方言村娘と精霊武具
その世界には伝説があった。
その昔多種多様の種族が住まい、争いが尽きない時代に突然それは顕れた。
それは人族も森人族も山人族も獣人族も魔物も、一輪の花でさえ分け隔てなく平等に、全てを黒く焼き尽くした。
それでも彼らの殆どが争うことを止めなかった──が、争いを1度止めそれを斃す為に集った者達がいた。
それを斃す為に集った者達を取りまとめることになったのは、精霊王と呼ばれた古森人の青年だった。
精霊王はそれを斃す為に臣下の精霊を封じ込めた武具を創り、集った者達にそれを分け与えた。
精霊王より武具を受け取った彼らは一丸となってそれに挑んだ。
しかし、それの力は実に強大で、あるものは噴かれた炎に焼かれ、またあるものは巨木の如き足で踏み潰され、またあるものは邪悪な魔力に当てられ狂気に堕ちた。
そして最後には皆大地に還り、それと精霊王の一騎討ちとなった。
天地を焦がす炎をいなし、巨木の如き足を登り、心を蝕む瘴気を耐え、精霊王は遂にそれを討ち取った。
しかし、力を全て使い果たした精霊王もまた深き眠りに落ちてしまう。
精霊王は眠りに落ちるその前に、最後の力を振り絞って武具に封じられた臣下の精霊達に命を下した。
『お前達はまた奴が顕れた時の為に新たな使い手を探し出し、その者に力を貸しなさい』
この命を受けた臣下の精霊達は精霊王に従い、新たな使い手を求め世界に散っていった。
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そんな伝説がおとぎ話になってきたなってきた今、とある田舎の村にミエという人族の少女が住んでいた。
「とっちゃ、夜はまた寒ぅなるげな、薪取っとっと?」
「いや、今日のうちに新しく拾ってきた方がいいかもしれない。ミエ、行ってきてくれるかい?」
「よかよ、あとなんが欲しかと?」
「あったらでいいんだが、今日の夕飯の足しにになりそうなものがあればな」
「わかった、鳥ば狩ってくる。弓ば貸してくれん?矢も」
「物置に置いてあるよ、矢はもったいないからできるだけ回収すること」
「わかった、行ってくる」
ミエは家を出ると裏手の物置から弓と矢を持ち出して、近場の森へと入っていった。
この森は起伏こそ激しいものの魔物の類は一切出てこない、危険なものは猪くらいのものだ。
森の中で薪になりそうな枝を拾い集めて背中の背負子に入れていると、ふと獣の臭いがした。こういう臭いがする時はだいたい、森で1番危険な存在──猪が近くにいる時だ。
「今日ん夕飯は鳥じゃなくて猪になりそうばい」
弓に矢を番えて振り向くとやはりそこには茂みから顔を出す猪──頭の大男がいた、それは猪の獣人族よりずっと獣っぽく荒々しい。
大男はブモッブモッと鼻息を荒らげ近づいてきた。
「いっ──いやぁぁぁぁぁ!!」
ミエは番えた矢を放ち、薪の入った背負子を捨てて一目散に逃げた。
ミエは聞いたことがあった、オークという猪の頭をした魔物だ。その腕力は万力の如く、人の子など片手で胴をへし折られる。女が囚われれば死ぬまで苗床にされる。
ミエが放った矢はオークの肩口に見事命中した──が、所詮毒も何も塗られていない少女の矢。オークは意にも介さずミエを追いかける。
「なんで森にオークがおるんと!?」
平和そのものだったはずの森に魔物が何故、と今はそんなことを考えてる暇はない。早くこのオークをどうにかしなければ。
必死にオークから逃げていると滝が見えてきた。この滝は村のすぐ横を流れ、そのまま飲めるほど綺麗で村になくてはならない川の上流にある滝だ。
そう言えばこの滝の裏には洞窟があったはず、ミエは幼い頃父に森を教えて貰った時のことを思い出して滝の裏へと隠れた。
(中に入るんな初めてだ、こげん広かったんばい)
洞窟はミエが思っていたよりもずっと奥深くまで続いているようだった。真っ暗な洞窟の奥を見てもっと奥へ行くべきかと悩んでいると、入り口から荒っぽい足音が近づいてきた。咄嗟にすぐ横の岩影に隠れてそろりと入り口を見ると鼻を鳴らしたオークが洞窟に入ってくるところだった。
(なんで・・・ッ!)
