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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第四十二話 トライテール


「黒猫か……」


 浮遊岩を次々に飛び移る魔獣の瞳が、暗闇に光の尾を引き不規則な軌跡を描く。

 俺を射程に捕らえたのであろうその瞳孔が細長く絞られ、魔獣は落下する勢いのまま襲い掛かって来た。


「と思ったけどデカイ!?」

 近付くにつれて明らかになる魔獣の大きさ、体長数mはありそうだ。どうも距離感を見誤っていたらしい、黒猫ではなく黒豹と呼ぶべきだろう。


 そんな俺の動揺を他所に襲い来る魔獣。裂けた咢から剥かれた牙が俺の首筋を狙う。

 俺は直ぐに気を取り直し、魔獣の動きを捉えて牙の届かぬ範囲へ避ける為に動く。



 しかし、俺の動きを見るや黒豹は透かさず牙から別の攻撃へと切り替えた。振り上げられる右前脚、鋭い爪が迫る。

 俺も黒豹の変化を察知するや躰を傾け反らして爪を躱す。だが、躱した右から更に続けざまの爪での斬撃が俺の腕を掠める。


 爪を振るった前脚がトトンと地面に着地し、その勢いのまま黒豹は俺の脇を駆ける。


「ひっ」

 黒豹の攻撃ターンは続いていた。

 俺が咄嗟に屈みこむと、何か黒い影が先ほどまで頭部があった位置を低く唸り通り過ぎる。危なかった、恐らく尾での攻撃だろう。


「がはっ……」

 それでもまだ黒豹のターンは終わっていなかった。

 更に続いた二撃が俺を直撃し、その衝撃に吹き飛ばされて地面を転がる。



「「ヌィッ!!」」

 アンジェとティノの声を聞き、俺は起き上がり顔をあげる。

「へ…………い……き。だけどヤツは素早い……気を付けて」

 派手に転がされはしたが、どうにか腕と脚で攻撃を受けダメージは抑えた。だけど今の攻撃はなんだ。俺の瞳が黒豹の姿を映す。



 しなやかな動作で振り返る黒豹。

 明かりの下に照らされたその毛色は艶やかで、黒から深い藍色に変化する。


 静かに踏み出す前右脚は続けて2度地面を踏みしめる。

 胸部から伸びた前脚が四脚、腰からの後脚が二脚。

 どうやら六脚を持つ魔獣らしい。立て続けに爪での攻撃が受けたのはその所為だ。


 ゆらりと揺れる長い尾がブレる。

 猫又は尾が二本だというが、コイツの尾は三尾に裂けていた。

 躱しきれなかった攻撃の正体はこれか……



 俺は今だ痺れる手足に力を籠めて立ち上がり、黒豹を睨む。


 fuhhhhhh……


 唸りをあげ、鋭い眼光で睨み返してくる黒豹。俺を吹き飛ばしたとはいえ、牙と爪の攻撃を躱されたのが気に入らないとでもいうようだ。



 ナイフをダメージの無い左手に握り直す。くっ、次は初撃で向かい受けてやる。

 攻撃姿勢をとっていた黒豹は再び俺をターゲットと定めて跳び出した。


 Gahhhhhhhh!!



「なっ!?速過ぎるっ」

 咆哮と共に正面から迫る牙。一気に詰められた距離、これは想定以上の速さだ。俺は黒豹の踏み出しからの異常な加速度に驚愕した。

 だけど加速なら俺だって負けてられない、その速度、越えてやるっ!


 力を籠めた左腕に電撃が走る。


 鼻先を狙い横薙ぎに振るったナイフ……それが空しく空を斬った。

 そこにあると予測していたの攻撃の抵抗を失い、バランスが乱れ俺は体勢を崩した。


 無防備となった左半身へ喰い込む牙で致命的なダメージを負い、それでもそのまま喰らいつかれ捕らわれることを避ける為に俺は自ら地を転がった……左半身への痛みは無い。


 転がりながらも必死に音を捉え、黒豹の姿を追う……すると黒豹はまだ先ほど俺が居た地点を駆けていた。


 地面を擦りながら俺は懸命に立ち上がり、ナイフを握る左手に力を籠める。

 よし、腕は動く。まだ戦える……というかあれ?


 俺の左半身に、というか躰のどこにも黒豹が残した牙の痕はなかった。


「?!??!?!?」

 脳が混乱する。




 だが、黒豹は待ってはくれない。


 Gahhhhhh!!


