第十話 紅蓮と共に降臨するは
純白の光に満ちていた。
合成ガラス『天白』で覆われた聖堂のうち、なぜか白いもふもふで装飾された『第九位相聖堂』の中である。
……隣の『第八位相聖堂』は基本に則った荘厳な装飾で構築されているので、白のもふもふは教会全体の色ではなく、主たる第九位相聖女・ロスヴァイセの好みなのだろう。
ぼふん、と小柄な(ただしリアラーナよりも一部がおっきな)真っ白バニーガールが広々とした室内の中央に堂々と鎮座している巨大なもふもふベッドへと頭から飛び込む。
ぐりぐりと頭をこれでもかともふもふに埋めて、うつ伏せで足やら手やらをばたつかせながら、
「ぴょお、ぴょおーっん! もふもふは正義だぴょんっ。ほらほら、あなたもレッツダイブぴょんっ。気持ち良さに骨抜きされること確実だぴょんっ」
「あ、あれっ。さっきまで外にいたはずが、あれえ!?」
小柄な(こちらは一部も何もあったものじゃない)リアラーナがキョロキョロと周囲を見渡す。そう、先ほどまで外にいたはずなのに、瞬きをした後には室内に立っていたのだ。
『第九位相聖堂』、その一室。
すなわちロスヴァイセの私室へと。
「細かいことは気にしないでいいぴょんっ。あの場で説明会開いても良かったけど、仔馬どもの目が鬱陶しかったから移動したってだけぴょんっ」
「移動って、これ瞬間移動ってヤツだよね!? こんなことできるものなの!?」
「実際にできているぴょん。まあ普通の人間には一生かかっても不可能な『借り物の奇跡』なんだぴょんけどね」
「かりもの……?」
「そうぴょん」
ぐるりとうつ伏せから仰向けへと転がり、リアラーナにはないおっきなものを揺らし、真っ白バニーガールはこう続けた。
「各位相の守護天使の力を現世に顕現する象徴、それが聖女だぴょんっ」
ーーー☆ーーー
「な、によ……なによ、これっ!?」
つい先日正式な聖騎士となった二十代前半の新入り女聖騎士は信じられないと唇を震わせながら言葉を紡いでいた。
彼女なんか足元にも及ばない先輩方が複数で一斉に赤髪の女へと斬りかかったのだ。そう、個人の想いはどうあれ聖騎士という『ブランド』に敗北という文字はあってはならない。敗北することもある、という傷は、聖騎士は聖女など教会の象徴を守護する不敗の剣であるという掲げられし主義を折られるに等しいからだ(聖女たちに聖騎士の助けなんて必要ないとしても、だ)。
ゆえに個人的想いはどうあれ、聖騎士という看板を背負った彼らは戦うしかなかった。これが誰の目もない路地裏での出来事ならともかく、出店や食堂が集まる活気ある大通りであるならなおさらに、だ。
人の目は無数に存在する。
遠巻きにこちらを見ている群衆に見せつけるためにも、聖騎士たちは女を倒さなければならなかった。
というのに、だ。
複数の斬撃がほぼ同時に女を襲ったかと思えば、すり抜けたのだ。ゆらぎ消えた時、はじめて(聖騎士の中では最年少の)若き彼女はそれが残像であったと気づいた。
気づいた時には、終わっていた。
ドンバンダゴンッ!! と轟音が連続した。直後、一斉に襲いかかった男たちが一人の例外もなく意識を刈り取られ、地面に崩れ落ちた。
「こんな、こんなに簡単に先輩方がやられるなんてっ!!」
「チッ、新入りは下がっていろ! こりゃあ仲間割れしてでも馬鹿ども潰すべきだったかっ。聖騎士同士で争っている様を見せるのはまずいとか躊躇せずによお!!」
「全くだ。ロスヴァイセ様が連れて来いって命じられたんだ。その対象とこうして争っていることすら問題だってのに、ああもうあの馬鹿どもが!! せめて一人の暴走って形にすればまだなんとかなったってのに、決闘だなんだ騒いだり、複数で襲ったりしたら本格的に引っ込みつかなくなるじゃねえか!!」
「くすくす☆ 引っ込める必要はないですよ。というか、貴方たちの意思なんて関係ないですよ」
滑り込む。
不気味なほどに綺麗な、女の声が。
「私が奪うと決めたんです。ゆえに選択肢は二つです。私に勝って守り抜くか、私に負けて奪い去られるか、ですよ」
