第三十四話 炎の馬
「あぁ……なんかほっとするね」
温かな湯気が頬を撫で、濃厚だがさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。
「良い香りでしょ?新しく入って来た茶葉なんですけど、私も大変気に入っているんです」
俺はリオの淹れてくれたお茶を口にし、深い息を吐いた。
リオの屋敷の庭園でテーブルを囲み椅子に掛けた面々。こうして全員無事に戻って来れた。
「ねぇリオ、本当に怪我はしていないのですよね?落ち着いて見えますけど怖い思いをされたのでしょう?私と別れた後はどうされたのですか?」
優雅にお茶を勧めるリオに対し、まだ落ち着かない様子のエディッタが矢継ぎ早に問いかける。エディッタを落ち着かせる為にはリオの話を聴かせるしかないと、みんなの視線もリオへと向いた。
「落ち着いてエディッタ。まずは改めてお礼を言わせていただきます、皆様のおかげで私こうして無事にここにおります」
皆に順に視線を送り、リオは頭を下げる。
「私からも皆さまにお聞きしたいことはありますが、初めは私からお話いたしますね」
そう言うとリオは、エディッタと別れた後の事について語り初めた。
「私は近づく獣の気配から逃れる為、ダンジョンの奥へと進みました」
「リオ、その獣は爪跡のハンターと山羊の刺青のハンター達が放ったものでしたのよ!!」
エディッタによると、リオと分断するトラップを発動させたのも、獣に傷を負わせて追い立てたのもそのハンター達の仕業だと言う。
「ええ、私は運よく爪跡のハンター達からは逃られたみたいですね、光の壁の向こう側へ逃げたお陰でしょうか」
「うん、普通は光の壁を通り抜けられないみたいだから、それが良かったんじゃないかな」
「だけど、ここにいる半数、5人もが通り抜けられたんでしょ?どうしてかしら」
シャーロットの疑問には俺も同感だ。みんなが首を傾げる中、アンジェが自分の胸元に手を伸ばした。
「わたしはこれを持ってたからじゃないかな、壁を通る時にマナの干渉を感じたの」
その手に握られているのはホルダーに収まった夜空の様な黒い鉱石……炎の力を宿した星の結晶だ。
「あぁ、私も持ってました」
ブリジットがアンジェのモノよりは小さめの星結晶を取り出す。
「えっと……じゃぁおれは?」
「ヌィも持ってるでしょ、ふれいむたんだよ」
あぁ、アンジェに言われてふれいむたんの刀身には炎の力の籠った星の結晶があることを思い出した。
「でも私は持っていませんでしたよ?フレアは?」
「無いな」
だがリオとフレアは持っていないと言う、んーアンジェの考えは違ってたのかな?
「2人は試練を受けたからだと思う、炎の力が直接躰に宿ってるから」
「「ああ」」
なるほど……リオーネの炭鉱で2人が受けた獅子の試練の所為か。
「へぇ、じゃぁアタシも星の結晶があれば光の壁を通れるかもしれないと言うことっすね」
「ああ、南で鍛えたハンターは稼ぎがいいという噂……それは星の結晶を持っていて魔獣の巣と言われる光の壁の向こう側で獲物を狩れるからなのでしょうか」
「それは確認の必要があるわね、アンジェ後で少しだけ結晶を貸してちょうだい?」
「うん」
シャーロット達はキラキラと目を輝かせる。もしこのことが正しければ、リトルスクエアが王都で名をあげるのも夢じゃないと盛り上がり始めた。
「えっと、そのことはひとまず置いといて……リオ、光の壁に通った後はどうしたの?」
「ええそうよ、魔獣の巣に入り込むなんて!」
「ええ、どこか獣をやり過ごせる場所はないかと通路を進んだ先で、馬と戦っていたフレアとブリジットを見つけたの」
その言葉にみんなの視線がフレアとブリジットに向かう。
「あぁ、ブリジットと一緒にあの馬を追っていたんだが……」
「でも私達、旧リオーネの山で狩りをしていたんですよ」
「「「「「「「え?」」」」」」」
ブリジットの言葉にみんな驚きの声をあげた。
「馬と共に地面から立ち上がった光に包まれてな」
「次の瞬間にはダンジョンの中という訳です……」
…………
「それはポータルだよ」
「そっか!柱と一緒だっ」
沈黙を破ったアンジェの言葉に頷くティノ。
「じゃぁ、ダンジョンの魔獣達もリオーネや他のどこかからポータルで飛ばされて来てるってこと?」
「きっとそうだよ、その仕組みで炎の力を宿した馬の魔獣とフレア、それと星の結晶を持っていたブリジットは飛ばされたんじゃないかな」
俺の言葉にアンジェが続いた。
ダンジョンに魔獣が沸くっていうのは、どこか他の場所に生息している生物が飛ばされて来てるって訳か……なるほど、それならいくら狩ってもダンジョンから魔獣が居なくならないことにも納得できる。
「それでだ、まさか王都のダンジョンだとは思わないまま馬を追い、リオと出逢った訳だ」
「でも2人と話をする間もなく、すぐにハイエナの群れが押し寄せて来たんです」
そてで三つ巴の混戦状態で戦っていたのか。
「で、ヌィとアンジェが来てくれたおかげで助かったが、わからないのはその後だ」
「ええ、何故ハイエナの群れは突然去ったのでしょう?」
「去ったっていうか呼ばれた?なんか嫌な音がした所為だよ、聞こえなかった?」
やっぱりフレア達はあの音を聞いてなかったみたい、気になる不快な音だったのに。
「それ、爪跡のハンターが吹いた笛の音だよ。ほんと嫌な音だったよね」
「私には聞こえませんでしたけど……確かに笛の様なモノを唇にあててました、それで男達が去った後でハイエナの群れに囲まれて」
「その時はもうトラップの焔に閉じ込められていたんだけど、シャーロット達が来てすぐ解除に向かってくれてた」
「爪跡のハンターか……」
うーん、エディッタが聞こえなかったのはどうしてなのか気になるけど、あの嫌な音の原因と元凶はわかった。
「ギルドには報告しておくけど」
「気を付けた方がいいですね……」
今回はみんな無事だったので良かったが、爪跡のハンターは何故そんなことをしたのか……また、何か良からぬことに巻き込まれないように気を付けないとだな。
▶▶|
「近くにいると思う……うん、右の通路の先だよ」
俺の言葉にフレアは剣を抜き、アンジェとレイチェルが弓を構える。
トラップの石油臭の所為で匂いを追うことは出来ないと思っていたが、ヤツは自らの炎でトラップを発動させて行くのでそれを頼りに追うことが出来た。
燃える床の焔を辿り通路を進み、一層と焔が激しく燃え上がる開けた場所へと抜けると……そこで炎を纏った漆黒の馬を見つけた。
二つの風切り音が鳴り矢が放たれる。
Neighhhhhh!!
