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第十四話 真面目ゆえにこそ

 

 聖騎士ルナエルナ。

 腰まで伸びた黒髪に黒目、純白の鎧をビシッと着こなしたその姿が生来の真面目さを示していた。


 二十一という若さで正式な聖騎士となった女である。わかりやすい才能なんてなかったが、わかりやすい欠点もなかった彼女はただただ真面目に訓練を重ねていけばその分だけ成長できた。後は時間さえ増やせばいいだけと同期どころが先輩方の誰よりも訓練に打ち込んだ末に歴代最年少で聖騎士まで上りつめた、真面目を長所と極めた女でもあった。



 そんな彼女はただいまジュースの買い出し中であった。甘味フュージョンジュースといえば有名も有名、この街で知らぬ者はいないほどに超人気なものだったがために──



「売り、切れ……?」


「そうなのよねえ。夕方の分はもう売れちゃったのよお。ごめんなさいねえ、聖騎士様」


 夕日が沈みかけた街の中、出店の女主人にそんなことを言われて、ルナエルナは唖然としていた。確かに甘味フュージョンジュースは人気商品だ。朝と夕、特定の時間から販売を開始する甘味フュージョンジュースはすぐに売り切れることで有名でもあった。


 だけど、それは、だけど!!


「なんとか、ならない? 今すぐ、今すぐに必要なのよっ。一つだけでいい、だから、お願いだから用意してよ!!」


「と言われてもねえ。いくら聖騎士様とはいえ一度特別扱い許したら後はズルズルいくものねえ。客商売として信用は第一よお。こちらから限定いくつと指定している以上、そこを崩すわけにはいかないわねえ」


「そ、れは……そうかもだけどっ」


「明日、またということでよろしくねえ、聖騎士様」


「う、うぐ……」


 ──あるいはアリアに最初に絡んだ聖騎士のような強引さがあれば結果は変わっていたかもしれない。が、良くも悪くも真面目な彼女はそこで引き下がってしまった。


 暴力や権力を振りかざし、力づくで用意させるなんて考えもしなかったのだ。



 ーーー☆ーーー



「すみませーんっ」


 それはもう立派な屋敷であった。先ほどまでリアラーナがいた教会に並ぶとも劣らずなほどに。


 今回の『仕事』。

 すなわちこの街に住む商業ギルドマスターの娘の病を治すこと。


 そのためにリアラーナは護衛兼案内役である一人の男の死体を埋葬する際に『仕事』場までの地図を抜き取っていた。それを頼りにここまでたどり着いたというわけだ。


「む。もしや貴女が例の……?」


「例のってのが何かはわからないけど、とにかくギルドマスターって人にお『仕事』に来たって言えば伝わる……はず! うん!!」


 門番へとそう言っているリアラーナ自身、こうして直接『仕事』の相手と言葉を交わすのは初めてであった。護衛兼案内役の男の見よう見まねをしているに過ぎない。


「そうか、貴女がお嬢様の病を治してくれるという……よく来てくれた。さあ、こちらへ。お嬢様のもとまで案内しよう」


「は、はいっ。よろしくっ」



 ーーー☆ーーー



「まずいわね。どうしろってのよ……」


 出店を後にしたルナエルナは夕日に染まった大通りを歩いていた。結局甘味フュージョンジュースは手に入らなかった。あの怪物を鎮めるために必要なものが手に入らなかったならば、どうなる? あの暴虐を前にどうやって対処すればいいというのだ???



