第二十九話 ホーム
「あぁ、空気がおいしぃ……けほっ、こほっ……」
「大丈夫?ヌィ」
床から顔を出した俺は新鮮な空気を思いっきり吸い込み……咳き込んだ。空気は新鮮だけど床は埃っぽかった。アンジェが心配そうに俺の背中をさする。
「ここは……」
「誰かのお家の中?」
顔を顰めて辺りを見渡すルーシー、首を傾げるアンジェ。
ダンジョンの階段を上って辿り着いたのは薄暗い板壁の部屋。どこかの御屋敷の広い物置部屋という感じだ。
薄暗い部屋に一筋の光が差し込み、軋む音を立てて扉が開き、誰かが部屋に入って来た。
「おっ、御爺様?」
「ルーシーか!?どうしてこんな所におる……」
咄嗟に警戒して身構えたが、扉から姿を現したのはルーシーの祖父、ティノの師匠のガードナーさんだった。
「ここってルーシーの家?」
「う、うん、そうなんだけど……」
肯定の言葉に俺はそっと胸をなでおろす。よかった、ダンジョンを脱出できたのは良いが、いきなり家宅侵入で捕まったりしたらどうしようかと思ったが、その心配はなくなった。
だが、安心した俺とアンジェとは反応の違うルーシー。まだ驚愕の表情で落ち着きがない。自分の家だろうに……いや自分の家にダンジョンの出入口があったらびっくりもするかな。
「ひとまず、倉庫になんぞいないで外へ出るか」
「え、ええ……」
ガードナーさんの言葉に頷くがどこかぎこちないルーシー。俺とアンジェも後に続いて外へと出た。
眩しい陽の光を浴び、埃っぽくない新鮮な空気を吸って改めて地上に戻ったことを感じる。そこには緑の庭園が広がっており、植え替えでもするのだろうか掘り起こされ根を包まれた樹々が並べて置かれている。
少し遠くを見渡すと立派な家々が建ち並び、一際目を引く大きな建造物……え?あれ?
「ここって……ルーシーの家だよね?」
俺は目に映る光景に疑問を抱き、再び同じ質問をした。
「ええ、私の家……王都にある方の……」
「「え?」」
あぁ、あの立派な建物はやっぱりお城か。
俺とアンジェはルーシーが驚いていた訳を初めてここで理解して遅れて驚くことになった。
何しろ南西の端に位置するタウロスの街のダンジョンに入り、出て来たら王都にいたんだから。ダンジョンの中を結構うろうろ探索したとはいえ、王都に辿り着くほどの長距離は歩いていないはずだし。
「それで、改めて聴くがどうしてこんな所におる……」
「わ、わからない、タウロスで植物園の地下に潜ったはずなんだけど……」
要領を得ないルーシーの返答にガードナーさんが困惑する。
「あの柱……ポータルで王都の地下まで飛ばされてたんだよ」
「なんと、そんなモノが植物園の地下にあったのか」
アンジェの言葉にガードナーさんは驚いたが、すぐに納得したような表情をみせた。
てっきりエレベーターくらいに思っていたあの柱。それがこんなに遠距離を移動させるものだったとは……
今回は脱出に数日かかったが、道順がわかっていて戦闘に苦労しなければ、歩いて数時間で移動できると思う。普通ならタウロスから王都までラプトルで数日かかる距離だろうに。
「うむ、調査をせねばならぬだろうが……ひとまず、このことは口外せぬよう、内密に頼む」
「「「は、はい」」」
ガードナーさんの言葉に了承の返事をする。
タウロスの植物園と王都の屋敷、どちらもガードナーさん管轄のモノだ。噂を耳にした怪しい者に侵入されたりしたらたまらないだろうし。
まぁ、なにはともあれ、柱に跳び込み2日とちょっと、俺たちは地上へ無事に戻って来た。
「まぁ、今はゆっくりと休養するといい、ルーシーも2人を客室に案内したら休みなさい」
王都ではガードナーさんの屋敷でお世話になることになった。
それとティノからガードナーさんへ手紙が届いたそうだ。何か街の人からの相談らしいが、その手紙への返事に俺達の伝言も同梱して貰った。
