第五十三話 知者の一失
「うーん、ここまではマナが流れているけれど……」
幾筋もの淡い光が流れる目前の壁に向かい、這う様に手をつき、頬擦りする様に顔を近づけて呟くエヴァンさん。
牡牛の大広間の仕掛けを解いて現れた長い通路を進んだ先で行き詰まり。ただいま次の大広間への入り口だと思われる壁の仕掛けを解析しているところだ。
「分岐の先には流れていない。それならば、まずはこの回路の先の窪みに」
エヴァンさんがごそごそと鞄に手を突っ込んで取り出したのは月の石だった。
それは壁の窪みにカチリと嵌り、月の石に引き寄せられるようにマナの流れが変わる。
「次は……ここだな」
変化したマナの流れを辿って別の窪みへ、またその先の回路の窪みへと月の石をセットしていくと、最終的に行きついた中央の丸い結晶にマナが注ぎ込まれ……
石壁は引き摺られ、重い音を立てて大広間への扉が開かれた。
滑らかな弧を描き繋がる石造りの天井と壁は……所々繋がりが解れたように凸み凹んでいる。そして目の前には立ち塞がるような大岩。足元に敷かれた石床も、どこか接合が緩く隙間が空き揺らいでいる。
その崩れかけのように不安定な半球/ドーム状の大広間の中央には、やはり宙に浮かぶ大きな金属製の天球儀があった。
「で、ここの相手はどこ?」
大岩に手をつき辺りを見渡すブレンダに、俺は自分の指先を向けた。
「ブレンダが寄り掛かっているソレじゃないかな……」
「え?」
手をついていた大岩が地面を擦り、ゆっくり前へと動き出す。大岩の亀裂から突き出た象の様な太くひび割れた脚、その脚が石床を踏み締め進む。
「ん、ソレは岩亀」
神殿の外で階段を塞いでいた個体と比べれば小さいが、ソレは大岩に擬態した岩亀の魔獣だった。
「……まぁいいわ、わたしが相手になるから、かかって来なさいっ」
……
「待ちなさい!こっちよ!」
剣を構えるブレンダだが、当の岩亀はブレンダの声には見向きもせずに歩みを進める。俺達に背を向けたまま前方、大広間の中心に向けて。
「ッ!トラップ!?」
歩む岩亀の左前方の床が青く光り、床から噴き出した風が音色を奏でた。岩亀を追おうとしていたブレンダはその足を止め、皆は耳を澄まし目を見張り光を見つめる。
風音はすぐに消えたが、床の光は淡く明度を下げて残る。だが続き前方の床が赤く光り、また風音が響いた。だが、それ以外に反応は無い……
皆が罠の反応に身構えて見守る中、岩亀は石床の境を超えてもその歩みを続ける。
青色、無反応、しばし間が空き、青色、緑色、緑色。
右前、右方、後方幾つか飛ばし、左方、左前、前方と岩亀を中心に順に光る石床。
「れー、んーーーーーーーーーー、れー、ふぁ、ふぁ」
光に合わせて響く風音につられ、俺は何とはなしにその音階を口ずさんだ。
皆はまだ動きを止めたまま辺りを伺うが、光と音以外の異変は無い……
岩亀は石床の境を超えても、更にその歩みを続ける。
黄色、緑色、青色、緑色、緑色、白色、水色、黄色。
右前、右方、右後、後方、左後、左方、左前、前方と岩亀を中心に順に光る石床。
「らー、ふぁ、れー、ふぁ、ふぁ、しー、そー、らー」
光に合わせてまた風音が音階を刻む。だがやはり、それ以外の異変は……
「「「あっ」」」
あった。乗った石床もろとも落下して行く岩亀。突然の出来事に皆の驚き声が漏れる。
「むぅ……あの岩亀、勝手に自滅したんだけど」
つまらなそうに腕を組むブレンダ。どうも戦えなかったことが気に入らないみたいだけれど、俺としてはこれくらい楽な方が嬉しい。大槌に寄りかかり眠そうな顔のハンナも同じ気持ちだろう。
「この大広間の床にはトラップが仕掛けられてるってことかしら?」
「でしょうね……きっとまだ無数にあると思われます」
「やっかいっすね」
