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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第三十一話 焔の地下迷宮


「ヌィッ!アンジェッ!」

「「ティノッ!」」

 俺とアンジェの姿を見つけたティノが満面の笑みで両手を広げ駆けてくる。抱き着かれたりはちょっと照れるけど、再会をこんなに喜んでくれることは俺も嬉しい。



”きゅぅぅう!!”

「ぐはっ……パ……パレットも久しぶりだね……ぅぐっ」

 あぁ、パレットも置いて行かれて寂しかったよね。パレットはその想いをとびっきりの体当りで伝えてくれたようだ。お、俺も逢えて嬉しいよ、ぅん……

 ぐりぐりと躰を擦りつけるパレット、俺は体当りの痛みを堪えて頭を撫でる。

 隣にはティノとアンジェが再会を喜び抱き合っている。俺もそっちが良かっ……あっ、パレットと抱き合うのが嫌なんじゃないよ?ちょっと、突かないでパレット、痛っ……



 俺達が王都に到着してから5日が過ぎ、手紙で知らせを受けたティノ達も王都へとやって来てくれた。


「アンジェもヌィも怪我とかしてない?ご飯もちゃんと食べてた?」

「うん、大丈夫だよ、ぇへへ。ティノは?」

「へーき、シャーロット達も一緒だったから。でもアンジェとヌィが作ってくれるご飯が食べたいよっ」


「もう驚いたわよ。私達も戻るのが遅れたのに、まだ帰ってないって言うんですもの」

「聞いてほしいっす、もう大変だったんすよ、女王アリが2匹も3匹も現れて」

「まぁ全部、偽物だったんですけどね。女王アリの振りをして巣を乗っ取ろうとしていて」

 ティノのことはガードナーさん宛ての手紙に書かれていたので少しは聞いていたけれど、どうやらシャーロット達も大変だったようだ。



「王都までも大変だったんすよぉ、道中何度も魔獣に襲われて!」

「まぁ、私達に掛かれば余裕だったけどね」

「小物ばかりでしたから。でもあれほど多くの魔獣が街道近くに出没するのは変でしたね」

「でね、なんか青い花がいっぱい咲いてたの。綺麗だったけどなんかね、うーん」

 畑が荒らされたとか、野盗の噂を聞いただとか、他にも道中あったことなかったこと様々な話が飛び出した。でも、こうしてみんな無事に再会出来たんだからよかったよ。


 ティノ達はいろいろあったみたいだけど、俺達だってみんなを待っている間、ただ遊んでいた訳ではない。星の結晶の情報を得る為にギルドの掲示板を見たり、他のハンターに聞き込みをしたりしていた。残念ながら成果はなかったけど。

 後は買い物したり、リオのお茶会に呼ばれたりして……ちなみにフレアも、もう少ししたら王都へやって来るらしい。リオと一緒にヴァレンティーナの授業を受けるそうだ。



「で、王都にいる間はここの屋敷、ルーシーのところにいるって訳ね?」

「うん、ガードナーさんは麦のことがあるから入れ違いでタウロスへ戻るんだけど、ルーシーはリオのお屋敷の庭の手入れがあるからしばらく王都に居ることになったんだ」

 ティノと合流してワイルドフラワーズのパーティメンバーも揃った訳だけど、残る星の結晶の情報を得るまでは王都に滞在するつもりだ。

 その間はルーシーの家にご厄介になるんだけど、ただお世話になるのもと食事の支度は俺達が請け負った。



「ふふん、アタシ達は明日にでも潜ってみようと思ってるっすよ」

「あぁ、潜るって王都にあるダンジョンのことだったんだね」

「ええ、ハンターギルドに入口のある、焔の地下迷宮です」

 以前から王都で潜ると言っていたのは、王都のダンジョンで狩りをするということらしい。

 ギルド建物奥へと向かって中々戻って来ないハンター達が多いのを不思議に思っていたんだけど、ダンジョンへ潜っていたのだとわかって納得した。




「それじゃぁ、私は家に戻るわ」

「またっす」

「では、失礼します」

 日が傾き、立ち去ろうとするシャーロット、カプリス、クロエ。


「うん、ここまでティノとパレットのことありがとう」

「みんな気を付けて帰ってね」

「またねっ」

「うちなら、いつでも来ていいから」

 王都に戻ったシャーロット達はそれぞれの家路につく。彼女達ともここでお別れ、その背中を見送るのは……ちょっと寂しい気分だ。



 |▶▶



「でね、1層の入口近くには獲物がほとんどいないのよ」

「元々、様子見で日帰りの予定だったんすけど、早めに引き上げてきたっす」

「深く潜るには装備にしろ、食料にしろ、それなりの準備が必要なんですよ」

 翌日の昼過ぎにギルドで再会し、そんなことを口々に語るリトルスクエアの面々。うん、同じ王都にいるんだもんね。全然お別れなんかじゃなかった。


 せっかくだからと、午後からは一緒に買い物へ。

 シャーロット達はダンジョンでの野営に必要なあれこれの買い物。でも前回C級品を掴まされて慎重になっているからなのか、なかなか買う踏ん切りがつかなかったみたい。明日、別の店舗の品も見てから決めるそうだ。


