第三十話 ホームパーティ
「ごめんなさい、急に時間を変更して早く来ていただくことになってしまって」
「ええ、早く来ることは別に良かったんだけど……」
申し訳なさそうな顔をするリオだが、ルーシーはこの状況に戸惑っている。いや、ルーシーほどではないけど、俺とアンジェも戸惑っている。
リオに招待されていたロッシ家の庭園でのお茶会は、急遽時間を変更して欲しいとの連絡を受けて、こうしてお昼に伺うことになった。
そこでどうして俺達が戸惑っているかというと、それは参加者の多さだ。えっと……何十人いるんだろう……
これはお茶会というよりはホームパーティという感じだろうか、そんなパーティの隅っこに俺達もお邪魔することになった。
うーん、これだったら本当にドレスでもよかったかもしれない。それほど格式ばった感じでもないので今の恰好でも平気そうではあるんだけど。
「あ、先生っ、こっちです」
リオに先生と呼ばれた女性がこちらへと近づいて来る。ダークブラウンのショートボブと袖の短いシャツにハーフパンツというスタイルが活発的な印象だ。
そんな一見すると貴族というよりハンターよりなスタイルだが、衣服の品質や着こなし方を見るとやはり貴族なのだろうということがわかる。
「私の友人のルーシー、ヌィ、アンジェです」
リオが俺達を紹介するが、先生と呼ばれたその女性はこちらを見るなり、眼を見開き何かに驚いたような表情を見せた。
「フフフ、びっくりしました?」
リオはいたずらが上手くいったというような表情で笑う。
「ヴァレンティーナ」
先生と呼ばれた女性の名を呼んだのはルーシー、どうやら2人は知り合いだったようだ。
「え、ええ、久しぶりねルーシー、こちらの2人は……初めましてね」
気を取り直した女性は少し身をかがめて挨拶をする。
「ヴァレンティーナ・ランドルフです。リオの家庭教師をさせていただくことになったの」
フレアも王都で師に着くと言っていたが、どうやらそれは彼女のことのようだ。
「初めまして、リオの友達のアンジェです、こっちはヌィです」
「どうも、ヴァレンティーナさんとルーシーは知り合いなんですか?」
「ええ、私はタウロス出身なの。ルーシーとはお隣さんの幼馴染っていったところね」
タウロスの街でも王都でも2人の家はお隣さん同士らしい。微笑みあうヴァレンティーナさんとルーシーは仲の良い姉妹みたい。
「ねぇ、リオ。騎士団長ヴィルヘルム様の妹君にそちらの方々はハンターですよね、私にも紹介してくださらない?」
「フフ、エディッタはせっかちね。もちろんそのつもりよ」
「だって楽しそうにお話しされているのを見ていたら待ちきれなかったのです」
リオとそんな気の置けない会話を交わすドレスの少女。ライトブラウンの長い髪が揺れる。
「エディッタ・テイラーです、どうか仲良くしてください」
スカートを摘み、少し腰を沈めた貴族っぽい挨拶でエディッタは微笑んだ。
「エディッタはハンターに興味があるんですって、ちょっとおてんばよね、フフフ」
「だってリオが冒険話を自慢するんですよ。ねぇ、貴方たちがリオのお話のハンターなんでしょ?」
きっとリオーネ炭鉱での試練のことだろう、それって俺が百足毒にやられた格好悪い話が知られてるってことだよなぁ……
「おまけにヴァレンティーナ様を先生にお迎えするなんて、リオばかりズルいです」
「私はそれほど大層な者ではないですが、でも、そのご期待に応えられるようにリオには厳しく指導いたしましょうか」
「まぁ」
そんなお嬢様方の会話が続く、内容がお嬢様らしいかは別だけど。
「それと羨ましいと言えばリオのそのドレス、とても素敵です。皆様もそう思いません?」
「うん、ここのフリルとか、かわいいね」
アンジェも楽しいそうに話に加われているようでよかった。残念ながら俺は益々話に参加できそうにないけど。
どこか手持ちぶたさな俺は、なんとなくパーティ会場を見渡す。中心辺りにいるのがリオの両親だろうか、リオはお父さん似かな。
「リオのお父様とお話されているのはロイドさんでしょう?ということはこちらのドレスは」
「ええ、グレイバック商会の品よ、ロイドさんから是非にって。お母さまもご自分のドレスを早くお披露目したかったみたいで、急にこんなパーティを開くことになったの」
なるほど、ご婦人方のお付き合いは大変そうだな。
だけど、俺が気になるのはドレスより、最近よく聞くその名前の方……グレイバック商会。
アッシュの髪をオールバックに、ダークグレーのスーツを着た渋い男性。微笑む目には油断できない鋭さが隠されているように感じる。
「あぁ、素敵なドレスですわね」
「えぇ、やはり新しいモノは目を惹きますもの」
そんな会話が耳に届く。
「確かに目は惹きますが……新しいモノが全て良いモノばかりとは限りません」
「そうなんですの?」
「ええ、随分と劣悪な舶来品が出回っているそうで……という訳で安心安全なメイヤーズ、当店を是非御贔屓に」
「まぁ、お上手ですこと」
気になって聴いていたが、ただの商人の売り込みだった。でも王都でも質の悪いモノが出回っているのか……
「まぁ、そんなに見つめられたら照れます」
気になってリオのドレスを見ていると、リオは顔を赤らめてそっと胸元に手をあてる。
「もうっ、ヌィったらっ!」
「いやらしい……」
アンジェは頬を膨らませ、ルーシーは目を細め俺を睨む。
「ち、違っ」
どうしよう、あらぬ誤解をされてしまった!?
