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察しの悪い俺はチート仕様に気づけないorz③

挿絵(By みてみん)

俺が異世界に転生して3日が経った。

どうやらこのウナギの身体も人並に眠るらしい。そして眠ることでHPは回復することが分かったのはありがたい。あぁ、ありがたいと言えばあの単眼族とかいう大鬼、ボスとの戦いでレベルが5つも上がったこともそうだ。


能力値はまさにうなぎ登り。

まぁ、レベル1からレベル5と5倍の成長なんだから当然だが、ついでに魔法攻撃の『電撃』を覚えたのはかなり嬉しかった。


フェルの大魔法を聞いた時もそうだがやはり魔法に憧れはある。

それに、遠距離攻撃があれば相手から攻撃を受けることが減るだろうし今後痛い思いをする事も減るはずだ……が、現実もとい異世界もそう甘くはないらしい。


「リュウジ、MPが少ないからあまり魔法は撃たないほうがいいわ。魔力酔いになるわ」

「魔力酔い?」

「魔力を放つ瞬間は気持ちが良いんだけどね、その後すごくやる気がなくなるの。個人差はあるけどその場で寝てしまう場合もあるわ。MPもHPと同じでだいたい1日で回復するんだけどね」

「……、……そう、うん、じゃあ必要な時まで溜めておくよ」


なんだか自慰行為っぽい説明だと思ったが、セクハラになりそうなので口を閉ざした。

まぁ、この魔法を試す機会は出番があればで良い。そもそも俺はこの世界では積極的に戦ったり、出世したりっていうつもりはないんだ。それなりの娯楽を見つけて、安全に過ごせればいいという目的の内、前者はこの談笑の捗る気の置けない友だちのお陰で達成している。


この3日間、俺は彼女からこの世界の事を学び……

彼女がねだるままに前世の話をした……


「フェルは俺の姿を見てビビらなかった?ほら、俺今すごくデカいんだけど」

「んー、魔物は漏れ出してる魔力で相手の力を見るから、身体の大きさはあんまり気にならないかなぁ……ほら、それを言ったら私なんてすごく小さいし」

「あー、確かに……前世ならフィギアオタクが泣いて喜びそうな……いや、何でもない」

「フィギ……?……なんとなく不本意だわ……」


フェルと過ごすのは嫌いじゃない。

現実的なところ、サイズ的に恋愛対象には置けないけど……彼女の表情はコロコロと変わり飽きないし、こちらまで元気をもらえる気がする。つい可愛らしくてイジワルをいうとすぐむくれるのもちょっと楽しかったりする。


「ねぇリュウジ、その名前長いからリュウって呼んでいい?」

「いいけど……1文字しか変わってないよ?」

「他に良い愛称も浮かばないし、いいの。私が決めたの。今日から君のことはリュウと呼ぶわ」


簡単なことで、彼女は笑う。

今の俺には手がないから難しいけど、もし姿を変えられるなら手のある格好になって花や宝石でもプレゼント出来たらどんな表情を見せてくれるかと思うとそれだけで気分がいい。


「そう言えば俺、こっちに来てから何も食べてないんだけど……っていうか俺の主食って何!?」

「いや、私に聞かれても……あ、でもこの森は魔力が豊富だから食事は要らないわ」

「あー、言われてみれば腹は減ってないなぁ……不思議な感じだ」


この世界は、ことごとく俺の常識と違う。

ここにいる限り、食事はいらないらしい。美食的な楽しみがないのは残念だけど、ウナギが食べるような人の感性では抵抗のあるものを食べる必要が無かったのはありがたい。それに食うに困らないというのは最低限の生活基盤が何もしなくても得られる世界ということで多くを望まなければ働かずに暮らせるというのは前世で破綻しかけていた年金システムやら就職難、俺がいたみたいなブラック企業などの負のスパイラルを想うとそれだけで凄く恵まれている気がした。


「リュウの前世には魔法はなかったの?」

「あぁ、代わりに機械技術がすごく発展していたよ」

「キカイ?」

「あぁ、まぁベクトルは違うけど魔法みたいなものだよ。遠くの人と話せたり、人の代わりに色々な事をしてくれる道具が沢山あったんだ……特に俺のいた時代ではパソコンの需要が凄かったな」

