第二十四話 二者択一
「はぁ、それにしても王都で買うより安いと飛びついたのが失敗だったっすね……」
「ええ、舶来品……西の国ルセットからの品だとの売り文句に騙されました」
「ぐぬぬ……グレイバック商会の仕入れたモノだと思って信用していたのにぃ」
戦闘が片付くと、再び新しく購入した装備のことで肩を落とす3人。
「ほら、剣は外と内側の金属の質が違う。ボルトも同様に合金の混ざりに斑があるのか、重心がおかしい」
ルーシーがその欠陥を指摘する。確かに言われてみればだけど、店先で見るだけでは気づかないだろうなぁ
「私の手袋もそう。素材に混ぜ物があるのかグリップがいまいちだし、マナの伝達も阻害されるみたい」
「でもシャーロットは手袋だから外せばよかったんじゃ」
「あっ……」
俺の言葉に更に落ち込むシャーロット、ごめん。復活するのにはちょと時間が必要そう。
その間に割とマシなボルトを餞別したが、残念ながら残っているほぼ半分がはじかれた。
長剣の方はもう鈍器として使い潰すことにしたみたい。
「あれ……」
地面から伝わる微かな振動……
「何か来る」
「良くわかったね……アンケグの鳴声を聴いてヤツラが集まって来たんじゃないかな」
ルーシーの言葉に皆が武器を構える。アンケグを倒したあと、その場でぐずぐずしていたのは不味かったのかもしれない。
kyeeeeeh……
「また虫っすか!?」
「ジャイアントアントね」
赤茶色の躰をしたソレはアンケグと比べれば小さいが、それでも大型犬ほどの大きさだ。
うーん、確かに最近は虫を相手にすることが多い、そろそろ虫殺しの称号を貰えそうだ。
「別のルートを探した方がいいかな?」
「倒しながら進むのは面倒だからその方がいい」
「わかった、そうしよっ」
俺が尋ねると、同意して踵を返すルーシー。アンジェも頷きそれに続く。
「そんなに強そうじゃないわよ?アンケグより全然余裕じゃない?」
「やりますか」
「はいっす」
が、シャーロット達は戦うことを選んだようだ。
彼女達の旅の目的はいろんな獲物と敵と戦って経験を積むこと、そもそも俺たちの目的とは別だった。少し心配だけど、ここで一時リトルスクエアとは別行動をとることにしよう。
「無理はしないでよっ」
戦う彼女達の背に手を振り、道を引き返して別ルートの探索を開始する。
「……ぅゎっ、増えたっす……」
「また!?」
「えっと、シャーロット達大丈夫かな」
「小さいのばかりだと思うからやられはしないんじゃない?」
地下道に響く声にアンジェは心配げだが、ルーシー情報ではそれほど脅威はないらしい。
その言葉とリトルスクエアの実力を信じ、俺たちはうねうねとうねった木の根が這う土壁の道を進み探索を進める。
「ここって」
「ダンジョンの残骸、こんな風に所々に残ってる」
土壁が石壁に変わり、空間が大きく開けた。
「で、この前までここは女王アリの部屋だったんだけど、御爺様と片付けたばかりだから」
確かにここには生物が居た痕跡はあるが、今は危険な気配はない。
元女王アリの部屋だったその空間を見渡すと……
正面の石壁は崩れ、土壁と植物の根が這う地下通路へと繋がっている。
左の石壁には四角く空いた空間、元々あったダンジョンの通路が伸びている。
「ヌィ」
植物の根が絡む右壁に近づいて立ち止まり、俺を呼ぶアンジェ。
「もしかしてそっちの壁にも通路が?」
「空気の流れは感じないけど……」
ルーシーが首を傾げる。俺も嗅覚と聴覚を澄ますが、右側の壁からは何も感じない。
きっとアンジェは俺には気づけない僅かなマナの流れを感じているのだろう。
「床だよ」
右壁ではなかったらしい。
アンジェの視線の先、床を這い覆っている木の根を引き剥がすと……
そこには頑強そうな金属扉、まるで深い地中へと続く入口を封印しているかのようなソレがあった。
「そんなモノがあったんだ……今まで気が付かなかった」
ルーシーは目を見開きその扉を珍しそうに見つめる。けれど俺はそれを見たことがある。
「アンジェ、これって」
「リオーネ鉱山にあったのと同じ扉だよね」
それは炎の獅子が居た牢の地面にあったモノとそっくりだった。
あの時は開けなかった地下への扉……開けるか、開けないか。
