第三十八話 ドラゴン退治
Gurrrrrr……
折れていない片翼を大きく広げ後脚で立ち上がり、唸り声をあげ俺達を睨み威嚇する飛竜。飛竜はドラゴンの中では大きくない方だとは言うが、ユニコーン……?のミェーチと比べてかなりの巨体を持ち、尾を含めない体高でさえ数mはあるデカさだ。
強風吹きすさぶ大峡谷、谷底までは数千mはあるのではないかという途轍もない危険地帯。戦いの舞台はその崖淵から落下した断崖の岩場。そこは意外と広くギルド裏訓練場の数倍くらいはありそうだが、もし追い詰められたらその先は奈落の底だ。
Gahhhhhhhh!!
大気を震わせる咆哮と共に地を蹴った飛竜。その勢いは離陸する戦闘機かのような大迫力で
一気に距離を詰め俺へと突っ込んで来た。
慌てるな、良く見ろ……
腰を落とし牙を躱し……左に躰を傾け爪を躱し……た途端に飛竜が躰を捻り、急激に方向を転換したっ!?地を滑るような尾の一撃が目の前に迫る。
「ゎうっ」
地面を蹴って跳ね、尾の直撃を躱す。
「っぁぁあああ」
尾での直接的な物理攻撃は躱したが、その影響で巻き起こった風圧に飛ばされるっっっ……両足でなんとか着地するも、襲い来る衝撃波でズズズと地面を擦りながら滑る。
「っ……」
更に俺の立つ左にドスンと衝突音が響く、それは砲弾の様に衝撃波で撃ち出された岩の塊。
それは更に地面への着弾と共に炸裂した。飛び散る破片が躰中に当たり、土埃が舞う。破片でさえこの衝撃、これがまともに直撃なんかしたら……
再び唸りをあげ飛竜から巻き起こる衝撃の波。
「アンジェッ!」
次弾の岩の砲弾がアンジェへと向けて放たれた。
「やぁっ」
『岩壁 ムルス サクスム』
地面を削る様にアンジェが白い籠手の拳を打つ。籠手を飾る土の宝珠が輝き、拳撃の軌跡をなぞってアンジェの目前に岩の壁が積み上がった。壁は飛竜の砲弾を受け砕け崩れたが、その役目は十分に果たし無事に砲弾を防いだ。
「お返しだぁっ!」
砕けた砲弾と岩壁の破片をティノが回し蹴りの連撃で飛竜に向けて撃ち出した。飛竜はその散弾を躱すが、自由に動かせない折れた皮翼には小さな風穴が開く。
Gigigigieeeehh……
牙を擦り音をたてる飛竜。ダメージは大してないだろうが、またもや羽を傷つけられたことが屈辱なのだろう、充血した眼球でティノを憎々し気に睨みつける。
Gahhhhhhhh!!
咆哮をあげティノに向かって飛竜が突進する。
「そんな攻撃当たらなよぉ」
突っ込む飛竜の攻撃を跳びあがって躱すティノ。
「ぉぉぉおおお!?」
だが、突然の突風がティノを襲った。飛竜の攻撃は完全に避けたはずのティノが上空高くへ吹き飛ばされる。
「っと危ないなぁっ」
空中で躰を捻り、尾でバランスを取り体勢を整えティノは着地した。少しひやりとしたが大丈夫、無傷だ。
よし、ティノに避けられそのまま岸壁直前まで突進を続ける飛竜は俺に背を向けている。今がチャンスッ!俺は飛竜の背の翼を標的と定めナイフの切先を向けて跳びこんだ。
「なっ!?」
が、突進をやめ立ち止まるか、左右に旋回すると予測していた飛竜が想定外に動く。飛竜は片翼が折られているにも関わらず、その傷ついた翼を広げて岸壁に沿い上空へと舞った。
俺はナイフを握る腕に籠めた力を向ける矛先を失いバランスを崩す。
「ぁぁぁああ!?」
そのタイミングを狙ったかの様に吹いた突風が俺を上空へと吹き飛ばし舞い上げた。
Grrrrr…………
上空で待ち構えていた飛竜は唸り声をニヤリとした笑みに変え、咢を大きく開く……
不味いっ!
「ヌーーィッ!!」
『Voskhodyashchiy vozdushnyy potok/上昇気流/アップドラフト』
重なった声と共に風が勢いを増し、俺を更に上空へと打ち上げる。
飛竜の咢は空を咬んだ。
アンジェが変えてくれたこの風向き、そのまま無駄にするのは勿体ない。
ティノの先ほどの動きを真似て躰を捻り、尾でバランスをとる。だけど、俺の着地点は地面ではない。
Gyahhhhhhhhh!!