「パソコン?それはどんなものなの?」

「突然時代の要になった道具だよ。扱えないと出世街道から転落する呪われた箱さ……」

「よ……よくわからないけど恐ろしい道具なのね」


俺がこの世界に興味を示したのと同じくらい、フェルは俺の前世の話を聞きたがる。

この世界という比較対象が出来て改めて思ったが、俺は前世の世界が結構嫌いだったからついつい皮肉めいた話をしてしまうのだけどフェルはそれを楽しげに聞いてくれる。


「……リュ?いや呼びにくい……ウジ……虫みたいだし……リジ??うーん……」

「え……まだ愛称考えてたの……?」


そして彼女は、納得のいけないことにはいつまでもこだわる性格らしい。

会話を重ねるごとに俺とフェルの距離は近くなった。親しくなり互いを知る、ただそれだけで嬉しく思える関係になっていた。


「ねぇ、リュウのいた世界にはウナギ?はいっぱいいたの?」

「あー数は少なめで……少し(値段は)高いけどそれなりにはいたよ」

(ふーん……ウナギは希少種で、高位種なのね)

「あぁ、因みにウナギは(食べると)すごく精がつくことで有名だったよ」

(力を授ける生き物……流石高位種ね。神獣みたいなものだったのね)

「昔は祭りでつかみ取りなんかもあったな。あいつらつかみどころがなくてなかなか掴めないんだが」

「常時障壁を展開しているの!?すごい……」

「!?ビックリした。ん?聞きそびれたんだけど……今なんか変なこと言わなかった?」

「へー、すごいなぁウナギ!!いつか見て見たいわ」

「なんか勘違いしてない?……んー、まぁ、いいか」


他愛ない会話が多かった様に思う。

多分、お互いに勘違いしたままの会話もあるとは思う。


と、いうより俺はこの世界の常識が分からないからそもそもどこから確認すればいいのかが分からないというのがネックだったし、俺の話す前世の話もかなり偏っていたんじゃないかと思う。


ただ、この3日は純粋に楽しかった。

もしかしたらずっと続いても飽きないかもしれないくらいに楽しい時間だったから、それは俺が彼女を守る十分な理由になった。


「リュウ、またボスが暴れているの……手を貸してくれない?」

「あぁいいよ」


自然にそう答えた。

フェルも、以前の様に申し訳なさ気にお願いはしない。俺が一緒に行く前提で誘っているし、その信頼は俺にとっても心地の良いものだった。


「リュウならそう言ってくれると思った!!……でも気をつけて。あいつには沢山の部下がいるんだから!!」


フェルの案内でボスの根城を目指す。

森を抜けた先にある禿山……そこがボスの拠点だという。道中襲って来た犬の様な魔物が噂の手下らしい。攻撃は大した事ないが、毒の塗られたひのきの棒を振り回してくるのはいただけない。


「あー、怠い……この感じはあれだ……」


キツめの二日酔い。

いや、軽い腹痛もあるし、治りかけの胃腸風邪の方が適当かもしれない。


「大丈夫?いくら頑丈でもちゃんと避けないと……」

「いや、それが……」


意外な弱点だ。

俺の身体は大きすぎて、攻撃を回避することにはどうしても向いていないのだ。しかも、この毒は俺の頑丈な身体を無視してガンガンHPを削るし、状態異常の体感が精神的にも辛い。


「仕方ないわね、毒消しの草よ」

「あー、助かるわぁ……」


フェルはそう言って紫の葉を俺の口に放り込んだ。

瞬間、気怠さがひく。不気味なくらいの即効性だが、それも今はありがたい。


「安心してよ、毒消しの草はまだあるし、いざとなったら私の涙があるから」

「あー、そう言えば妖精族の涙って……」

「うん、全状態異常回復効果があるわ」

「そりゃあすごいな……ウナギも滋養強壮では負けてないけどね」

「そこ張り合うところなの?」

「……まぁ、先を急ごうか」


くだらない話を切り上げて先を急ぐ事にした。


その時の俺は気づけなかった。

その話しは今回の事件の解決に繋がる大きなヒントだったというのにだ。


この聖域の様な森で唯一、ボスの根城の禿山だけが草木を阻んでいた。

禿山を背にボスが笑う。辺りには木々がなく拓けている為に彼の手下がいかに多いかが分かる。ざっと見て50匹の魔物がボスを中心に陣取っている。そして、どの魔物もあの毒の塗られた棒を持っていた。


