第三十七話 土木作業
「進めっ!ミェーチ」
Nsheeeee……
ティノはまたもや魔獣に名前を付けてしまったようだ。
「ユニコーンって大人しくて、おりこうだねっ」
いやアンジェ、ユニコーンじゃなくてサイか角竜=トリケラトプスみたいなのだと思うよ?角は確かに1本だけど。うーん、でももしかしたら本当にここではコイツがユニコーンなのかな……なんか自信がなくなってきた。
ともかく、昨晩、芋を焼く匂いにつられて現れたこの魔獣はすっかり懐いてしまったようで、みんなでその背に跨ってシルヴェストル大峡谷まで続く西へ延びる路を進んでいる。この調子なら歩いて向かうより大分早く辿り着けそうだ。
路に隣接する森にはたくさんの獣や魔獣の存在を感じられるが、こちらに近づいてくるような気配はない。これもミェーチのお陰だろうか。性格は穏やかそうなのに見た目はごっついからな。
Nnufuuuu……
「どうしたの?ミェーチ」
ユニコーン……とはまだ認めたくない魔獣のミェーチがその足を止める。
ティノが尋ねるが、聞くまでもなくその原因は一目瞭然だ。見渡す限りの視界と路を塞ぐ倒木と岩塊、まるで嵐でもあったかのような光景が目の前に広がっている。
「あーこれじゃぁミェーチは通れないね」
「飛竜が暴れたのかなぁ、ヌィどうする?」
うーん……どうしよ、迂回して北側を進むか……いや森から離れた平原では飛竜に襲われたら逃げ込む場所が無い。それなら南側の森深くを行くか、いや……
「ミェーチが手伝ってくれるなら、少し瓦礫を退かして通れるかも」
「お願いできる?」
Nnaaahhhhh……
ミェーチに運んでもらったお陰で、シルヴェストル大峡谷まではもうかなり近づいただろう。それに今回は下見で今後も同じ路を通うことになる。ここは多少時間を掛けてでも帰りや次回の為に路を開いておこうと決めた。
まずは邪魔になる小さめの瓦礫を退かし、大きいモノはロープで括ってミェーチに曳いてもらおう。路を塞いでいるのは元々どこかから吹き飛ばされて来たような瓦礫なので全く動かせないモノではない。全てを綺麗に片付けることは出来ないが、大きめの獣や竜車が通れるくらいの路幅を確保するのはなんとかなりそうだ。
「本当にすごい荒らされようだね」
そう言ってるティノの狩りも初めて目撃した時はすごかったけどね。
でもこれだけの樹々や岩を砕いた撒き散らしたりと、飛竜というのは想像以上に手強い相手なのだろう。そう考えながら見ていた樹の切断面の違和感が目に留まった。それは引き千切られたとか砕かれたようではなく、真っ直ぐ綺麗に切断された痕。それもひとつではなく、所々にそんな斬り痕の瓦礫がいくつもある。
この状況は飛竜が暴れた所為だけじゃないのかもな……俺の脳裏には楽しそうに剣を振るう飛竜と戦ったと言っていたある人物の姿が浮かんでいた。
突然、ズシンという低い音と共に地面が揺れた。
「な!?アンジェ、ティノ、大丈夫!?」
「けほっ、うんっ、無事だよ」
辺りに舞い上がった土埃が徐々に薄まり、2人とミェーチの無事な姿が現れる。
「うわぁ、地面におっきな穴が開いたみたい」
それと一緒に路の脇に現れた地面の大きな穴。特別大きな瓦礫をその場所へ退かした所為だろうか、地面の一部が陥没してしまった。
「見てヌィ、これって階段だよ」
アンジェの声に呼ばれて近づいてみると、その穴の底は石造りの床で、そのうえ更に地中へと続く階段までが確認できた。
「ここに地下への入口が埋もれてて、塞いでた扉を瓦礫の重さで突き破ったのか……」
隠されていたのか自然と埋もれたのかは不明だが、俺達は元々ここにあった地下への入口を偶然にも見つけてしまったようだ。
▶▶|
「はぁ……終わったぁ」
「ふぅ、お疲れ様」
躰中を襲う疲労感に負けて地面に座り込む。だけど遣り遂げた後の達成感というのだろうか、この疲れもどこか心地よく、火照った肌を撫でる風が気持ちいい。アンジェも俺の隣に腰を下ろし息を吐いた。
「ミェーチも良く頑張ったねぇ、はいどーぞ」
Nnfuuuuu……
ティノはまだ体力に余裕があるみたいで、元気に微笑みながらミェーチにお芋を食べさせている。
偶然にも地下への入口を見つけた俺達だったのだが……
とりあえず素通りして瓦礫の撤去を続け、大峡谷までのルート整備を無事終えたところだ。
だって一度手を付けた作業を中途半端で放って置くのって気にならない?
