第三十二話 ホステージ
「エディッタ、光の壁の向こうはおれとアンジェに任せて」
「リオなら絶対大丈夫だよ」
そう言ってヌィさんとアンジェさんは少女は光の壁の向こう側へ向かったのです。
怯えたり躊躇したりといった様子は微塵も見せずに。そこが魔獣の巣窟かもしれないのに。
リオはこの2人のことを友人だと言いました。リオーネの炭鉱で大百足と戦い、躰を張ってリオのことを守ってくださったそうです。
でもそれは2人がハンターだからでしょ?依頼を受けた仕事だったからでしょ?
私はそんな風に思っていました。先程の2人の眼差しと行動を見るまでは。
──どうかリオが無事でありますように。
私はリオをここ焔の地下迷宮に置き去りにしたのです。
私が弱かったから……
そうするのが正解だったとしても……リオがそうしろと言ったとしても……
私は自分のとった行動がとても嫌でした。
私の身を案じて1人で囮となったリオ。私はそんな彼女を眩しく思い、そんな彼女と友人であることを嬉しく思い、決して喪いたくないと強く思っているのです。
だからヌィとアンジェの2人に助けを求めました。
シルバーランクハンターである2人なら、きっとリオを助け出してくれる。以前もリオを助けてくれた2人ならと。
無我夢中でした。ただひたすらでした。リオを早く救い出してくれと縋ったのです。
突然押し掛け混乱状態だった私の、まだ知り合ったばかりで面識もそれほどない私の、私の願いを2人は疑うことなく聞き入れてくれたのです。リオを助ける為、即座にダンジョンに潜ると言ってくれたのです。
そういえば報酬の話さえしていませんでした……
もちろん、リオの為なら私は何を投げ打ってもお願いしましたとも。
けれどそんな見返りを示さなくとも、2人も何よりもリオの安全を優先してくれたのです。
それは2人の仲間達も同様でした。
2人がリオを想ってくれる気持ちはわかりました。
けれど……今更ですが2人とも私とリオとも大して年の変わらない子供です。私はそんな2人を魔獣の巣窟かもしれない場所に送りこんでしまったのです……
「心配しなくてもヌィとアンジェなら大丈夫だよ」
私のそんな心境に気づいたのでしょうか、虎の少女……ティノさんが私に微笑みかけます。
「こんなダンジョンの魔獣になんか負けないし、リオを見つけたら必ず助け出すから」
私を安心させる為にかけた言葉?いや信頼というモノでしょうか、彼女は2人なら大丈夫だと信じていることがわかりました。
「では、私達も探索を開始しましょう」
シャーロット・リヴィエール。
お茶会では何度か顔を合わせたことがあります。今までそのことに気付かなかったのは、お茶会で見せる顔とは違いハンターの顔を見せているからでしょうか。
「アタシ達は右っすね」
「ルーシーとティノはエディッタさんと共に左をお願いします」
残りのメンバーもここから左右の通路へと別れての探索です。なんとかここまでは来ることが出来ましたが、また足が震えてしまいます。
「貴方のことも守るから安心して、みんなで一緒に帰ろう」
背中を押してくれたのは庭師のルーシーさんです。まだ足を踏み出せないでいた私はその言葉を聞き歩き出しました。
「この先に何かいる……」
ティノさんの言葉にびくりと驚き躰が震えます。
「……魔獣じゃない、人だ」
もしかしてリオかもしれない。先程までの不安は希望へと変わりましたが、それもまたすぐに覆されました。私の位置からはまだ良くは見えませんが、そこにいるのは男性2人に女性1人。残念ながら女性の髪は赤くありませんでしたからリオではないようです。
「人の獲物を横取りするとはいい度胸だな」
「いえ、そんなつもりじゃ」
そして、耳に届いたその声は、穏やかなモノではありませんでした。
「見ろや、此処ンとこに剣の跡があんだろぉ?」
「俺達が先に狩ってた証拠だ」
「そう言われても……こちらも魔獣に襲われれば身を守らなきゃ」
「黙れや、それが横取りだっつってんだろぉ!」
「くはっ」
殴られて地面を転がったのは女性ハンターです。なんて酷いことをするのでしょう。
「詳しい事情は知らないけど、この状況は見過せない」
「獲物は仕留めた人のものだよっ!」
よかった、2人が大声を出していたハンターを止めにはいってくださいました。
「もう、大丈夫ですよ」
