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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第二十七話 輔車相依る


『Zamorozit'/凍結/フリーズ』

「はい、どーぞ」


「んふふ、ありがと」

「ヌィ、お疲れ様。採取はわたし達でやるから」

 そう言ってルーシーとアンジェはアサシン・ヴァインから凍り付いた房をもぐ。

 思いのほかフローズンヴァインがお気に召したらしい。



「あ、あっちにもあるよ」

「待って、アンジェッ」

 アンジェを引き止めようとしたが既に遅く、相手にこちらの存在が気づかれてしまった。


 地面を這うアサシン・ヴァインの蔦……の塊。だが、その動きは動物的だ。


「むっ、ヴァイン・ホラーか、いや、シャンブリング・マウンド?」

 ルーシーがその蔦の塊の名をを口にする。

 どちらが正解かは知らないが、とにかくソイツは地面を四足で這うような蔦の怪物だ。

 残念ながらじっくり観察する余裕をくれる訳もなく、ソイツはいきなり襲い掛かってきた。


 蔦の塊が揺れ、伸びた蔦が鞭のように襲い掛かる。

 鞭が地面を打ち付け、土埃があがった。


「蔦自体はアサシン・ヴァインっぽいんだけど……」

 まだそんなことを言いながらもルーシーはマチェットで襲い掛かる鞭を刈る。


「でも生ってる房の色が他のより鮮やかだよ?」

 剣で薙ぎ払うアンジェもそんな感じだ。


 伸びた蔦を刈るが、すぐに新しい別の蔦が伸びて唸る。

 俺の氷魔法は近づかなくちゃダメだから使えない。

 でも、コイツを相手に戦うこと自体はそれほど苦ではなさそうかな。


 Gyaaaaaaar!


 アンジェの振るった剣が本体に届き、ソイツは大きく口を開け悲鳴をあげた。

 蔦の合間から見えた鋭く並んだ歯は恐ろしいが、やはり中身は何か別の生物のようだ。


 よし、じゃぁ俺も……

 腰からふれいむたんを抜き、握った束にマナを籠める。

 襲い来る蔦の鞭を躱して一気に近づき、本体があると思われる深さまで斬り駆け抜けた。


「あぁぁ、勿体ないから燃やさないでっ」

 ルーシーはそんなことを言うけど、水分を含んだ蔓はそう簡単に燃えたりしないだろう。それくらい庭師のルーシーならわかると思うんだけど。


 Gyeeeeehhhhh……


 と、思っていたがソイツを覆っている一部分が燃え始めた。え、もしかして枯れた葉や茎に燃え移った?


「ほらぁ、ヴァインとは違う植物も混ざってて、あちこちからヤニが出てるから」

 あぁ、松ヤニって着火剤や松明に使うっていうし同じようなモノなんだろうか。

 言われてみれば、そんな匂いにも気づく。


「ご、ごめん次から気を付ける」

 俺の耳は垂れて尻尾も下がる。


「大丈夫だよっ、まかせてっ」

『Vody Tyur'ma/水獄/ウォータープリズン』


 おぉ、アンジェの放った魔法が炎ごと、蔦の塊を飲み込んだ。

 ゴボゴボと苦しそうに溺れて悶える、蔦の塊。植物がおぼれているような奇妙な光景だけど、これで勝負はついただろうか。




「正体は蜥蜴だったみたい」

「あぁ、これってフォレストリザードのすごい育っちゃったヤツかなぁ」

 観察していたアンジェに、俺は自分の腰のバッグに使われてる革を確かめながら答える。


 それならば、そのお肉は確か鶏肉みたいな味だし、皮も利用できると喜んだ。

 けれど、残念ながらそう上手くはいかなかった。



「ゎぅっ、こんなとこまで根がギッシリ張ってる」

「なんか硬そう……」

「うーん、お鍋があれば煮込めたかもだけど」

 蔦や植物の根はその肉に深く細かく根を伸ばしており、取り除くには骨が折れるだろう。


 植物繊維が豊富そうなソレはそのまま食べたらきっと硬くて味気ない。アンジェの言う通り煮込めば、柔らかくなり味を染み込ませることで良い食材に化ける可能性はありそうだけど。

