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犬も歩けば異世界幻想 |▶  作者: 黒麦 雷
第二章 ロードスター
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第二十五話 鶏


「あれ……もう夕方なんだ」

 うす暗い宿の部屋。並んだベッドは2つとも空、部屋にはわたし一人だけ。


「ヌィとアンジェはまだ帰って来てないのかぁ」

 2人が一緒じゃないとこんなに寂しいんだ……


「あ、今日はルーシーと出掛けたんだし、もしかしたら師匠のところかもっ!」

 ゆっくりと躰を起こす。うん、今朝ヌィが手当てしてくれたから、もうほとんど治った。

 2人を迎えに師匠のところへ行ってみよう。



 夕日で真っ赤な街を歩く。よく知ってるはずのこの道も、1人だと全然違う場所みたい。


 あれ?師匠の家の前に誰かいる。おじいさん?誰だろ?あ、わたしに気付いたみたい。


「おぉ、ティーちゃん、戻っとったんか」

「ミラーさん!えっと旅の途中で寄ったの、ミラーさんはどうしたの?」


「あぁ、ガードナーさんに用があってなぁ」

「師匠に?師匠なら、あっ……今日、王都に向かったんだった。しばらく帰って来ないよ」

 送った樹を植えるからって師匠が王都に出掛けたのを忘れていた。


「はぁぁ……そうなのかぃ、まいったなぁどうすればいいやら」

 困るミラーさんに話を聴くと、畑の麦が変だから師匠に見てもらいたかったんだって。


「そうだ、師匠は出掛けてるけど、ルーシーならもうすぐ帰ってくると思うよ!」

「ぉお、じゃぁルーちゃんに頼んでみるか」

 ミラーさんには、明日ルーシーと一緒に畑を見に行くと約束をした。






 真っ暗な宿の部屋。並んだベッドは2つとも空、部屋にはわたし一人だけ。


 kyuu……

 おなか減った……


「ヌィとアンジェはまだ帰って来てないのかぁ」



 ▶▶|



 朝になっても、2人は戻って来なかった。

 シャーロット達も戻ってないみたいだし、まだ星の結晶を探しているんだと思う……

 どこに行くのか聴いておけばよかった、これじゃぁみんなを探しにも行けない。


 ルーシーもやっぱりまだ家にはいなかった。

 みんなの事が心配だけど、まずは待っているミラーさんに伝えなくちゃ。



 ▶▶|



「そうかい、ルーちゃんが戻っていないのかい、心配だねぇ」

「うん、でもヌィとアンジェが一緒だから絶対大丈夫だよっ」

 ミラーさんは自分も大変なのにルーシーを心配してくれている、いい人だ。何とかしてあげたいなぁ。

 そういえばミラーさんには美味しいパンをよく貰ったっけ、畑の麦がダメになっちゃったら食べられなくなっちゃう。うーん、どうしたらいいのかなぁ……


「そうだっ!師匠に手紙を送ればいいんだよ。麦も一緒に、ね?」

「おぉ、そうか。じゃぁティーちゃんに頼めるかい?この先の畑なんだが……」

 ミラーさんと一緒に畑の様子を見に向かった。




 広がる金色の麦畑。だけど、その場所は色が抜けて黒と灰色に変わっている。

「え?この麦……石でできてるの?」

「いいや、元気に育った普通の麦だったんだが、こんな風になってしまってなぁ。初めはその隅だけだったんだが、いつの間にかこんなに広がってなぁ、このまま放ってはおけんよ」


 かさりと小さな音がして、石の麦穂がゆれ……る。

 なにかいる!?


「おや、麦の穂が」

「近づいちゃダメッ、ミラーさんっ!」


「鶏?うわぁぁあっ!」


 ミラーさんのブーツが足元から灰色に変わっていく。


 麦畑から現れたソイツはミラーさんの言う通り、ニワトリをデカくしたような魔獣だった。

 だけど、その羽はコウモリに似ていて、尻尾は長く伸びていてヘビみたい。

 わたしはその特徴を師匠から教わって知っている。この魔獣は……


 コカトリスだ。


 近づくモノを石に変え、そして毒のブレスを吐く。

 もし、戦うことになっても近づいちゃダメだって教わった。


 でも周りは一面の麦畑、投げつけられそうな岩は近くに転がってない。



「ミラーさんから離れろぉっ!!」


 Coooohhh……


 わたしの投げたバグナウ=鉄の爪が地面に突き刺さる。

 攻撃は当たらなかったけど、コカトリスは大きく飛び上がりミラーさんから離れた。

 よっし。



 Cuaaaaahhh!