「わぁぁ凄い高さだね」
途切れた路の端から身を乗り出して大峡谷を覗き込むアンジェ。
その視線の先は何千mもの深さの谷底だ。瓦礫を退かしてここまで辿り着くことは出来たが、ここから先の路があった地面は崩れており、これ以上先へは進むことが出来ないらしい。
さて……休憩を終えたら崖下へと降りられるようなルートがないか探査を始めるか。
「!?」
突然、上空に凶悪な気配が現れた。見上げると僅かに目視出来る黒い影、影が一気に大きく広がる。その正体は超高度から急降下する飛竜だ!
「アンジ ェ ッ ! !」
崖っぷちに立つアンジェを獲物と定めた強襲、俺はアンジェを庇おうと跳び出す……
k y e e h h……
ゆっくりと流れる時間の中だが、襲い来る飛竜の勢いは遅くない……更には上空から叩きつける風が重力を増加でもさせたかのように躰を圧し潰そうとする。
跳び出した俺は……アンジェに……跳び付き……抱き抱え……
襲い来る飛竜の……牙を躱し……爪を躱し……尾を躱し……
地面を転がった。
「くはっ……」
飛竜の不意打ちを辛うじて躱してアンジェを無傷で庇うことは出来たが、風圧で地面に叩きつけられた俺の躰を激しい痛みが襲う。
ピシッ……何かが砕けるような嫌な音が耳に届いた。受け身はとったが衝撃に耐えきれず骨が砕けたのだろうか……
手足に力を籠めると動かすことが出来て俺の嫌な予想は外れていたと一瞬ほっとしたのだが、それ以上の衝撃が俺とアンジェに襲い掛かって来た。
突然、空間が裂かれたかのように視界がズレる。
いや、それは俺の脳が生んだ錯覚で、すぐさま正確な現状を把握する。
裂かれたのは空間ではなく崖っぷちの地面で、視界がズレた様に感じたのは地面が崩れて崖下に向けて落下している所為だ。
脳は正しい認識をしたが……残念ながら、解決に繋がる答えは出てこなかった。
俺はアンジェを抱きかかえたまま、深い谷底目掛けて落ちて行く……
そう観念した時だ。
『Plavuchiy /浮遊/フロート』
透き通った声で重ねられた言葉が響き……
アンジェの背中に輝く白い翼が広がった。
崩れた地面が谷底へ向けて落下していく中、アンジェと俺の躰は重力に抗う。
加速しながら離れて行く砕けた地面を他所に、落下しながらも速度を緩めた俺達は……
崖の中腹に突き出た岩場へと静かに降り立った。
──天使みたいだ……
アンジェを抱えていた俺は逆に支えられ、優しい微笑を零すその顔を見つめていた。
「ありがとうヌィ」
「う、うん……」
アンジェのその姿をもっと見ていたいと願う俺だったが……
Kyeeehhhhh……
上空より届いた不快な鳴声に邪魔をされる。
腰を低く落とし、急降下する飛竜に対してナイフの束を握り身構える。
だが、次の攻撃は俺がナイフを抜くよりも速く……先を越されてしまった。
「たぁぁぁっ!!」
Gyaaaahhhh……
急降下する飛竜の胸に叩きつけられたアンジェの輝く白い翼……ではなく、拳の一撃。
その拳の一撃に飛竜は空中で仰け反った。
アンジェの背中のリュックから飛び出して浮かぶのは翼ではなく、白い籠手。
その籠手はバジリスクとの戦闘で宝箱から手に入れたモノ。ハンナに頼み作って貰った……月の神殿で手に入れた小型ボードを組み込んだ特別製の魔武器だ。
「やぁぁぁっ!!」
アンジェはその大きめの籠手を腕に装備するのではなく、纏うようにマナで周囲に浮かばせている。その籠手は3本目、4本目の腕としてアンジェの拳に代わりに飛竜を殴りつける。
Kyeeeehh……
思わぬ反撃を受けた飛竜は距離を取るように上空へと舞い上がる。
だが、その瞬間を待っていたオレンジの影が飛竜の背目掛けて勢いよく跳びかかった。
「逃がさないからっ!!」
翼の付け根に叩きつけられた上空からの急降下による脚蹴り。今度こそ骨の折れた低く鈍い音が響き、飛竜は俺達の居る岩場に叩きつけられた。
ティノも崖から飛び降りて蹴りを喰らわすなんて無茶なことを……
Guuuuuuhhhhhrrrrrr……
だが、相手も只の魔獣ではなく竜。折れた片翼を引き摺りながら、唸り声あげて立ち上がり俺達を睨みつける。
こうして、突風吹きすさぶ断崖にせり出した岩場にて……飛竜との戦闘が始まった。