 咆哮をあげる黒豹はまたもや俺に向けて突進する。だが、今度はそれほど速くない。この速さなら対応出来る……いや、違う、おかしい。

 正面から俺を捕らえて突進する黒豹。その速度は速くないどころか、かなり遅く感じる。



 そして俺の瞳には黒豹の奇妙な行動が映った。

 まだ俺との間合は遠く、届くはずの無い射程で振り上げられる右前脚。


「うゎ ぁ  っ!?」

 次の瞬間、黒豹の振り降ろされた爪が突然俺の左耳に食い込……む……


 |▶


 危機的状況に陥り、スロー再生される時間。


 瞬間移動でもしたかのように突然目前に現れた黒豹。

 その鋭い爪がゆっくりと喰い込み圧し潰す。


 俺は振るわれた前脚の動く方向に合わせ……躰を倒して耳に突き刺さった爪を抜く。


 傷を負わせた爪からは離れた……だが、続く次の爪が首筋を狙い振るわれる。



 左手を……振り上げ……握ったナイフで爪を……受け……流す…………


 倒れる勢いで地面を蹴り……その脚で……黒豹の鳩尾を……蹴り上げた。



 蹴りの勢いに……黒豹の躰は俺から離れて…………



 ▶


 俺も黒豹も肌を削りながら地面を滑った。




「はぁあっ」

 拳を振り上げたティノが高く跳びあがり、落下の勢いを加えて地面に向けてその拳を振り下ろした。攻撃は地を砕き、破砕された石が弾ける。



 だが、その攻撃では獲物を捉えられなかった。


 黒豹は今だ倒れた地面に横たわっており、自ら攻撃を避けた訳ではない。

 ティノの攻撃は流れるような動作で行われ、何かに攻撃を阻害されただとか、どこか躰に不調があったようにも思えない。


「ぇ!?」

 攻撃は獲物からかけ離れた見当違いの何もない地面を砕いて終わった。ティノはその結果に驚きの声を洩らす。



「んんっ」

『Ogon' Strelyat' /火撃/ファイアショット』

 アンジェが広げた手の平を黒豹に向け……いや……


 撃った炎が獲物を大きく外し、アンジェは顔を顰めた。

 今の攻撃、魔法を放つ前からその狙いはズレていた。それは狙いを外したのではなく、狙う地点がズラされていたんだ。

 四翼の鷹が使ったのと似た魔法だろう。鷹は視覚、聴覚、嗅覚の情報を遮断していたが、黒豹はそれらの情報を歪めて誤った位置情報を認識させてるのではないだろうか。




「気を付けてっ!おれ達が認識している黒豹の位置と実際に居る位置が違ってる!」

「うん、わかった」

「うん、わかんないけど気を付ける」

 アンジェとティノからのそれぞれの返答。俺もうまく説明出来ないのがもどかしい。


 その間に黒豹は悠々と起き上がり、近場の浮遊岩へと跳んだ。俺達を睨みながら次々と別の浮遊岩に跳び移り、間合を取りながら攻撃の機会を伺っている。



 攻撃の仕掛けはわかったが、その対策を取らなくてはと俺は手段を探す。

「えっと、黒豹からが襲ってきたら……」


 Gahhhhh!!


 浮遊岩から黒い影が跳ね、咆哮と共に牙を剥き出しにした黒豹が俺に襲い掛かる。


「だぁぁあ……っとこんな風に大きく避けるとかっ」

 その場から全力で跳んだ俺は地面に手を着きながらも黒豹からの距離を取り離れた。

 地面に着地した黒豹は獲物に逃げられ悔しそうに俺を睨む。だが、すぐさまその視線は移り、次の矛先をアンジェへ向けて駆けだした。



「もしくは徹底的に防御を固めるとか?」

『Ogon' stena /火壁/ファイアウォール』

 普段に増して勢いよく燃える業火の壁。炙られた黒豹は踵を返し浮遊岩へと退いた。


「うんうん、じゃぁ攻撃はどうすればいい?」

 ティノが頷きながら尋ねる。



「えっと、広範囲の攻撃とか?」

『Ognennyy shtorm /火旋風/ファイアストーム』

 アンジェは業火の壁に魔法を重ね、生まれた炎の旋風が黒豹目掛けて範囲を広げ襲う。


 Gyaaau


 悲鳴を上げる黒豹。だが、直撃だと思われたその範囲攻撃でも足りていなかった。位置をずらし避けられた所為で効果は尾の先を焦がした程度。



「じゃぁ、手数で勝負ってのはどうかなっ」

 俺が両手の指の間に挟んだのは合計8本の白羽のナイフ。少し長い名前だから白羽でいいか。その白羽にマナを籠めて黒豹へと向けると、刃は次々と俺の手から弾かれた。



 Gye……Geeyaah


「わぅっ!?当たった!!」

 放たれた白羽の刃は次々に黒豹の身を削り、うち2本は肩と後脚へと突き刺さる。その結果に驚いたのは黒豹よりむしろ俺の方だった。だって、遠隔攻撃が苦手で試験、いや訓練さえ受けさせてもらえなかったから。

 マナを籠めれば一直線に放たれる白羽。この武器は俺にとって大変ありがたい拾いモノだったようだ。うん、今撃ったのも後で回収しなくちゃ。




 喜びの表情を浮かべる俺とは逆に、傷を負った黒豹は憎しみの籠もった瞳で俺を睨む。


 G……GuGu……GGGaa……Gaaaahhhhhhhh!!!


 剥かれた牙の奥から響く咆哮。その大音量は空気を震わせ、衝撃波のようにぶち当たる。


「ぅぅううっ、嫌な感じっ!」

「気を付けて!黒豹から大量のマナが溢れてるっ!」

 ティノは毛を逆立て、アンジェが警戒の声をあげる。

 これだけ濃いマナが漂えば俺にもわかる、黒豹との戦いはこれからが正念場だ。




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