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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第四十一話 扉の先


「せぇれれさんまってぇ」

 発酵果汁たっぷりの果実を口にした所為で赤い顔で舌足らずなアンジェ。ふらつくので危ないとティノに抱えられながらも、トロンと虚ろな瞳で俺には見えないモノを目で追って突き出した両腕をゆらゆらさせている。


「え、どこ?どこ?」

 ティノはそんなアンジェを抑えてくれると思っていたんだけど、残念ながら逆に機動力を与えてしまったみたい。見えない精霊さんを一緒になって追いかけ始める。



 そんな訳で、俺1人では2人の勢いを止める事は出来なかった。


 大峡谷の洞窟で見つけた隠し部屋の地面の扉を潜り、更に地下深くへと下りて行く。

 長い岩の階段を下りると平坦な通路へと変わったが、その先はすぐに岩壁で行き止まった。


「せぇれれさぁん」

 岩壁に向かって両手をぱたぱたさせるアンジェ。たぶんこの岩壁も虚像で、アンジェにはその向こう側が見えているんだろう。

 アンジェを抱えたティノは躊躇なく岩壁を潜り、俺もすぐその後に続いた。



「ゖほっ、ぷはぁ……ぅう、くらくらすrぅ」

 それは岩壁を越えた空間に足を踏み入れた途端だった。濃厚な甘い香りが鼻腔と喉から入り込み、肺を満たした。

 躰が火照り、意識は揺れ、目に映る光景がゆらゆらとぼやけて数多の光が瞬く。

 これはたぶんアンジェと同じ状態……ここには発酵果汁が気化して充満しているんだ。



「ぁはぁ、きらきらろせぇれれさんぃっぱいらぁ」

「ぅわぁ……きれぇられぇ」

 アンジェとティノは光が埋め尽くさんばかりの光景に喜ぶ…………が……マズイ……意識が……朦朧と……して…………


「あん……じぇ、てぃろ」

 この空間に居続けるのは危険だ……だったら……


 視界がぼやけ……歪んではいるが……床から天井へと伸びたそれがあった。


「くrっ……こっちr……」

 ふにゃぁと床に座り込んだ2人を引き摺り……覚束ない足取りで俺は……その円筒状の柱の中へ……踏み込む……



 光の壁が立ち上がり空間が遮断され、柱が小刻みに揺れて足元の床から光が浮かぶ。

 ティノの首に架かった風の力が籠った星の結晶がキラキラと輝き始める。飛竜から入手したそれよりも小さいが、アンジェと俺の手の中の四翼の鷹から手に入れた結晶も同様だ。


 どこに飛ばされるのかは分からない、一か八かの選択となってしまったが、俺達はポータルに行き先を委ねた。



 ▶▶|



「ぅうん……ここは……」

 ポータルの残光だけがぼんやりと暗がりを照らす。俺の意識もどこかぼんやりしている……しまった、どうも意識が飛んでいたらしい。

 まだ重い瞼を無理やり抉じ開けると、くたりと重なって寝息をたてるアンジェとティノの姿がぼんやりと目に映る。

 はぁぁ、よかったぁ……俺は2人の無事な姿に安心して大きく息を吐いた。



「くんくん……」

 匂いを嗅ごうとするも、まだあの濃厚な甘い香りが鼻にこびりついたままだ。

「すぅぅはぁぁ」

 だけど、ここの空気は吸っても大丈夫のようだ。ポータルは俺達をしっかりどこか別の場所へと飛ばしてくれたようだ。




「よっと」

 俺はゆっくり立ち上がり、ポータルの柱から一歩踏み出す。


「っとっとっと……あぶな」

 少しよろけて膝が揺れ、視界が揺れ、脳が揺れた。うぅん、まだ発酵果汁の影響が残っているが、それでもなんとかバランスを取り踏ん張った。



「ん……あれぇ、せいれいさんはどこ……ぬぃい?」

 まだ眠そうにアンジェが呟き、更に続けて言葉を重ねた。

『Fakel/松明/トーチ』

 魔法の明かりが灯り、じわじわと光が広がり蒼い石床を照らし出す。



「なぁ!?」

 だが、その光は俺の足元で途切れ、爪先の下からは深く底の見えない暗闇が沈む。

 光りに照らし出されて明らかになったのは、俺は僅か数㎡、一坪、畳二畳、大体それくらいの蒼い石床の上に居て、それ以外に地面なんてなかったことだ。



「ゎう、もう一歩踏み出してたら奈落の底まで落ちてた……ぅわ!?」

 俺は見えない闇を覗き込み、くらりと眩暈がして崩れる様に尻餅をついてしまったが、そこで待っていたのは普通の地面とは異なる感覚、奇妙な浮遊感を伴った揺れ。その揺れに手足を踏ん張って堪えた俺が目にしたのは、更なる奇妙な光景だった。



