第二十六話 ポータル
「ルーシー、アンジェいるよね?怪我はない?無事?」
暗闇の中、感覚を澄ます……二人の呼吸が聞える、血や魔獣の匂いはない。
でも、声に出して確認せずにはいられなかった。
「う、うん居る」
「大丈夫だよ、ヌィ。わたしも一緒、ここに居る」
「……よかった」
返って来た言葉にほっと胸を撫でおろした。
「えっと、部屋の灯りが消えた……という訳ではないでしょ?」
「ダンジョンのどこか、深いところに飛ばされたとかじゃないかな」
「うん、ヌィの言う通りどこかに飛ばされたんだよ、あの柱はポータルだと思う」
ポータル……転送装置ということだろうか。エレベーターのような物理的な仕組みとはちょっと違うのかな。ということは掛かった時間から移動した距離は測れないということか、どれくらい深い階層まで飛ばされたのだろう……
「ごめん……巻き込んで」
暗闇の中、その姿が見えなくてもルーシーが肩を落としているのはわかる。
「おれは自分で跳び込んだんだ」
「わたしは自分で跳び込んだの」
「ありがと。今は落ち込んでる場合じゃないのはわかってる、失敗の分は取り戻すから」
そう言いながらルーシーは魔道具の灯りを灯す。その瞳に憂いはない、気持ちの切り替えは早いようだ。
「とりあえずこの部屋は安全そうかな」
石造りの小部屋、暗転する前にみた牛の石像はない、正面には金属製の扉、その先はどうなっているのか気になるが、まずは……
「探索に出る前に装備の確認をしておこう」
月の神殿の時は運よく持っていたブレンダの装備のお陰で助かったけれど、今回は日帰り探索の予定だったので持っている装備は少ない。二人も頷き、それぞれ確認を始めた。
「おれの装備、まず武器はナイフ2本、ふれいむたんで肉を焼くことくらいは出来るかな」
武器に調理道具に灯りにと便利に使えるふれいむたん。これで食べられる獲物がいれば簡単な調理は出来る。
「薬類は小瓶で傷薬3本、毒消し3本」
それと空き瓶1本と、月の神殿で手にいれたあるモノ1本。どこかに使い道があるのかわからないが薬と一緒に腰のバッグに常備している。
「ついでにこっちの小瓶は調味料。塩、胡椒、砂糖、それと油」
「へぇ、なんでそんなもの持ち歩いてるの?」
「まぁ、前に同じような状況に陥った経験上?」
「ヌィはお料理上手なんだよっ」
まぁ、未知の食材に出会った時、俺だけ苦手で食べられないというのを避ける為もある。
単に美味しい料理を食べたいだけかもしれないけど。
「あとは水筒に、小さめのテーブルクロスに、蜂を狩る時に使ったワイヤーが少し」
それとバッグ自体と採取袋。こんなものかな?……残念ながら鍋や食料の類はない。
「わたしはロングソードと弓、矢は少なくて20本くらい」
アンジェは魔法だけでなく剣と弓も装備している。だが動きやすさも考慮して軽装備だし、持ち歩く矢数も少ない。
「あとはお塩と胡椒と香辛料。小さいナイフとフォーク3本。それと水筒」
「ぷっ、アンジェも調味料持って歩いてるんだ」
「アンジェこそ料理上手だから」
調味料はハンターが持ち歩く必需品ではないだろうけど、アンジェも常備してるみたい。
「あ、これ使って」
俺とルーシーに渡されたのはお財布用のホルダー、手に入れた地属性の星の結晶をそれぞれ首から下げた。
後はハンカチとか小物類があったくらいだろう。
「武器になるのはマチェットに、シックル、スコップとかかな」
ルーシーの持ち物はハンターが持つ武器とは少し違っていた。
マチェットはいわゆる鉈、片刃は剣のようになっていて、片刃は鋸状になっている。
シックルは鎌、折り畳み式の草刈り鎌だ。
で、スコップは小さなシャベル。ナイフのように持てば武器になるかな。
「調味料はないけど、木の実と種は食べられるかな?」
あとは水筒にグローブにガーデニングシート、これはまぁレジャーシートの様なモノだ。
それと、今現在使用している魔道具の灯りくらいかな。
「どれくらい深いのかはわからないけど、食料を確保しながら進まなくちゃだね」
「敵が虫ばかりじゃなければいいけど」
アンジェは拳を握り、肘を曲げた腕を振り上げ気合を入れる。ルーシーには俺も同意だ。
「じゃぁ行こう」
金属製の扉がギギィィと軋みながら開く。扉の先には蔦が這う石壁の通路が続いている。
近くに魔物や魔獣の気配はない。通路に踏み出し、俺達はダンジョンの探索を始めた。
……甘い香りがする。
しばらく歩き回り、少し大きめの部屋に差し掛かった時のことだ。
くんくん……嗅覚を頼りに香の源を探す。花よりも濃く漂う甘い香り、見つけることが出来ればお腹の足しになるかもしれない……って見つけたっ。
壁を這う蔦に生る葡萄色の果物。房状に並ぶそれは瑞々しくておいしそうだ。
「果物があったよ、これって食べられそうだよねぇ?」
振り返って問いかける。香りを追って少しだけ2人から離れてしまっていたようだ。
おおっと……あぶない足元の蔓で転びそうになった。こんなに絡みついて……むむっ!?