 俺はダンジョンでぶちまけてしまった砂糖を購入。それと蜂蜜と押麦、ドライフルーツ。携帯食料としてグラノーラでも用意しようと思っている。ダンジョンで食料が手に入らないかもというのは結構な精神的負担になるからね。固めてバー状にしたら食べやすいかな。



 |▶▶



「ハァハァッ……ぉ、お願い、助けて…………」

 突然、息も絶え絶え駆けこんで来たエディッタ。

 ガードナーさんの屋敷の庭でお茶のついでとシャーロット達にもグラノーラバーを試食して貰っていたんだけど、みんな慌ててエディッタに駆け寄る。


「落ち着いて、エディッタ、大丈夫?怪我は無い?」

「ぅぅ……ゎ、私は大丈夫……で、でも……」

 エディッタは瞳から涙を溢れ出させながら、震える声で言葉を続けた。

「リオが、リオが1人でダンジョンに!!」



 エディッタをなだめながら、情報を聴きだし整理する。


「じゃぁ、リオはエディッタを逃がして、1人で魔獣の群れを避けてダンジョンの奥へ逃げたんだね?」

「……はい」



 王都南東の地下には焔の地下迷宮と呼ばれるダンジョンが広がっている。

 その入口はハンターギルド建物内にあり、そこから潜るには必ずハンターの資格が必要だ。


 リオとエディッタはハンターの資格を持っていない。

 だから当然、ハンターギルドの入口からダンジョンへ潜ることは出来ないのだけれど……


 リオの家、ロッシの屋敷にはギルドとは別に焔の地下迷宮への入口が存在した。

 ロッシ家の者が許可するなら、その入口からダンジョンへ潜ることに何の制約も無い。



 今日の午後、2人は一緒に屋敷の入口からダンジョンへと潜ったという。

 ヴァレンティーナ先生の授業が無く、リオの両親も不在のそんなタイミングで。


 たとえ、ハンター資格は持っていなくとも、2人は貴族の嗜みとして剣と弓の心得がある。第一階層でそこそこの獲物を狩り、左腕に大きな爪跡の傷を持つ男や山羊の刺青を入れた男、そんなダンジョンを探索する他のハンター達と挨拶を交わせば自分達もすっかりハンターになった気分だった。


 その直後だそうだ、小さな獣が足を引きづりながら近づいて来たのは。その傷ついた小さな獣自身には何の脅威も無かった、けれどその血が呼び寄せたのであろう飢えた魔獣達の唸り声がダンジョンに響く。



 そして、そんな最悪のタイミングで、突然現れた焔の壁が2人を分断した。


 シャーロットによると、そのトラップはダンジョンが焔の地下迷宮と呼ばれる所以の1つで、ハンターであれば初めてダンジョンに潜る前に聞かされ知っているモノだと言う。

 だが、そのことを知らないエディッタとリオにとっては致命的だった。屋敷の出口へ繋がる通路へ向かえるエディッタとダンジョンの奥へと進むしかないリオ。

 リオはエディッタ1人を先に戻らせ、自分は魔獣から逃れる為に更に凶暴な魔獣が潜むかもしれないダンジョンの奥へと向かった。



 エディッタは怯えて身を隠しながら撤退したが、その途中で目撃してしまったという。


「小さな獣に傷を負わせ……リオの居る方へ追い立てていたんです……爪跡と刺青の男が」

 エディッタとリオを襲った危機的状況は偶然起こったモノではなく、悪意によって引き起こされたモノだった。


 左腕に大きな爪跡の傷を持つ男と山羊の刺青の男……

 ダンジョンからリオを探して連れ戻すという単純な話では済まないかもしれない。

 けれど……


「おれ達がリオを救う」

「安心してエディッタ」


「ぉ願ぃ……」



 |▶▶



「ここが、ダンジョンへのもう1つの入口か」

 リオの住まう王都での屋敷にある焔の地下迷宮への扉。本来閉ざされているそれは開かれたままだった。


「エディッタ、ここで待っていてもいいんだよ?」

「ううん……道案内は必要だもの、それに……リオの無事な姿を早く見たいから」

 アンジェは心配するが、エディッタは再びダンジョンへと向かう意志を見せる。

 エディッタは震えながらも前へ踏み出し、焔の地下迷宮へと続く階段へと足を踏み入れた。そして、それに続く俺、アンジェ、ティノ、ルーシー、シャーロット、カプリス、クロエ。途中で別れての捜索も視野に入れて総動員だ。




 焔の地下迷宮は石造りのダンジョンで、ガードナーさんの屋敷地下ダンジョンと似た構造だ。壁に蔦は這っていないが、その代わり所々に焔が灯りダンジョンの中を照らしている。灯りの魔道具が必要ないというのは手を塞がれなくて済むし、マナを消費しなくて済むのは助かる。