「わざわざ出向いてくるとは思わなかったぜ」

「2度と私たち妖精族に手を出さないように懲らしめてあげるわ!!」

「勝てるつもりか?この数に!!……しかも、こいつらの武器は毒がある。それをお前達は……」


口元を歪に歪めてボスが嗤おうとしたが、それはすぐに搔き消える。


「……なんだと!?」

「いや……なんかごめん」

「……」

「……」


ボスの嗤いを消したのは、フェルが手にした紫の葉だった。

それは、道中の戦闘で何度も毒を受けた俺があまりに喚くのでフェルが採取しまくった毒消し草だ。


「計画を狂わせて悪いんだけどさ……秘策なら見張りの部下に配っちゃダメだろう?」

「ふ……それで勝ったつもりか!?そもそも俺は策などなくても数でお前らを圧倒できる」

「さて、それはやってみれば分かるさ!」


俺はこの戦いに勝算があった。

それはここまでの戦いでボスの部下の力量を知っていた。それが前回戦ったボスに比べて格段に非力だと知った事に加えて、その道中の戦いでますます俺とフェルのレベルが上がっている事だ。


案の定、部下との戦いは苦戦一つなく進行した。

俺の体当たりで数匹の魔物が吹き飛ぶし、前の戦いでフェルが覚えた無詠唱魔法が強すぎる。放たれる火球は彼女の膨大な魔力のおかげか、魔物1匹を焼き払うに問題ない火力な上に連射が出来る。


「えへっ私、強ーい」

「あ……うん、フェルさん……ほどほど、ほどほどにね」


いっそ敵の魔物たちが不憫な程の地獄絵図だった。

フェルの唱えている火球の魔法は最下級の魔法らしいが、『連射』と『飛行』と言う2つの工夫を加える事で起きたそれは、一説に恐竜を滅ぼしたという隕石群を再現したかの様相だ。空に描かれた魔法陣から飛来する大量の火球が次々に敵を打ち焦がす光景はあまりにも容赦がない。


妖精族は非力で初めに覚えている大魔法は膨大な時間がかかる。

守りの弱い妖精族はそれを唱える余力が無いことから今までレベルの上がった事がほとんどいなかったらしいが、俺と一緒にいた事でフェルはその希少な例となった。そして、魔法タイプにありがちな大器晩成の強力キャラとして頭角を表したのだ。


「お前らはさがれ……」

「えへへ、逃げても良いのよ?」

「俺にも……譲れない理由があるからな」


いつのまにか逆転していた。逆転していたのは戦局だけじゃなく、立場もだ。

不思議なことに会話だけ聞いていると俺たちの方が悪役にすら聞こえるから不思議だ。多分、今やフェルだけでもボスに勝てるかもしれない。俺はそう思っていたのだが、そこに思わぬ展開が待っていた。


「そこまでだ……」

「なんだ!?」

「……囲まれてやがる……」


冷たい感情のない声と共にそいつは現れた。


黄緑の身体から紅い瞳を覗かせる魔物……の集団。身長はボスよりさらに小さい人間大の魔物で、数にして20体程度だが嫌な予感がする。


「鬼の次は……悪魔かぁ……」


ぼやかずにはいられなかった。その姿は、俺の前世で知る悪魔に酷似しているが正面から現れた以上、取り憑くような類いではないのだろうが、前世の感覚で言えば悪魔っぽい奴にいい印象はない。


「我々は魔王軍。この森全ての妖精族を差し出せ」

「あー、悪いけどそれは無理だわ」


はい、敵確定。

まぁ見た目が悪魔の時点で仲良くなれる気はしなかったのだが、フェルとその仲間を差し出せなんて注文が聞けるはずはない。それに今のフェルはかなり強いから戦って負ける気もしないのだが、その一部始終を見ていただろうこの悪魔はそれでも侵攻したのだから何か勝算があるという事だ。恐らく見た目以外での俺の感じた嫌な予感はそれが半分で、残りは彼らの目が感情のない鈍い輝きを放っていたからだ。