 魔法の明かりに照らされ暗闇に浮かぶのは幾つもの蒼い岩の立方体。

 それは前後、左右、上下と立体的に散らばり、宙に浮いている。


 驚いて手足に力が籠ると再び尻下の石床が揺れた。あぁ、俺を乗せているこの床もそこらに浮かんでる立方体と同じモノらしい。


 俺達はさっきまで風吹く大峡谷にいた訳だけど、今度は空に浮かぶお城にでも来てしまったのだろうか。間違っても滅びの呪文は口にしないよう気を付けよう。



 ▶▶|



「じゃぁ、マナを籠めてみるよ」

「「うんっ」」

 目を覚まして正気を取り戻したアンジェが足元の床石に向けて開いた両手を向ける。

 アンジェによると、足元の床石は宝珠の原石を含んだ岩なのではないかとの見解だ。マナを籠めれば何か反応があるのではないかと試してみることとなった。

 ちなみに浮遊してる蒼い立方体の岩では長いので浮遊岩と呼ぶことにした。


「わぁ、光ったぁ」

 ティノが嬉しそうに声をあげる。浮遊岩に走る幾つもの光のライン。アンジェの籠めたマナに反応して刻まれた回路の様な溝が輝きを増す。



「揺れっ「「ぅわぁあああ」」」

 浮遊岩は小さく震え、ポータルの柱を背にして俺達を乗せたまま前方の暗闇へ滑るように前進しだし、俺達はその勢いに思わず声をあげた。

 実際のところはそれほど速度は出ていないだろう、ラプトルなんかの方が余程速い。だけど、声が出てしまったのは掴まるところのないまま宙に浮いた立方体に乗って移動するのなんて初めてだからだ。下は底の見えない暗闇だし。



「前!ちょい上に浮遊岩っ!しゃがんでっ!」

 俺達の乗った浮遊岩は前方へと進み続け、暗闇に浮かぶ別の浮遊岩が目前に迫る。


「ぅひゃぁっ」 

 ティノが慌ててしゃがみ込んで躱す。少し耳の毛先を擦ったようだ。俺とアンジェも頭を抱えてしゃがもうとしていたけれど、その必要はなかったみたい。

 ぅう、こっちの世界に来て背は縮んだけど……きっとまた伸びるよね?



「前にまた浮遊岩があるよっ」

 またもや前方から迫る浮遊岩にティノが声をあげる。

「アンジェ、停めたり、方向転換とかは?」

「無理みたい……」

 ゎぅ、動いたはいいが、停めることは出来ないのか。



「あの位置はまずい」

 近付くにつれはっきりしたが、どうやら次の浮遊岩は俺達が乗ったモノと左右上下、共に同じ位置に浮いている。つまり、このまま行けば確実に正面衝突だ。


「ゎう、ぶつかっ」

 衝突に備えて床に手を着き踏ん張るが、俺たちの乗った浮遊岩が衝撃に激しく揺れ……


「……らなぃ?」

 俺達の乗った浮遊岩はふわっと停止した。前方の浮遊岩との間に拳程度の隙間を残して。

 途中で操作は出来ないけど、衝突防止の制御はされているのか。ふむふむ、それならもう少し試してみよう。



 前方の浮遊岩に乗り換え、右向け右で方向を変えてから床に手を着きマナを籠める。すると浮遊岩は今向いている方向、最初の向きから見て右へと動き出した。うん、どうやらマナを籠める時に動く方向を決められるようだ。


 またもや前方に浮遊岩が迫る。念のために衝撃に備えて身構えるが、浮遊岩は先ほど同様に衝突寸前で静かに停止した。


 さて、大体仕組みはわかった。この浮遊岩を操作して移動すればきっと出口へと通じるルートに行けるのだろう。時間はかかるかもしれないけど、希望は繋がったはずだ。



 ▶▶|



「ゎうぅう、おしぃい、もうちょっと左だっ」

「うん、でも頑張れば絶対たどり着けるよっ!」

 俺達の乗った浮遊岩は岩壁の直前で停止した。その左、間に浮遊岩1つ分空けた壁に横穴が開いている。

 何度も浮遊岩を乗り換えて彷徨い、そろそろ少し疲労が溜まり、不安も募り始めていた。

 そんな時、あと少しだけ届かなかったけれど、出口を見つけ、希望を見つけた。


 辿り着くにはまだまだ試行回数が必要かもしれないけど、大丈夫。時間は掛かっても必ずここから脱出してやる!




「よっ」

 浮遊岩を蹴り、ふわりとした軽い跳躍でティノが跳んだ。


「っと……うん、風が流れてる。この先どこかに繋がってるみたい」

 そして難なくその横穴へと着地した。


「「…………」」


「あれ?2人ともどうしたの?ここじゃないの?」

 ティノは振り向き首を傾げるが、俺とアンジェは思考を停止させられて固まっていた。


「あっ、うん大丈夫、そこでいいと思うよ」

「えっと、待っててティノ、すぐ行くから」

 再起動した俺達はティノに続いて横穴へと跳び移る。

 うん……よく考えたら余裕で跳べる距離だよね。どうも俺とアンジェは仕掛けをクリアしなくてはと考えが固まってしまっていたようだ。

 ティノが跳んでくれなければ、ここでもっと無駄に長い時間を過ごすことになっていただろう。






 横道を進むとすぐに、また浮遊岩の浮かぶ開けた空間へが現れた。ただ今度はきちんと床があるので、その点は安心だけど……



「何かいる……」

 俺はそのぼんやりとした暗闇に目を凝らし、耳を傾け探る。


「見つけたっ!」

 ティノの向けた視線の先、暗闇の中に獣の2つの瞳が光る。


 もしかしたら、仕掛けをきちんとクリアせずに進んだ所為で順番を1つくらい飛ばしたのかもしれない。現れた次の相手はもふもふのトロールなんかではなく、漆黒の魔獣だった。


「黒猫か……」




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