追い詰められたミエは動揺して体に力が入ってしまう。その拍子に足元が擦れてジャリっと音を立ててしまった。
その音を聞いたオークは確信を持ったのか歩く速度が速くなる。
「ひっ──」
ミエは慌てて洞窟の奥へと逃げた。恐怖に駆られるなか父に教えて貰った夜目の魔法を唱え終える頃には、暗い洞窟の中であちこち体をぶつけて腕は血に塗れ矢筒をいつの間にか落としていた。
そして遂に洞窟の一番奥へとたどり着いてしまった。ちょっとした空間に古ぼけた剣が突き刺さっているだけの場所。後ろからは凶暴な魔物、逃げ道はなし、弓に番える矢もなし、生まれてこのかた剣なんて握ったこともない。
終わった。
ミエは絶望に堕ち、へたりとその場に崩れ落ちた──その時だった。
『へぇ。こんなとこに隠れてた俺を見つけるとは、お前さんが我が王に導かれし者なのかな?』
「・・・へ?なに?声?人?どこにおってん──そうや、助けてくれん!?オークに襲われとー!」
ミエは姿無きものの声に必死に助けを求めた。
『ん?オーク?おそわれ・・・あ、そういう事ね。ほら、奴が来るぞ。そうだな・・・条件がある。助けて欲しかったら俺を・・・そこの剣を抜け』
「け、剣やな!?ばってんウチ、剣なんて1度も──って固っ!?ちょ、バリ固ぅなかか!?」
「方言きっついなお前!?半分何言ってるかわかんねぇよ!やっぱり抜けないか!?でも悪いがそれだけは頑張ってくれ、でないと話にならない!」
剣は思ったよりも深く突き刺さっていてなかなか抜けない。
「ほら頑張れ!もう来るぞ!」
「うー・・・!さんのぉがーはいッ!」
ミエが渾身の力を込めてやっと突き刺さっていた剣は抜けた。よく剣を見てみると綺麗に、かつ華美にならないように控えめに装飾が施されている。
「しゃれとーばい・・・」
『なんだ?褒め言葉か?見とれてる暇はないんじゃなかったのか?』
「! せや、これで助けてくるぅんやなあ?」
『ああ、これでお前と契約できる』
「へ?契約・・・?」
次の瞬間、ミエの足元に光の線が走りひとつの魔法陣が書き上げられた。
魔法陣の光がミエに降り注ぐ、それはとても安心できて心地よかった。
「──これ凄か・・・」
「よし、これで契約は成された・・・うん、どうも相性が良いらしい。やはりこれは我が王の導きのようだ──と、ちょうどだな」
「ちょうど・・・?きゃぁ!?」
ミエが振り返るとそこには追いかけてきたオークがいた。夜目の魔法のせいで、暗いはずなのにニタニタと嗤う口から涎が垂れる所まで見えてしまう。
「ど、どうにかしてくれん!?助けてくるーんやろ!?」
『分かってるから落ち着け。じゃあちょいと露骨な調整をするぞ、俺が5つ数えるからゼロになった瞬間それを突き出せ』
「調整?って──ええ!?うちゃしゃっき剣は使えんって言うたはずばってん!」
『問題ない、突き出すだけでいいんだ。怖いなら目をつぶってても構わない、それとも魔物の子でも産むか?』
「う・・・」
ミエは渋々剣を構える。カタカタと震える腕は剣の重みからか、恐怖からか、また両方なのか。
オークはニタニタと嗤ったままみしりと少しづつ近づいてくる。
「ひっ」
『大丈夫だ、俺が付いてる』
怯えるミエの耳にに姿無きものの声が優しく響く。
『助けてやるって約束だからな』
手元の剣がどこかはにかんだ気がした。
「数えるぞ」
「・・・よかよ」
ミエはオークから距離を取るように少しづつ後ずさる。構え直したミエの剣には、さっきまでの震えは無かった。
『──5』
オークがまた1歩前に踏み出す。
『──4』
ミエがまた1歩退く。
『──3』
洞窟の壁にミエの背中がつく。
『──2』
ミエがぎゅっと目を瞑る。
『──1』
剣が独りでに少し震えた。
『ゼロっ!』
「せぇい!」
