第四十七話 地下迷宮へ
「黒竜の……月の神殿深層に居る黒竜の痛みと苦しみに同調したんだ……」
心配そうに俺を見つめるアンジェ、ティノ、クラリッサ。
今も残る躰と心に刻まれた感覚に耐えながら、俺は黒竜と同調したことと、そこで黒竜が苦しめられていたことを伝えた。
「アイザック!リード達にしたみたいに今度は黒竜に酷いことをするなんてっ!!」
ティノの握った拳が震える。
以前、俺達が月の神殿から脱出して目にしたのは、ワイルドガーデン=ティノの育ての親と言えるパーティーメンバー達が瀕死の状態まで追いやられた惨状だった。ティノでなくとも依頼主アイザックの行った仕打ちはとても許せるものではない。
「ヌィ、まだ痛い?」
眉を下げて俺を心配するアンジェ。
「ぅう……だ、大丈夫、ほら、こうすれば楽になるから」
『Ostyt'/冷却/アイシング』
俺は手の甲の痛みを魔法で押さえようと冷却した。だが……
「効果は薄いようね、同調の影響が残ってる所為だと思う」
表情は取り繕っているつもりだったけど、クラリッサに痛みに耐えていることを見抜かれてしまった。あぁ、耳と尻尾を見られていたのか……そっちはあまり隠せてなかったようだ。
「これを噛んで。感情が高ぶり過ぎたりするとね、稀に同調が解けにくくなったりするの」
「っ!?」
クラリッサの差し出したのは小さな木の実。そしてそれに反応したのはティノだ。
「今のヌィの状態がそれ、これで解消できるはずよ」
口にするまでもなく、その木の実が何なのかはわかった。大峡谷にあったものより小ぶりだが、これも同じ種類だろう。
ティノの物欲しそうながらも我慢している表情を横目に、俺はその木の実=またたびを口にして奥歯で噛みしめた。
「ふぅ…………ありがとうクラリッサ、楽になったよ」
「「あぁ、よかったぁ……」」
「アンジェとティノにも心配させちゃったね」
俺は皆にまだ少し引き攣りながらも微笑みを返す。
いきなり全快とはいかなかったが、それでも痛みや感情の乱れが大分緩和された。
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黒竜の元へと直ぐに駆け付けたい気持ちだったが、このことは兄様=リュディガー竜騎士隊隊長に相談をするからとクラリッサに止められた。更には休養の必要があると屋敷に部屋を用意されそうにまでなったが、見知らぬ部屋では落ち着かないからルーシーの屋敷で休むと言って、これは固辞をした。だが、実際……
「月の神殿の地下迷宮へ潜ろうと思う」
「「うんっ」」
俺が行った言葉に、2人は即答で頷いてくれた。
「アンジェ、ティノ……」
「ヌィはそう言うと思ってたから」
「言われなくても行くつもりだったよ」
月の神殿地下迷宮での苦労を知る2人だ、止められるかとも思ったけれど……
「ハァ…………それで、いつ出発するつもり?」
ルーシーがジトっとした視線を向ける。
「こ、これからすぐにでも?」
アンジェとティノは頷き。
「そう、わかった……」
ルーシーは部屋を出て行った。
事件を起こしたアイザックの行方を追わずに今まで放置してしまっていたことを後悔した。もちろん月の神殿の結界修復の為に星の結晶探しは大切だけど、ヤツを放っておいてはいけなかったんだ。
今アイザックがしていることはきっとまた良くないことを引き起こす。
キャスの住む村、星降りの街、王都、もしかしたら国中にさえ影響を及ぼすようなことが起きるかもしれない。
そんな嫌な予感から地下迷宮へ向かうというのも理由だけれど、それでも一番は黒竜をあの苦痛から助けたいという想いだ。
ルーシーには屋敷に戻った時にアンジェから粗方の話をしたようだけど、一度出逢っただけの黒竜を助けに行くという俺の行動理由に呆れたかもしれないな。
▶▶|
「じゃぁ、出発しよう」
「うん」
荷物を纏め準備を整えると日は既に傾いていた。でも、どっちにしろ地下に潜ったら太陽の位置なんて関係ないか、今は出来るだけ早く黒竜の元へ辿り着かなくちゃ。
「ルーシーィッ!行ってくるねぇーーっ!!」
ティノの大きな声は屋敷中に響いたと思うがルーシーの返事は無かった。そのことを少し寂しく感じながらも、俺達は屋敷を後にした。
「ヌィ、この時間は乗合竜車がもう無いみたい」
一刻も早く月の神殿へと向かいたいのだが、俺達の竜車もパレットも星降りの街だ。王都から北へ向かう乗合竜車は夕刻のこの時間にはもう出ていないらしい。
「御者付で竜車をチャーターする……っていうのも難しいか」
「歩いて行く?」
これから何があるかわからない、いやアイザックとの戦いが待ち構えている決戦へと向かうんだ。夜通し歩いて体力を消耗させるなんてのは避けるべきだろう。
仕切り直して翌朝出発するか……でも夜中ずっとじっとしてるなんて耐えられない。
ラプトルのレンタルも考えたが、いつ返せるかわからないのでは難しいだろう……ならいっそのこと思い切って買い取るか……
早速行き詰まり悩む俺達の前に2頭立ての立派な竜車が停止した。
「行くぞっ、乗れっ!」
その御者台から顔を出し声をあげたのは赤髪の少年だった。
「フレア!?」
え、なに?困っている時に颯爽と現れてなんなの?白騎士なの?
