第四十五話 ドラゴンズネスト
シルヴェストル大峡谷にて飛竜との戦いの中で断崖から落下するも転落の難を逃れ洞穴へ。
洞窟にて地上への出口を探索をするが、ポータルに巻き込まれて無数の岩が宙に浮かぶダンジョンへと飛ばされた。
一歩足を踏み外せば奈落の底という状況で仕掛けに頭を悩まされながらも進み、辿り着いた先では三尾の黒豹に強襲される。
その予想外の攻撃手段としぶとさに苦戦するも勝利を収めたが、浮遊岩の仕掛けに引っ掛かり、強制的に一気に上階へ移動させられるはめになった。
それでも地上へと、出口へは近づいたはずだと期待した途端のこと……
待ち受けていたのはその僅かな希望を叩き潰すほどの状況だった。
明かりの届かない暗闇に存在する幾つもの気配。
息遣い、唸り声、牙が擦れ軋む音……
石床を削る爪音、叩きつける尾の音、風を切る翼の音……
四方、八方、周囲の音が騒めきを増す。
更には地を揺する低い振動が響き迫り……暗闇の中からその元凶が姿を現した。
尖った鼻先にゴツゴツとした肌。裂けた咢には剥き出しの牙。縦長の瞳を持つ眼差しは俺達を捉え、長い首を擡げて頭を突き出し見詰める……飛竜だ。
姿の見えない気配も皆そうだろう。くっ、俺達は竜の巣に入り込んでしまったらしい。
飛竜がその眼差しで興味深げに俺達を覗き込む。
全身に緊張が走り、身構える……が、飛竜から攻撃するような動きは無い……無いよね?
少しだけ安堵の息を零して、アンジェとティノと視線を合わせる。2人もその点には気が付いており、こちらから攻撃を仕掛けると言うことにもならなかった。
ひとまず、目の前の個体に限っては襲い掛かった来るようなことは無さそうで助かった。
いや、それどころか……
「かわいいねぇ、よしよし」
今はアンジェに鼻先を撫でられ、心地よさそうに目を細めている。
ここで別の個体が近づく気配を感じ、傍の飛竜に身を寄せて警戒する……が、その飛竜にも害意は無いらしい。
更に2匹につられて次々に飛竜の群れが集まり、俺達を取り囲んだ。
興味深げに見詰めるもの、撫でてくれと頭を突き出すもの、飛竜同士でじゃれ合うもの、寝息をたてだすもの。
なんだろう、この状況。危機的な状況に陥らずに済んだのは良かったけれど、どっちみち取り囲まれて逃げ道は無い。
さて、どうやって抜け出したものか。敵意や害意や悪気はなくても、はずみでぷちっと逝ってしまう可能性はある……うーん。
そんな最中、俄かに前方の飛竜達が騒めき、動き、左右に別れた。これは、この包囲から逃れるチャンスかと思……う前にその原因が判明し、踏み出そうとした足が止まる。
現れたその影は一番遠く見えるが、群れのどの個体よりもデカい、群れの長だろうか。
その影は更に膨れ……つまり、こちらへと近付いて来る。道が開かれたのはその所為か。
『ナニゴトダ……?』
え……!?
響くその声に俺の思考も止まった。気が付けば長飛竜は既に目の前だ。
『ヒト ガ 居ルノカ? 厩務員 デハ 無イナ、ダレダ? ムゥ!? セ……ラ…………イヤ、違ウ……』
鼻先を近付け、俺達を探るように目を細めて咢を開いた長飛竜。
うわぁぁぁしゃべったぁぁー!?
今のは鳴声なんかじゃぁない。確実に言語を発してるよね!!?
