第一話 さあ、略奪の時間ですよ
「ひっ、ひぁ……」
どうして、とそれだけが小柄な少女の中を渦巻いていた。
目的地まで移動して、いつも通り『仕事』をこなすだけのはずだった。馬車に揺られていれば良かったはずだった。
今回は大きな儲けが期待できる『仕事』だと言われてはいたが、別にやることは何も変わらないという話だったはずだ。
清楚にして純粋な印象を相手に抱かせるためだとシミひとつない純白のドレス姿の小柄な少女であった。幼さの残る十代前半の肩まで伸びた銀髪の彼女──リアラーナは町から町に馬車で揺られていつも通りの空虚な人生を送る……だったのに、
馬を操っていた御者の中年男性は胸に穴をあけて転がっていた。護衛として雇われていた三人はそれぞれ首を切られ、頭と胴体とを切り離されていた。
もう死んでいる、と思い知らされる光景であった。それが、馬車から森を真っ直ぐに突っ切る道へと引きずり出されたリアラーナが見たものだった。
「ボスっ。銀髪のガキっすよ! こいつが依頼のっすよね!?」
リアラーナの髪を無遠慮に掴み、馬車から引きずり出した男がそんなことを言っていた。もう片方の手に赤い液体で濡れた剣を持った男が、だ。
「だろうな。まあ確認すれば済む話だ。しっかし、なんだ、あえて護衛を最小にするわ無駄に大仰な護衛を侍らせた偽物を用意するわ、色々と努力してたみてえだが、バレたらそれまでってのがわからなかったのかね。敵に見つからない努力より、見つかっても何とかするための努力をするべきだった、ってわけだな」
ボスと呼ばれた大男は呆れたようにそう呟いた。ドン、とすでに死んでいる護衛の一人の頭部を軽く蹴りながら。
彼らを入れて十人の男たちが馬車を囲んでいた。その全員が抜き身の剣を持っていた。
「よし。目的のもん手に入ったし、帰るか」
それだけだった。
ボスも他の男たちも死体になど──誰かを殺したことなど全くもって気にしていなかった。
御者の男も護衛の人たちも少女を『仕事』の道具としか思っておらず、ロクに話したこともなかったが、だからといって殺されていいわけではない。
「一つ聞きたいんすけど」
すでに踵を返し、歩き出している九つの背中。そんな男たちと違い、銀髪を掴む男だけが下卑た笑みでリアラーナを見ていた。
その言葉は。
どこまでも悪意に満ちていた。
「お前の『力』があれば、下半身の膜も再生されるんすかね? どうせ多少手荒に扱ったって治せるんだし、ハツモノ連続プレイなんてのもアリっすよねえ!!」
「ひっ……!!」
言葉の意味はわからなかったけど。
人を簡単に殺せるような男が言う『手荒に扱う』というのがどれだけ悲惨なものであるかはなんとなく理解できる。
『仕事』に使われるだけの人生であった。空虚である自覚はあった。だけど、この先は空虚ですらない。悪意に満ちた、赤と黒に染まったサイケデリックに呑み込まれる。
「たっ、助けっ、だれか……っ!!」
思わず、だった。
とにかく男から離れたくて、でも銀髪を掴まれているから逃げられなくて……男が進む方向とは反対側、馬車に手を伸ばしていた。
空虚ではあるが、安全ではある籠へと。
おそらくは人生の中で一番あそこに戻りたいと願っていた。
だから。
しかし。
「はいはーい、早く行くっすよー」
ぐいっと、髪を引っ張られる。
たったそれだけでリアラーナの必死の抵抗はねじ伏せられる。
暴力、力の差。
男と女という身体的『差』がこれでもかと思い知らされる。
じわり、と。
涙が溢れる。
「いや、やだ、誰かぁっ、誰でもいいから助けてよお!!」
そんな叫びを聞いてくれる人なんていない。聞いてくれる人はすでに物言わぬ肉塊に変えられてしまったのだから。
「ハハッ、助けなんて来るわけないっすよ」
森の中、男ども以外に誰もいない空間に少女の叫びが虚しく響く。
リアラーナの必死の懇願は誰に届くことなく、踏み潰される。
だから。
だから。
だから。
「ダメダメです。略奪者としてド三下にもほどがあるですよ」
声が、聞こえた。
男ではなく、女の声が。
そう、リアラーナ以外の女の声が上から聞こえ──
「ぐえっばあ!?」
あまりにも瞬時のことにリアラーナは過程を視認することすらできなかった。上、馬車の上から声が聞こえたかと思えば、リアラーナの髪を掴んでいた男が吹き飛んだのだ。
代わりというように『彼女』がリアラーナのそばに降り立つ。おそらくは馬車の上から男に蹴りでもぶつけた『彼女』は猫のように両手両足を地面につけて着地、四つん這いのままくすくすと笑みをこぼす。
「どうせ奪うなら状態は最高のまま、が基本ですよ。わかるですか? 女の子ってのは笑顔を浮かべているのが最高なんです。いくら欲しいからって、奪いたいからって、その結果涙でぐちゃぐちゃにするだなんて論外ですよ」
ぶわり、と背中を覆うほどに伸びた灼熱のごとき赤き髪と漆黒のマントが靡く。その下の局部だけを隠した同じく漆黒のビキニアーマーが木々の隙間から入る日光を反射する。
『彼女』は平均よりも小柄なリアラーナよりもずっと大きな、長身の女であった。
「なんだなんだっ」
「ははっ、おいおい女にぶっ飛ばされたのか!?」
「うるさいっすよ! くそっ、何しやがるっすか、クソアマがあ!!」
鼻を強打したのか、先ほどまでリアラーナの髪を掴んでいた男が潰した鼻から鮮血を撒き散らしながら叫びを放つ。
対してリアラーナより年上の、十代後半らしき女はずしゃりと腰に差した剣を右手で抜く。一般的な銀の刃ではなく、底なし沼のごとき深き漆黒に染まった刃が日光に照らされて不気味に光る。
「何しやがる? はっはっ! 見てわからないですか? お前らド三下どもから女の子を略奪しやがるんですよ」
言下にだんっ!! と赤髪の女が前に飛び出す。炎が燃え広がるように赤髪を後方に靡かせ、同じく靡くマントの下に隠されていた漆黒のビキニアーマーと白き肌を晒しながら、一息にて男の懐へと。
「上等っすよっ!!」
男がその手に持った剣を横に薙ぐ。女の首を輪切りにせんと襲いかかる斬撃は、しかし半ば地面に飛び込まんとばかりに女が上半身を前に倒したことで何もない場所を薙ぐに終わる。
「シッ──」
女が剣を握った右手ごと上半身を跳ね上げる。
ザンッ!! と下から上に漆黒の軌跡が飛ぶ。男の股間部に潜り込み、胴体の真ん中を下から上に斬り裂き、そのまま首を開き、顎を砕く。
「が、ぶあ……っ!?」
鮮血が噴き出し、女を真っ赤に染める。
暴力沙汰に縁のないリアラーナでさえも致命傷だと分かるほどの損傷を与え、返り血を浴びて、それでも女はくすくすと綺麗な笑い声を響かせる。
男たちと同じく、殺しに慣れている女が左手の甲で顔に飛び散った血を拭う。
「さあ、略奪の時間ですよ」
軽く、なんの気負いもなく言ってのけて、女は残りの男たちへと突っ込んでいく。