第三十三話 保護
「エディッタ、光の壁の向こうはおれとアンジェに任せて」
「リオなら絶対大丈夫だよ」
魔獣の湧きポイントとも呼ばれる獣しか通れないはずの光の壁を通り抜けた俺とアンジェ。
ここから先はみんなと別行動、床に残る血の跡を辿って未知の領域を進んだ。
Grrrrrrr……
「ヌィ、早速、魔獣が現れたよ」
「うん」
薄汚れた灰色に黒いブチ模様の毛並み、四足歩行のハイエナに似た獣が牙を剝き唸る。
その数およそ15頭前後。いきなりこれだけの数と出くわして、ここが魔獣の巣だと噂されていたのは間違いではないと判明した。
「やっ! はっ! 大丈夫?アンジェ」
「たぁっ! うん」
俺は両手に握ったナイフを滑らせ、アンジェも両手で握った長剣を振るう。
敵の数こそ多いものの、ダンジョンの通路で同時に襲い来る敵はせいぜい2~4匹。幸いなことに強さもそれほどではなく、2人で挑めば難なく突破できそうだ。
「よし、進もう」
「うん、もしリオのところに行ったら大変だよ」
半数ほど倒したところで残りの魔獣が逃げだした。俺達にとってはありがたいが、もし逃げた魔獣がリオをの所に群がったらと考えると、のんびりはしていられない。
「ヌィ、まだ追える?」
床に残る獣の血の跡を頼りにダンジョンの通路を進むが、光の壁を抜けたこの場所の床は石造りから土へと変わっていたので、目視で追うのは難しくなった。
「うん、焔のトラップがないみたいだから匂いで追えるよ」
この辺りの土の床にはトラップの溝はなく、追跡を邪魔していた石油臭がないので獣の血の匂いを追うことが出来る。嗅いでいるのは獣の血の匂いであって、リオのではないよ。
「アンジェ、この先は気を付けて……強い魔獣が居る」
コクリと頷くアンジェ。
「……っていうか戦ってる」
うっ、これは近づいていいのだろうか。感じた強い魔獣の気配は1つではなく、しかも今現在、魔獣同士で争っているのかもしれない。
傷ついた獣の血の匂いを追うならその場所に辿り着いてしまうが……行くしかないか。
Grrr……Grrrrr……
Grrrrrrr……
Grrrrr……Grr……
唸り声の大合唱をあげているのは数十ものハイエナ魔獣の群れ、先頭に立つ一際デカイ個体が群れのボスだろう。
Neighhhhhh!!
それに対峙する嘶き声をあげながら後ろ脚で立ち上がり、ハイエナ達を前脚で踏み潰すもう一方。青毛=漆黒の毛並みを持った馬の魔獣だ。
ソイツは魔獣であることを分かりやすく示すように鬣と尾に赤い焔を纏い、踏み下ろした蹄からも焔を散らしてハイエナ達を遠ざける。
だけど、この場で行われていた激しい戦いの原因はその2つの勢力だけではなかった。
争う魔獣の群れに混ざり……燃えるような赤い髪が駆ける。
俺とアンジェはすぐさま赤い髪に群がるハイエナに斬り込んだ。
「リオ、迎えに来たよ!」
「ヌィ!アンジェ!」
俺の呼び掛けに対して言葉が返って来たことに安心するが、妙なことにその声は俺の認識とはズレた位置から発生している。聞こえたのは群れに囲まれ戦う赤髪よりも後方からだ。
「助かった!まずはハイエナの群れから退けたい」
「「フレア!?」」
魔獣に剣を振るう赤髪の人影、その正体はまだリオーネの街に居ると聞いていたフレアだった。
「ヌィとアンジェ? 2人がどうして」
それともう一人、リオの近くから発せられたその声は聞き覚えがあるが、誰だったろう。
リオが無事なことには安心したが、もう一人の声が誰なのか気になるし、フレアが何故この場に駆け付けられたのか謎だ……だけど、まずはこの戦いを切り抜けてからだっ。
「コイツラ全然怯まないんだけど」
「あぁ、斬っても斬ってもキリがないっ!」
フレアに加勢してハイエナの群れと戦うが、コイツラ通路で戦った時よりも断然厄介になっている。
前方だけを気にして戦っていた通路と違い、この開けた場所では左右や背に回り込まれることを気にしながら戦わなくてはならないのが一つ。
もう一つは通路では有る程度ダメージを与えたり数を減らせば撤退していた魔獣だが、ここでは一向に引き下がる気配がない。群れのボスと共に戦っている所為だろうか。
いつもだったらアンジェの炎の壁で時間を稼ぐのだけれど、なんかあの馬をパワーアップさせちゃいそうな気がするので使えないでいる。
” !!”
