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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第四十三話 虎の口に手を入れる


 G……GuGu……GGGaa……Gaaaahhhhhhhh!!!


 怒りに吼える三尾の黒豹。その衝撃が溢れたマナと共に叩きつける様に空間中に広がる。


 黒豹の纏う空気が膨れて歪み、肩と脚に突き刺さっていた白羽の刃は抜け地面に落ちた。

 黒豹の鋭い眼光は俺を睨み、1本の尾がゆっくりと振り上げられる。

 その尾の延長線上にあったのは浮かぶ浮遊岩。刻まれた回路の様な溝がぼんやりと輝き始める。



 Gahhh!


「なっ!?」

 黒豹が叩きつける様に振り下ろす尾の動きに呼応し、浮遊岩が俺へ向けて叩き落とされた。


 黒豹の新たな攻撃は予想外の遠隔質量攻撃。

 しかもその攻撃は俺の精神へも負荷をかけた。俺がこの異世界へと来る切っ掛けとなった落下する隕石の映像がフラッシュバックし、躱す反応が一瞬遅れる。


 石床へ衝突し砕け飛び散る浮遊岩と石床。その範囲を躱した俺の目は振り下ろされるもう1本の尾の動きを捉えた。


 流星の様に俺に向かって落下する新たな浮遊岩。でも大丈夫、まだギリギリ避けられ……


 3本目の尾が振られ、上空に浮いていた別の浮遊岩が落下する。

 それはまるでビリヤードの玉の様に、俺へと向かっていた浮遊岩に衝突し、落下進路を俺の逃走方向へ曲げ、落下速度を加速させた。



「っつ!!」

 俺は駆けていた足を停め、地面で靴底を削りがらも踏みとどまり、逆へと跳ぶ。


 浮遊岩の直撃は免れた。

 だが、激突で砕けた浮遊岩と石床は俺へと降り注ぎ、大きな塊が叩きつけ、鋭い破片が突き刺さる。

 庇った右腕は力なく下がり鈍く痛む。これではこの戦いの間は使いモノにならないな……

 血を流す右脚を引き摺る。まだ動けはするが、移動速度は半減以下だろう。やられた。

 右脚の傷付近を魔法で冷却し、血管を収縮させて出血を抑える。動いたらすぐまた出血してしまうだろうから包帯を巻く応急処置をするまでの一時的処置だ。



「よくも、やったなぁああっ!!」

 俺の傍まで駆け付けたティノが叫び、掴んだ破片の大岩を振り上げて黒豹へと投げつけた。


「危ないティノッ!」

 だが投げた大岩が黒豹の尾の一振りでティノへ向けて弾き返される。

 叫ぶアンジェがティノを庇い跳び出し、浮かべた白い両籠手の手の平を前方に構える。


 加速する大岩にアンジェの身を案じ焦るが、籠手が触れると大岩からマナの光が消えた。その場で突然勢いを失い垂直に落下する大岩。よかった……



 五度、六度振り下ろされる黒豹の尾。矛先はアンジェに向けられ浮遊岩が投げられるが、白い籠手の手の平が触れ、拳が衝たれば浮遊岩は届くことなく垂直に落下する。

 大岩に籠る黒豹のマナをアンジェのマナで打ち消しているのだろう。まねれば、俺の場合は直接岩に触れなければだけど、それでも衝突の勢いを軽減するくらい出来るかもしれない。




 黒豹が忌々し気にアンジェを睨みつける。とっておきを無効化され悔しいのだろう。

 だけど、それはこちらも同様だ。


 ティノの大岩攻撃が跳ね返されたように、俺の白羽も弾かれた。

 アンジェの魔法攻撃も黒豹に近づくと溢れるマナに阻害され威力が落とされる。


 こうなるとお互いに遠隔攻撃はダメージソース、有効打にならない。

 力の拮抗した応戦が続く……



 Gu……Gahh!


 黒豹が先に動いた。


 それは先ほどまでと変わらぬ質量攻撃。だが、その得物は自らが乗る足場の浮遊岩だ。

 アンジェが両籠手で浮遊岩を受け止めるが、勢いは軽減されるも浮遊岩は停まらない。黒豹も直接浮遊岩に触れてマナを籠めている所為だろう。


 黒豹を乗せた浮遊岩は受け止める籠手に僅かながら押し勝ち、アンジェへと迫る。

 俺はアンジェの元へ駆け出すが、右脚の傷が開き、再び噴き出した血は靴裏まで濡らした。



「だぁぁああっ!!」

 先にアンジェの元へと辿り着いたのはティノだった。落下する浮遊岩の前へ跳び込み、アンジェの両籠手との間に潜り、押されながらも浮遊岩を受け止め停める。

 浮遊岩を停めることは出来た。だが、それが黒豹の攻撃を停めたということにはならなかった。


 GGaaah!