「フン……妖精族を連れて行かれるのは俺にとっても不都合だ。おい、手を貸してやる」

「へぇ……それはちょっと予想外だったわ……」


言うが早いかボスは数匹の悪魔を棍棒で吹き飛ばす。

味方になるとこれほど頼もしいものだろうか、ボスの攻撃は俺の体当たりより強いし、何より棍棒の扱いが上手い。俺も食らった棍棒の大振りだが、実はアレは無策な振り回し攻撃じゃなかったらしい。回避された時にその遠心力をもって蹴りや裏拳を織り交ぜる巧妙な初手の様で、動きの素早い悪魔もこの二手三手目を回避することは難しい様だった。


「へぇ強いじゃん?」

「言ったろ?俺はこの森のボスだ」


なるほど、ボスの名前は伊達じゃないらしい。


「形勢は俺たちが有利みたいだな」

「……間違いを正してやろう」

「っ!?」


俺の挑発に悪魔が口角を歪めた瞬間、あの嫌な予感の正体が見えた。


ボスの振りかざした棍棒に張り付く3体の悪魔、その身体が光ったかと思うと次の瞬間……爆発したのだ。周囲の木々を薙ぐほどの爆風、爆煙が吹き抜けた先でボスは顔を引きつらせていた。


「ボス!?大丈夫か?」

「こいつら……正気か!?」


ボスの額に汗が流れる。

傍目にもその威力は俺が以前にボスを追い詰めた『しっぽをふる』攻撃より強烈だ。


「我々は魔王軍……個の命に拘る事は規律を乱す」

「最悪にブラックな企業体質だな……」


俺は、軽口を叩きながらもそれを脅威と認識した。

残りの悪魔は17体、ボスはあと数発もアレを食らえば本当に倒れてしまいそうだし俺も全てを耐えられる自信はないが、それ以上にヤバいのはフェルだ。


「いや、はなして!!」

「クソっ!!」


やはり、フェルが1番に捕まった。

悪魔たちにとってフェルは捕縛対象の妖精族だから殺しはしないだろうが、あの爆発は非力なフェルにとって一撃でも致命傷になりかねない。その上射程も長く自爆する悪魔の数が多いとなれば、こんな不利な鬼ごっこはない。それに、フェルが捕まった今、例え嘘でもフェルを人質にされれば俺達は戦えない。


「なぁ、魔王軍だったか?お前らは何で妖精族を狙うんだ?」

「……妖精の涙は万能薬になり、生き血は不老不死に等しい魔力を内包している。それらは魔王様にこそ相応しい」


時間稼ぎでしかないやりとり……。

これに応じる悪魔だが、解決策は思いつかない。そんな時だった。


「おいウナギ、俺があいつらを引きつける間にあの妖精族を助けられないか?」

「……無理だな。俺もお前も図体がでかすぎる。器用な動きとか素早い動きってのは向いていない……デカくて速いなんてそんな魔法じゃあるまいし……あぁ……」


ボスの耳打ちへの返事をした時、それが思い出された。

一瞬で、敵を仕留める手段、それはもう俺の手元にあったのだ。


さすがと言うか、なんというか……

本当に俺は察しが悪く、勘違いだらけだ。察しの悪さもここまでくると笑えてくる。


『バチン』

俺が笑うのと同時に、フェルを捉えていた悪魔が倒れた。


「……!?何が起きた?」

前触れもなく倒れる悪魔、倒れた悪魔は一様に気を失っている。

まるでスタンガンで気絶でもした様な状態だが、それもそのはずだ。それは俺の魔法、魔力酔いを嫌煙して使用をためらっていた『雷撃』魔法の効果だった。


「目に見える速さじゃないんだよ……電気だからな」


ぶっつけ本番の魔法だったが、俺はこれを制した。

どうやら、この世界でも電気の速さは変わらないらしく、魔物にとっても電撃を視認して回避するというのが現実的じゃないという予想も間違っていなかった。杞憂だったのか魔力酔いも今のところ感じない。


「形勢逆転だ」

「リュウ!!やっちゃえ!!」


俺は小さくうなづいた。

自信はある。既にフェルが見せてくれた光景……魔法は連射が出来る。

ならば自爆する初動、光が見えた悪魔や距離の近い悪魔を最優先に『電撃』を浴びせればいい。まるで前世のシューティングゲームの要領だ。


人質になったフェルの解放は戦局を大きく覆した。

まず『電撃』自体が悪魔の自爆作戦の牽制に有用である事に加えてその援護を受ければボスの接近戦は悪魔達より強かったし、後方支援は『電撃』だけじゃない。解放されたフェルの『火球』をも交えたそれはボスの部下に見せつけた大災害以上の光景で、いっそ同情する。