 わたしの方に向けてクチバシが開き、その口から真っ黒な息が吐かれた。

 地面が真っ黒に変わり、どんどんこっちに向かってくる。

 わぁっ、たぶんこれが毒のブレスだっ!


 わたしはヒザを曲げてミラーさんから離れる方、えっと、左へ大きく跳んだ。

 わたしが退いた後を毒のブレスが通過する。



 よっし、今度はわたしのターンだっ!

 残ったバグナウを左手に装備して、コカトリスに跳びかかる。



「あぁっ!?」

 振り下ろした鉄の爪が、その爪の先から灰色に変わる。

 石の塊に覆われた爪の先は重くなるし、こんな塊じゃ何も斬れない。


 バランスを崩した攻撃は、コカトリスには届かなかった。


 Cooohh……


 コカトリスの足爪での攻撃が来るっ!


 石に覆われたバグナウを手放し、わたしは攻撃を避けて後ろに跳ぶ。

 うん、師匠との稽古に比べたら、コカトリスの攻撃なんて全然遅い、避けられる。


 でも、わたしから攻撃する方法もない。どうしよう……とりあえず逃げる?

 ダメだ、ミラーさんの足は地面から石になってるから、きっと動けない。



 ん?


 わたしは石になったミラーさんの足を見て、そして石になったバグナウの爪を見た。


 両方とも元のブーツや爪そのままの形じゃない。

 うん、灰色に変わったそれは一回り大きくなってる。


 似ている……わたしはアンジェが練習していた魔法を思い出す。


 そっか、アレは地属性の魔法。

 そして、相手を石に変えてるんじゃなくて、周りを石で覆っているんだ。

 あの攻撃がそういう魔法だっていうのなら、石にされないで攻撃できるかも!



 Cuaaaaaaaahh!


 再び襲って来た毒のブレスをなんなくかわす。



 コカトリスに向かってわたしは駆けだした。

 コカトリスは飛び上がって、頭上から鋭い足爪を振るう。


 足爪の攻撃を……かいくぐり……わたしはコカトリスを……

 思いっきり殴った。


 地面に叩きつけられたコカトリスはもう動かない。

「うん、うまくいったっ!!」




 月の地下迷宮で崩落に巻き込まれてもうダメだと思った時、ヌィが大怪我を治してくれた。

 わたしの躰の中にもマナがあるって教えてくれて、わたしもマナを感じることができた。


 だからできたんだ。


 拳に力をこめるよりもずっと多くのマナをこめた。はみ出るくらい。


 だからコカトリスのマナはわたしまで届かなくて、石にされることはなかった。

 うん、初めてやってみたんだけど、うまくいってよかったぁ。


 わたしが勝てたのは、師匠の稽古とアンジェとヌィのおかげ。

 傍にいなくても、みんながわたしを守ってくれたみたい。




「ミラーさんっ、もう大丈夫だよっ」

「おぉぉ、ティーちゃんありがとう。もうダメかと思ったよ」

 ミラーさんの足を見ると、やっぱりブーツが石に覆われているだけだった。

 指先に力を入れてつまむと、ブーツはパキパキと音をたてて壊れる。



「ブーツがダメになっちゃって、ごめんね。お家まで送るよ」

「あぁ助かるよ。まだ怖くて碌に力が入らないんだ」

 ブーツをなくしたミラーさんを背負って、お家まで送った。



 灰色になった麦は石にされたモノで、黒くなった麦は毒にやられたモノなのかなぁ。

 師匠に見てもらうまでは触らないほうがいいとミラーさんに話した。



 ▶▶|



 街に戻り、ギルドにミラーさんの畑でコカトリスが出たことを報告。

 その後、王都にいる師匠へ麦のことを手紙に書いて送った。




「ヌィとアンジェはまだ帰って来てないのかぁ」

 戻った宿の部屋は、まだがらんとして寂しいままだった。

 2人なら絶対大丈夫だとは思うけど……

 2人が傍にいなくても大丈夫だったけど……



「早く帰って来ないかなぁ……」

 一緒にいたいという気持ちはもっともっと大きくなった。




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