察しの悪い俺はチート仕様に気づけないorz①
君は異世界転生って知っているか?
現実の世界で事故にあって、ゲームみたいなファンタジーの世界に転生する話だ。
それも、大抵はチートと呼ばれる優遇された能力を持って生まれ変わる。はは、ありえるかよ。敵陣で成る将棋の駒じゃねえんだからさ、仮に転生してもそんなご都合展開がありえるわけない。
だって現実はこんなに厳しかったんだ。
普通に学業を済ませて就職して、ブラックでもホワイトでもない仕事をこなした。これといった趣味も特技もなく、適当に貯金しながら過ごした。レンタルビデオ見たり、漫画を買って嗜む程度のありふれた日々だ。親との死別は少し早かったけど、理由も癌だし珍しい事はない。
異性との交流が一切なかったけど、それもある意味普通かもしれない。
普通の独り身の暮らしをしていれば出会いなんて無いのが普通だ。
これだけ普通だったといって言うのもなんだが、現実世界の普通は地獄だ。
社会の歯車として磨り減って、大した見返りもない。いや、スマホから得られる情報は膨大だし、昔に比べたら家庭用品はずいぶん楽なものばかりだ。料理要らずの出前、大体なんでも揃うネット スーパー……戦後を体験した人から言わせれば贅沢なのだろうけど、そういう小さな幸せだけじゃあ割に合わないと思うほど、俺たちの普通は肥えすぎてしまったのかもしれない。でも、それだけで幸せ……なんて言えるものか。俺が欲しかったのはもっと劇的な何かで……運命的な……言葉にも出来ない、こんなの夢のまた夢だ。
あぁ、そう言えば娑婆って地獄の一つだったな。
じゃあ、普通の俺が不平不満に満ち満ちて終わるのは仕方ないのかもしれない。
……以上が俺の走馬灯だ。
俺には今、一台の軽トラが迫っている。
無理な小道を強引に走り、右に左にぶつかりながらも速度を落とさない暴走トラックだ。
「お、おい……嘘だろ?」
「Zzzzzz」
暴走トラックが迫った瞬間、それは確かに見えた。
運転席で眠る、爺さんの姿だ。
「こ……高齢ドライバーだとおおおぉぉぉおお」
詰んだ。絶対的な死の予感。
世界はやけにスローモーに見え、思考は高速で流れるのに身体は全く動かない。車にぶつかる瞬間、俺の持っていたコンビニ袋が床に落ち、購読を続けていた異世界転生ものの漫画が床に落ちた。
「終わりだ……こんな俺にも、ハッピーな異世界転生なんてあるのかな……」
ガン。という衝撃音。だが、痛みはない。
というか、痛みなんかもう感じないのだろう。どうやら、頭から出血しているらしい。感覚はないが、俺の血で視界は赤一色に染まっている。
赤い世界で俺を轢いた車から1人の老人が降りてきた。
ヨロけた足どりに、外出用には見えないパジャマ姿だった。
救急車でも呼んでくれるのか……そうでないなら恨み言の一つも言ってやろう。
俺は、老人を前にそう思ったのだが、彼は予想だにしない言葉を口にした。
「バァサンや、今夜はウナギじゃぞ」
「は?ウナギ?……うなぎ??……なんだそれ……」
不思議と頭は冴えている。
あぁ、やっぱりアレだ。高齢ドライバー……何度かテレビで見た事のある問題のアレだろう。
多分、認知症とか要介護……無免許運転なんかも彼の背景にはありそうだ。
……最悪だ。それなら、俺が何を言っても無駄じゃないか。
……そう思ったら、今度は諦めがついたのか気持ちが穏やかになってきた。
「まぁ……いいや。爺さんが無事なだけ良かった……」
俺は俺を殺した老人に気遣いの言葉を最期に意識を失った。
『こんなのあまりにも理不尽です』
……気を失う間際、まぶたの奥に広がった黒い世界で幼い少女のような声を聞いた気がした。
続けて、高飛車な女性の声。
「ふぅん。これが貴方のお勧め物件なの?」
夢の世界か死後の世界か、瞼の奥の黒い世界に2人の女の声がする。
「はい!彼は死の淵でも老人を気遣えるステキな人間です。彼こそ次の転生者に相応しいはずです」
「転……生?」
品定めをする声と擁護する声。
漫画の読みすぎだろうか。死の淵に見た夢はまるで異世界に転生するオープニングの様な会話だった。
「良いわ。彼にはあの世界に転生してもらいましょう。転生先はスライムかコウモリ……いえ、良い案があるわ。喜びなさいリュウジ。貴方の次の人生は誇り高き超越種、神龍よ」
「神……龍?」
「ええ、期待しているわ……貴方がその力で紡ぐ物語を」
しかし、次に俺が目覚めた時に俺にその記憶が残ることはなかった。