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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第五十一話 地理 歴史


 仄かな魔法の灯に照らされた石造りの通路、カーブを描き長く伸びるその通路を進む。


「にひひ、次はどんな魔獣が待ち構えているか楽しみね」

 期待に胸を高鳴らせて好戦的な笑みを浮かべるブレンダを先頭に俺達は歩みを進める。


「ゎう、この先でもまた魔獣と戦ったりしなくちゃいけないの?」

「ダンジョンに魔獣が居るなんて当たり前でしょ」

 ブレンダはそう言うけれど、今のところ通路に魔獣の気配は無く、道のりは平坦で平穏だ。このまま深層まで何事もなく辿り着ければいいんだけど



「うーん、エヴァンさんは無理しないで戻った方がいいんじゃないですか?」

「うん、さっきの部屋ならもう安全だと思います」

 俺の提案にアンジェも同意する。魔獣が出てこないと言っても、ダンジョンではどこに危険な罠が潜んでいるかわからない。それに学者という職業柄、ダンジョンを駆けたり彷徨ったりする体力は無いんじゃないだろうか。そう心配して尋ねたのだけれど……


「い、いえ、行きます。魔獣の相手は、出来ませんが……この中で、門を開くことが出来るのは……ボクだけなので」

 ちょっと息切れ気味だけど、悩むことなく首を横に振り答えるエヴァンさん。体力的にはやっぱりちょっと辛そうだけど、その決意は固そうだ。進行のペースはエヴァンさんに合わせて多少遅くはなるが、戦闘で消費した体力とマナを回復出来ると考えれば丁度いいのかもしれない。



「ぁあ、この先まだ同じような関門があるのね?」

「何をやってるのかサッパリだったっす」

「門を開けるのにシャーロットとカプリスは何の役にも立たなそうですが、その代わり魔獣からの護衛は任せてください」

 あぁ、深層に辿り着くにはまだ解かなくてはいけない仕組みがあるのか。シャーロット達の様子を見るに、やはりこの先進むにはエヴァンさんに頼るしか無さそうだ。


「すごく複雑な仕掛けみたい、わたしはマナを籠めるのを手伝っただけで全然わからなかったよ。ヌィはどう?」

「ううん、月齢や星の位置が関係してそ」「ぉおおおお!!」「ぅ「!?」」

 突然割り込んだエヴァンさんの奇声に俺とアンジェは面食らった。


「ヌィ君!!君には星読みの知識があるんだね!!?もしかして君もボクと同じ星読みの民の末裔なんじゃないかな?そういえば月の神殿の入り口を開く切っ掛けをくれたのは君だったね、何か文献や魔道具を受け継いでいたりしてないかい?そうだ!実は気になっていて聴かせて欲しいと思っていたことがあるんだけど」「ゎうぅ!?」「ヌィッ!」

 物凄い勢いで捲し立てるエヴァンさん。止まらぬその勢いに俺は思わず声をあげ、アンジェは俺を庇うように間に立った。


『Vozdushnaya……/気流……/エア……』「!?」


「ぅう、うえいとっ!!落ち着いてくださいっ、エヴァンさんも、アンジェもっ!」

 目の血走ったエヴァンさんと、咄嗟に詠唱を始めたアンジェの2人を俺は慌てて止める。魔法はちょっとやりすぎだけど、エヴァンさんの勢いがそれくらい狂気じみていて怖いのは否定出来ない、うん。


「ごめんなさい、月の満ち欠けとか、見える星が変わるとか、ちょっと知ってるだけで、これ以上この世界の知識なんか全然無いし、星読みの民?っていうのも初耳です」


「…………なんだ……違うのか……」

 俺の言葉を聞くと、エヴァンさんは勢いを無くして俯き、眼の光を失いガックリと肩を落とした。そんなに!?




「……えーと、ボクは西国で育ったのだけれど、その大本は流浪の民、星読みの血を引いているんだ」

 深層へと向かう仄暗い通路を歩く途中、なんとか立ち直ったエヴァンさんが静かに口を開き語ってくれた。


「知っての通り、ここマルクトは中央に広大な大樹の森を抱える王国ブレイク、女王陛下が治める西の王国ルセット、東には騎士王が統治するオリーブ王国、遥か北方シトリンの四国で成り立っている」

 えっと……ごめんなさい、全然知っての通りじゃありません。


「西国ではゴブリンやオーガが蔓延る魔物ノ領域が広がり、東国との間は険しい地形と大鳥やグリフォン等に阻まれ、大樹の森深域は竜や白い狼やらの恐ろしい幻獣の住処、だから陸の往来は殆ど閉ざされているよね……」