私は倒れている女性ハンターへと駆け寄り、助け起こそうと膝をついて手を差し出します。
「ぁ、ありがとうございます……ごめんなさい、少し肩を貸していただけますか」
痛みと恐怖の所為でまだ立ち上がれないのでしょうか、私は女性の躰を支えます。
そこで顔をあげて、初めて大声をあげていた男性ハンターの姿が目に入りました。
左腕に大きな爪跡の傷を持つ男と山羊の刺青を入れた男……私とリオが見たハンターです。
そして、傷を負わされ放たれた獣、それって……
「そ、その男達ですっ!リオがダンジョン奥へが追いやられたのは、その男達がっ!!」
思わず声をあげてしまいました。それは理解したからです。私とリオを焔のトラップで分断し、更にリオをダンジョンの奥へと追いやったのはこの男たちの仕業だと。
この女性にしているように難癖をつけるか、手を差し伸べて恩を売るか。どちらにしろ金品目当てで企んだのでしょう。
「この人達、悪い人ってこと?」
「ええ、たぶん……詳しく話を聴かせてもらいましょうか」
2人が男性ハンターに対峙し、この場の空気が更に緊迫します。
「……面倒な相手だな」
「まぁでもよぉ、もう俺らの勝ちだからいいじゃねぇか」
私は戦力にならないとしても人数的にもこちらが有利ですが、刺青の男はやけに自身がありそうな口調です。
でも、2人に任せればきっと大丈夫。それに私が肩を貸している女性だってハンターです。ほら、先程はやられましたが、もう短剣を抜いて身構えようとしています。
「そう……私たちの勝ち、このお嬢ちゃんに怪我をさせたくなかったら武器を捨てなさい」
え……
その短剣の鋭い切っ先が私の首筋に突き付けられ……
甲高い金属音が響いて、短剣が折られて床を滑りました。
「なっ!?」
「そう、下手な芝居を見せられてたって訳」
足が震えて倒れそうな私を支えたのは女性ハンターではなく、ルーシーさんでした。
女性ハンターに拘束され脅しの材料にされるところだった私を救出してくれたのです。
──貴方のことも守るから……その言葉の通りに。
「全員、悪者なんだね」
ティノさんが拳を構えて男性ハンターを睨みます。
「芝居同様に得物も粗悪品か、誰が勝つって?話にならない」
ルーシーさんは短剣を叩き折った変わった剣を水平に構えて女性ハンターに対峙します。
「くっそっ!よくもやってくれたね……」
女性ハンターは急に荒々しい口調に変わり睨みつけます。表情も先ほどまでのか弱い印象とは全く違っています。私はまんまと騙されていました。
「だが、やはり負けるのはアンタらの方だ。」
ニヤリと笑うその表情を見たときには……私達は既に罠に掛かっていました。部屋の中心にいる私達を丸く囲う燃え盛る焔、ダンジョンのトラップです。
「チッ、勝ちはいいがよぉ、赤髪ン時と同じで、これじゃぁまた金になんねぇじゃねぇか」
刺青の男が悪態をつきました……赤髪の時と同じ……私が怯えたのはその言葉です。
「や、やはりトラップでリオを追いやったのは……」
私は震える声を絞り出しました。
「あぁ、赤髪には光る壁ン中に逃げ込まれちまったけどよォ、あそこは魔獣の巣だろ?」
そんな……
「……金にならんことにいつまでも構っていても無駄だ」
爪跡の男はそう言うと、なにやら銀色のモノを唇に当てます、魔道具でしょうか。
…………
私は身構えましたが、身の回りには何の変化もありません。けれど、ルーシーさんとティノさんは不快な表情で耳を塞いでいます。
唸り声がダンジョンに響きました。あの時……リオを別れた時に聞こえた恐ろしい声です。
「ハッ、これでアンタらも魔獣の餌食さ」
女性ハンターは残酷にも傷ついた獣を引き裂き、血を辺りに振りまきました。
「……行くぞ」
「アァ」
「フンッ」
3人のハンターは焔に囲まれた私達を残し、その場から立ち去りました。
「ほ、焔が……」
私達の足元の床に刻まれた溝は2筋の螺旋を描いているようです。焔はその溝を辿り……次第に中心へと燃え移ります。
追い詰める焔……
近づく魔獣の唸り声……
私はここで終わりなのでしょう、ただ震えて涙を流すことしかできませんでした。
せめて……せめてリオは無事でありますように……
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