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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第三十六話 閉鎖区域


「んー……シルヴェストル大峡谷ですかぁ」

 ゴールデンブロンドの長い髪を揺らし、瞼を落として考え込むユーリカ。


「はっ、はぁはぁ……はぃ……」

 星降りの街へと戻って来た俺達はハンターギルドを訪ね、風の結晶があるのではないかと思われる地、シルヴェストル大峡谷の情報について尋ねた。

 ちなみに俺の息が荒いのはもちろん、ユーリカと特別訓練を終えた後だからだ。



「うーん……さすがに谷底まで降りるのは危ないですねぇ」

 グレアムも聞いたことが無いと言っていたし、やはり谷へ降りることは無理なのだろうか。


「飛行型の虫や鳥の魔獣はもちろんですが……一番厄介なのは飛竜=ワイバーンですねぇ」

 眉を下げ、眉間に皺を寄せながらユーリカは言葉を続ける。

「谷底には巣がありますし、幼生竜を保護する親竜は特に凶暴ですからねぇ」

 うーそんな凄い場所なのか、さすが前人未到の秘境というところだろうか……ってあれ?


「わぁぁ、ユーリカは飛竜と戦ったことあるの?」

 目を輝かせティノが尋ねる。


「えぇ、でも竜の卵が目的でしたから、飛竜を仕留めてはいないですよ?」

「「え!?」」

 誰も降りたことがないと聞いていた谷底に降りたことのある人がここに居たよ……


「じゃぁ、谷底まで降りるルートがわかるの!?」

「んー降りるというか、降下した場所なら教えられますけど……戻り道はありませんよ?」

 アンジェの質問にそんな返答を返すユーリカ。

 ユーリカの辿ったルートは道を下ったという訳ではなく、所々張り出した岩を足場に降下いや、飛び降りたそうだ。そのうえ、戻りは飛竜に無理やり掴まり、崖の上まで飛んだらしい。



「えっと……おれには無理そうです……」

「あぁ落ち込むな、そんな無謀なことが出来るのはユーリカだけだ」

 肩を落とす俺達にソフィアが慰めの言葉を掛ける。


「いえいえ、その時はヴィルヘルムだって一緒でしたし、リュディガーだって谷には何度も降りてますよ?」

「それって聖騎士団団長に竜騎士隊隊長じゃないか……」

 シルヴェストル大峡谷が前人未到の地ではないことがわかったのは良いが、駆け出しのハンターに手が出せるような場所では無いこともわかった。うん……どうしよう。



「ねぇねぇ、飛竜を見に行こうよっ」

 悩む俺とアンジェに比べて元気なティノ、期待にその目を輝かせる。

 まぁ表情にこそ出さないが、正直俺も竜騎士とか飛竜とか惹かれるモノがある。

「うふふ……そうだね」

 ティノと俺に笑顔を返すアンジェ。あっ……顔は平静を保っていたつもりだけど、尻尾は思いっきりぶんぶん揺れてバレバレだったみたい。



「こ、ここで悩んでるより現地を確認した方がいいから、うん、一度行ってみよう」

 実際に断崖を降りるかは別にして、俺達は一度シルヴェストル大峡谷の調査に出掛けることを決めた。



 ▶▶|



「パレット、西へ向かってね」

”きゅぃぃい”

 星降りの街を南門から出て西へ。地図で見ると、シルヴェストル大峡谷までの距離は王都よりも近いけれど月の神殿よりは遠いくらい、朝一で出発したので夕暮れには到着するだろう。



”きぃぃっ”

「ん?どうしたのパレット」

 街を出てすぐに立ち止まったパレット。俺は地図を見るのをやめて顔をあげる。


「バリケード?」

「うん、行き止まりみたい」

 星降りの街の外周を囲う路は川に架かる橋の終わりで閉ざされていた。そこから先へ竜車で進むことは無理なようだ。


「うーん、一旦引き返して街の北から回ろうか」

「そうだね」




 南門から再び街へと入り、そのまま北門へと抜けて街の外周を西へ向かう。

 路の先には先ほどの川の上流の流れがあり……


”きぃっ” 

 そこに架かる橋の先もやはり閉ざされていた。




「あぁ、街の西側は閉鎖区域だから竜車で乗り入れることは出来ない。知らなかったのか?」

 再度ギルドを訪ねるとソフィアが教えてくれた。

 そういえば、街の西門が閉ざされていることを不思議に思ったことがあったっけ……気になったことは確認して置かなくちゃダメだな。


 どうも、街の西へ伸びる路を進んだ先は大規模な崖の崩落によって途切れたそうで、今はどことも繋がらない路となっているらしい。おまけに大峡谷の北~東は飛竜の餌場にもなっており、元々危険な場所なのでそのまま閉鎖区画にされたそうだ。