驚きに目を見開き、口も開けたまま長飛竜を見つめると、長飛竜も俺を見つめて目を見開き、口を開いて言葉を続けた。
『モシヤ……ヌィ ト アンジェ カ? ソレニ……ソッチ ハ ティノ デハナイカ』
「「ぇぇぇええええええ!!?」」
俺とアンジェは驚きに思わず声をあげ、ティノは不思議そうに首を傾げる。
『ナゼ、コンナ処 ニ 居ル?』
長飛竜も首を傾げ、その仕草に少し萌え、いやいやそれどころではない。喋っただけでも驚きなのに、何で俺達のこと知ってるの!??
『アァ、申シ訳ナイ コチラ ハ 名乗ッテ イナカッタナ』
困惑している俺達を見た長飛竜が、改まった態度で言葉を続けた。
『リュディガー。 ブレイク王国 竜騎士隊隊長 リュディガー・フォーサイス ダ』
ぇええええ!?竜騎士って竜=ラプトルに乗った騎士じゃなくて、竜自身が騎士なの!?
しかも飛竜なんてデカい種別……
「あぁ、リュディガーだったのかぁ、全然わからなかったよ」
『ウム、致シ方アルマイ、以前逢ッタ時 ハ ティノ モ マダ 小サカッタ カラナ』
2人の会話によってティノの知り合いであることは確定した。しかし、こんなインパクトのある人、いや竜のことを忘れてるなんてことがあるのか……ティノってば。
『ソレ ト ヌィ ト アンジェ ノ コト ハ 妹カラ 聞イテ イテナ』
ん?竜騎士隊隊長の妹が俺とアンジェのことを知ってるの?こっちは覚えが無いんだけど……俺の知ってる竜なんて月の神殿で一瞬だけ逢った黒竜……それと星降りの街のラプトル達くらいだよ。
あ、後はちょっと前に倒した飛竜だけど……違うよね?仇討ちとかじゃないよね??
『丁度、屋敷二戻ッテイル処ダ、逢ッテイッテ クレ。ソレト…… 此処 二 居タ 経緯 モ 其処デ 聴カセテ 貰オウ』
とりあえず、命の危機は無くなったようでほっとはしたが、この場所に入り込んだことは不味かったのかな……住居不法侵入で処罰とかされないよね?この国、というか竜との間の法律とかどうなってるんだろう。
▶▶|
「くんくん……地上の匂いだあぁ」
長飛竜=リュディガーから教わったルートを辿ると、竜の巣以降は戦闘もなくすんなりと地上まで戻ることが出来た。
そこは庭園というには少し飾り気がなく物足りない気もするが、広さだけは十分以上の広々とした一面の緑の芝生が広がっていた。
「あっ、お城が見えるってことは、やっぱりここは王都なんだ」
ポータルを潜る時に、もしかしてと思ったのだけど、やはり飛ばされた先は王都フォルトゥーナだった。どうやらここは誰かのお屋敷の庭らしい。
「ヌィ~、アンジェ~、それとティノさ~んっ」
屋敷方面から風で運ばれた俺達を呼ぶ声、振り返った先に見えたのは駆ける一人の少女の姿だった。
「兄様から聞いて、走って来ちゃった」
少女の言う兄様とは長飛竜=リュディガーのことなのだろうけれど、少女は竜では無くて人のようだ……それと、その姿はどこか月の神殿の北東に描かれてた壁画に似て……あれ?