「なにっ、この音!?」
戦闘の最中、突然響いた高音に俺は耳を塞いだ。その音を聞いた途端、何かざわざわとして音の鳴った方向が気に掛かる。
Garrrrrr……
その音が気になったのは俺だけではなく、ボスハイエナが音の方角に顔を向け唸り、驚くことに戦闘を中断してそっちへと駆け出した。当然、群れのハイエナもそれに続き、一気に戦いが沈静化する。
「急に群れが去ったのは気になるが……」
ハイエナの突然の撤退にフレアは戸惑い声をあげる。
「……これは好都合だな」
だが、残った馬の魔獣とフレアは睨み合う……けど……
「ヌィ、魔獣たちが向かった方が気になるの?」
「うん……なんかざわざわする嫌な音だった」
「……音?」
馬との睨みあいを続けながらもフレアが尋ねる。何のこと?といった感じだ。うーん、あの嫌な音にみんな気が付かなかったのかなぁ。ちょっと信じがたい。
「!! ヌィ、もしハイエナの向かった先がエディッタ達の居る場所だったら大変だよ!」
「エディッタが!?」
アンジェがそれに気付き、それを聞いたリオが驚き声をあげる。
「それなら、御前は後回しだ……皆、ハイエナを追うぞっ」
フレアは馬にそう言い放つとジリジリと距離を取る、そして近寄るリオともう一人は……
「ブリジット?」
「うん、久しぶり……って程でもないね」
もう一人はふれいむたんを打ったリオーネの鍛冶師、ブリジットだった。フレアと共に王都に来ていたのだろう。
「よし、走るぞっ!」
フレアの声でみんなが駆けだす。馬はまだフレアを睨んではいるけど、今すぐ襲い掛かる気はなさそうだ。
「わたし達の通って来た通路とは違うけど」
「方角はあの部屋から伸びた通路の方だね」
アンジェの言葉に返事をしながら、通路を駆ける。
群れの跡を追うと入って来た場所とは別の光の壁に出くわした。俺は少し速度を緩めてその壁を通過する。
駆けながらも後ろを振り返るとみんなも次々に壁を通過するのが見えた、全員難なく通り抜けられたようだ。光の壁を通過出来る条件が気に掛かるが、それを考えるのは後回しかな。
Grrr……Grrrrr……
Grrrrrrr……
Grrrrr……Grr……
再び聞こえた唸り声の合唱、通路を抜けた先の開けた空間では、部屋の真ん中に燃え盛る大きな焔をハイエナの群れが囲んでいた。
「ヌィッ!」
俺に声を掛けたのは、別の入口付近でハイエナと戦っている人物……シャーロットだった。
「エディッタ!!」
「リオ!!」
続いてリオが驚きの声をあげる、エディタの姿を見たからだろう。
その声に反応するエディッタは、ルーシー、ティノと一緒に中央の燃え盛る焔の中だ。2人はエディッタを庇うように前後に立ち、焔を挟んでハイエナたちと睨み合っている。
その燃え盛る焔は勢いを増しながら中心に向かい延焼している。このままでは3人はハイエナよりも先に焔に焼かれてしまうだろう。どうしたらいい……
「カプリスとクロエが焔のトラップの解除に向かってるのっ!だから今は」
「ハイエナ達の排除だなっ!」
シャーロットが言い終えるのを待たずフレアが剣を振るいハイエナの群れに突っ込んだ。焔の前に陣取る為だろう。俺達もフレアに続き、シャーロットの居る入口とも近い位置まで斬りこんだ。
Gahhhhhhh!!
「なっ!?」
響く大音量の咆哮。そのボスの号令でハイエナ達が一斉に燃え盛る焔に向かい跳び込んだ。
「こいつらぁっ!」
「なんて無茶苦茶なっ」
焔に跳び込んだハイエナは身を焼きながらも襲い掛かる。予想外の攻撃に戸惑いの声をあげながらもティノとルーシーがそれに応戦する。
「コイツラなんでこんなに必死になってるんだっ」
「私が囲まれていた時よりも、フレアとブリジットと馬が現れた時よりも凶暴ですね……」
フレアとリオがそんなことを呟くが、今はそれについて考えている暇はなく、俺達も否応なしに、攻撃の手を速める他ない。
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「お待たせっトラップを解除して来たっす……って、え!?」
「どうやら大変なことになっていたようですが…………既に片付いたのですね」
罠を解除して戻ったカプリスとクロエがこの場の状況に驚きつつも安堵の息を吐いた。
うん、途中でトラップの焔が消えてからは、ハイエナの攻撃が更に激化したけど、こっちもルーシーとティノが自由に動けるようになったので残滅の勢いは加速した。
終盤のボスとの戦闘でもエディッタとリオを除いた6対1だったからね。
「はぁ……とりあえず、早くここを脱出してリオの屋敷に戻ろうか」
みんなそれぞれ、いろいろ疑問もあるだろうが、疲れ切った顔のエディッタとリオを無事に送り届けることが先だろう。
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