「星降りの街の西を流れる川はずっと南の方まで流れているだろう?渡れるような場所は王都近辺まで行かないと他には無いな」

 うーむ……星降りの街からなら1日で着ける距離の大峡谷だが、そこへ至るには王都から北西に延びる街道を通って行くしかないらしい。



「王都を経由するルートだと大峡谷まで竜車で4日ってところか……」


「じゃぁ歩いて行こうよ?」

「そっか!直接西を目指して歩けば3日くらい、竜車よりも早いね」

 ティノの提案にアンジェは同意し、言葉を続ける。

「それに断崖を降りられそうな場所が見つかってもパレットは連れていけないでしょ?飛竜の出る場所にパレットだけ残しては行けないから街で待っていて貰った方が安心だよ」


「それもそうか……よしっ、じゃぁ改めて荷造りしなおしたら、西へ向かって出発だっ」

「「おぉー!」」



 ▶▶|



 準備を整え、みんな背中に大きな荷物を背負って再び南門から徒歩で出発した。外周の路を西へと進み、川に架かる橋を渡ってバリケード前へ。


「よっと、アンジェ」

「うん」

 バリケードによじ登り、アンジェを引っ張り上げる為に手を差し出す。竜車では越えられないバリケードでもよじ登れば通れないことはない。ティノは既に乗り越えてアンジェを受け止めようと手を広げてくれている。



 外周を進むとやがて閉ざされた西門前まで辿り着き、ここからは西へと延びる路を辿ることになる。

 歩きで3日程と言われると遠く感じるかもしれないし、飛竜の餌場と言われると危険を感じるかもしれないが、ダンジョンの探索に比べれば余程歩きやすいし、危険度も変わりはない。



「んふふ~たまにはこうして歩くのもいいよねっ」

「ぇへへ、そうだね」

 ティノもアンジェもこのような森の近くの環境があっているんだと思う、鼻歌でも飛び出しそうなくらいご機嫌だ。



 ▶▶|



 夕暮れまで歩き、路の南側の森を少し入ったところを今日の野営地に決めた。空からの飛竜の襲撃を避ける為にも大きめな樹の根本をテント設営場所にする。まだ街から近いからだろう、今のところはまだ飛竜の姿を見ていないんだけど念の為。



「晩御飯獲ってきたよぉ」

 両手に獲物を掴んで満面の笑みのティノ。この辺りは閉鎖区間で人が出入りしないからだろうか、鹿や猪のような獣も多いし捕まえやすいみたい。


 焚火を囲んでティノの狩って来た肉と月の神殿ダンジョン産の芋を焼き、少し早いけど夕食の支度を始める。



「ん……何か来る」

 そろそろいい焼き加減となってきたところで、森の奥からこちらに近づく気配を感じた。


「魔獣?」

「かな?でもあまり危なくはなさそうだよ?」

 尋ねるアンジェにティノがのんきに答える。確かに荒々しく凶暴な感じは今のところしないのけれど……ズシンと地面を伝わる振動、ソイツが近づくにつれて徐々にそれが大きくなる。


 ……Nhhhhhhhhh……fshurrrr


 茂った木の葉を押しのけて現れたのは、天に向かって大きく伸びた角だった。


「わぁ、ユニコーン!?」

 あまり警戒する素振りもなく現れた魔獣に近づくティノ。手を上に伸ばし……その鼻先を撫でる。目を細める魔獣……うん、いきなり襲いかかって来るようなことはないみたい。


「うわぁ……」

 アンジェも明らかに届かないのだけど、つま先立ちで手を伸ばして撫でようとする。

 すると魔獣は頭を下げ、鼻先がアンジェの指先に触れた。


「ぇへへ、ユニコーンっておとなしいんだね」

 うん、大人しいみたいだけど……



「いやいや、ユニコーンじゃないよね!?」

 その魔獣の大きな角は額ではなく鼻の上から生え、その肌は白というよりも灰色で硬い鎧の様にがっしりとした身体つき、体高はティノよりもかなり高い。

 優しそうな眼はしているけど……


「サイとか角竜とかでしょそれっ!」

 思わず大きめの声を出してしまった俺に、そのユニコーンじゃないヤツはゆっくりと近づいて来た……。


 ……Nhhhhh……fshurr


 鼻先をゆっくりと俺の方へと近づけて……頬ずりされた。


 ぃたっ、いや力加減は出来てるんだけど肌がゴワゴワと硬い。うぅ懐いてくれてるのはうれしいし、悪気はないのはわかるんだけど、ぃたっ、擦れて痛いって!


 ソイツは俺に2~3度頬ずりをした後、視線を焚火の脇へと向けた。そこには焼いたばかりの芋が湯気をあげ、いい香りを漂わせている。


 あぁ……どうやらコイツは焼き芋の匂いに釣られてやって来たみたい。


「おいで、一緒にたべよっ」

「はい、どーぞ」

 ティノとアンジェが焼きたての芋を取り分ける。



 こうしてこの晩は、予定外のお客様をお迎えしての晩餐となった。



 ▶▶|


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