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第十二話 幾千もの言葉よりも

 

 騒動が耳に届いた。どんな話をしているかまでは聞こえなかったが、争っているのだということくらいは伝わった。


 伝わったために、第八位相聖女・グリムゲルデは騒動の中心に踏み込んだ。魔王の件もありはするが、他の聖女への連絡は済ませていたし、事態が動けば第九位相聖女・ロスヴァイセの奇跡で現場に飛ばしてもらえるので問題はない。


 それに、もしかしたら騒動に魔王が関与している可能性もゼロではないのでその目で確認する必要は絶対にあるのだ。……実際はそうやって理論武装してでも、騒動に巻き込まれているだろう誰かを助けたかっただけなのだが。


 彼女は踏み込んだ先で聖騎士たちが地面に倒れていること、そして最後の一人と思しき若き聖騎士へと赤髪の女が襲いかかろうとしている光景を見た。


 それだけあれば十分だった。

 聖騎士であってもそうじゃなくても、誰かが傷つけられているのならば戦う理由には十分すぎる。ゆえに第八位相聖女・グリムゲルデは真っ向から赤髪の女と激突する。



 ゴッ!! と拳と拳が真っ向からぶつかり合う。

 真正面から、その瞳を見つめ合う。



「残念でしょうよ。私の顔をそうも真っ直ぐ見てくれる人なんて妹や姉たちくらいだったでしょうから……本当残念でしょうよ。こんな出会いしかできなかったでしょうなんて!!」


「くすくす☆ 奪い合いの最中に楽しくお喋りです? 今は拳をぶつけ合う時ですよ、お嬢さん」


「……、上等でしょうよ」


 ギヂリ、と。

 その拳が強く、固く、握りしめられる。


「覚悟するでしょうよ! 今ここに聖女としての生き様を示すでしょうよ!!」


「くすくす☆ では私も略奪者としての生き様を示すとするですよ」


 カラン、と赤髪の女が漆黒の剣を地面に投げ捨てたと共であった。それは、始まった。


 グリムゲルデが赤髪の女の髪を掴み、膝を顔面に叩きつける。赤髪の女がグリムゲルデの雑に巻いただけの布を掴み、ぶん投げて地面に叩きつけたかと思えば、地面に倒れたグリムゲルデの足が横倒しの風車のように振り回されて赤髪の女の両足を払い──空中で身をひねった赤髪の女が蹴りをグリムゲルデの胸板の中心に叩き込む。


 グリムゲルデが己が胸板に叩き込まれた足を両手で掴み、捻り足首を折ろうしたところで赤髪の女のもう片方の足が振り下ろされ、そこで足を離したグリムゲルデが転がり振り下ろされた足を避けた上に赤髪の女の顎を跳ね上げたつま先で蹴り抜く。


 そのつま先を掴み、もう片方の手で膝に手を添えた赤髪の女が舞う。背負い、投げる。再度地面に叩きつけられたグリムゲルデの顔めがけて拳を振り下ろし──その拳と振り上げられた拳とが真っ向から激突する。


「ふっ、ははっ!!」


「はっはっ!!」


 凄惨にして獰猛な笑みが視界に飛び込む。

 その視界に広がる笑みこそが己が浮かべているそれだと存分に伝わる。


「やるでしょうよ!!」


 相手は暴行犯だ。聖騎士たちを傷つけた女だ。それでも、なのに、グリムゲルデは浮かぶ笑みを止められなかった。


 言葉に意味なんてない。

 真っ向から顔を見据えてくれるその魂の輝きが、交わす拳から伝わってきたから。


 聖女。

 教会の象徴として生きてきたグリムゲルデはこれまで数多くの人間を見る機会があった。人間の多面性をそれはもう存分に味わってきた。


 言葉なんて信用できない。形を整えて出力されるものはいかようにも捻じ曲げられることを思い知っているからだ。


 ゆえにグリムゲルデは幾千もの言葉よりも、たった一つの拳にこそ価値を見出す。そこに込められた魂の熱量を感じ取ることで本質を見抜く。


 聖騎士たちを傷つけたのは赤髪の女だろう。

 だからといって、彼女の魂が真っ黒であるとは限らない。


 ……何らかの事情があったのかもしれない。だけど、それでも、今更だ。聖女として果たす義務がある以上、ここで引き下がるわけにはいかない。


 いいや、違う。聖女として、だけなら、暴力を選ばずともいいはずだ。慈愛をもって説得する、あるいは事情を知るだろう若い聖騎士に説明してもらう、なんて方法を選んでもいい。