「わぁ、クラリッサ!?」
「ええ、そうよ。ようこそフォーサイス家へ。とりあえずお茶にでもしない?ぅふふ」
そこに現れた少女というのはクラリッサだった。一緒にハンター講習を受けた同期だ。
「クラリッサって……もしかしてドラゴンなの?」
お屋敷の客間に通されて椅子に座り、カップに温かい紅茶が注がれて湯気があがると、俺は紅茶を口にするより先に、渦巻いていた疑問を思わず口にした。
以前からクラリッサは街の子供達と何処か雰囲気が違うとは思っていた。それに騎竜訓練ではラプトルたちの扱いが上手かったし。
「ぅふふっ……」
俺の質問にクラリッサが微笑む。
「……後で一緒にお空を飛びましょうか?」
「いいのっ!?」
その提案に立ち上がらんとする勢いで喜ぶティノ。谷や浮遊岩のダンジョンとあれだけ高いところで苦労したのに、まったく堪えていないなんてティノってば……なんて思いつつ、俺の尻尾も大きく揺れていた。
「こらこら、そんな無理な約束はするな。許可も無く王国の騎士たる飛竜に乗せることは出来ないだろ」
そこに現れた長身、金髪、美形の男性。上品で艶やかなシャツを着た躰の線は細く見えるが、鍛えられていない訳じゃない。ボトムはキュロットズボンにロングブーツ、その恰好はまるで乗馬スタイルのように見える。
俺達は現れたその男性とクラリッサを交互に見つめた。
「むぅ、兄様は頭が固いのね。練習飛行だったらいいじゃない」
「事故や怪我があったらどうする。それに俺は竜騎士隊隊長だぞ、そんな規律を乱すことを身内に許していたら隊員に示しがつかない」
心置けない感じの2人の会話。兄様、竜騎士隊隊長……
「もしかしてリュディガーさん……ですか?」
「ん、あぁ。済まないな急に話に割り込んで」
眼を見開き尋ねるアンジェに肯定で応えた男性。
わぁあ、と言うことは今は人の姿だけど、この人が長飛竜なの!?
「だが、期待を持たせたら悪いからな。王国の許可なく部外者を飛竜には騎せられないし、関係施設に入れることも許されない」
優しい目付きが鋭く変わった。
「さて……キミたちはどうして厩舎に居た?どうやって入った?」
「うっ」
ファンタジーな現実に目を輝かせている場合ではなかった。
お茶に誘われたと言う気で気軽に居たが、その実態は不法侵入の罪を問う事情聴取だ。
どうしよう……
「最初はね、谷に落ちちゃったんだよ」
「谷?……まさかシルヴェストル大峡谷か?」
そんな俺の悩みなんか気にもせず、ティノが気軽に話し始める。
「うん」
「なんて無茶してるんだ、ティノッ!あそこがどれほど危険な場所なのか、わかっていないのか!?誰も止めなかったと言うのか!?」
リュディガーがすごい剣幕でティノを叱る。そういえば2人は旧知の仲だった。
「うぅ、ちょっとは危なかったけど……でも、リュディガーだって何度も降りてるんでしょ?ユーリカから聞いたよ?」
「アイツか…………まったく……」
リュディガーは頭を抱えて黙ってしまったが、それと同時に何か納得もしたような表情だ。
「それで……崖の横穴から洞窟に入って、精霊さんに呼ばれたんです」
止まってしまった会話をアンジェが引き継いだが、流石にそんな話をしたら信じて貰えるものも貰えなく……
「むぅ、精霊の仕業か……なるほど、それならば頷ける」
信じて貰えた。
クラリッサはアンジェも視えるのねと喜び、リュディガーはその後ポータルで飛ばされたと言う話を聞くとそれであれば仕方がないと納得した様子だ。
そんなにあっさと信じていいの?と、少し疑問に感じたが……
あーでも竜の人も居る世界だし、というかそのファンタジーな本人だものね。精霊くらい居てもいいし、信じもするか。
厩舎=竜の巣への侵入ルートについて口外することを禁じられたが、今回俺達が施設に入り込んだことについては罪に問われるようなことはなかった。ぅう、ダンジョンから脱出したのに牢獄に囚われるなんてことにならなくてよかったよ……
「あぁ、それとクラリッサ、今日は訓練がまだだったな?サボりは良くないぞ。今すぐやれ、その間、友達には待っていて貰いなさい」
これは……俺達を飛竜に騎せることは出来ないが、見学くらいなら目をつむるとういことだろう。
「はいっ、ありがとうございます兄様!」
リュディガーはそう言ってこの場を後にし、クラリッサは嬉しそうに微笑んだ。




