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第十七話 無知ゆえに

 

「ぴょんっ。グリムゲルデ姉様怪我だらけぴょん!? 『分断』に使った聖騎士たちからあらかた聞いてはいたけど、それでも、そんな、暴力だけなら聖女の中でも上位クラスなグリムゲルデ姉様がそこまでやられたぴょん!?」


 第八位相聖女・グリムゲルデが『第八位相聖堂』に帰った瞬間であった。神聖なりし純白の光が満ちる中、第九位相聖女・ロスヴァイセが()()、ぴょんぴょん騒ぎ始めたのだ。


「ぴょんぴょんうるさいでしょうよ」


「魔王がいつやってくるかわかんない時に無意味にハッスルしたくせになんだってそんなに偉そうぴょん!? ちょっとは後先考えろぴょんっ!!」


「……、後悔はしていないでしょうよ」


 ボソリと、そう言うグリムゲルデは己の口元が緩んでいることに気づいていなかった。


 ……ニヤニヤと、嬉しそうに笑みを浮かべている姉の姿に妹はかんっぜんに呆れ顔だったが。


「なんでそんなに嬉しそうぴょん? 久しぶりに顔見たと思ったら、なんだってそんな、姉様先の戦闘で頭でもぶつけておかしくなったぴょん!?」


「…………、」


 神聖なりし聖堂内で騒ぐのは元より、せっかく良い気分だったところにぴょんぴょん邪魔をしてくるバニーガールを見据えるグリムゲルデ。


 というか、鷲掴みであった。

 ぴょんぴょん跳ねるバニーガールの顔をぎぢゅっ!! と思いきり握りしめたのだ。


「ぴょっ、ぴょんぴょこぴょこぴょん!?」


 ──聖堂内には幾人かの聖職者がいたが、彼女たちを見た途端にびくりと肩を震わせたり、視線を外したりしていた。


 聖女二人を前に緊張している、のではない。

 第八位相聖女・グリムゲルデの顔を見て、正確にはその顔に刻まれし『聖なる傷』を見ての反応であった。


「……、ふん」


 どんなに敬意を払っていても、どんなに仲良くなっても、どんなに時間を重ねても──素顔を晒せば、みんな遠ざかる。


 人の顔を見て話しましょう。たったそれだけのことがなされないことがグリムゲルデが悲しくて、寂しかった。


 同じ傷を背負う姉妹だって似たような経験はしているが、顔に傷を背負うのはグリムゲルデだけだったがゆえに全く同じ苦しみを感じてはいなかっただろう。


 傷をなくした、己の顔を模した仮面。

 そんなものを挟まないと人と視線を合わせることはできなかった。例外として同じ傷を背負う姉妹だけは『聖なる傷』の奥に同等の存在を背負っているために恐怖から視線を逸らすことがなかったことだけが救いだったか。


 仮面越しなら誰とだって視線を合わせることはできるが、壁を感じてしまう。わざわざ仮面に傷をなくした己の顔をかたどったのもそういった理由があってのことだろう。


 だから。

 だから、だ。


「ぴょん、ぴょこっ、ぴょんぴょこんぴょこぴょん!?」


 なんかぴょんぴょん言っている妹の存在はありがたいものだったが、まあそれはそれとして顔面圧搾をやめるつもりはなかった。



 ーーー☆ーーー



「くすくす☆ 本当掘り出し物ですよね。いつでもどこでも簡単に治癒できるんですから」


 宿の一室でのことだった。

 ベッドに横になるアリアが最後の指をリアラーナの口から引き抜く。


 拳と拳をぶつけ合っての負傷はこれにて癒えた。後は、そう後は、だ。


「あ、あふ……。ありゅあ、しゃん、ちょっと強引すぎるって……」


「ん? 何終わったみたいな空気出しているんですか?」


「ふへ?」


 散々っぱら殴り合ったのだ、負傷は至る所に散見している。が、アリアはもう我慢できないとでも告げるように口元を歪めていた。


 その口が。

 動く。



「ここ、切れているですよ」



 トントン、と口の端を指で叩くアリア。指についたままの透明で粘着質な液体と赤く滲む液体とが混ざり合う。


「くすくす☆」


 笑みがこぼれる。

 リアラーナの瞳を真っ直ぐに見つめるアリアの両手が伸びて、顔を挟んで、そのまま引き寄せられる。


 怪我をした場所、すなわち顔へと。正確には口の端へと、だ。


「ほら、舐めるですよ」


「わっ。ええとっ」


 リアラーナにとって世界は五メートル四方であった。ある程度の知識はあっても、あくまである程度でしかない。粘膜同士の接触行為に意味があるなんて知らない、というわけだ。


 だから顔と顔とが近づいても何も感じない……ことはなかった。


(あ、れ?)


 猫のように黄金に光る瞳にかかる長いまつげ、磨き上げられたガラスを凌駕する輝きを放つ肌を汚す赤い傷口、整った鼻にイタズラ好きの幼子のようでいて妖艶な令嬢のごとき笑みを浮かべる口元。


 真っ直ぐに、改めて、アリアの顔を近くで見つめるリアラーナの心臓がバクバクと勢いよく脈動する。カァッと頭に血が上り、部屋の気温が変わったわけでもないのに全身が熱くなる。


(なんで、こんな、どうしちゃったの、あたし!?)


 感じたことのない気持ちだった。

 いいや、アリアと触れ合った時はいつだって似たような気持ちになっていた。


 その理由をリアラーナは言葉にはできなかった。一つだけ言えることがあるとすれば、


(な、治すって言ったもん! ちゃんとやらないとっ!!)


 そして。

 そして。

 そして。



「まあ冗談はこの辺りにして──」


「ふっうーっ!!」



 ぎゅう、と目を閉じたリアラーナが勢いのまま突っ込む。その舌がアリアの口の端を舐める。



「あ、あー……」


 熱心に舌を動かすリアラーナを尻目にアリアは困ったように眉根を寄せていた。


 色々とまずい絵面な気がする。こう、純真な乙女を騙している空気が半端ないのだ!!


「まあ、いいですか」


 略奪者なんて自称している女は無知な少女が知らず知らずのうちにやらかしているのをわかっていて、流した。


 普通であれば諭すなり何なりしそうなもの、というか、そもそもちょっと危ない冗談なんて口にしないものだが、略奪者なんて自称している女が普通の対応をするわけがなかった。


 これが。

 アリアである。

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