手紙では俺たちが無事なことを伝え、パレットの曳く竜車で王都まで来てくれないかとお願いした。シャーロット達の都合が悪ければ、俺達が乗合竜車でタウロスに向かうことになると思うが、どちらにしろティノからの返事を貰うまでは王都でのんびりしておこうと思う。
あ、それと手に入った蔦の蜥蜴の皮とバジリスクの皮をレイチェルへと送った。俺達が星降りの街を離れてからはそれほど革素材が手に入っていないんじゃないかな。これで少しでも革細工の練習に役立てばいいんだけど。
加えて宝箱から手に入った白い籠手はハンナへ。これはプレゼントじゃなくてアンジェ用に改造して貰う為だ。ちょっと思いついてお願いしたんだけど、上手く改造出来るといいな。
|▶▶
「ルーシーこれから何かするの?」
「ん?ええ、御爺様の手伝い。庭にタウロスから送った樹々が届いてたでしょ」
作業着姿のルーシーにアンジェが声を掛ける。ダンジョンから帰還した翌日なのに休んでいられないのだろうか、庭師というのも大変らしい。
「あの樹を全部植えるの?良かったらおれも手伝うよ、他にやることもないし」
「うん、わたしもっ、お世話になってるだけっていうのも悪いもの」
「うーん、気にすることないのに」
樹々は南東端の御屋敷に植えるらしく、まずはそこまでの運搬作業だ。
樹々を荷台に載せ、王都の街の外周を曳いて歩く。
リオーネ、レガーレ、タウロスと廻って旅をしたが、思っていたより早く王都に戻って来れたなぁ。
結局、甲品質地属性の星の結晶は見つかられなかったのだけれど、植樹が終わった後に不要となったモノをガードナーさんから譲ってもらえることになった。ティノとワイルドガーデンの皆が困ってるんだから遠慮するなと言われれば断れない。
これで無事、南にあると聞いていた星の結晶は手に入れることが出来た訳だ。
残りは後2つ風と水属性だが、それについてはまだなんの手がかりもない。王都で何か情報が手に入ればいいんだけれど……
「着いたぞ」
そんなことを考えながら荷台を曳いていると、ガードナーさんが目的地への到着を告げた。
「あれ、ここってハンターギルドだよね?」
到着したのは王都ハンターギルドの裏手、訓練場の端だった。
「ええ。でもここはあそこに見えるお屋敷の敷地内、ギルドが場所を借りてるんだって」
ルーシーが指す先には大きなお屋敷があり、そこまで広い庭が広がっている。ギルドの建っている場所も含めて全てがお屋敷の敷地だそうだ。
ということは、相手はかなり身分の高い貴族とかだよね。気軽に手伝いについて来たけど、失礼とか無いように注意しないとだなぁ。
「今までは他所で暮らされてたお屋敷のお嬢様がこちらに住まわれるそうでな」
「それでお庭が丸見えってのは宜しくないってことみたい」
なるほど、それで生垣のような樹々の壁を作るらしい。
確認すると壁はもうほとんど完成していて、残るは今回運んだ樹々を植えるだけのようだ。
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「よいっしょっ、ふぅ……」
荷台で運んだ樹々の植樹が終わって一息つく。
「樹が根を張るまでは時折様子を伺いに参りますが、まずはこんなものでいかがかな」
「ええ、立派なお庭ですわ、ありがとうございます」
俺たちが荷台へ道具を片付けていると、背後のガードナーさんが交わす会話が耳に届いた。
聞こえたお礼の言葉は品が良いかわいらしい声、わざわざお嬢様自らお越しになったのだろうか。
「あら、もしかしてヌィとアンジェ?」
「「え?」」
急に名前を呼ばれて揃って振り返えると、そこには燃えるような赤髪の少女の姿があった。
「リオ!?」
「やっぱり、ヌィとアンジェだったわね」
名前を呼んだアンジェにリオは微笑む。
「リオがお嬢様だったの!?」
