第十一話 仮面の奥に秘めし宿命
真っ白でもふもふであった。
スノースパイダーの糸やミストアゲハの繭などを織り込んで作られた雲のようにふわふわとしたベッドは寝転がる者をふわりっと沈めていく。
「世界はミルフィーユのようにいくつも折り重なっているぴょん。まあ現世以外は概念として存在はしているだけって感じぴょん。純粋なエネルギー、元素がそのまま揺蕩う感じだぴょん」
「あ、あの」
「そういった概念世界、あるいは位相には現世に存在できないほどに膨大で純粋な『意思を持つエネルギー』が存在するぴょん。天使と呼ばれるのがそれぴょん。……神様ってのに関してはどういった形で存在しているのか、そもそも存在しているのかどうかすら判明してないぴょんけど」
「いや、あのっ」
「まあいかに意思を持っているとはいえエネルギーはエネルギー、基本的には流れやすいほうに流れるぴょん。もちろん普段は干渉不可能な領域に揺蕩うエネルギーではあるけど、そーゆーのを引き寄せる『体質』を持つ者こそが聖女と呼ばれるぴょん。天使のエネルギーを限定的とはいえ引き寄せ、奇跡にも似た超常を振るうから、もあるけど、神様の下位存在たる天使と繋がりを持っているってのが象徴としてわかりやすいってのもあるぴょん。実際にはこちらから天使にコンタクトなんてさっぱりだとしても、ぴょん」
「だから、あの、なんでこんなことになってるの!?」
現状はこうだ。
ロスヴァイセに引き寄せられたリアラーナが抱きしめられた状態で二人仲良くもふもふベッドに横たわっていた。
柔らかと温かな感触とが伝わる。もふもふは元より、リアラーナにはない一部おっきなものや体温が抱き合うことで伝わってくるのだ。
「ぴょん。どうせなら横になって話したほうが楽ぴょん。後は、まあ、直に感じたかったってのもあるぴょん。……予想はしてたけど、やっぱりさっぱりだぴょん」
「わけわかんないんだけど……。まあこうして人と触れ合うのなんてロスヴァイセだっけ? あなたが二人目だから別にいいけど。そうだよね、今日はすごい日だよね。色々大変だったけど、その分いつもでは味わえないことを味わえているし」
「……、まあ今はいいぴょん。ってなわけで聖女についてはわかったぴょん? 教会的にもわかりやすい象徴がほしいってことで厚遇された九人の『聖なる傷』を刻んだ実質的な姉妹、それが聖女だぴょんっ」
「さらっと聞いてないこと出てきたんだけどっ。『聖なる傷』、それに実質的な姉妹って?」
「『聖なる傷』は『聖なる傷』ぴょん。各位相に潜む天使と聖女を繋ぐ白鳥を模した受信口、生まれながらに身体のどこかに刻まれた決して消えない傷だぴょんっ。ロスヴァイセちゃんは頭にあるんだけど、『聖なる傷』ってば常に天使のエネルギーを受信しているからか、見たら恐怖を感じるみたいでこうしてウサミミの形をした小道具で隠しているんだぴょんっ」
ぴょこぴょんと頭を軽く振ってうさ耳を動かすバニーガール。ついでにリアラーナを抱きしめる両腕に力を込めながら、
「そして実質的なってのはそのままだぴょん。ロスヴァイセちゃんたち聖女は全部で九人生まれるってのはわかってたから、赤ん坊の頃に教会に回収されて、共に育ったぴょん。血は繋がってなくとも、姉妹同然ってことだぴょんっ」
「ひあっ。あんまり強く抱きしめられると、その、なんだかドキドキするんだけどっ」
「ぴょん。そんな反応されたらもっとしたくなるぴょんっ。うりうり、ほらほらっ、だぴょんっ」
「ひっひああああっ!? どこ触って、待ってそこはだめだってえっ!!」
もふもふっとベッドに沈む二人の身体が絡み合う。真っ白なそれに覆い隠されていく。
ーーー☆ーーー
(炎、ですか)
最後の一人を片付けようと踏み込んだアリアを襲ったのは紅蓮と爆音、すなわち炎であった。
アリアめがけて放射された炎の塊を、しかしアリアは漆黒の剣を的確に合わせ、斬り裂くことで凌いだ……はずだった。
実際には吹き飛ばされていた。
撒き散らされた爆風に巻き込まれたのだ。
(炎を爆発させた、というよりも、一気に火力が上がったですね。この状況下であのような変化は自然では起こり得ないですが、まあ自然じゃなければ可能です。魔人の魔導に匹敵する超常、すなわち聖女が振るいし奇跡ですか)
最初は人の頭程度の火球であった。ゆえにアリアは斬り裂くことで対処可能だと判断した。実際には斬り裂いた瞬間に炎が膨れ上がり、まさしく爆発のように周囲に熱をばら撒いた。