「くすくす☆」



 声が、

 滑り込んで、


「わっ!? お、お前は、確かアリアだったわよねっ。なんでここに、待っててって言ったのに!」


「貴女の言うこと聞く義理はないですもの。それより、です。──ジュース、買えなかったみたいですね。全部見てたですよ」


「……ぅ、ぐ!!」


 初手から致命的であった。

 全部見られていたなんて言い訳しようもない。


 漆黒のマントに赤髪の女、アリアはゆっくりと、だが確かに近づきながら、


「威圧的に迫ってきて、人のジュースぶちまけて、不利だとなってからジュース買ってくるからときて、結局買えなかったですか。くす、くすくす☆ 随分とまあ舐められたものですね」


「うぐ……っ!」


 ダラダラと聖騎士ルナエルナの額に脂汗が流れる。早速目の端に涙が浮かび始めた真面目な彼女の行動は迅速であった。



「すみませんでしたっ!!」


 それはもう綺麗に頭を下げたのだ。



「明日、明日は必ず買ってくるから、だからもう少し待っていてくださいっ。お願いだから!!」


「ああ、ジュースはもういいですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まあ及第点ではあるですしね」


「え、え? ゆるして、くれるわけ???」


 おずおずと、様子を窺うように頭をあげる聖騎士ルナエルナ。対して赤髪の女はそれはもう透き通るような綺麗な笑みを浮かべて、



「いえいえ、です。ジュースはいいから、『なんでもします』ってヤツを果たしてもらうですよ」



 しばらくルナエルナは何のことだか理解できなかった。やがて『それでも足りないというのならば、今更だとおっしゃるのならば、私で良ければなんでもします。なので、どうかこれ以上の戦闘行為を継続するのはやめてください』などと他ならぬ自分から言ったことを思い出し、サァッと顔を青くする。


 なんでもします。

 ジュースのためだけに数十もの聖騎士を敵に回すようなぶっ飛んだ性格の女にそんなことを言ったのだ。どんなえげつない要求が突きつけられるかなんて想像すらできない。


 だから、

 それでも、


 ルナエルナは真面目に口を開く。


「そ、それで気が済むのならば……好きにするわよ」


「そうですか。ならば、とりあえず脱ぐですよ」


 …………。

 …………。

 …………。


「へ? なんだって???」


「でーすーかーらー」


 コンコン、と純白の鎧に守られた胸元を拳で軽く叩き、くすくすと言葉とは裏腹に綺麗な笑い声をあげて、


「胸元だけ大きく膨らんだ鎧の奥にあるものを晒せって言っているんですよ」


「うぐ、うぐぐぐぐう……っ!!」


 やはり赤髪の女はぶっ飛んだ怪物であった。大通り、夕日が沈みつつあるとはいえ未だに人混みが多いこの場で脱げだなんてえげつないにもほどがある。


 それでも。

 それでもだ。


 真面目だけで聖騎士にまで上り詰めたルナエルナの決断は早かった。自分一人が辱めを受けるだけで(善か悪かは別として)圧倒的強者の暴虐を封じることができるのだ。どちらを選ぶかなど迷うまでもない。


 ……とはいえ恥ずかしいものは恥ずかしいのか、顔どころか首まで真っ赤に染まっていたが。


 そう、それくらい恥ずかしいからこそ躊躇すれば動けなくなるのは必然。ゆえにルナエルナは勢いのままに鎧に手をかけて──


「まあ冗談はさておき、ちょっと人探し手伝ってくれたらそれでいいですよ」


「……、へ?」


 ガチャン、と金属音が一つ。

 胸当てが落ちたその音と共に、鎧の下に隠れていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものが姿を現した。


「あー……遅かったですね」


「あ、ああ、あああーっ! なんで、そんな、もっと早く言ってよお!!」


 バッと慌てて胸元を両手で隠すルナエルナ。やはり赤髪の女はえげつない。辱めを受けたばかりか、恥ずかしいことをやった上で無駄だったと突きつけるだなんて普通に辱めを受けるよりもダメージが大きいではないか!


「まあサラシなんて舐めたもの身につけていたんだし、どっちもどっちですよね」


「何が!? なんで私も悪いみたいになってるわけえーっ!!」


 くすくすと、それだけ聞けば綺麗な笑い声が響く。笑い声の主はドス黒いゲテモノであったが。

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