 焔が灯る壁からは幾筋もの溝が刻まれており、溝は床まで伸びて刻まれている。これが焔の壁のトラップの仕掛けなのだろうが数が多い。すべてが作動するという訳ではないらしいが、これは厄介そう。


 いや、そのトラップは発動しなくても厄介だった。


 その理由は刻まれた溝から漂う石油臭。その所為で俺の鼻は頼りにならない……匂いが嫌なのはティノも同様らしく顔を顰めており、ルーシーも少し嫌そうな表情をしている。



 ダンジョンの第一階層に巣食うのは羊の魔獣が多く、そこに時折ハイエナや豹のような肉食獣の魔獣が姿を現すという。エディットとリオが聞いたのはきっとソイツラの声だ。

 ソイツラはこのダンジョンの生息しているのだから、俺より鋭い嗅覚で獲物を追うのだろう。もしくは別の感知方法かもしれないが、どちらにしろ同じだ。早くリオを見つけださなくては危険だろう。



「ここよ、ここでリオと」

 俺たちの前に立ち塞がる焔の壁。その向こうの床に残るのは傷ついた獣の血の跡だろう。さて、ここから先にどうやって進んだものか。



「少し下がっていて」

 シャーロットが一歩前へと踏み出す。

『驟雨 イムベル』

 振るった剣筋に沿い、大粒の雨がダンジョンに降り注ぐ。雨は壁の焔まで届き、焔の壁の勢いが徐々に鎮まっていく。


「本来ならば、他の場所にあるトラップを解除する仕掛けを作動させるのですが」

「ちょっとした裏技っすね」



「ありがとうシャーロット」

「お礼なんかいいわよ、それより先を急ぎましょう」

 ここに居るメンバー全員が焔の地下迷宮に潜ったのは今日が初めてだったけど、元々王都の冒険者だったシャーロット達はそれなりの情報を持っているようで頼りになる。

 エディッタもシャーロット達をキラキラした瞳で見つめ、躰の震えももう収まったようだ。


「よし、じゃぁまずは床に残った獣の血の跡を辿って進もう」

 俺のその言葉にみんな頷き、リオの捜索の為にダンジョンの奥へと足を進めた。




「これは……」

 追跡の途中で少し開けた空間=小部屋へと辿り着いた。

 この小部屋自体には特に何もなさそうだけれど、部屋の正面と左右に通路が続いている。

 そして獣の残した血の跡は正面の通路へと続いている、いるんだけど……


「光の壁ね、こっちへは進めないわよ」

 シャーロットが正面の通路を覆っている薄いガラスのような光の壁を手の平で叩く。

 透明なので壁の向こうの通路が見えているんだけど、その先へ進むことは出来ない。魔法の仕掛けだろうか、俺達が柱に閉じ込められた時に似ているかも……


「こうゆうとこは湧きポイントとも呼ばれてるっす」

「ダンジョン内に何か所もあって、魔獣は光の壁の向こうから来るらしいですよ」

 獣だけが通れる壁か……この先には魔獣の巣でもあるのだろうか。


「じゃぁ獣は正面へ逃げたんだろうけど、リオは左右のどっちかだね」

 ティノの言葉にみんなが頷いた。



 魔獣も獣を追って正面へ行ってくれたのならいいんだけど。そして出来れば戻って来れないように、この壁が閉じ込めおいてくれないかな……


 そんなことを思い、何とはなしに光の壁に手を伸ばす。


「ゎう!?」

 魔獣を閉じ込めるどころか、伸ばした俺の手が光の壁を擦り抜けた……



「えっ?ちょっと、何やってるの!?」

 それを見たシャーロットが驚愕の声をあげる。


 俺も驚きながらも、ゆっくりとその手を戻し……うん、戻せる、よかったぁ。そして再び壁に……うん、擦り抜ける。

 何度かゆっくり手を動かしたあとで、少し思い切った。


「ぅう、えいっ!」

 目を見開き、口をポカンとあけたみんなの姿が光の壁の向こうに見えた。



 今度は更にドキドキしながら再び光の壁へ……


「えいっ!」

「よ、よかったぁ」

 うん、俺はこの壁を自由に擦り抜けられるようだ。でもそれって……


 俺が獣や魔獣に近いってことかな? ぅう、ちょっと複雑な気分。



「通れないのが普通っすよね?」

「ええ、ヌィがちょっとおかしいんです」

 カプリスが光りの壁を叩くがやっぱりダメ。続いたクロエも同様だ。


 壁に手を伸ばしたティノに、もしかしてと俺は注目する。

「うーんダメみたい」


 ケモ度ではティノの方が高い気がするんだけど、光の壁は通り抜けられないみたい。どうして俺だけ通れるんだろう?いや、今はそんなことに頭を悩ませている場合じゃないか……



「おれしか通り抜けられないなら、どっちにしろリオは左か右へぇええ? アンジェ?」

「わたしも通れるみたい」

 再びみんな目を見開き、口をあけ、光の壁の向こう側に居るアンジェの姿を見つめた。




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