「ヌ、ヌィッ」
「気を付けて、アサシン・ヴァインだ」
蔦は足だけではなく、いつの間にか躰や腕にも絡みついていた。
ルーシーが呼んだ植物の名前に嫌な感じがしながらも腕に絡みついた蔦を払いのけ……る。うん、ちょっと鬱陶しいが厄介な相手ではなさそうでよかった。
そう思って油断した時だった……
「ゎうっ!?」
何故か急に勢いを増した首元の蔦。幾本もの伸びた蔦が胸元から首に絡みつき締め付ける。
「「ヌィッ!!」」
「来な……ぃ…………」
慌てて駆け寄ろうとする2人、くっ……首が絞まって声が出ない……
──来ないでぇぇっ
「ま、待ってルーシー」
アンジェが思いとどまり、ルーシーを引きとめる。……良かった。
俺は自分の胸元に手を伸ば……そうと……するが、届かない。
──気が付いて……この蔦が凶暴になったのは地属性の星の結晶の所為だ。
「はっ……ルーシー、星の結晶をはずしてっ」
「そっかっ!? これの所為でヌィは、でもどうしたらっ」
良かった。俺が首から下げているホルダーをはずそうとしていたことにアンジェが気付いてくれたのだろう。
『……Zamorozit'/……凍結/……フリーズ』
指先が触れた箇所から、絡みついた蔦が凍り付いていく。星の結晶に絡みついていた蔦が剥がれる。
「待ってて、ヌィッ」
勢いの衰えた蔦をアンジェが剣で薙ぎ払う。
「今、凍らせたのって……魔法?氷の魔法なんて初めてみた」
ルーシーは氷の魔法に目を瞬かせながらも鉈を振い、あっという間に俺を束縛していたアサシン・ヴァインから解放してくれた。
「ふぅ……助かったよ、2人ともありがとう」
なんでこう絡まれるのが女の子じゃなくて俺ばっかりなんだと思いつつ、力が抜けてその場で座り込む。でも本当にアンジェが捕まったりしたら嫌だけどさ。
「んっ……美味しいっ!!」
声の方を見上げると、凍った房を摘みあげて口へと運ぶルーシーの姿が目に映った。
「ねぇねぇ、アンジェも食べてみてっ」
「ありがとっ、ぁむっ……うん少し甘さ控えめでこれならいっぱい食べられるかも」
「でしょっ、でしょっ」
どうやら2人ともアサシン・ヴァインの果実が気に入ったようだ。
甘さ控えめなのは凍らせた所為かな。シャリシャリの食感がにデザートにいい感じだ。
主食とするにはちょっと寂しいけれど、この果実があれば飢えることはないだろう。
「じゃぁ、生ってる分は集めておこう……あれ?これって」
採取袋を出そうと立ち上がったところで気づく。今まで座っていた丁度良い高さの台に。
「ゎうっ、宝箱!?」
「「おおっ」」
蔦に隠されてわからなかったが、少し古ぼけた木製だが、これは紛れもない宝箱。
これぞダンジョン探索って感じだよね、うん。でも鍵がかかっていたり、罠があったりしないかな、どうしよ。
「ま、待ってルーシーッ!」
慌てて止めようとしたが、ルーシーは既にその宝箱の蓋に手を掛け……開けた……
「おおっ……と!?」
宝箱を開けたルーシーが目を見開く。
鍵はかかっていなく、罠は……罠も大丈夫そうだ、いきなり全滅とかしなくてよかった。
じゃぁその中身は!?
「…………何も入ってない」
「あぁ、鍵がかかってないっていうのはそういうことだよね、残念だけど……ってルーシーそれよりもいきなり開けたら危ないよっ」
うん、宝の入った宝箱なんて普通は鍵かけておくよね。鍵がかかっていないってことは誰かが既に開けたか、もともと入れていなかったのか……
「いや、危ない感じはしなかったし」
ルーシーはそんな風に言うけど本当だろうか、罠の有無を判別出来てたならいいけどさ。
「ん……ちょっとごめんね、宝箱を見せてもらってもいい?」
何か気になることがあったのか、アンジェが空の宝箱に近づく。
しばらく、ぺたぺたと宝箱をさわった後、古びて少し隙間が空いた錠の金具と木箱の間に剣を差し込む。
バキッっと音をたてて木箱の一部が折れた。キラリと何か輝くモノが零れ落ち、アンジェは指先で摘んでそれを拾う。
「ゎうっ、アンジェそれって?」
「宝珠かな、色からして地属性だと思う」
「へぇぇ、でも……だいぶちっさい」
ルーシーも興味深げに覗いたが、指で摘まむくらいのサイズにすぐ興味をなくした。指に飾るくらいなら十分だと思うんだけど。
「宝箱の錠の部分、鍵をかける仕掛けに使われていたんだよ」
なるほど、宝箱に隠されていた宝を見つけたんじゃなくて、宝箱自体に使われていたモノを回収したのか。
サイズこそ小さいが、それはシャーロットの宝剣に使われているのと同じ様な宝珠らしい。それは地属性のモノで、魔法で鍵をかける仕組みになっていた。魔道具のボードにもロックをかける仕組みがあるけど同じようなモノだろうか。
「もしかして魔法の鍵のかかった宝箱なら開けられる?」
興味を取り戻したルーシーがアンジェに顔を近づける。
「う、うん、わたしが開けられるかは別にしてそういう方法はあるけど」
「やってみてっ!!」
やる気を出したルーシー。アンジェはいきなり近づいた顔にびっくりしていた。
やる気はあった方がいいよね、都合よくそんな宝箱が見つけられるかはわからないけど。
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