 黒豹は浮遊岩を蹴り、自身の躰のみで跳び出す。



「ぐぅっ」

 爪がティノの肩に爪痕を刻み、牙がアンジェへと向かう。


「させるかぁぁっ!!」

 俺は左脚に渾身の力を籠めて地面を蹴って跳び、黒豹とアンジェの間へと滑り込んだ。



 鮮血が噴き出し視界を赤く染める。

 胸元から首筋に深い傷を負い、力なくドサリと地面に倒れたのは黒豹だった。


 俺はナイフと腕についた返り血を拭い、痛む右足で地面を何度か踏み靴底の氷=魔法で凍らせた俺の血を叩き割り落とす。

 氷で滑り負傷して落ちたスピードを補ったんだけど、上手く行き間に合ってよかった。




 Grrrrr……


 猛攻を潜り抜け力を抜こうとしたところで足元からの低い唸り声が耳に届く。

 まだ戦えるのかコイツ、タフだな……


 再び溢れ出す濃いマナ。

 魔法というのはこれからどんな攻撃が飛び出すのか予想するのが難しい。俺達はその場での追撃をせずに黒豹から離れて距離を取った。

 俺とティノは黒豹を警戒しながらも傷に布を巻き応急処置を行う。




 石床に爪を喰い込ませ、ゆらりと頭をあげ躰を起こす黒豹。

 その姿が陽炎の様に揺らめく……纏う濃厚なマナの所為だろう。

 その姿が大きく膨らむ……またもや視覚に虚像を映すような魔法だろうか。



 Grrrrrrrrr……


 苦痛の表情を浮かべ唸る黒豹。

 艶やかな濃藍の毛並みに亀裂が走り皮膚が裂ける。

 膨らむ肉は傷口さえも塞ぐ勢いで膨張する。



 うわっ、追い詰められた敵が巨大化するヤツだこれ。


 それは俺達も使う筋力強化の魔法と同じ……いや違うな。一時的に筋力を補助しているのではなく、筋肉や骨、体組織そのものを成長?いや変化させているのだろう。まるで定点観測でみるみる成長する植物の映像でも見ている気分だ。


 その変化の苦痛をも俺達への憎悪に加えたように黒豹が睨む。

 変化を終えたらしき体長は1.5倍程に膨れただろうか。だがその姿はただ膨らんだというモノではなく、その心情を反映したかのように牙や爪、脚や尾が禍々しく攻撃的な形状に変わっている。アレでやられたらただの切傷ではなくズタズタの酷い痕になりそうだ……



 GaGaGahhhhh!!


 襲い来る黒豹変化。その一番のターゲットはやはりヤツに深い傷を負わせた俺だった。



 くっ、速いっ!!

 だが、突進と禍々しい爪と尾での攻撃を辛うじて躱せた。あらかじめかなり警戒していたのと、こちらからの攻撃は考えず回避に全力だったお陰だろう。

 躰が膨れたら機敏さは落ちるかとも思っていたけれど、そんなことは全然ないらしい。寧ろ脂肪は落ち、筋肉は強化されてスピードは増していた。


 いや、この速さはそれだけじゃない。怪しく光る黒豹の浮き出た血管が目に留まる。


 突進を躱された黒豹はそのまま落ちた浮遊岩に突っ込んだ。岩が砕け、弾け、飛び散る。

 これは浮遊岩を動かしたように、自らの躰を魔法で加速させているのか。


 岩の破片にまみれた黒豹は振り返り、再び矛先を俺へと向けて突進する。

 その己へのダメージも厭わずに襲い来る攻撃に危機感が急激上昇する。コイツは暴走状態だな……


 この攻防中、アンジェとティノは遠めの間合で攻撃の機会を伺っている。下手に仕掛けたら俺の回避の邪魔をすると中々手が出せないようだ。



  GaGaGaGaGahhhh!!

 GaGaGaGaGaGaGahhhhhhh!!

  GGGaGaGaGaGahh!!


 重なり響く咆哮。絶え間なく何度も繰り返させる容赦ない突進。爪撃。尾打。


 今は……まだ辛うじて躱せてはいるが……傷口が開き、俺の動きは次第に鈍く落ちる……このまま攻撃を続けさせたらマズい……体力が長くは持たない。



 どうにかこの暴走状態に対抗する手立てはないものか…………



 ナイフでの斬撃では手数の多い黒豹に放った後の無防備な箇所を狙われる。

 白羽なら……マナを籠め、狙いを定め、握った拳の力を抜けばいい。


 白羽にマナを籠め放つ!!

 だが、ヤツの纏うマナの所為か、その強化された肉体の所為か、白羽は黒豹にダメージを与えることなく弾かれた。


 まだだっ!!俺は腰のバッグに手を伸ばし次々に白羽を放つ。

 くっ、また弾かれた。わかってはいる……連続で来る黒豹の攻撃に焦り、籠めるマナが十分でないまま放ってしまっていた所為だ。


 次は必ずと腰のバッグに手を伸ばすが、そこにもう白羽は残っていなかった。

 手持ちの全てを使い切ったか、俺の指先は触バッグの底を撫でるのみ……いや、そこで指先に小さな布包みが触れた!

 これならば暴走状態に抵抗できる可能性があるか!?やってみて損はない、俺は小さな布包みを握りしめる。



「喰らぇぇええ!!」

 迫る黒豹の牙。俺はその鼻先へ向け布包みを投げた。包みは解け、包んだ小さな植物の実=またたびが黒豹の開いた口へと……



 鈍い衝突音が響き、牙を砕かれた黒豹が地面に叩きつけられ沈黙した。




「え!?」

 俺はその突然の幕引きに衝撃を受けるも、その結果をもたらした原因に視線を向けると、そこにあったのは拳を突き出したティノの姿だった。


「そんなヤツにあげないでっ!!いらないんだったら、わたしが貰うよっ!!」

 怒りの表情のティノ、その握られた拳の中にあるのはまたたび。


 凶暴化した黒豹を一撃で倒す凄まじい威力を発揮させるほど食べたかったのか……

 食い物の恨みは恐ろしいって言うけれど、まぁ生物にとってそれは一番の戦う理由か。

 予想以上、予想外の成果をあげたまたたびだが、これは俺もティノの怒りを買う危険性が高い……禁じ手だな。



「う、うん、あげるよ。でも今そのまま食べるより、後で料理して美味しく食べよ?」

「うんっ!ありがとぉヌィ」

「んふふ、よかったねティノ」

 ふぅ、機嫌を直してくれてよかった。


 黒豹から溢れ出していたマナは消え、場に張り詰めていた緊張の空気は一気に霧散し戦いは終わった。



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