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残光  作者: 芦谷かえる
11/11

11、夏の終わり

 

 日曜日に制服を着ることなどあっただろうかと考え、

 そんなことはどちらでもいいかと待ち合わせ場所に行くと既に雫はそこに居て、ただ真っ直ぐ足を伸ばし立っていた。


「じゃ、行こっか」


 挨拶も早々に電車に乗り目的の駅に着くと、そこからバスで数十分ほど揺られ次第に大きな建物どころか民家も疎らになって来た場所で降りる。

 数分ほど歩き目的の場所で足を止め、そこに書かれた名前を雫は読み上げた。


「小塚咲絵……ここね」


 持って来た花を添え、火を点けたお線香を香炉に置き、二人並んで手を合わせた。

 それだけの行為で僕の中で何か一つ肩の荷が下りたような気がした。

 もしかすると雫の中でもそうだったのかもしれない。

 けれど来てよかったと思いつつも、同時にやっぱり簡単には消えないだろうなという確信めいた思いもあった。

 二学期が始まってすぐのことだった。

 学校が終わり家でくつろいでいると、何の前触れもなく雫が家に訪ねてきたのだ。

 今まで一度たりともなかった行為に驚きつつも、慌てて洗面台で身だしなみを確認して外に出た。


「どうしたの?」

「今からちょっといい?」


 そうは言ったものの結局雫とやってきたのはいつものレストランだった。

 そこで雫が話し始めたのは、僕がつい目を逸らそうとしてしまう咲絵のことだった。

 供養してあげたい。

 その言葉を聞いて僕もすぐ頷き、早速次の日曜日に行こうという話になった。

 事前に咲絵の家に行き、中に上げさせてもらい仏壇でお線香をあげ両親にお墓の場所を聞いた。

 目に涙を浮かべながら住所を書いた紙を渡してくれた母親を見て、薄っすらと咲絵の面影が見えた気がした。


「お母さん似だね、きっと」


 少し笑いながら日曜日の時間を決め別れた。

 霊園には僕ら以外に誰もいないのか、時間の流れが止まってしまったかのように静かだった。


「ちゃんと供養してもらえてよかった」


 僕に言ったのかと思い雫を見ると、目を瞑り手を合わせたままだった。

 もしかすると自分自身へ呟いた安堵の言葉だったのかもしれない。

 距離があったにも関わらず朝が遅かったため、最寄りの駅に着くころには当に十二時を回っていた。

 お腹の虫が鳴いていた僕らはそのままいつものレストランに入った。


「日曜日なのに制服って、やっぱり違和感あるね」

「雫さんは部活に入ってないの?

 大会があれば日曜日も着ると思うけど」

「私は帰宅部よ、倖一君もそうでしょ」


 にべもない冷たい態度に、縮こまってから頷いてしまう。


「卒業したらどうするのよ。部活やってた方が推薦とか有利だったのに」

「有利って言われても、どうしようかまだこれから考えようかと思ってて」

「え、嘘でしょ?」


 最初は冗談だと思われたが、それ以上口を閉ざしてしまった僕を見て呆れたようにため息をつく。


「やりたい事とかないわけ?」


 そう言われて、どうしようか悩んだ挙句まだ誰にも打ち明けてない、胸の中にある小さな灯火のような感情をさらけ出す。

 恥ずかしくもあったが、結局の所誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 それも出来れば雫に。


「漠然と何だけどさ」


 目の前に居るにも関わらず、聞き耳を立てるように顔を近づける雫。


「前にも言ったけど、写真撮るのは楽しいなって」


 どこが可笑しかったのか薄笑いを浮かべた雫は「それでそれで?」と妙なテンションで一層顔を近づける。


「将来どうやって生計立てるのか分からないし、どんな学校があるのかも分からないけど、

 とりあえずはそっち方面で探してみようかなって……。

 今から間に合うか分からないけどさ」


 笑顔というより、にやついて見えなくもない表情で僕に訪ねる。


「それってカメラマンってこと?」

「まあ、そんな感じ……」

「へえ、頑張ってね。応援するよ」


 嘲笑でもされるかと身構えていた僕の心境とは裏腹に、至っていつもと変わらぬ顔があった。

 相変わらず距離は近くのままだったが。

 お腹が膨れた僕らは赤い自動販売機までの帰り道をいつもよりゆっくりと歩いた。

 暗くなった住宅街、出来る限りあの夏のことを思い出して話しながら歩いた。

 二人だけのことではなく咲絵のことも思い出しながら。

 その度に胸が痛んで苦しくなって。

 時間が経っても僕らに残る罪悪感はまだ消えそうになくて。


「いつかは消えるのかな」

「分かんない。

 前よりは薄くなったような気がするけど、もしかしたらずっと消えないかもしれないし、もしかするとある日突然消えてるかもしれない」


 投げやりに答えた雫。

 ふと一瞥した無垢な横顔が、罪悪感を背負っているのかと思えばそれを取り除きたくて。

 でも僕にそんな力はなくて。

 けどそれはそれでいい気がすると、到底言葉にはできないことを一瞬でも思ってしまう。

 秘密で繋がっている距離感が心地いいだなんて……。


「どうなるかは、まだまだ先の話だね」


 そんな内心を悟られないよう、適当に誤魔化したつもりが、

 何か引っかかったのか足を止め僕に振り向く。


「まだまだ先って、この先もずっといる私たちの関係ってどんな関係なの」


 突拍子もない質問に、頭はまだ切り替えが出来ないまま話し出していた。


「同じ罪悪感を持った関係?」

「何それ、どんな関係よ」


 意味が分からないと、あどけなく笑った口元が不思議と目に付いて。


「こんな関係」


 そう言って僕はそっと口づけた。

 一秒にも満たない口づけ。


「……ばか」


 離れてすぐに歩き出した雫。

 急いで追いかけると赤い自動販売機が見えてきた。


「ねえ、倖一」


 急に足を止め振り向いた雫は、罪悪感を微塵も感じさせないほどの笑顔だった。


「いつの間に呼び捨て?」

「呼び捨てにしたくなった時からよ、悪い?」


 答えた僕も、笑顔を隠しきれなかった。


「別に……雫の好きにすれば?」

「あのさ倖一――――」


 勢いよく触れた口づけ。

 先程とは違い、十秒ほどたっぷり触れ合った口づけのあと、

 雫は夜の下でも分かるほど顔を赤らめて言った。


「これって、どんな関係よ」


 いたずらな笑みに見惚れて言葉が遅れる。

 何か早く言わなくてはと僕は慌てて口にする。

 慌てたものだから、少しだけ本心が滲み出でしまう。


「誰にも言えない秘密を持った関係」


 了



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