──それさえも漆黒の剣を振るうことで吹き散らしたが、完全ではなかった。現にアリアは吹き飛ばされ、地面に倒れているのだから。
じくじくと肌が痛む。熱波を受けて焼けたのだろう。
それでも、だとしても、アリアは立ち上がる。金髪の仮面の女の登場。それだけで遠巻きにこちらを見ていた人混みが歓喜にわき、興奮やら何やらで絶叫している有様など視界に入れすらしない。興味なんて微塵もない。
踏み込む足にて炎の塊を踏み、爆破と見間違うほどの勢いで増幅、瞬間的な加速と共に間合いへと飛び込んでくる仮面の女に興味の全てが集中していたからだ。
ゆえに、
ゴドンッ!! と轟音が響く。
アリアの拳と仮面の女の拳が互いの顔面をぶち抜いた音であった。
バキ、と仮面に亀裂が入る。じわり、とアリアの口の端から血が滲む。そこで止まらない、終わらない。
蹴りがアリアの胸板を襲い、お返しとばかりに仮面の女の顎を下から蹴り抜く。仮面の女の拳がみぞおちを打てば、次の瞬間にはアリアが仮面の中央を殴りつける。
ぱ、ぱぱっ!! と血の雫が舞う。美しい顔を赤く汚したアリアは、しかし凄惨に笑い、言い放つ。
「くすくす☆ とりあえず素顔をご開帳です。奪い合いの場で顔を隠すだなんてしょーもない真似するんじゃないですよ」
「愚かでしょうよ」
バキ、バキバキッ!! と亀裂が広がり、そして割れる。女の顔をかたどった仮面の奥にあったのは──全く同じ顔の女であった。
「私はあくまで周囲を不要に怯えさせないよう隠していただけでしょうよ。それを、わざわざ崩すだなんて」
ただし。
アリアよりも年下でリアラーナよりは年上らしい彼女の顔には白鳥がタトゥーのように刻まれていた。
それを見た瞬間、ぞわりと魔王を相手にしている時も平然としていたアリアの背筋に震えが走った。
ザァッ!! と。
遠巻きにこちらを見ていた人混みなど一斉に後ずさるほどであった。
──仮面の女が現れた時の反応からは考えられないほど、畏怖に満ちていた。抗いようがないほどに、白鳥が秘めし『圧』が炸裂したのだ。
炎に近づきたくないと思うように、刃に触りたくないと思うように、本能的に理解『させられた』。
白鳥、その奥に揺蕩う『それ』は次元が違う。不用意に関われば、矮小な人の子など危害を加えるつもりすらなくとも吹き飛ぶと。
ゆえにこそ、だからこそ、後ずさった。恐怖が、信仰を凌駕した。普段聖女だなんだと崇め、姿を見ただけで絶叫するほどに深い信仰を宿していようとも一蹴されるほどに。
「……、本当愚かでしょうよ」
ボソリと、低く、それでいて歪む声が一つ。
もう慣れたと言いたげに、蓋をするように、女は一言だけ呟き切り捨てた。
仮面の女が何かしたわけではない。
その身に刻まれし宿命が、人を遠ざける。
そのことに思うことがないわけがないのだろうが、即座に切り捨てるくらいの積み重ねがあったのだろう。
……今目の前に広がる光景が、全てだ。
(文字通り次元が違う、ってヤツですね。あくまでもあの白鳥の『奥』は、ですが。まあだからと言って……)
見抜き、そしてぺっと血が混じった唾を吐き出すアリア。半端なのは虫唾が走る。
トントンと剣で肩を叩きながら、アリアは言う。真っ直ぐに、半端に揺らぐことなく。
「くすくす☆ 誰が怯えるですって? そんなしょーもない白鳥一匹の底など今にでも見切ってやるですよ」
「…………、は、はは。『聖なる傷』を、いいやその奥の守護天使を感じているくせに、よくもまあそんなことを言えたものでしょうよ」
足元に加速用の炎の塊を具現化しながらも、彼女は闘志以外の何かを乗せてアリアを見つめていた。
不思議そうに、本当に不思議そうに。
それでいて、首を横に振る。何かを、振り払う。
「ふう」
一息、それにて完全に切り替える。
ただの女ではなく、聖女へと。
「私の名はグリムゲルデ。第八位相聖女として、世に蔓延る危険因子を粉砕するでしょうよ」
「……、くすくす☆」
もしかしたら説得できる可能性もあったのかもしれない。聖騎士とのいざこざを話せば、(アリアがやりすぎた面もあるとはいえ)和解できるかもしれなかった。
それでも。
アリアは言う。
「私はアリアです。通りすがりの略奪者ですよ。というわけで、根こそぎ奪わせてもらうですよ」
透き通るような美しい声音でそう言えるからこそアリアはアリアであった。こんな生き方しかできないから、彼女は略奪者なのだ。
ゆえに、その激突は必然であった。
第八位相聖女と略奪者が真っ向から激突する。