 そんなことになってるんだ……旅をしてこの世界を少しは知った気になっていたけれど、まだまだ世界は広いらしい。



「ぇっと、魔物ノ領域?それって行き来を阻まれるほど危険なんですか?」

 俺はその情報量に戸惑いながらも、とりあえず思い浮かんだ疑問を投げかけてみた。


「当たり前じゃない、魔物ってのは知能ある生き物なのよ?そのうえ魔力はあるし、もちろん体力も腕力も人間以上だもの」

「……最悪なのはその繁殖力だと思うっすけどね」

 そう言われ、魔物とはかなり厄介な相手なのだと認識させられた。


「海路も……陸から遠く離れれば海獣・大海獣に船ごと沈められますし、近海でも人魚や魚人の領域なんかが点在してますからね」

 なるほど……魔物や幻獣、地形の所為で他国との往来は非常に困難。ほぼ唯一の例外がグレイバック商会の航路という訳か。



「ええ、けれども遥かな昔……四国間には国交がありました。天空の星々の動きを読み、この地を、海を自由に行き来していた」

 重々しい雰囲気で、エヴァンさんは更に言葉を続けた。


「いえ、それだけではありません。この地、マルクトに辿り着くに至っては天空を渡ったとさえ言われています。それが……星読みの民だと言われています」

 ……自分はその末裔だと言うエヴァンさん。彼はその知識を、真実を求める為に学者になったのだと言う。

 自分の起源を知りたいという思いは、わからなくはないけれど、単身でこの難解な神殿の仕掛けを解読出来るほどの知識を得た熱意は物凄いモノだと感じた。


「幾千年、そんな遥か過去のことですけれど……」

 けれど、呟いたその言葉は凄く切なく、とても……寂しそうだった。




 長く緩やかに弧を描く通路を進む道中、会話の中からこの地についてのことを教わった。


 マルクト……島なのか大陸と呼べるほどの広さがあるかは不明だけれど、それが今俺達の立っている地の名前らしい。


 その中央に位置するのが俺たちの住む王国ブレイク。

 国の名ブレイクを姓とする王家が統治し、聖騎士隊・魔法騎士隊・竜騎士隊という強大な武力を有している。


 ちなみに逢ったことはないが聖騎士隊隊長ヴィルヘルムさんは南西の地タウロスの出身で、その妹ヴァレンティーナさんは、”フレアの従妹であり南東の地を治めるロッシ家の娘リオ”の家庭教師であり、庭師ルーシーの幼馴染だ。

 竜騎士隊隊長はついこの間知り合ったばかりのリュディガーさんで、彼はクラリッサの兄。初対面時の同調した飛竜の姿の方が印象深い。


 残る魔法騎士隊を率いるのはヒューゴさんという人で、他にも強大な魔力と知識を有する魔術師長エルフリーデさん、優秀な治癒の技術を持つ上級薬師のファティマさんといった名前があげられたが、名前を覚えていられる自信はちょっと無い。俺はその人達には逢ったことは無いし、そう簡単に知り合う機会もまぁ無いだろう。



 ブレイクは四国の中で最も広大な土地を所有しているが、その大半は大樹の森が占める幻獣の領域、人が踏み入れられない深域。先に述べた強大な武力も森の脅威に備える為のモノらしい。

 星の結晶を手に入れる為のこの旅で、俺も少しはこの国の事を知った気になっていたけれど、それはほんの僅かな一部、南端の人が住む狭い範囲のことでしかなかったみたい。




「何でそんな力がある癖に魔物ノ領域を放って置くの?潰しちゃえばいいじゃない」

「その武力をもってしても魔物ノ領域を全て消し去るなんて容易ではありません。それに領域が在るのは西の王国ルセットの国土ですから侵略行為になってしまいますよ」

 そんなエヴァンさんの説明に対して、西国とも戦えばいいじゃないと物騒な考えのブレンダ。ちょっと好戦的すぎるよ……



 それからは魔物ノ領域と西の王国ルセットについて教えて貰ったのだけれど……


「ルセットの歴史は常に魔物との戦いの歴史……長きに渡り浸食を続ける魔物ノ領域は、もはや国土の大半を占めています」

 エヴァンさんは苦痛の表情を浮かべて語った。


「その歴史は屈強な戦士を育てて来ましたが……戦う力が無い民にとっては怯え、虐げられて来た歴史であり、挙句には……魔物に与する者まで現れ始めました」

 ……俺は返す言葉が見当たらず、ただ静かに頷いて話の続きを促した。


「魔物群の旗印を掲げる……青き山羊を抱く者達です」

「山羊の刺青の男達って訳ね……」

 ブレンダの呟きにハッと気付かされた。


「その男達が現れるまで気が付きませんでした……青き山羊を抱く者にアイザック先生が関わっているなんて……」

 他国の話だと思って聞いていた魔物に与する者という存在。それは俺達がこれから立ち向かわなくてはならない相手なんだという事に。


 古代遺跡調査。星読みの民に関わると思われるその研究対象に惹かれ、エヴァンさんはアイザックの教示につき、調査活動を行って来たらしい。


「学術的な興味ではないとしたら、一体何が目的なのでしょう……」

 だが、青き山羊を抱く者達の目的と古代遺跡がどのように関係するのか、エヴァンさんにも見当がつかないみたいだ。

 魔獣を解き放ちこの国にも魔物ノ領域を広げる為?強力な武器か何かを手に入れる為?それとも黒竜を利用したもっと恐ろしい事……何であれ放って置くことなど出来ないと、改めて俺は立ち向かう決意を抱いた。


