第二十五話 鶏
「あれ……もう夕方なんだ」
うす暗い宿の部屋。並んだベッドは2つとも空、部屋にはわたし一人だけ。
「ヌィとアンジェはまだ帰って来てないのかぁ」
2人が一緒じゃないとこんなに寂しいんだ……
「あ、今日はルーシーと出掛けたんだし、もしかしたら師匠のところかもっ!」
ゆっくりと躰を起こす。うん、今朝ヌィが手当てしてくれたから、もうほとんど治った。
2人を迎えに師匠のところへ行ってみよう。
夕日で真っ赤な街を歩く。よく知ってるはずのこの道も、1人だと全然違う場所みたい。
あれ?師匠の家の前に誰かいる。おじいさん?誰だろ?あ、わたしに気付いたみたい。
「おぉ、ティーちゃん、戻っとったんか」
「ミラーさん!えっと旅の途中で寄ったの、ミラーさんはどうしたの?」
「あぁ、ガードナーさんに用があってなぁ」
「師匠に?師匠なら、あっ……今日、王都に向かったんだった。しばらく帰って来ないよ」
送った樹を植えるからって師匠が王都に出掛けたのを忘れていた。
「はぁぁ……そうなのかぃ、まいったなぁどうすればいいやら」
困るミラーさんに話を聴くと、畑の麦が変だから師匠に見てもらいたかったんだって。
「そうだ、師匠は出掛けてるけど、ルーシーならもうすぐ帰ってくると思うよ!」
「ぉお、じゃぁルーちゃんに頼んでみるか」
ミラーさんには、明日ルーシーと一緒に畑を見に行くと約束をした。
真っ暗な宿の部屋。並んだベッドは2つとも空、部屋にはわたし一人だけ。
kyuu……
おなか減った……
「ヌィとアンジェはまだ帰って来てないのかぁ」
▶▶|
朝になっても、2人は戻って来なかった。
シャーロット達も戻ってないみたいだし、まだ星の結晶を探しているんだと思う……
どこに行くのか聴いておけばよかった、これじゃぁみんなを探しにも行けない。
ルーシーもやっぱりまだ家にはいなかった。
みんなの事が心配だけど、まずは待っているミラーさんに伝えなくちゃ。
▶▶|
「そうかい、ルーちゃんが戻っていないのかい、心配だねぇ」
「うん、でもヌィとアンジェが一緒だから絶対大丈夫だよっ」
ミラーさんは自分も大変なのにルーシーを心配してくれている、いい人だ。何とかしてあげたいなぁ。
そういえばミラーさんには美味しいパンをよく貰ったっけ、畑の麦がダメになっちゃったら食べられなくなっちゃう。うーん、どうしたらいいのかなぁ……
「そうだっ!師匠に手紙を送ればいいんだよ。麦も一緒に、ね?」
「おぉ、そうか。じゃぁティーちゃんに頼めるかい?この先の畑なんだが……」
ミラーさんと一緒に畑の様子を見に向かった。
広がる金色の麦畑。だけど、その場所は色が抜けて黒と灰色に変わっている。
「え?この麦……石でできてるの?」
「いいや、元気に育った普通の麦だったんだが、こんな風になってしまってなぁ。初めはその隅だけだったんだが、いつの間にかこんなに広がってなぁ、このまま放ってはおけんよ」
かさりと小さな音がして、石の麦穂がゆれ……る。
なにかいる!?
「おや、麦の穂が」
「近づいちゃダメッ、ミラーさんっ!」
「鶏?うわぁぁあっ!」
ミラーさんのブーツが足元から灰色に変わっていく。
麦畑から現れたソイツはミラーさんの言う通り、ニワトリをデカくしたような魔獣だった。
だけど、その羽はコウモリに似ていて、尻尾は長く伸びていてヘビみたい。
わたしはその特徴を師匠から教わって知っている。この魔獣は……
コカトリスだ。
近づくモノを石に変え、そして毒のブレスを吐く。
もし、戦うことになっても近づいちゃダメだって教わった。
でも周りは一面の麦畑、投げつけられそうな岩は近くに転がってない。
「ミラーさんから離れろぉっ!!」
Coooohhh……
わたしの投げたバグナウ=鉄の爪が地面に突き刺さる。
攻撃は当たらなかったけど、コカトリスは大きく飛び上がりミラーさんから離れた。
よっし。
Cuaaaaahhh!
