超常存在からでも視認できるように透き通るガラスで壁や天井を構築している場であった。


 見えることにこそ意味がある場にて第八位相聖女・グリムゲルデは祈りを捧げていた。此度の出会いに感謝を込めて、である。


 そんな彼女の後ろではぐてーっと床に転がったバニーさんがいた。第九位相聖女・ロスヴァイセである。


「ぴょん……。グリムゲルデ姉様は毎度毎度過激だぴょん。本当仕方がない姉様だぴょん」


 どこか呆れたような、それでいて心配そうな目で真っ白バニーガールは熱心に祈りを捧げる姉の背中を見つめていた。


 カミサマ、なんているわけがない。

 正確には人間が考えるような都合のいい救世の象徴、全知全能たる超常的存在なんているわけがない、とするべきか。


 もしもそんな救いが存在するのならば、世界はこうも悲惨に歪んでなどいないだろう。


 だから。

 だから。

 だから。



 ぞわり、と。

 迸る魔の気配にロスヴァイセは勢いよく身体を起こす。



「ッ!? グリムゲルデ姉様っ、まずいぴょんっ!!」


「ロスヴァイセ、祈りの邪魔を──」


「そんな場合じゃないぴょんっ!! ()()()()()()()、滅びの一端が現れたぴょん!!」


 瞬間、であった。

 ガッシャァァァッッッン!!!! と、ガラスの壁をぶち抜く巨大な影が一つ。


 五メートルはある褐色の鱗で覆われた巨人。額に大振りなねじくれたツノ、八の腕と六の足を持つ巨大なそれが誰の目にも留まらず『第八位相聖堂』を闊歩していたとは考えにくい。それこそダイレクトにこの場に()()することがなければ、騒ぎが起きることなく祈りの場まで辿り着くことはできないだろう。


「我は『魔導七罪』が二業、レヴィカルナ。魔王様の覇道の妨げとなる者たちよ、今ここで我が手により粉砕されるが良い!!」


「……、人がせっかく気持ちよく祈っていたというのに、随分と不躾なクソ野郎でしょうよ」


 ボッ! とその手に炎の塊を生み出し、ゆっくりと立ち上がる第八位相聖女・グリムゲルデ。仮面はすでになく、美しい顔を塗り潰すように刻まれし『聖なる傷』を外界に晒す彼女は肩で切り揃えた金髪を吹き荒れる熱波で靡かせながら、


「燃やし尽くしてやるでしょうよ、人類一掃の元凶が!!」


 ボッバァ!! と解き放たれた紅蓮が猛烈な勢いで膨れ上がり巨人へと襲いかかる。

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