「むぅ、今までそうは見えませんでしたか?」
「いや、違っ、リオは綺麗で清楚でお嬢様だよ。俺が言いたいのはそうじゃなくて」
「ウフフ、それは嬉しいですね、ありがとうございます。怒ったふりです、冗談です」
頬を膨らませ顔を背けるリオの態度に焦ったが、どうやら俺はからかわれたらしい。
「2人ともロッシ様のお嬢様と知り合いなの!?」
俺達のやりとりを呆然と見ていたルーシーが尋ねる。こんな王都に豪邸を持つ大貴族の知り合いがいるなんて思わないよね、俺も思わなかった。
「うん、タウロスに行く前、リオーネの街で知り合ったの」
「リオの従兄のフレアとは元々ハンター講習で一緒だったんだ」
「ルーシーとはタウロスの街で知り合ったんだよ」
「ガードナーさんはルーシーの御祖父ちゃんで、ティノの師匠なんだ」
リオとの出逢いをルーシーに説明し、ルーシーとガードナーさんのこともリオに話す。リオはとても興味深そうに旅の話を聴いて来た。
「いろいろあったようですねぇ、出来ればもっと詳しくて聴かせてくださいな。と言うことで……ルーシーさん、私ともお友達になってくださいませんか」
「え、ええ」
いきなりフレンドリーなお嬢様にルーシーはちょっとドギマギしてる。
「そうだ!こうして綺麗にしていただいたお庭があるんですもの、ちょっとしたお茶会なんてどうかしら? ええ、それがいいわ、何時ならご都合よろしいでしょう?」
「え、ええっと?」
ルーシーは俺達とガードナーさんに助け舟を求めるように振り返る。
その様子を微笑ましく見守るガードナーさん。そこでアンジェが助け舟を出し、一緒に明日の午後開くお茶会に参加することとなった。
「ちょっと、何を着て行ったらいいと思う?そもそも着替えがないんだけどっ」
お屋敷を離れてルーシーが口を開く、初めて見せる先程からの慌てようがかわいい。
「わたし達も着替えが無いから一緒にお買い物に行く?」
「ええ、お願いっ」
と言う訳で、一緒に王都の商店でのお買い物となった。
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「まぁ、なんて可憐なお嬢様でしょう。美しい貴方に御似合いの新しく入荷したばかりのドレスがあるのですが、御覧になってはいかがでしょうか」
「え、いやそんな……どうしよ」
女性店員の少々強引な接客にルーシーは戸惑いを見せている。
買いに来たのは進められているような高価なドレスではなくて、狩りにも出れるような服装でちょっと質の良いモノをと思ってたんだけど、まぁ見せてもらうくらいはいいか。
「こちら舶来の品で、西のルセットの新しいデザインのドレスでして」
「……はっ!」
その言葉でルーシーが我を取り戻した。買うつもりはないはずだけど……その瞳が真剣にドレスの鑑定を始める。
「ここ、縫製がアマい」
「え!?」
「ほら、ここも見てこんな型じゃすぐに生地が擦れてしまうし、そもそも生地の質も……」
「え!?いやそれはですね、ええと……」
一気に形成が逆転した。店員さんは俺達に救いを求めて視線を送ってくる。
ちょっとかわいそうな気もするけど、質の悪いのをわかってて進めたんなら悪いのはそっちだし、わかってなくて進めてたんだとしてもやはり店員としてはどうなのかなと思う、うん。じゃぁ放っておいていいか。
「ル、ルーシー、今日はドレスを買いに来たんじゃないから、ほら、他を探そう」
「そうだった」
アンジェのフォローに店員さんがほっと息を吐いた。
結局、それぞれ無事に服は買えたんだけど、またも出くわした質の悪い舶来品が少しきにかかる。もしかして……それらはみんなグレイバックが仕入れたモノなのだろうか。
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