 アイザックとエヴァンさんがこの国まで渡ったのはグレイバック商会の商船での渡航だったらしいが、商会が青き山羊に関係しているのかも、やはりわからないそうだ。



 他にも西国について、国を治める女王陛下には娘、双子の姫がいてこの国の姫と文通しているだとか、屈強な高ランクハンターの噂だとか、シャーロット達は楽し気に話していた。




「ぇっと、それじゃぁ東はどんな国なの?」

 アンジェがここで話題を変える。青き山羊のことで俺が困惑でもしていると思って気を使ってくれたのだろうか。会話に混ざれず黙っていたのは他国の王族だったりという俺には関わりのない話だったのと、情報過多で頭が整理しきれなくなったからなんだけど……ちょっと頭を冷やさなくちゃこれからまた追加される情報の処理が追い付かなそうだ。


『Ostyt'/冷却/クール』

 こっそり小声で魔法を唱えて実際に頭を冷やしてみた。効果の程はわからないけど。



「ボクは東国については疎いので」「ん、それなら機工師団が有名」

 エヴァンさんの言葉を中断して割り込んだのは、珍しいことに普段は口数の少ない方なハンナだった。


「重厚で堅牢ながらも精密で繊細な造りの機工は素晴らしく、失われた古代の技術をも再現しようとしている。それに機工師団で扱われている工具も品質の良さや種類の豊富さが段違いで、これは是非とも手に入れたいモノ」

 ぉおう……スッキリ冷静な状態でも俺には理解できなそうな分野の話だった。


「何言ってるのハンナ、オリーブだったら獅子王とも呼ばれる騎士王が一番有名でしょ」

 饒舌なハンナを止めたのはブレンダの言葉。何その獅子王って、機械化とかされてないよね?なんか雄叫びとか凄そう。それとも刀剣の類だろうか。

 王が騎士ならその娘、姫も騎士だという話。一目、お目にかかりたいとは思うけれど、そんな機会は来るだろうか。


 東国との間を阻むのは険しい地形、立ち塞がる広大な大河と連なるリオーネ山脈。更に加えて生息する大鳥やグリフォンの所為で、道なき道さえ安全ではない。

 かつては二国間を繋ぐ坑道があったらしいのだけれど、残念ながら現在その所在は不明。噂では幻獣と共に封印・閉鎖されただとか、古代兵器の暴走で崩落しただとか……その真実は不明だそうで、東側も自由な往来など出来ないみたい。




「残るは北方のシトリンだけど……」


「何もわからないわね」

「まったく知らないっす」

「二人が物知らずなだけと言いたいのですが、残念ながら本当に殆ど情報がありません」

 大樹の森を挟んだ遥か遠方に位置するシトリン。その地に至るのは最も困難で、海路もその途中に人魚や魚人の領域が存在する所為で、グレイバック商会も交易が無いそうだ。

 でも、まぁ良かった。これ以上詰め込まれてもまったく頭に残らない。




「行き止まりよ」

 シトリンの話題が詰まったところで、丁度、通路の終点へ到着した。


「では、ここでも魔力の提供をお願いしたいのですが……」

 壁画の回路を真剣に見詰めるエヴァンさん。

「皆さんの魔法属性をお教えいただけませんか?」

 回路の全容を確認したのであろう後に、皆に視線を移して言った。


「私は火よ」「ん、火と地」

 ブレンダとハンナが答えると、エヴァンさんはそれぞれを指示した壁の前で待機させる。


「すみません、後は風属性を持つ方がこちらに……残るこちらに水属性を含むマナが必要です」

 シャーロット達は自分の属性を明らかにすることにやや躊躇したが、続く要請には頷き、カプリスとシャーロットが動いた。



「3、2、1、今!」

 異なる回路に同時にマナが流され、丸い結晶が一気に染まる。

 回路の刻まれた石壁が引き摺られ、重い音を立てて開かれる。


 滑らかな弧を描き繋がる石造りの天井と壁。そこに星々は投影されていないが、炎の魔獣に襲われた場所と同じ半球/ドーム状の大広間だった。大きな金属製の天球儀が中央に位置するのも同じだが……


「綺麗……」

 感嘆の声がアンジェの唇から零れる。


「なんなんすか、あのサイズ!?」

「途轍もないマナ濃度ですよ!?」

「本当にあれは……魔結晶なの!?」

 天球儀の中央に鎮座するのは煌めく魔結晶。それは甲乙丙なんて通常の区分に収まる様なモノではなく、特急?超級?幻級?そんな言葉が思い浮かぶ。



「さぁ、早く出てきなさいっ」

 皆が煌めく魔結晶に目を奪われる中、ブレンダは一人前に立ち、二振りの剣を構えた。


 地が揺れ石床に亀裂が走る……どうやらここでも穏便に済ませては貰えないみたいだ。




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