だが、アンジェとレイチェルが放った矢は、馬が蹄で踏みつけたことによって床からあがったトラップの焔に呑まれてしまう。
くっ……先制攻撃には失敗したが、ともあれ戦闘開始だ。
「フレア、正面で馬を惹きつけて」
「あぁ、何かするまでもなく既に睨まれてる」
馬の魔獣は鋭い眼光をフレアに突き付ける。あぁコイツはフレアが旧リオーネから追っていた個体だ。
「矢は焔で防がれるからダメだ。レイチェル、何か他の投擲武器はある?」
「わかった、準備はしてきたから」
そう言いレイチェルは背中のリュックから素早く武器?をとりだした。手の平に収まる程の鉄球に長い革紐が繋がったモノだ。
「アンジェはトラップの焔を押さえて」
「うんっ」
皆に戦闘指示を出し、俺自身はナイフで死角から攻める。
Neighhhhhhhhhh!!
嘶きをあげて前脚を振り上げる炎の馬。
「フン、今度こそ決着と付けてやる」
フレアが蹄での踏みつけを躱し、首筋に剣を振るう。だが馬も首を振りその攻撃を躱す。
地面を踏みつけた蹄から床に炎が移り、焔が床の溝を伝い燃え広がる。
「ぇいっ!」
『Ognennyy shtorm /火旋風/ファイアストーム』
アンジェが延焼するトラップの焔に向けて炎の魔法を放った。
おぉ、渦を巻く炎の竜巻がトラップの焔を巻き込み、延焼が広がる方向を無理やり変えた。なるほど、焔に対し炎で対抗するという手もあるのか。それなら俺も……
「はっ」
一撃目、新たに左手に握ったふれいむたんを振るう。握る束に僅かにマナを流し……
馬の纏う焔をその刀身に移した。
「やぁぁっ!!」
二撃目、炎を剥がした馬の鬣から右手のナイフを走らせ、馬の首筋から血が滲む。よし、うまくいった。
「いいぞ、ヌィッ、はぁあっ!」
俺が斬り付け離れた後、すかさずフレアがその傷口をなぞる様に長剣で斬り付ける。
Neighhhhhhhhhhhhhh!!
馬は首筋の傷から血をまき散らしながら前脚を振り上げて嘶き立ち上がる。
「いきます、ボーラですっ!!!」
その瞬間を狙っていたレイチェルが攻撃を放つ。ボーラというのが武器の名前だろうか。
革紐で結ばれた2つの鉄球が回転しながら馬の前脚に向かい、絡みついたっ!
「いいぞ、馬の動きが抑えられている今がチャンスだっ!!」
そこからは全員で跳び込み、一気に畳みかけた。
▶▶|
「ふぅ……仕留めたか」
「うふふ、やりました。これはいい皮ですよ、うんうん」
フレアは遣り遂げた充実感に微笑み、レイチェルは仕留めた獲物の肌を撫でて微笑む。
「これで必ずしっかりとした鞘を作りますからっ!」
レイチェルが両こぶしを握り、そんな宣言をした。
フレアがこの馬を狙っていたのは、鞘を作る為にその革を必要としていたからだ。
ブリジットは試作としてふれいむたんを作った後、フレアの為の剣を見事に仕上げた。
その剣は炎の力の籠った星の結晶を輝かせ……
常に激しい炎をその刀身に纏わせる。
うん、常に燃えていて持ち歩くことが出来ないんだって……過ぎたるはなんとかってやつだろう。確かにふれいむたんも使った後は熱を持つから、俺は冷却の魔法で冷ましてから鞘に納めてるし。
という訳で、剣の纏う炎に耐え抑えられる素材で鞘を作る必要があり、フレアは炎の馬に目を付けたそうだ。
ちなみにレイチェルは俺達が送った蜥蜴の革で早速装備を作ってくれて、それを届けにわざわざ王都まで出向いてくれたので、この話を聞いて一緒にダンジョンに潜ったという訳だ。
なんか早めに届けた方がいいかもという予感の様なモノ?があったそうだ。女の感?それとも商人か職人の感かな。本人のこの喜びようをみると確かに来た甲斐があったみたい。
俺とアンジェには特別な収獲があった訳ではないけれど、2人と一緒に笑顔を零した。久しぶりにこの4人で狩りをするのが楽しかったからね。
▶▶|