言下に女の姿が消えた。
一人の聖騎士の懐に飛び込んだと若い聖騎士が気づいた時には三人の聖騎士が崩れ落ちていた。
……(一応殺す気はないのか)鞘に納まったままの漆黒の剣を投げて一人目、懐まで近づいた聖騎士の腰に差してある剣を奪いもう一人に投擲、柄の部分をぶつけて二人目、身をひねって蹴りを放って懐まで近づいた聖騎士の顎を蹴り抜くことで三人目、そうやって一挙に三人を沈めたのだと、若い聖騎士は視認することもできなかった。
そして、そんなもの過去のものとして流れる。瞬く間に状況が動く。その手から消えたはずの漆黒の剣を女が拾ったかと思えばようやっと女を捉えた聖騎士のみぞおちをぶち抜いており、加えて後ろから迫っていた聖騎士の鼻っ面を蹴りで叩き潰していた。
四方から四人の聖騎士が迫れば、四方向からの斬撃を踊るように避けたばかりか軽く手を添えて軌道を歪め、互いで互いを傷つけるよう誘導、切り口から鮮血を噴き出した際に走る痛みに身体を硬直させる一瞬を狙い、四人の聖騎士を薙ぎ払っていた。
せめて一撃だけでもと捨て身で飛びかかる聖騎士を避けた上で片足だけを払い体勢を崩し、後ろから迫る他の聖騎士にぶつけて──そのまま二人まとめて側頭部へと鞘に納まったままの漆黒の剣をフルスイング、ノックアウトする。
聖騎士は決して弱くはない。鋼鉄さえも噛み砕く数メートルクラスの魔獣を一人で討伐できる実力があって最低限の資格があると見なされるほどに強き者たちが集まっているのだ。
その上、ここは二人の聖女を有する街。配備されし聖騎士もまた強者揃いであるのだ(どんな場所にも落ちこぼれや真面目すぎるがゆえに融通が利かない者は混ざっていたようだが)。
それでも、だ。
強者揃いの聖騎士たちが、手も足も出なかった。
呆然と立ち尽くしていた若き聖騎士が我に帰った時には数十人はいた聖騎士たちが全員地面に倒れているほどに。
「残りは一人ですか」
「……っ!?」
慌てて腰の剣に手をかけたのは聖騎士としての誇りか、それとも恐怖からか。
ぎゅるり、と猫のように黄金に光る女の目が細くなる。
「敵意を奪えたならば、とも思ったですが、そうですか。それが貴女の選択ならば、仕方ないですね」
間違った、と若き聖騎士は悟った。遅かった。致命的なまでに、手遅れであった。
だから。
だから。
だから。
若き聖騎士の瞬きが終わる頃には赤髪の女が極端な前傾姿勢にて懐に飛び込んでおり、その手に握った剣を鞘ごと振り上げる──前に紅蓮と爆音が炸裂した。
ブォッバゴォン!!!! と遅れて衝撃と熱波が襲いかかる。余波だとしても、鍛えられた若き聖騎士を薙ぎ払うほどであった。
尻餅をついた若い聖騎士は、見る。
彼女の前に立つ、純白の少女を。
金髪を肩で切り揃えた少女であった。雑に純白の布を巻きつけただけの独特の格好をした彼女、その背中を見ただけでも十分であった。
彼女はある美女を形作った仮面をかぶっている。見なくともわかる。伝わる。判明する。
それほどに有名だから。
聖騎士であれば絶対に知っているに決まっている。
「第八位相聖女様ぁっ!!」
「一人となっても立ち向かうその心意気やよし、流石は聖騎士でしょう。同じ信仰を掲げし者として、私は貴女を誇りに思うでしょうよ」
第八位相聖女・グリムゲルデ。
教会が保有する最大戦力の一角が一歩前に踏み出す。
「あっ、聖女様ちょっと待っ……!?」
そう、前へと。
先の『一撃』を受けて、それでも立ち上がってくる女へ向かって、だ。
「どうやら随分と好き勝手やってくれたみたいでしょうよ。聖騎士が対応せざるを得ないほどの罪を犯したらしき者よ、言い分があるなら言葉にするでしょうよ」
「戯言は結構です。邪魔するなら黙ってかかってこいですよ」
「……、そうでしょうね。それじゃあ、遠慮なく叩き潰すとするでしょう」
言下に第八位相聖女・グリムゲルデが大きく前に踏み込み──ボッ!! と紅蓮と爆音と共に射出された。