それと、この機会にもう一つ、俺の勘違いを正しておこう。


「貴様……何者だ!?」


たじろぐ悪魔を前に俺は自嘲気味に笑った。


「なんで気づかなかったんだろうな……俺はウナギなんかじゃなかったんだ」


そう、俺は勘違いをしていた。俺の正体に遂に行き着いた。


「俺は、デンキウナギだったんだ!!」


現世で見られる通常サイズのデンキウナギの放電でも馬が感電死する威力だという。

しかし俺はその数十倍、それ以上の巨体だ。そんな俺の撃ち出す電撃が弱いはずがない。


一撃必殺の電撃の連射。俺にもちゃんとチート能力があったのだ。


「……撤退する……」


悪魔は終始無表情のまま、影に溶ける様に姿を消した。

長い戦いの終結に安堵の息を漏らす。しかし、まだ終わりじゃない。俺はボスを見た。


「……さて、停戦協定はここまでか?」

「……」


数分の事だが共闘した相手だと思うと少し戦い難い気がした。

それにさっきの魔法の連射で魔力切れが近いのか、凄く憂鬱な気分だ。だが、負傷しているのはボスも同じだ。その証拠に、ボスの顔にも陰りがある。


「いや、もういい」

「……え?」


しかし、彼の顔の陰りは、俺の想像とは違う理由だった。


「デンキウナギだったか?俺はお前に勝てない」


ボスは、俯いたままそう言って悔しげに拳を震わせた。


「じゃあ、もう私たち妖精族は平和に暮らせるのね!」

「あぁ守るさ……それが掟だ」


「……」


妖精族のフェルにとって、それはこの上なく嬉しい事だろう。彼女の目には薄く涙の膜まで見える。

これで本当に懸念すべき事は全て無くなる……のだろうか。


いや、しかし、俺には、一つ腑に落ちないことがあった。


「なぁ、ボス。お前は何のために妖精の涙を欲しがった?いや……誰に使うつもりだっんだ?」

「……それは……」


妖精の涙は万能薬。それを求める理由がボスにはあるという事。


「……弟が病に倒れている……治せるとすれば万能薬、妖精の涙以外にはなかったが、それも叶わなかった」


ボスは悔しげにそう言って拳を震わせた。

なるほど、やはりというかなんというか……彼にも譲れない理由があったらしい。


「……で?ボス、妖精の涙を諦めてお前はどうするんだ?」

「傍にいるさ。兄として俺にできる事はもうそれしかないのだからな」


「……」

「……はぁ……」


思わずため息が漏れた。

薄々は感じていたんだ。この世界には現世にないものが沢山ある。その1つが今、彼の弟の命を奪おうとしている……こんな簡単なことがだ。


話を聞けば彼には弟がいるという。

彼には似ても似つかない病弱な単眼族……それが彼が妖精族を執拗に狙っていた理由だったのだ。


「フェル……いい?」

「……ここで断ったら私すっごい悪い女みたいじゃない?」


フェルはそう言って一つの小瓶をボスに差し出した。


「これは……?」

「貴方が欲しがってた物よ」

「!?……いい……のか!?」


フェルの差し出した妖精の涙を受け取り、ボスは唖然としている。

それほど驚く事だろうか。いや、そうなのだろう。弱肉強食の魔物世界、譲るとか協力するとか、多種族を思い遣るという常識はほとんど存在しない。


「黙って受け取りなさい。減るもんじゃないし」

「減る?なんだ??」

「リュウの国の言葉よ」


依然呆気にとられているボスにフェルはそう言って悪戯っぽく微笑んだ。

くだらない、簡単すぎる結末だ……でもそれはフェルが俺の前世の常識を聞いていたから起きた事で、この世界では起こりえない奇跡だった。


「……感謝する!!」


ボスは短く謝意を示すと駆け足で弟の元へ向かった。

この世界でも、例え魔物であっても、肉親ってやつはよほど大切な存在なんだろう。転生先がそういう世界だった事は有難い。多分、転生先を選ぶことができたとしてもその優先順位とかには入らないくらい当たり前の項目だけども、家族のつながりとか暖かさがない世界に転生なんていくら立場を優遇されてもゾッとしない。


今度こそ大団円だ。


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