俺が足を着いたのは飛竜の背、着地と共に傷ついていない側の翼の根本へとナイフを深く突き刺した。痛みに仰け反る飛竜、その勢いに合わせすぐさま後ろへ跳び退き距離を取る。
よし、これで飛竜は両翼とも万全とは程遠い状態だ。ヤツの一番の武器とも言える空中での機動力を大きく削いだことになる。
今が勝機と一気に畳みかける様に全員で飛竜へと詰めた。
「やあぁあっ」
ティノの蹴りが飛竜の左脚に極まり、飛竜は体勢を崩す。
「たぁっ」
アンジェは白い籠手の拳を右脇に叩き込む。
「だっ、だっ、だあぁぁ」
俺は首の付け根、同じ太刀筋で2度、3度、ナイフを滑らせ傷を深く刻む。
攻撃を受けた飛竜は身を屈め、翼を小刻みに震わせる。
「!? 2人とも離れてっ!!」
突然、声をあげてアンジェが飛竜から離れた。
俺とティノもその言葉を聞き距離を取ろうとした瞬間だ。
Gaaaaaaaahhh!!
飛竜は咆哮をあげ、傷つき折れた翼を広げる。
俺達は見えない壁に叩きつけられた様な衝撃を全身に受けて弾き飛ばされた。
「がはっ」
ガラガラと背中で崩れる岩塊、俺の躰は断崖の壁に打ち付けられていた。
「うわぁぁぁあっ」
ズザザザッと地面を削り土埃をあげながら弾かれ滑るティノ。その背後、数m先に待ち受けるのは断崖、このまま行けば深い谷底へと突き落とされる。
「吹き飛ばされてたまるかぁああ!!」
ティノは拳を振り上げ、マナを込めた渾身の力で地面に向けて振り下ろす。弾け飛んだ地面に腕を埋め、ティノはその片腕でしがみ付き持ち堪えた。つま先にはもう足場が無くギリギリで耐えたというところだ。
白い籠手を躰の前に構え耐えていたアンジェはティノがギリギリで耐えた姿を見てほっと息を吐く。が、すぐにその視線を上空へと移す。俺もアンジェに合わせ視線を上へと向けた……
そこには折れた翼に風を受け、宙に浮かぶ飛竜の姿があった。
恐らく魔法の強風で無理やり己の躰を浮かばせているのだろう。
Gaaaaaaaahhh!!
咆哮と共に再び襲う物凄い風圧。くっ、躰が壁に押し付けられて動けない。
アンジェは籠手を前に構え、風を受け流し耐える。そして……
自らの起こした強風を折れた翼に受け、苦痛を受けながらも無理やり飛ぶ飛竜がその標的をティノに定め、死へのカウントダウンを始めたように崖淵へじわじわと近付く。
「うぅ……」
ティノを襲う物凄い風圧。ドッと低い音を響かせた飛竜が急上昇し、直後ティノを目掛けて急降下した。
「ティノッ!!」
踏み下ろされた飛竜の足爪がティノを捉えよう地面に喰い込み……
「ぅわぁあああっ」
ティノを巻き込み足場を崩落させた。
「ティノォオ!!」
マナを溢れさせて風を弾き、駆け出したアンジェがティノを追って崩落に跳び込む。
その光景を目にし俺は……
「がぁぁぁぁあああっ」
全身の筋肉にマナを籠め、岸壁に貼り付けられた状態から無理やり躰を引き剥がす。
力で無理やり風圧に耐え、地面を四つ足で這い、駆け抜けながら飛竜の脚を斬り付ける。
Gyahhh……Gyahh……GyahGyaGaGaGa!!
幾度も幾度も駆け抜け斬り付ける。飛び散る飛竜の血飛沫を浴びながら。
崩れ片膝を着いた飛竜が怒りに任せて咢を向けるが、その攻撃に転じた所為で吹き続けていた風圧が瞬間威力を落とした。
「がああああっ!!」
俺は躰を起こし跳びあがり、飛竜の首筋を渾身の力で斬りあげた。
地に向けて圧し潰す様に吹いていた風が凪ぎ……
『Voskhodyashchiy vozdushnyy potok!/上昇気流!/アップドラフト!』
谷からの上昇気流が吹き上がった。
風に乗り、白い翼を輝かせたオレンジの影が飛竜の直上へ舞い上がる。
「アンジェッ! ティノッ!」
「「たぁぁあぁああっ!!」」
マナを纏ったティノの蹴撃、打ち下ろされた踵が飛竜の首を地へと叩きつけ、アンジェの繰り出した右腕での打撃、その軌跡をなぞる加速された白い籠手の拳撃が飛竜の頭を沈めた。
飛竜を倒し、囲み立った3人はお互いの無事を確認して笑みを零した。
が、その時、飛竜の陰から地に亀裂が走り……俺達は崩れる足場と共に崖下へと落下した。