 それに皮の方も根が這い穴だらけ。表面を植物で覆っているだけのフォレストリザードとは大違いだ。


「ぅえ、にっがいっ……次からは遠慮なく燃やして……」

 ルーシーが頬ぼった果実の方もダメだったらしい。うーんやっぱり土壌(蜥蜴)が変わると味も変わるモノなのかな。


 蜥蜴のことは早々に諦め、俺たちは出口探索に全力を注ぐことにした。



 ▶▶|



 蔦の絡んだ螺旋の階段、それを見つけるにそれほど時間は掛からなかったと思う。

 手に入れた食料はまだアサシン・ヴァインの果実のみ。宝箱も見つけられなかったけど、脱出を優先しようと上層への階段を上った。



「わぁ、これって彫刻?」

 アンジェがぱちくりと瞬きをして辺りを見渡す。

 階段を上るとそこは大広間、神殿かそれとも美術館か、なんとも判別しきれない不思議な光景が広がっていた。


「すごい、本物みたい……」

 指先を滑らせ感嘆の声を洩らすルーシー。

 壁や柱には蔦植物のレリーフが施され、所々に躍動感のある鼠の像なんかも飾られている。


 そんな装飾は壁ばかりでなく、この大広間中に彫像達が飾られていた。一番多いのは逆さになった氷柱の様な無数の柱。他に大型の魔獣が吠えていたり、大剣を手にした剣士が構えていたり、どれも写実的で精巧な造りだ。


「でも趣味は悪いかなぁ」

 うん、だってどの像も苦しそうな表情をしている。




「わっ、びっくりしたっ」

 驚くアンジェ。ガサリと鳴った音は葉の擦れたモノで、葉を揺らしたのは鼠だろうか、小動物の走り去る姿が見えた。どうも彫刻だけでなく本物も居るらしい。


「え、えぇっ、こっちに来る!?」

 鼠の群れがこちらに向かい押し寄せる。俺はアンジェを抱き寄せ避ける為に脇へ跳んだ。

 鼠の群れは……俺達には見向きもせず、そのまま階段へと駆け抜けた。ふぅ、こっちを襲って来た訳ではないみたい。



「私のことは庇ってくれないんだ?」

 何故か少し頬を膨らませ顔を背けるルーシー。いやルーシーってば身軽だし、全然自分で避けられてたでしょ?



 Grrrrrrrrr……


 広間に響く唸り声。その音の源は鼠の群れがやって来た方向からだ。どうやら鼠たちはこの唸り声の主から逃げて来たらしい。


 地面を這い姿を現した声の主。

「うーん……また蜥蜴?」


 だが、その巨体はフォレストリザードや蔦の蜥蜴の比ではなかった、月の神殿のフラッドクロコダイルよりもデカい。地を這うように躰を動かし、8本の脚がそれを支える。

 頭には王冠の様にも見える棘と模様。重そうな瞼の下には獰猛そうな眼が僅かに見える。


 鼠の群れがあれだけ必死に逃げていたのは気になるが……こうなったら戦うしかない。

 俺は怪物の正面に立ち、腰に差したナイフを抜いて身構える。

 這うような体勢の蜥蜴の腹を狙うのは難しいだろう、それでは目を狙うか脚を潰すか。

 ジリジリと間合を詰めつつ、攻撃の機会を伺う。



 重そうな瞼がピクリと動いた。その目が見開かれた時がチャンスか……

 俺は駆けだそうと脚に力を籠める。


「ヌィ、ダメッ!脇に避けてっ!!」

 耳に届いたアンジェの声に反射的に従い、俺は左へ転がる様に跳んだ。


「ぅわぅっ!?」

 ビシビシと音を立てて地面を走る衝撃の波。地面から迫り出す石の牙。

 部屋に沢山ある逆さ氷柱の石像はこれ!?


「気を付けて、地属性の魔法だよっ」

「喰らったら大怪我だったな」

「ううん、たぶん周りの魔獣や人の石像みたいに……」

 あの攻撃を喰らったら石にされるっていうのかよ……


 アンジェのお陰で助かったけれど、ヤツを倒す方法がわかった訳じゃない。

「くっ、どう戦ったらいいんだ……」




「はぁっ!!」


 Gyeeeeeeehh……


 静寂を破って突然響いた気合の声と蜥蜴の苦痛の声。

 それはルーシーが放ったマチェットの一閃。ヤツの左後ろの1脚に大ダメージを与えた。


「バジリスク……確かに厄介な相手だけど、何も1人で倒したい訳じゃないんでしょ?」

 俺は口角をあげたルーシーとそれに頷くアンジェに目線を向ける。

 あぁ、そうだった。何も1人で悩むことはない、俺達3人で乗り切ればいいんだ。


 そう気付いた時だった。

「ルーシー後ろっ、防いでっ!!」


 再び叫ぶアンジェ。


 その声にルーシーは、しゃがみながら背後にマチェットを振り上げる。

 鈍い音をたててマチェットがぶつかったのは背後にあった石像。それは蝙蝠の羽を持つ悪魔の様な石像だ。



「脅かさないで、ただの石像……じゃないみたいっ」

 気づいたルーシーはその石像から離れ距離をとった。


 石像の羽が……動き……羽ばたき、石像は宙に浮かび上がる。

「ゎうっ!?」

「気づかなかった……ガーゴイルが紛れているなんて」


 どうやら俺が1人でないように、敵も1匹ではないらしい……




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