 それでも、戦い続ける理由は一つ。

 もっとずっと拳を交わしたかった(語り合いたかった)というだけだ。


「くすくす☆ 構わないですよ」


「っ」


 言葉に意味なんてない。

 交わした拳で十分。


 ──赤髪の女は全てを見抜いている。見抜いた上で、だ。


「存分にやり合うですよ」


「……、ありがとうでしょうよ」


「くすくす☆ 聖女が聖騎士どもを痛めつけた悪党に礼だなんて、そんなのダメダメですよ。少なくとも、世間一般では、ですが」


 ぐいっと赤髪の女が口が切れて流れる血を親指で拭う。真っ赤な唇が、動く。


「私としては楽しく奪い合えるならなんでもいいですが、ね」


 言下に、まるで示し合わしたように拳が舞う。

 真っ向から、激突する。


 ゴンドンバンダゴンバッゴォン!!!! と、何度も何度も、皮膚が裂けて肉が飛び散るのも構わず、真っ向から何度だってぶつかり合う。


「くすくす☆ ここまででいいんですか?」


 拳がズタズタに引き裂かれて、砕かれていくというのに、一切顔を歪めることなく女は言う。透き通るような、綺麗な声音で。


「全力でぶつかり合わずに、です」


「……ッッッ!!!!」


 言葉に意味なんてない。拳から全部伝わっている。ゆえに、だから、言葉で返す必要なんてなかった。



 ボッバァ!!!! と紅蓮と爆音が炸裂する。

 グリムゲルデの拳から猛火が放射、突き抜けた熱量が天を貫く。



 間一髪バク転で後方に逃れた女が縦に何度も回転しながら地面に落ちていた漆黒の剣を掴む。二の足で地面を踏みしめて、くすくすと笑う。


「どうせ奪い合うなら全力じゃないと、ですよね」


 言って、鞘に納まったままの剣を構える女。

 グリムゲルデには奇跡を使わせておいて、自分は鞘から剣を抜きもせずに。


 立ち上がり、見据えるだけで伝わったのだろう。赤髪の女はなんでもなさそうに口を開く。


「ん? ああこれは気にせずにです。奪い合いにも作法はあるものです。何でもかんでも奪えばいいってものでもないですよ。ここは、命まで奪う場面じゃないです。()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……、私の炎は敵対者の命を燃やすでしょうよ」


「ああ、そこはご心配なくです。今までどんな奴とやり合ってきたかは知らないけど、私は炎一つで死ぬほどヤワじゃないです。だから、遠慮なくぶつかってくるですよ。そっちのほうが私の好みです」


「自分は殺しの力を封じておきながら、よくもまあ言うものでしょうよ」


 ボッォ!! とグリムゲルデの両手にそれぞれ手のひらサイズの火球が具現化される。今は手のひらサイズだが、激突の瞬間には火力が大幅に上がるはずだ。


「アリア()()、私のこと受け止めてでしょうよ」


 ──それこそ今までよりも強力な、家の一つや二つ簡単に焼き尽くすほどの『全力』が内包されていることだろう。


 わかっていて、それでも赤髪の女は笑う。

 笑って、言い放つ。


「くすくす☆ カモンです、お嬢さん」


 引き金は引かれた。

 直後に紅蓮の炎が二つ投げ放たれた。


 真っ直ぐに迫る火球を女は静かに見据える。三メートルまでは何もせず、二メートルまで迫っていても流して、一メートルまで近づいた時にブォッ!! と二つの火球が膨れ上がり──爆発。


 ボッッッバァッッッ!!!! と。

 紅蓮が赤髪の女の姿を塗り潰した。それこそ家の一つや二つ軽く焼き尽くせるほどに膨大な熱量が解放されたのだ。


 そして。

 そして。

 そして。



 ブザァッ!! と紅蓮が、溶けるように歪む。ほんの僅かな隙間を生み出す。そう、炎が赤髪の女を避けるように。



「な、ん……っ!?」


「そう不思議な話でもないですよ」


 漆黒の剣片手にゆっくりと前に進む赤髪の女の口が動く。軽やかに、歌うように。


「炎ってのは硬いものじゃないです。それこそ空気と似たような感じです。ゆえに簡単に流れるものです」


 炎は揺らぐ。風に煽られて形を変えるように、意外と簡単に。


 ならば歪めてやればいい。例えば剣を振り回して空気の流れをかき乱し、流された炎が赤髪の女を避けるように。


 ──そんなに簡単なものでもない。炎の規模や動きを正確に()()()()上で的確に安全地帯を生み出すよう空気の流れをかき乱すだけの技量がなければならない。


 あったから、赤髪の女は生きている。

 それが真実であり現実だ。


「私半端は嫌いですが、お嬢さんはどうです? もう折れましたです???」


「……、まさかでしょうよ」


 奇跡をこうも簡単に打ち破れて、なお。

 グリムゲルデは瞳を輝かせていた。眩しそうに、羨ましそうに、嬉しそうに、聖女なんかではなくただの女の子みたいに。


「かんっぜんに! 火照ってきたでしょうよ!!」


「くすくす☆ そうですよね、そうじゃないと奪い合いじゃないですよ!!」


 ボッ!! とグリムゲルデが炎の塊を踏みしめて爆破、加速する。その手に炎の剣を生み出し、真っ向から赤髪の女めがけて。


 対して赤髪の女もまた漆黒の剣片手に前に踏み込む。真っ向から、グリムゲルデを受け入れるように。


 そして。

 そして。

 そして。



「ストップ、すとおーっぷうーっ!!」



 彼女たちの間に飛び込む女が一つ。

 若き(といってもグリムゲルデや赤髪の女よりは年上な)女聖騎士が両手を広げて飛び込んできたのだ。

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