金属の軋む音が響いた。
選択に悩むまでもなく開かれた扉。開けたのはルーシーだ。
異質な空気、それが開かれた扉から伸びた地下への階段から漂う。
魔獣の気配だとか不吉な予感だとかではない。ただ今いる空間とは何かが異なっている。
「行くでしょ?」
「「……うん」」
先頭を行くルーシーの灯りに俺とアンジェも続く。
扉の先の石壁や床はそれまでのものとは異なり白く、所々薄明かりが灯る。
「残念、ここで行き止まりみたい」
下った階段の奥、そこには絡みついた植物の根の壁が立ち塞がり行く先を塞いでいた。先ほどまで居た上層よりもその密度は高く、ちょっと押したくらいじゃ退かせそうにない。一旦引き返すしかないかな。
行き止まりだったことにちょっと安心している俺がいた。いたんだけど……
「あったよ、ヌィ!!」
木の根の壁に手を伸ばしたアンジェ。
ゆっくり引き戻すその手には夜空のような黒い結晶……
その中心にはアースカラーの輝きがある、地の力が籠った星の結晶だ。
「ん、こっちにもあったけど」
ルーシーの手に握られたもう一つの星の結晶。
「こっちにも、でもどれも少し小さめかな」
そして俺もその手に星の結晶を手にする。
リオーネで見つけた炎のと比べると小さく、どれも丙か乙くらいの大きさのモノばかりだ。そもそもどれくらいの大きさのモノが必要かわからないけど、これで大丈夫なのかなぁ。
「あっ」
行き先を塞ぐ壁。絡み合っていた根が解け、土の欠片がボロボロと崩れていく。
「星の結晶を剥がして根に与えられていた力がなくなったからかな」
ルーシーによると、今まで入手した星の結晶は樹木を遠方へ移す際に使っていたという。
その根に土と共に包むと植物を弱らせることなく運ぶことが出来るそうだ。俺たちが手伝って王都へと送った樹の根にも使われていたんだって。
「ま、待ってルーシー」
「大丈夫、この先に魔獣の気配はないから」
壁が崩れ開かれた道へとルーシーは踏み出す。
確かにこの先には脅威を感じるような魔獣の気配はない。
ないのだけれど……
なぜか一層強く感じる違和感、アンジェもそれを感じてルーシーに声をかけたのだろう。
根をかき分けながら進むと、そこに広がっていたのは石壁に囲われた空間。
そして目に付いたのは床から天井まで伸びた大きな柱。
開かれた柱の正面、その円筒状の構造物には見覚えがある。
「ま、待ってルーシーッ」
「えっ!?」
アンジェが慌てて声を掛けるが、柱へと足を踏み入れるルーシーを止めるには間に合わなかった。
柱が小刻みに揺れ初め、足元の床から光が浮かぶ。
マズイ、やはりそうだ。
月の神殿で起こった災難、その切っ掛けが思い出される。
閉じ込められた俺とアンジェとティノ、突然地下深いダンジョンへと送られたその事を。
足元からの光が伸びる……迷っている時間は無い。
このままではルーシーは1人、どこかダンジョンの深層へと送られてしまうだろう。
今日は日帰りのつもりだったので、碌な装備もないこの状態でだ。
今すぐ選択しろ。
⇒[ルーシーを助ける為に柱へ跳び込む]
[アンジェを一人にしない為にここに残る]
ルーシーは強い。俺とティノが街へ侵入した時、二人を同時に相手にして立ち回った。
だけど、それとダンジョンから1人で生き延びて生還出来るかは別の話だ。
アンジェは強い。この場所からなら一人でも脱出できるだろう。
「「ルーシーッ!!」」
そんな考えが頭に浮かぶ……が、実際には答えを出す前に既に柱へと跳び込んでいた。
けれど俺の選択肢は間違っていたらしい……
なぜなら、俺の隣には一緒に柱に跳び込んだアンジェが居た。
もし俺が跳び込まなければ2人は飛ばされ、俺だけ残ることになっていた……
そんな最悪の事態にならずに済んで良かった、選択肢は間違っていたが選択は間違っていなかったのだろう。
光が柱を包み込む。もうここから出ることは出来ない。
躰が揺すられ、奇妙な浮遊感が襲う。
今まで気が付かなかったが、あそこに見えるのはなんだろう……牛……の石像?
だがその光景、柱の入口から見えるそれも徐々に薄くなる。
驚愕の表情に浮かべるルーシー……
決意の籠った強い眼差しのアンジェ……
柱の入口から見える光景は暗闇へと変わった……