わたしの方に向けてクチバシが開き、その口から真っ黒な息が吐かれた。
地面が真っ黒に変わり、どんどんこっちに向かってくる。
わぁっ、たぶんこれが毒のブレスだっ!
わたしはヒザを曲げてミラーさんから離れる方、えっと、左へ大きく跳んだ。
わたしが退いた後を毒のブレスが通過する。
よっし、今度はわたしのターンだっ!
残ったバグナウを左手に装備して、コカトリスに跳びかかる。
「あぁっ!?」
振り下ろした鉄の爪が、その爪の先から灰色に変わる。
石の塊に覆われた爪の先は重くなるし、こんな塊じゃ何も斬れない。
バランスを崩した攻撃は、コカトリスには届かなかった。
Cooohh……
コカトリスの足爪での攻撃が来るっ!
石に覆われたバグナウを手放し、わたしは攻撃を避けて後ろに跳ぶ。
うん、師匠との稽古に比べたら、コカトリスの攻撃なんて全然遅い、避けられる。
でも、わたしから攻撃する方法もない。どうしよう……とりあえず逃げる?
ダメだ、ミラーさんの足は地面から石になってるから、きっと動けない。
ん?
わたしは石になったミラーさんの足を見て、そして石になったバグナウの爪を見た。
両方とも元のブーツや爪そのままの形じゃない。
うん、灰色に変わったそれは一回り大きくなってる。
似ている……わたしはアンジェが練習していた魔法を思い出す。
そっか、アレは地属性の魔法。
そして、相手を石に変えてるんじゃなくて、周りを石で覆っているんだ。
あの攻撃がそういう魔法だっていうのなら、石にされないで攻撃できるかも!
Cuaaaaaaaahh!
再び襲って来た毒のブレスをなんなくかわす。
コカトリスに向かってわたしは駆けだした。
コカトリスは飛び上がって、頭上から鋭い足爪を振るう。
足爪の攻撃を……かいくぐり……わたしはコカトリスを……
思いっきり殴った。
地面に叩きつけられたコカトリスはもう動かない。
「うん、うまくいったっ!!」
月の地下迷宮で崩落に巻き込まれてもうダメだと思った時、ヌィが大怪我を治してくれた。
わたしの躰の中にもマナがあるって教えてくれて、わたしもマナを感じることができた。
だからできたんだ。
拳に力をこめるよりもずっと多くのマナをこめた。はみ出るくらい。
だからコカトリスのマナはわたしまで届かなくて、石にされることはなかった。
うん、初めてやってみたんだけど、うまくいってよかったぁ。
わたしが勝てたのは、師匠の稽古とアンジェとヌィのおかげ。
傍にいなくても、みんながわたしを守ってくれたみたい。
「ミラーさんっ、もう大丈夫だよっ」
「おぉぉ、ティーちゃんありがとう。もうダメかと思ったよ」
ミラーさんの足を見ると、やっぱりブーツが石に覆われているだけだった。
指先に力を入れてつまむと、ブーツはパキパキと音をたてて壊れる。
「ブーツがダメになっちゃって、ごめんね。お家まで送るよ」
「あぁ助かるよ。まだ怖くて碌に力が入らないんだ」
ブーツをなくしたミラーさんを背負って、お家まで送った。
灰色になった麦は石にされたモノで、黒くなった麦は毒にやられたモノなのかなぁ。
師匠に見てもらうまでは触らないほうがいいとミラーさんに話した。
▶▶|
街に戻り、ギルドにミラーさんの畑でコカトリスが出たことを報告。
その後、王都にいる師匠へ麦のことを手紙に書いて送った。
「ヌィとアンジェはまだ帰って来てないのかぁ」
戻った宿の部屋は、まだがらんとして寂しいままだった。
2人なら絶対大丈夫だとは思うけど……
2人が傍にいなくても大丈夫だったけど……
「早く帰って来ないかなぁ……」
一緒にいたいという気持ちはもっともっと大きくなった。