「恐らく石床毎に異なる光と音をヒントに中央迄辿り着かなくてはならないのでしょう」
エヴァンさんは額に手を当てて考え込みながらも更に言葉を続ける。
「最初の関門で魔力、次で腕力・体力を試され、ここでは知力ってところでしょうか?」
「まどろっこしい、罠なんて引っ掛かってから躱したらいいじゃない?」
そう言って、すぐにでも跳び出しそうなブレンダ。引き止めないと、それも前回みたいに失敗しないよう慎重に。
「んぐっ、ヌィが”そー”とか”らー”とか言ってたのは何なの?あむっ」
焼き菓子を頬張りながら尋ねるブレンダ。
脳を働かせる為に甘い物を摂ってはどうだとの言葉に反対する者はなく、無事ブレンダを引き留めることにも成功した。しばし罠を解く為のシンキングタイム兼ブレイクタイムだ。
お茶請けはクッキーとかビスケットとか携帯できるようなモノのみだけど、みんな気に入ってくれたみたいでその減りも早い。うーん、でもダンジョンの中でじゃなければ他のお菓子も食べたいな、ケーキとか。
でも自分で作るとしたらハードルが高い、焼き加減とか難しそう。ゼリーとアイスは上手くいったから……プリン、カスタードプリンならいけるかも?果物とホイップクリームを添えてちょっと豪勢に、プリンアラモードとかがいいかも。
──よし、帰ったら俺……
「ヌィ聞いてる?そーらーって何だったのってブレンダが」
「ん?、う、うん、聞いてるよ」
すっかり思考が甘いモノに浸食され、おかしなフラグを立てそうになっていたところでアンジェに呼び戻された。危ない危ない。
「風音が鳴ってたでしょ?その音階だよ。どーれーみーふぁそーらーしーどー」
「音色を聞き分けた割には発音が悪いわね……до、ре、ми、фа、соль、ля、си、доでしょ?もしくはCDEFGABとか数字でもいいけど」
俺のひらがな発音より暗号とか謎解きっぽくなってきた。シャーロットの言葉を聞く限りでは元の世界と音階の差異は無いみたい。
「すごいっ、シャーロットは音楽に詳しいんだね」
「まぁ嗜み程度よ」
褒めるアンジェに対して、ドヤらずさらりとした反応のシャーロット。なんかちょっとお嬢様みたい。
「いやいや、まだ小っさいのにそれだけ教養があるのは立派だと思うよ」
「……小っさ?」
ヒクッ……
ん?俺の言葉でシャーロットが顔を引き攣らせる。どうしたんだろう?
「ねぇ、ヌィ……貴方、私をいくつだと思っているの?」
「え?ブレンダ、ハンナと同い年、8歳くらいだよね?」
ヒクッ……
益々顔を引き攣らせるシャーロット、あれ……怒ってる?
「「……ぷふっ」」
小さく噴き出しカプリスとクロエが顔を背けた。
「私、貴方やアンジェより年上、カプリスと同い年なんだけど……」
カプリス、シャーロット、ブレンダ、ハンナ、アンジェ、再びカプリスへと自然に俺の視線は動く。
「え?だって同じくらい、ちぃ……」
「……」
ヒクヒクと益々顔を引き攣らせるシャーロット。
「な、なによっ」
僅かに頬を染めて顔を背けるブレンダ。
「ん、大きいのにはロマンがあるけど、小さくのは利便性がいい、機能美」
何を語っているのかよく分からないハンナ。
「ん?」
不思議そうに小さく首を傾げるアンジェ。
「んふん、どこ見てるんすかぁ。んもぉ」
ふざけて、わざとらしく両腕で胸を覆うカプリス。
「いやカプリス!そこ比べてないからっ!」
ヒクッ、あ、待ってシャーロット、変なオーラ?マナ?が噴き出てるからっ、ゎうぅ、その感情を俺に向けないでっ!彼女から溢れる不穏な何かに尻尾がくるりと垂れ下がる。
どうも、こういう話題は彼女にとって地雷だったようだ。幸いなことに他のみんなは気にしないみたいで助かったけど、一瞬まるで地雷原を歩かされているみたいな気分にさせられてヒヤヒヤしたよ……ん!?