ミエが剣を突き出すのとオークが飛びかかってくるのは全くの同時だった。
ミエが放った素人の突きは飛びかかったオークの胸を割り、見事に心臓を貫いた。
心臓を貫かれたオークは串刺しのままミエに手を伸ばし──その手はミエに触れることなくオークは力尽きた。
「ん・・・へ?えぇ!?」
ゆっくりと目を開いたミエは事切れたオークに驚き慌てて剣を引き抜く。ミエという僅かな支えさえ失ったオークの屍体はどしゃりと音を立ててうつ伏せに倒れた。
「ほんとに倒してもうた・・・」
『約束だからな。ほんと、どうにかなって良かったよ』
ぺたりと座り込むミエに姿無き声が心配するように話しかけた。
「な、なぁ!いったい何ばしたんと?うちん突きひとつで魔物が倒しぇるんなおかしか!」
『乱数を調整したからな、精霊武具としての俺の能力だ』
「精霊武具・・・?あ、そげんおとぎ話ば聞いたことある」
精霊王が数多の種族を率いて『名状しがたい何か』と戦った時、戦士達に与えたという精霊が封じられた武具。
「で、らんすーちょうせいうて言うんななに?」
『1つの精霊武具にはそれぞれ1つ固有の能力がある。で、俺の能力が乱数調整って言うやつなんだが──さてどう説明したものか・・・』
「?」
うーんと唸りを上げる姿無き声・・・改め精霊武具。そんなに分かりづらいものかとミエは首を傾ける。
『乱数調整っていうのは乱数・・・ランダム性を生み出す数字を調整することだ』
「???」
『あーっと、例えばだ。獲物を見つけた狩人が矢を放ったらその先の未来にあるのは、矢が命中して獲物を得る未来と矢を外して獲物を逃がすという2つの結果だ。』
「そうやなぁ。しゃすがに毎回矢が当たるわけやなか」
まさに狩人であるミエはこの例えならすんなり理解することが出来たようだ。
『で、だ。未来っていうのは木の枝のように分かれてるもんなんだ。それこそ、神であろうとも数えきれないくらいにな』
「う、うん?」
『そしてその枝をなんの規則性もない予想がつかない数字・・・乱数に例えて望んだ枝を選び取る、それが俺の乱数調整だ』
「・・・どげなこと?なにがでけると?」
ミエは精霊武具の説明についていけてないようだ。
『極論、剣を握ったこともないド素人少女の、そこら辺で適当に拾った剣を使って適当に放った突きが、偶然魔物の急所に当たって1発で倒せてしまった。という枝があったならそれを拾えるのさ』
「枝ば・・・拾う・・・?」
『分かんねぇよなぁ。ようはどんなに難しくても無理じゃなけりゃ成し遂げられる、ってことだ』
「うーん?」
ただの村娘でしかないミエに精霊武具の話は理解出来なかった。首を傾げるミエを見て、ハハハと精霊武具は小さく笑う。
『延々話しててもしょうがないし、そろそろ暗くなるんじゃないのか?』
「・・・そうやなぁ、早う帰らなとっちゃ心配しとーやろうなぁ。あ、薪も拾うていかな。剣しゃんありがと、またね」
ミエは元あった割れ目に精霊武具を差し込むとひらひらと手を振って来た道を戻っていく。
『おう──ってぅおぃ待て待て待て!』
「えっ、なに!?剣しゃんどげんしたと?」
精霊武具は何故か大慌てで立ち去ろうとするミエを引き止めた。
『なにってお前、俺と契約したんだぞ?なんで俺を置いてくんだよ』
「えっ?剣しゃんうちについてくると?」
『当然だ相棒。精霊武具の契約って言うのは、そういうもんなんだ』
精霊武具はそう言って『俺を連れてけ』と付け加えた。
「そう・・・と・・・?じゃあ──」
そう言ってミエは自分で差し込んだ精霊武具に近づいた。そして──
「一緒に帰ろっか」
再び精霊武具を引き抜きにへらと笑ってみせた。
ミエは精霊武具を抱えて洞窟の出口を目指す。
──この先起こる騒動なぞ、何一つ知らないまま。