間違って惚れてしまわないように注意しないとやばい。
「家に居なかったから探したんだけど」
客室の幌から姿を現し、手を差し伸べたのは金髪の少女。
「ルーシー!」
突然の状況に唖然としながらも、俺達はその手に引かれて竜車へと乗り込む。
「まったく王都に戻って来た途端よ?」
「ええ、休む間もなかったっす」
「2人はずっと竜車で居眠りしてましたけどね」
「ぅふふ、3人ともでしたよ」
「シャーロット!カプリス!クロエ、レイチェルも!」
「話は道中でいいだろう、行くぞ」
竜車はまだ戸惑う俺達を乗せ、フレアの声で月の神殿を目指して王都を出発した。
「それで、どうしてみんなが!?」
「あぁ、ちょうど王都、ロッシ邸に戻って来たところにルーシーが来ていてな」
俺が尋ねると、御者台から振り返りフレアが答えてくれた。
「しばらく王都を離れるから植樹したの樹の様子が見られなくなると言うじゃないか」
ルーシーは俺達から月の神殿へ行くという話を聞くと自分も同行することを決め、ロッシ家にその断りを告げに行ったようだ。
俺に呆れていなくなったんじゃなかったのか、ひとこと言ってくれればいいのにと思い、俺はルーシーに視線を向ける。
「大丈夫、もうほとんど根付いたし。それに念の為コレを与えたから枯れることはない」
ルーシーは摘まんだ小粒の結晶を俺たちに見せると、その指先が小さく煌めく。あぁ、コレは地の力の籠った星の結晶だ、そう言えば、王都に樹を運ぶときにも使っていたっけ。
いや、でも聞きたいのはそういうことじゃなくて……
「大峡谷の時は私だけ置いてけぼりだったから……次は一緒に行くと用意しておいた」
そう言ってルーシーはスンと横を向き視線を反らした。うん、少し頬が赤い、これは照れているのかな。
「んっんー、それでだ。聞けば月の神殿事件の張本人がまた良からぬ企てをしており、それを阻止する為に、月の神殿に潜るそうじゃないか」
軽い咳払いをしたフレアが話の続きを語る。
「それなら……」
「それにギルドで聴いたんだけど、あ、王都の、焔の地下迷宮にいた悪人ハンター達のこと覚えてる?」
「アイツら王都から離れて北へ向かったという目撃情報があったっす」
「もしかすると何か関わりがあるのかも、いやなくても放ってはおけませんからね」
が、今度はシャーロット達に発言を途中で奪われた。
そっか、焔の地下迷宮で悪事を働いていたヤツら……
左腕に大きな爪跡の傷を持つ男と山羊の刺青を入れた男、それと女性ハンターの3人。
アイザック同様、ヤツらもこのまま放置したら良くないことが起こるだろう。
「んん、それ……」
「それと、これは関係ないかもしれないけど、夕方、沢山の荷を積んだ竜車が出るのを見かけて、グレイバックの意匠の付いた荷でした!」
レイチェルが見たと言う沢山の荷を積んだ竜車。やはりソレも北へと向かったそうだ。ここでソレも絡んでくるのか……
「………………」
視線を反らしスンと横を向くフレア。これは照れているんじゃないな……すねちゃた?
「えっと……それで、フレアがみんなを連れて来てくれたんだね」
もしかしたら、リオーネとの往復の道中でもずっとこんな感じだったのかもしれない。
ひとりだけ男の子で話に混ざり辛いよね、うんうんわかるよ。俺はフレアをちょっと不憫に思いながら話をふった。
「……あぁ」
何とも寂しそうな疲れたような表情のフレア。あぁ、最初は颯爽と現れたイケメンだったのに。
「すごいよフレア、これならアイツも、もう逃げられないよっ」
「うん、すごく心強いよ。来てくれてありがと、フレア」
ティノとアンジェがフレアに感謝を述べる。
あ、ちょっと赤くなった。視線はまだ合わせてくれないけど、今のは照れてるだけみたい。
こうして俺達はフレア達を仲間に加え、夕闇が迫る街道を月の神殿に向かい竜車で駆けた。
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