「ほらっ、昨日は買い物に行ったけど、あまりいいドレスがなかったでしょ?アンジェとルーシーもこんなドレスなら似合うんじゃないかなってさ」
「ぇへへ、そうかな」
「……ふ、ふーん」
えっと、弁解できたのかな?
「当店の商品にご興味をお持ちいただきありがとうございます、よろしければ是非とも本店へおいでくださいませ。入荷したばかりの自慢の商品を数多く取り揃えておりますよ」
そんな言葉を向けて目を細めるダークグレーのスーツの男。ロイド・グレイバック……いつの間にこんなに近くに。
「あら、商機を逃さないその手腕、さすがグレイバック商会の腕利き若旦那様です。ではこの後、早速伺わせていただきます。ねぇ皆さんもご一緒してくださるでしょ?」
エディッタのその返答で、いや、違うな……俺の言い訳の所為で、グレイバック本店へ行くことになってしまった。
|▶▶
「わぁ、かわいぃ、お花みたい」
「えぇ、このドレスは花をイメージしていまして、立体的な縫製で膨らみをだしています」
「生地もしっかりしているし、裏地は柔らかくて特に肌触りがいい」
「ええ、生地の織り方が違うんです。一目でお気づきになるとはお目が高い」
「やはりお伺いして良かったみたいです」
商品はどれもデザインも品質も良いモノで、出回っているC級品とは全然別物だった。ここが王都の本店だから特別なのだろうか。
「ど、どうかしら」
白に蒼のアクセントが目を引く細身で直線的なシルエットのドレス。華美な装飾のないシンプルさが綺麗だ。
「似合ってるよルーシー、可憐なお嬢様だね」
「そ、そう……」
では購入させていただきますとあっさり決め、ルーシーはお直しに戻っていった。
「アンジェさんも試着されたらいかがでしょうか?」
「うーん……わたしは着る機会もないし、あまり余分な荷物は持ち歩けないから」
「ドレスの数着くらい、王都のうちの屋敷に置いておけばいいって」
「アンジェのドレス姿見せてよ」
「う、うん……じゃぁ試着だけなら」
遠慮していたアンジェだが、周りから少々強引に進められてドレスを試着した。
トップスはタイトで、白に近い淡い色合いの生地。胸元には重ねられた艶やかな生地のラインが煌めく。ふわっと広がるスカートは幾重かに重ねられ、その淵を少し透けた生地が飾る。
──綺麗だ……御姫様みたい。
「う、うう……」
ドレス姿のアンジェは顔を赤らめて俯く。
「ゎう、ぇっと……似合ってるよアンジェ」
「ぁ、ありがと……」
試着だけならと言っていたアンジェだが、この様子だとドレスが気に入ったみたい。
よし、ここは奮発して俺がなんとかするか。
「もし、こちらのドレスを贈られるつもりであったら、大変申し訳ないのですが……」
と、ここで店の奥から現れたロイド・グレイバック、こちらの顔を伺いながら眉を寄せる。
もしかして既に先約が決まっていたのだろうか。もしくは俺達にはとても手が出せるような金額じゃないとか……あぁ、ありえるかも、分割払いとか出来ないかな……
「あ、はい、わたしはいいです……試着出来ただけでも嬉しかったし……」
「いや、でもアンジェ」
「こちらは私、いやグレイバック商会から贈らせていただきます」
「「え?」」
予想だにしないその言葉に俺とアンジェは目を見開く。
「海獣殺し……港町レガーレでケートスを倒したワイルドフラワーズのお二方ですよね」
「まぁ、ケートスを!?」
「えぇ、お陰で船は無事港に着くことが出来、こうしてこのドレスもここにあるのです」
そんなことを言いだしたロイド。それに驚くエディッタ。
それに対する報酬はきちんと貰っていると主張したが、やり手の商人の言葉には抗えず、なんだか言いくるめられてドレスを貰うことに。
「ドレスを気に入って頂けましたら、これより、どうぞグレイバック商会を御贔屓に」
最後はそんな言葉で締めくくられた。
商人らしい狡猾さはあるだろうが、この行動と笑みを好意的に受け取っていいのかな……
ロイド・グレイバックとは、どのような人物なのか。僅かな接触では俺に見抜くことは出来なかった。
「申し訳ございません、エディッタ様。用意したドレスはお気に召さなかったでしょうか」
ルーシーとアンジェにドレスを進めるも、自らは選ぶ素振りを見せないエディッタに対し、店員さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいえ、気になさらないで。私の買いたいモノは本店では扱っていないのですから」
そう言って店を出たエディッタは、本店の隣に並ぶグレイバックの別店舗へと足を向ける。
「ぶ き ・ ぼ う ぐ せんもん てん?」
「えぇ、次はこちらで皆さまが私に似合う装備をコーディネイトしてくださらない?」
エディッタは目を輝かせながらちょこんと首を傾げ、いたずらっ子のように微笑んだ。
「私、近々狩りに赴くつもりなのです」
|▶▶