「っ!地雷だ!!」
「「「!?」」」
突然大きな声を出した俺にみんなは驚くが、今はそれどころではない。
碁盤のように並んだ石床と仕掛けられた罠、もし風音が示すのが数字だとしたら……
「えっと、青く光ったそこはれー」
「реだから2ね」
青く光った左前方の石床、風音が奏でたレの音階を数字譜に変換してシャーロットが小石を2つ置く。
「次、赤く光った前方はどー」
「доだから1」
続いて赤く光った書面の石床にも小石を1つ置く。
「じゃぁ、次に進むよ」
慎重に前方の石床へと踏み出す。うん、さっき石亀が通って大丈夫だったから平気なのはわかってるけどちょっとだけ緊張した。
「右前の青く光ったところは」
「реだから2ね」
「なんでわざわざ小石を置いてるの?」
「あぁ、シャーロットが言ったように、数字譜って音階を数字で表す楽譜があるみたいなんだけど、今回の罠はその数字が重要だと思うんだ」
シャーロットと一緒に変換された数字の分だけ小石を置いていくという地味な作業を続けていると、ブレンダが首を傾げて聞く。
「赤が1で、青が2でしょ?緑は4だし、黄色は6、白は7、わざわざ小石なんか置かなくてもわかるじゃない」
「へぇ、光の色と音階も一致しているのね、貴方、理解が早いじゃない」
ブレンダが尋ねていたのはわざわざ小石を置いて確認しなくても色を見たらどの数字かなんてすぐにわかるでしょ?ってことだった。どうやら認識力とか適応力が物凄く高いみたい、ここでブレンダの思わぬ才能が露わになった。
「右後方が0だったから右の石床は安全、次も……その次も平気ね」
てくてくと石床を進むブレンダ。罠の謎解きもちゃんと理解しているようなので、このまま任せちゃっても良さそうかな。
ー赤青紫緑水黄白
ードレミフソラシ
01234567
色と音階、その2つは合致していて数字に変換される。その数字の示すのは恐らく……近接する石床に仕掛けられた罠の数。
この大広間の仕掛けは、元の世界では良く知られている地雷掃除ゲームと同じ。パソコンに標準的についてくるアレだ。仕掛けられている罠が地雷じゃなくて落とし穴という点だけが違うけど。
石床1枚ずつ確認しながら進むのは手間だけど、シャーロットとブレンダのお陰で思っていたより時間は短縮されそうだな。
▶▶|
「ここは何も無いの?」
「ん、空っぽ」
罠に掛かることなく無事に中央まで辿り着いたのだけれど、そこにある天球儀の中心は空だった。謎の木の枝も貴重な魔結晶も何も無い、ご褒美無しだ。結構苦労した割にはとても残念な結果だ。
「それでも、次に進むには、ここまで辿り着かなくてはいけなかったし」
エヴァンさんは空っぽの天球儀の前に立ち。
「この仕掛けも解かなくてはいけないんですけどね」
天球儀の金属の輪に手を伸ばす。
▶▶|
「どーも、お待たせしました」
そう言って、少し疲れた表情でエヴァンさんが振り返ると……
天球儀が畳まれるように変形しながらゆっくりと沈み込む。
「お疲れ様です。エヴァンさんも少し休憩して下さい」
「あぁ、ありがとうでも……」
アンジェが労いの声を掛けるが、エヴァンさんは僅かに首を傾げる。仕掛けは解けたというのに何か気がかりでもあるのだろうか。
ゆっくりと周囲を見渡すその動きに、俺も釣られてその場でぐるりと回る。
わかった、まだ次の通路が現れていないんだ。
「これで解けているはずなんだけど……」
エヴァンさんは額に手を当てて俯く。
「ゎうぅ……仕掛けを解くのに今までと何か違ったところはないかな?」
みんなを見渡し聞いてみたけれど……
「無いんじゃない?」
特に気付いたことはない、思い浮かばない、と、そんな意見が続く。
「そっか、何も無いところかも?」
畳まれた天球儀を指差すアンジェ。聞いてみると、今まで天球儀が解けたタイミングではなく、枝と魔結晶を天球儀から取り出したところで通路が現れたということだ。
「それなら逆に何か置いてみる?そうだなぁ……」
天球儀の中に何かを置くのが正解だとしても、小石なんかじゃダメだろうな。きっと何か枝や魔結晶と並ぶようなモノが必要……
「この盾剣で試してみようか」
不思議とそれが正解で上手くいく気がした。
「「それじゃぁ……」」
アンジェと共に大盾を支えて天球儀の中へ、丁寧に、供物を捧げるように……奉るように……
「「消……」」
差し出した盾剣の像が、天球儀の中心で掻き消されるように消失していく……切先が……刃先が……剣身が……鞘が、鍔が、柄が……
「「ぇ……」」
そしてアンジェと俺の指先が、指が、掌が、上腕が……
気が付くと、大広間からアンジェと俺の姿は消えていた。
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